2014年7月アーカイブ

★★ 新潮社
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読んだ記憶がなかったので借り出し。

彦左衛門外記」はドタバタ喜劇です。主人公の若い旗本は、他の小説でもときどき出てくるキャラクターですね。若くてけっこう知恵がまわってよく動きまわる。相手役のお姫様もやはり常連のキャラ。無邪気で奔放で能天気で手ごわい。

後年になって肉付けされることが予想されます。たぶん早い時期に周五郎が書いた小説でしょうね。習作的な匂いがあります。

ただ肝心の大久保彦左衛門、これも馴染みのようなキャラですが、けっこう味がある。ま、ボケかかった彦左衛門が主人公に騙されて、虚構を本当と思い込む。思い込んで「天下のご意見番」になってしまう。そのへんが、ま、面白いといえば面白い。

花筵」は、ストーリーは消化不良の気味がありますが、そのまんま「日本婦道記」です。途中で重要人物になりそうで消えてしまう芸術家肌の男が出てきますが、大嵐の日には裸になって外に出て、そのへんの女をひっさらってどうのこうのしたい・・・というようなセリフがあります。原田甲斐もそんなことを述懐していたような。という意味で、このキャラも将来の重要キャラの原型。

ということで、ま、そこそこ面白いですが決して傑作ではない。周五郎ファンなら読むべき本と思います。


★★★ 早川書房
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特に期待もせず借り出し。思ったよりよかったです。

視点となるのは平凡な男であるパトロクロス。アキレウスの竹馬の友です。パトロクロスは少年時代、アキレウスの父の城で暮らすことになり、そこで王子のアキレウスに出会う。で、仲良くなってしまう。

このへんの「仲良く」について、女性作家らしく深く想像推察。二人ともなぜか女に興味がなかったんじゃないか・・という設定です。二人の少年が出会うとビビッと電流が走る。当時のギリシャ、男性同士の愛はけっこう盛んだったのかもしれない。

で、アキレウスはもちろん半神半人の英雄です。ギリシャ最高の戦士であり神性をもっている。でも不死ではない。母親である海の女神テティスがアキレウスに伝えたのは「平凡人として長生きするか、英雄として短命に終わるか」の選択肢しかないこと。だからテティスはアキレウスが戦争に参加しないようにいろいろ策略をめぐらす。また「ヘクトルが死なない限りアキレウスが死ぬことはない」という神託もある。

トロイの勇将ヘクトルを殺しちゃいけないわけです。ヘクトルが生きている限り、アキレウスも無事。でも結果的に怒り狂ったアキレウスはヘクトルを殺してしまう。

どうしてヘクトルを殺したのか。それは親友パトロクロスがヘクトルに殺されたからです。ではどうして平凡人パトロクロスは豪勇のヘクトルに立ち向かったりしたのか。それは読んでのお楽しみ。

あんまりベタベタしていなくて、なかなか良かったです。期待にたがわずオディッセウスはなんとも狡智。アガメムノンは強欲で短慮。アキレウスは高慢で純粋培養で人情とか常識には縁がない。もちろん神々は無責任で身勝手に振る舞う。

ホメーロスのイーリアスを読み直してみたくなりました。たぶん学生時代あたりに一回通して読んだことがあったような気もしますが、なにしろ大昔、ほとんど覚えていないし。


女同士の対決。扇を構えた猫御前の腕前がどれくらいなのか見たかったですが、そこはしり切れとんぼ。尻切れ猫。

今回は東の戦線で人質になった老将(名前忘れた) の肩を張らない自然な演技と、もちろん寺田農の大内定綱が詫びをいれてくるところ。名場面ですね。大内定綱、いかにも狡猾かつ有能そうで、弁舌さわやかで肝が座っている。こういう降将、ほんと、首を切るべきか許すべきか、迷いどころでしょう。で、政宗は結局許すことにした。感情ではなく、損得(打算)をとったわけです。

