2015年5月アーカイブ

daiei100_2015.jpgちょっと涼しい日を選んで上野の東京都美術館へ行ってきました。混んでるようなら向かいの東京国立博物館(鳥獣戯画)でもよかったんですが、どっちも行列にはなっていないようでした。

天気予報の連中は「気温は少し低いが湿気があるからムシムシする」とか言ってましたが、いやいや、けっこう爽やかでしたね。帰宅してからの天気ニュースでも「今日はムシムシしました」とあいかわらず言うておる。言ったことにこだわってるな、お主

東京都美術館のだしものは「大英博物館展 100のモノが語る世界の歴史」です。大英博物館のコレクションから100点を選んで展示というもので、けっこう良かったんですが、惜しいかな、展示スペースがちょっと狭い。狭いところに100点ですから、たいして混んでもいないのに余裕がない。あんまりゆっくり眺めるような設置になっていませんでした。

コレクションの中では、そうですね、有名なクローヴィスポイント。新大陸で発掘の小さな尖頭器ですが、展示されていたのは完全に芸術品ですね。こんなに精緻で美しいものとは知らなかった。あの時代、石をこれだけていねいに細工しようとした連中がいた。説明書には「一定の手順通りに(坦々と)作業して作成したものだろう」というような趣旨が書かれていました。なるほど、美術品ではなく、実用品なんだ。

そうそう。アボリジニの編み籠とかいうのも驚きでした。なんとなく粗い繊維で編んだ袋をイメージしていましたが、とんでもない。コーティングしたような精緻なものです。材料表示がなんかの繊維と樹脂とあったので、松脂(ではないでしょうが)のようなものを塗り込んだんでしょうか。たぶん防水。水を入れて運べるような綺麗なトートバッグでした。実際に見ると、イメージがまったく違って楽しいものです。

帰路、せっかくなので池之端の伊豆栄で食事。いちばん安い鰻重の松が2700円でした。甘みを押さえた味で、個人的には好み。大きな店舗ですが、雰囲気は良くも悪しくも下町ふうです。上野ですからね。ちなみに鰻重と鰻丼があり、どっちも値段は同じ。なんででしょうか。やはり下町感覚で「お重なんざ偉そうで喰えねぇやい」という人向けなのかな。

★★★ 中央公論新社
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後漢の光武帝が主人公です。劉秀。若い頃はさして欲もなく「仕官当作執金吾 娶妻当得陰麗華」と呟いたとか。官につくなら執金吾、妻をめとるなら陰麗華。この有名なセリフ、なぜか曹操が言ったとばっかり思っていました。どこで混同したのだろう。

ことほど左様に、光武帝のことを(自分は)ほとんど知りません。あんまり小説もないようですね。安定感のある宮城谷が書いているんならそこそこ読めるだろうと借り出した次第です。

なるほど。いわゆるデキスギ君なんだ。兄は野心タイプだったけれども弟の劉秀は人格円満、英雄型の人間ではなく、かなり地味。その代わり信用はあった。劉家末裔の豪族であることは確かですが、たいして富もなかった。

王莽の時代が長く続かないだろうという雰囲気は広くあったんでしょう。きっと世は乱れるだろう。乱れるだろうといったって、真っ先に反乱を起こすのは危険すぎます。全国各地、野望をもった連中はじっーと様子を見ていた。

で、各地でいろいろあってついに兄が復漢の旗をあげる。そのへん(湖北)の一族もいっしょに立