そうそう。数珠の件で少しほだされて軟化したらしいお東が銃50丁のビッグな餞別。これはすごい。非常に高価です。このお金、ヘソクリということもないから大事にしていた箪笥の持参金でも使ったんでしょうか。例の山内一豊の妻も、名馬の代金として提供したのはたぶん持参金といいます。当時の正妻というもの、それなりの財産をもっているとすると、けっこう発言権もあったのかもしれません。

dokuganryu2014.jpgま、発言権といっても、最近のドラマのように作戦会議にまで奥さんが顔を出すのは論外。亭主に言いたいことがある場合は当然のことながら私室で(イジイジと)文句つけたんでしょうけど。

ということで今回も楽しい回でした。

そうそう追加。三浦友和の戦いのシーン。きちんと兵士の配置や陣形なんかを指示してから「押し出せぇ!」をやってました。単に大声でわめいてるだけじゃない。当たり前のことですが、ちょっと感動。

★★★ 柏書房
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江戸時代のウンチク本かと思って借りましたが、ちょっと内容が異なります。江戸末期から明治、ようするに現代の我々が忘れてしまったことどもを、福翁自伝とか徳川慶喜家の子ども部屋とか、よく目にするような有名著書から引用して解説している本でした。したがってへぇーという新発見もそこそこはありますが、知ってることも多々あります。

いちばん面白かったのは、たとえば江戸時代、将軍が老中首座の阿部正弘を「阿部」とか「正弘」と呼ぶことはなかった。こうした場合、必ず「伊勢」と呼び捨てにした。「伊勢守」じゃなくて「伊勢」です。また諸藩でも殿の御用で小姓が家老屋敷へ行ったときは同じように「安房」とか「備前」など呼び捨て。偉そうに立ち居振る舞いした。

理由は殿の御用だから、です。殿に成り代わっているわけですね。だから自分より目上の老臣に対しても敬意を払わない。こうしたときは小姓も内心気分がよかったらしい。江戸時代は敬意と差別の時代。この両者は同じものの両面です。これをキチンとしないと身分制度の根幹を崩すことになる。

このへんの事情を、権威者からの距離、権威者と自分の位置的な高さの関係、時間の関係で著者は説明しています。高さを例にとると、目下のものはどんな場合でも目上より高い位置にいてはいけない。だから謁見なら上段・下段で差をつけたし、同じ座敷内なら上座からの距離で差をつけた。どうしても同じ高さに位置しなければならないような場合は、目下が平伏し、権威者だけが立った。ハリスが江戸城にきたときは、畳を積み上げて高くしたところに椅子をおいて将軍がすわった。

なるほど。だから最近の大河での会話シーンがなんか違和感あるんですね。酷い場合は武士と武士が家の中で立ち話している。下手すると座っている目上に対して、立ったまましゃべる侍もいたりする。(えーと、天地明察でしたっけ、興奮した岡田准一が椅子にすわった水戸光圀の周囲をうろう歩きながら大声で騒いでいました。あまつさえ後ろにまわって肩ごしにわめいたり。よく手打ちにならなかった)

あともうひとつ。殿様という稼業が大変だったという話はよく聞きますが、想像以上だったらしい。風呂に入って湯が熱すぎても、傍にいる坊主に直接指示してはいけない。坊主は人間じゃないので、直接話すことは不可。そんな場合は「うーん、暑い、暑い・・」と独り言を言う。独り言を聞いた坊主が外に控えている小姓に伝えると、小姓があわてて入ってきて、水をうめる。

座敷に座っていて、気分がわるくてちょっと横になりたくても勝手にやっちゃだめ。やはり独り言を言うしかないです。食事の際、ご飯にネズミの糞が混入していても、それを黙って避けてはいけない。後で担当者が腹を切る騒ぎになります。そんなときは知恵を絞って、うまくフォローしてやらないといけない。大変です。面倒ならこっそり食べてしまうことですね。

たしか昭和天皇だったか、初めて柏餅をだした女官が「この葉は剥いて食べて」と言い忘れた。出されたものは好き嫌いなくすべて食べるのが帝王学。だまって葉っぱごと食べたと何かで読みました。後になって「あれは食べにくかった」と漏らしたとも書いてあったような。何の本だったか。

殿様関係の私生活は、実は明治期においてもあまり知ってるひとが少なかった。「表」の生活はけっこう知られていましたが、私生活である「奥」のことは窺い知れない。引退した奥女中なんかもよく秘密を守った。

たとえば徳川慶喜が謹慎をくらったとき、どこの部屋で謹慎していたのか。御座の間とか休息の間とか、いろいろ部屋があるらしいです。後年の座談会でインタビュアーの質問に慶喜がイライラするシーンがある。慶喜にすると公式の用に使う座敷で謹慎したなどど誤解されると困る。不遜ということになる。あれはあくまでプライベート空間である「休息の間」だ。インタビュアーにとっては些細なことなんでしょうが、慶喜にはこだわりがあったらしい。

慶喜といえば、後年の小石川の屋敷かな、ペットの餌にする蠅を探すため台所に出入りすることがあったそうです。孫(かな)の榊原ナントカ子がびっくりしたと書いている。自分たちだって台所なんてめったに出入りするもんじゃなかった。それなのに偉いお祖父様が・・・という話。

思い出したのが黒田官兵衛。大分前の回で確か侍女の部屋に入りこんでマッサージかなんかしてましたね。あれは酷すぎた。最近の大河は奇天烈なエピソードを勝手に作るから困る。考証は誰だったけ・・と調べたら小和田哲男でした。まともな学者なんでしょうけど、ちょっとNHKに対して妥協しすぎ。「江」も「天地人」もこの人の考証だった。押しが弱いのを便利に使われているみたいな印象です。



側室のねこが悪いイタズラをして正室の愛姫はふさぎ込みます。あんな女、成敗して!と頼んでも亭主は煮え切らない。ま、当然ですけど。でも廊下では(わざとジラシながらも)ねこが脇に避けて正室に頭を下げました。それが身分・立場というもの。両方とも一切口をきいてないけど、何を考え何を言おうとしていたかは瞭然。

それに比べると数年前の清盛でしたっけ、璋子(檀れい)と寵姫の得子(松雪)が御所の廊下でぶつかって、なぜか璋子様が譲ったり。そんなバカな・・というシーンでした。結果的に美福門院得子という人物が薄っぺらなキャラクターになってしまってます。

それをいうなら、西行の佐藤義清が国母の首を締めたり、犯人は自分だとなぜか清盛が言い張ったり。あれは意味不明だらけの大河でしたね。ほんと、最近の大河の脚本は劣化しすぎ。天地人も酷かったし、江なんかは話にもならない。

で、政宗の周囲では反乱や謀叛が頻発します。後ろで糸をひいているのは最上。血気にはやって最上を討つ!とわめく若い政宗。なだめようとする老臣たち。怒り狂う岩下志摩。このお東様も本人なりには伊達を思い、政宗のために考えているつもりなんで事態がややこしい。

dokuganryu2014.jpgで、久しぶりに原田芳雄の最上義光が登場しました。うん、やっぱりいいです。まだ若い政宗とは戦国武将として鍛えが違う。奸雄という感じがたっぷりで、特に火鉢でモチを焼いているシーンなんかは最高。最後のほうでモチを放ってましたが、家来に「たべろ」と与えたのかな。セリフの話し方も肩に力が入っていなくて、見応えありました。

ということで予期せぬ南北戦線。伊達は窮地です。これでもう16回ですか。毎週が楽しみです。

山形へ。

ずーっと雨模様でしたが、降られたのは数分だけ。非常に幸運でした。宿に帰ると「大変だったでしょ」と言われ、詳しく聞くとあちこちで大雨だったとか。山ひとつ違うと天候がまったく違うらしい

そうそう。特に福島から米沢まではけっこうな山でした。吾妻連峰越え。たまたま見ている大河ドラマですが、伊達政宗の正室(後藤久美子)は福島の更に南の三春から米沢まで嫁入りだったようです。駕籠に乗ってでしょうが冬は大変だっただろうな。すごい道を辿ったもんだ。

yamadera2014.jpgなぜか山寺(立石寺)へ。これ、子供の頃は「りゅうしゃくじ」と覚えましたが、今では「りっしゃくじ」らしい。こういうこと、けっこうありますね。奥の細道の「月日は百代の過客」も昔は「ひゃくだいのかかく」と習った。最近は「かきゃく」と読んだり「はくたいの」と読むふうです。そのうちまた変化するかもしれません。

で、山寺。階段はけっこう広いですが、うーん、さすがに辛い。ほぼ千段。八合目か九合目で私はリタイアしました。家内と娘は上まで登ったようです(若い)。下りがけっこう応えますね。足が頼りなくなって膝が笑う。

翌日は茂吉記念館。最寄りはなーんもない無人駅で、あまり手入れされていない公園を少し歩くと辿りつけます。中はけっこう広いです。茂吉の几帳面な原稿やら手紙やらがたくさん展示してありました。

そうそう。山形県が力を入れているらしい「つやひめ」は美味しいオコメでした。旅館(葉山舘)の「トマト鍋」が予想を裏切る美味しさでした。

kankokunokyokasho.jpg★★ 明石書店

2010年検定ということなので、かなり新しい教科書の翻訳です。

前にロシア版の歴史教科書も読んだことがあります。ただし通読はさすがに無理で、前半だけだったかな。で、今回は韓国の高校生向け教科書。

中身の3分の2くらいは近現代史。日清戦争あたり以降ですね。それ以前の歴史に関してはあまり力が入っていない印象です。ま、半島にはなかなか統一国家が生まれないし、しょっちゅう満州あたりの新興国家が攻め込んでくるし、ゴチャゴチャしています。というより、半島を含めた広い東アジア北部で国が興ったり沈んだり侵攻したり、結果的に半島部分に統一国家が誕生し、それが続いたということでしょうか。その地域に住んでいた人々を称して朝鮮民族(あるいは韓民族)という名でくくった。

ごくあっさり簡略化するとゴチャゴチャ→新羅→高麗→(元)→高麗→李氏朝鮮→大韓帝国→日本統治→連合軍統治→(韓国・北朝鮮) かな。

ちなみにこの教科書では「朝鮮半島」ではなく「韓半島」です。ま、お好きにどうぞ。

ただ正直いうと、思ったよりは偏向していない感じです。もちろん日本は「奸倭」だったり「日帝」だったりしますが、そのくらいは想定内。ロシアに対しても中国に対してもそれなりに非難のトーンで描かれています。ただ「日帝」はちょっと別格の悪役という扱いでしょうか。抑えきれない感情が加わる。そうそう、米国もかなり悪者です。

通して読むと、半島国家ってのは大変なんだなあとわかります。というより島国である日本の方が例外なのかもしれない。

すぐ隣に中国がいる。馬鹿にしていた日本にも悪さをしかけられる。そのうちロシアも南下してくる。千載一遇の機会だった1945年にも日帝打破の実績をつくることができず、米国の管理下になる。おまけに朝鮮戦争で荒廃し、大統領は独裁だしクーデタは頻発するし、北には困った首領がいるし、豊かになったのはほんの数十年前。政治は混乱しているし国民は団結しない。

なるべく冷静かつ客観的に記述しようとはするものの、あんまり惨めな事実は強調したくないし、多少の成果は少し誇張もしたい。当然の気分です。

ほんと、大変です。それが実感できただけでもよかった。

このところテレビで助詞抜きの話し方が耳につきます。いや、しゃべくりではもっと前からかな。リポーターやタレントが話している分には、助詞抜きでもさほど気にならないが、堂々とテロップで表記されると非常に気になる。耳と目では違います。

いや待てよ。新聞の見出しなんかでは昔から助詞を省略してるなあ。文字数を節約するためなんでしょうけど、こっちは一応考えられていて、さして違和感ありません。

えーと、気になる助詞抜きテロップの例はないか・・と考えてみましたが、意外と思いつかない。間違った例を考えるのって、難しいものなんですね。で、好例ではないですが、たとえば「弾道ミサイル発射した」というようなケースでしょうか。「弾道ミサイル発射」「弾道ミサイルを発射した」のどちらかにしてほしい。なぜ「」を省略したのかが不明。

テレビのテロップ関連ミスはべらぼうに増えてるし(極端にいうと1日に1回くらいは訂正謝罪を聞く)、日本語センスのないスタッフがあわただしく作成してるからでしょうか。それを校閲チェックする仕組みもたぶんできていない。

だいたい「を」は嫌われてきたような気もしますね。鋭く、明確すぎるんでしょうか。そのうち消え去る助詞かもしれません。

「を」と「が」の誤用に関してはもう文句言うのがアホらしい。「お菓子が売っています」というパターンです。誤用というより、日本語が変化したと考えるべきなんでしょう、きっと。

tokyohatobanai.jpg ★ 武田ランダムハウスジャパン

東京という地名は特に関係なし。強いていえばオリエンタルでエキゾチック・・ということでしょうか。

で、ヘンテコリンな都市東京へ飛ぶ飛行便がトラブルになり、乗客はとある空港で夜を明かす。暇なんで、順番にお話をする。現代版アラビアンナイト、あるいはデカメロンですね。

語られるお話は、ま、現代感覚の童話です。ちょっとシュールなところもあるけど、さして感動的な内容でもありません。ま、それだけ。読んで損もしないけど、とくに得もしない。
shuugoroden.jpg★★ 白水社

山本周五郎といえば木村久邇典と思っていましたが、こんな人も書いている。ずいぶん分厚いし新しいし版元も白水社なんで、借りだし。

一読。けっこう飛ばし読みしました。この本、「周五郎の作品解説」ではなく、あくまで「周五郎という人間\論」なんですね。幼少期がどうだったとか、恩人に対する態度がどうだったとか、女がどうだったとか、勘違い男だったとか、かなり嘘つきだったとか、ストリンドベリがどうだとか。

あまり楽しい本ではなかったです。ほぉーという新事実もたくさんありましたが、なんか鬼の首をとったような自慢たらしい(そう感じる)著者の書きっぷりがイラついてきます。

なんやかんやの評論家や作家の文章をあちこちから引用しながら、なんとか自分の論拠を正当化してばっかり。(そういう印象が強く残る)

なんですかね、随所で弁解はしていますが、要するにこの人は周五郎が好きではない。対象を好きではない好例としては、たとえば猪瀬直樹の「ピカレスク 太宰治伝」なんかがあります。猪瀬はグチャグチャ悪口書いてますが「そりゃ性格合わないし、嫌いなんだろうなあ・・」と読者が納得できる。けっこ理詰めで楽しくスッキリ読める。本当は「愛憎」というべきなのかな。

どこが違うんでしょうかねぇ。「周五郎伝」は、なんか後味が良くないです。書かれていることは事実としても、気分の悪い本。周五郎伝ファンにはお勧めしません


karasu.jpgここ10日ほど、ベランダの前の電柱にカラスの親子がうろうろしています。そうですね、大きさからいったら子供は中学生程度でしょうか。電線にとまってボーッとしているなと思ったら、もう一羽が飛んできて、餌をあたえているんで親子と気がついた。親が大きな口をあけると子供が中をつっつく。

で、ひとしきり羽根つくろいすると、また親は餌を探しに飛び去る。子供は同じところで暇そうに時間つぶし。このへんの役にたたなそうな行動はまだ幼稚園児みたいです。

いつもいるわけでもないんですが、日に数回はやってきて遊んでいます。この場所が気に入ってるんでしょうかね。

もっぱら米沢でのいろいろ。弟の軸丸を芦名へやりたいとか、正妻がいじけているとか、岩下志摩の実家贔屓で政宗がイラつくとか。で、猫御前(飯坂の局)が登場。

身内話なんですが、けっこう見応えはありました。

佐竹・芦名の結びつきにメンツをつぶされ、芦名許すまじ・・と執念の炎をやす政宗ですが、これ、結局どうなったんだっけ。伊達が勝ったのかな。勝ったけど、その後の秀吉采配で、会津は放棄させられたような気もする。で、その後は蒲生で、蒲生氏の後が上杉かな。このへんの記憶というか知識はかなり曖昧です。

dokuganryu2014.jpgこのドラマ、南奥州でゴタゴタ大騒ぎしている間に中央の秀吉が大勢力になっている。なっているけど、どれほどの力なのか、わからないですよね。「伊達は島津みたいに弱くはないぞ」と強気の成実がわめくのも当然です。三浦友和、キリッとしていてほんと豪気の武将を好演しています。
まだ二本松攻めに手こずっているものの、だいぶ展望が開けた段階。

で、例のパターンで仲介が入ります。城兵の安全撤退をみとめる代わりに城を明け渡す。後家のふんばりで頑張っていた市毛良枝は一粒種(か?)の子供を連れて涙ながらに退散。市毛さん、正直言ってそんなに美人女優じゃなかったんですね。なんとなくもっと綺麗かと思っていた。

伊達家では他にはたいした事件は起きません。小十郎の息子の命が助かったとか、ようやく論功行賞ができたとか、経理総務部長が決まったとか。政宗は得意々々。

中央では大事件というかターニングポイント。津川家康がついに関白に屈伏します。そうそう、前段階の朝日姫・野川由美子もけっこうよかった。いかにも田舎くさくて、兄との関係も肉親であるようなないような微妙さがあって、好感。

で、秀長邸での党首会談はやはり見物でしたね。勝新の秀吉もまあ想像通りで悪くなかったですが、津川雅彦の家康は出色。目の前で下品にガツガツ食べる秀吉を見る視線、思いもよらないことを提案されたときの反応。ほとんど無表情ながらいかにも喰えない男を演じてくれました。最高です。

dokuganryu2014.jpgこうして中央と東北の片田舎を対比すると、なんといっても政宗は小物。しかも自分の立場をまだしっかり認識できていない状況です。

楽しい45分間でした。

知人のメールアカウントが、どうも乗っ取られた模様。相談を受けました。AOLのWebメールです。たぶん数百人に怪しいメールが発信されたみたいで、私も受信しましたが、一見するともっともらしい内容の英文。旅先でトラブルにあってお金に困っているというような趣旨。

helpMail.jpgアカウント詐称のなりすましだけなら珍しくないですが、ヘッダの記述はいかにも本物っぽい。実際、騙されたふりをして試しに返事を出した人もいたという話ですが、きちんと返事が返ってきたとか。これはすごい。で、不審に思ってヘッダをもう一回調べなおしたら、本人アカウントと非常にまぎらわしい別のアカウントが Reply-To にこっそり書き込まれていました。わざわざ紛らわしいAOLアカウントを作ったんか。

たぶんそのままやり取りをしていくと、お金を振り込ませたり、あるいはフィッシングページへ導入するんでしょうね。

数百人に送られたということは、アドレス帳が盗まれたということです。通常、こうした場合はパスワードを盗まれた可能性が高いので、入念にセキュリティソフトを走らせたものの、とくに汚染されているような気配もない。聞いてみたらPCのローカルにアドレス帳は作ってないそうです。直繋ぎではなく一応ルーターを仲介しているし、ソフトも走らせているし、回線を通じて乗っ取られたとも考えにくい。

で、パスワードを変更して一安心かと思ったら、なんかそれでも具合がおかしい。そのうちPW変更がきかなくなったり、アカウントが使えなくなったり、また元に戻ったり。おまけに「メールが届かないなあ」と思っていたら、なぜか削除箱に大量に仕分けられていた。メチャクチャ。

なんせAOLですからね、電話をかけて相談というわけにはいかない。それどころか問い合わせも「フィードバック」という扱いで、回答をくれるわけではないらしい。情報は受理するけど返事はしないよ。仕方ないから該当のメールアカウントを削除してしまおうと思ったら、それはできない仕様になっている。アクセスが途絶えてから60日だか90日経過するとようやく削除になるらしい。その間、やりたい放題ということかな。やれやれ。

数日バタバタしたあげく、AOLメールとは完全に縁を切ることにしたそうです。ただし接続会社としては特に問題はないようなので、プロバイダとしてはそのまま継続。メールアカウントだけ他の会社のものを利用します。ま、人ごととして言うなら、そもそもWEBメールなんかを信用するのがいけない。私、個人的信念ですが「クラウド」ってのは大嫌いです。

★★★ 文春文庫
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文庫で全3巻。読みごたえがあります。

子供のころは「朝鮮動乱」という名称で記憶していましたが、正直、細かいことは知りませんでした。せいぜいシーソーゲームのように戦線が上下し、最後は板門店で休戦。途中でマッカーサーが解任されて日本を去った。日本経済の復興にとっては強い追い風だったし、日本の再軍備も促進された。ま、その程度です。


なるほど。当時の韓国、北朝鮮に比べると経済的にも軍事的にも超弱体だったんですね。米ソによって暫定分割支配された時点で、北側のインフラがはるかに勝っていた。軍事力もケタ違い。

で、朝鮮軍の全面侵攻にあっというまにガタガタになってしまって、一気呵成に釜山まで追い詰められた。ただしこの朝鮮軍、朝鮮語を話せない兵士が多かったと書かれています。要するに中国で編成された朝鮮族系が主力の軍だったらしい。

こうした国外編成の軍隊は、たぶん実戦経験もあり、装備も(韓国軍にくらべれば)良好。おまけに韓国内には金日成を支持するゲリラもたくさんいた。当時の李承晩政権、はっきりいってかなり酷かったようです。韓国がいいか朝鮮がいいか、民衆にとっては判断の分かれるところだったでしょう。金日成英雄神話もまだ健在だったでしょうし。

とういうことで国連軍は半島から駆逐されそうになったけど、マッカーサーの大博打である仁川上陸が成功して一気に挽回。そのまま中朝国境近くまで追い詰めたことろで待機していた中国(義勇)軍がウンカのように参入。共産中国もまだ建国して日が浅い頃です。装備はべらぼうに貧弱。雪の中、綿入れ服にトウロモコシ粉と食料油の瓶を持参して、ドラやチャルメラを鳴らしながら人海戦術で押し寄せる。武器は手榴弾や迫撃砲が主役。

アメリカは大統領トルーマンと東京のマッカーサーが犬猿の仲です。で、国連軍(実質米軍)は韓国軍を完全に馬鹿にしている。韓国軍もそれなりに頑張ったんでしょうが、実戦慣れしていないし、なんか「中国恐怖症」「戦車恐怖症」の傾向があったらしく、すぐ逃走する。バカにしてる米軍もやはり練度不足だったり考えなしの能天気だったりで、勝つこともあるけどあっさり敗走もする。

完全に制空権をもっていた近代装備の米軍(白人)vs人海戦術・劣悪装備の中朝軍(黄色人種)。なんか読み進んでいるとだんだん気分が悪くなります。休戦会談の頃、「北朝鮮の連中も韓国と同じ言葉をしゃべるのか」と聞いた将軍がいたらしい。今でもそうですが、唯我独尊のヤンキー、現地の事情にまったく無知な連中が多い。ベトナムでもイラクでもアフガニスタンでも、ずーっと同じパターンが続いている。善意でお節介をして、ちっとも感謝されない。むしろ嫌われる。

休戦会談の取材も、最初のうちは韓国メディアは許可されなかった。中国、北朝鮮、米国のメディアはOK。韓国は不可。必死に交渉してなんとか代表取材を許されたらしいですが、要するに韓国はそういう扱いだった。当事者として認知されていなかった。

ま、ドサクサ紛れにいろいろ発生した韓国政府や軍上層部の汚職腐敗、民衆虐殺の事例も多々あったようです。哀しいですね。こっちは正義、こっちは悪逆。そうキッパリ言い切れればいいんですが、現実は往々にしてゴタ混ぜになっている。そうそう。米軍の要請(実質は強制)で日本の海上保安庁から半島に派遣の掃海艇がやられたりして、日本人も死んだそうです。知りませんでした。

こうして戦争の流れをみると、いまの韓国はよくまあ復興したと思います。狭い国土、乏しい資源とインフラ。あいつぐクーデタ。ベトナム特需とか日本からの援助なども大きかったんでしょうが、とにもかくにも漢江の奇跡をへて先進国の仲間入りをした。

まったく同意はしませんが、韓国が何かというと日本批判をしたがる気持ちもわかる。韓国関係の記事なんか見るとやたら「恨」という言葉が出てきますね。長い間、ずーっと酷い目にあってきたし、国内も混乱続き。アメリカに対しても、世話になったけど恨みも残る。この恨みをどうしてくれようか・・・てんで、そもそもは李承晩でしょうが、わかりやすい反日恨日を標語にして国家をまとめようとしてきた。ほんの少し前まで軍政同様の統治だった国です。日本にとって非常に迷惑な話ではあるものの、人間、なにかプライドや支えを持たないとやっていられないのも事実でしょう。

それにしても戦後、分割統治されたのが日本でなくてよかった。北海道東部を占領とか、あるいは下手すると東北以北をソ連という可能性もあったようです。ソ連の千島侵攻がもう少し早かったら・・・米国の政策がちょっと違っていたら・・・などなど、いろいろなタイミングと偶然の積み重なりで現在の日本がある。ひょっとしたら「朝鮮戦争」の代わりに「日本戦争」だった可能性だって、ほんの少しはあったかもしれません。


書いた原稿、消してしまった。こういうミス、あんまりやらないんだけど、あららら。

とういことで今回は簡単に。

常識を知らない若僧を成敗しようと、佐竹を盟主とした大軍が雪の中を押し寄せます。伊達の大ピンチ。

遠藤基信と鬼庭左月のコンビが消えてしまいました。基信は雪の墓前で割腹。腹切っただけで死ぬのは大変だから、きっと首も刺したんでしょうね。

鬼庭左月は死にどころを探している気配でしたが、ふと思いついて戦闘に参加。政宗から采配をもらい、ニコッと笑って鍔を鳴らして金丁して出発しました。こういう何気ない金丁シーン、いいですね。わざとらしくない。

乱戦で御大将政宗が自ら太刀打ち。通常、こういうパターンは見ていられないんですが、今回はそんなに不自然でもなかった。政宗があまり格好よくなく、無様に転げ回ってたからでしょうか。

dokuganryu2014.jpg同じ太刀打ちでもたとえば清盛と義朝とかのは酷かった。時間も長いし周囲もシーンとして眺めてるし。今年も若いころの官兵衛がやってました。基本的に大将は個人技で戦っちゃいけません。(たとえば豪勇最上義光が鉄棒振り回すってんなら許可。あの人はやりかねない。今年でも黒田長政なら仕方ないですね)

老臣たちが消え、和尚さんも南アルプスへ旅立ち。政宗の周辺は寂しくなりました。

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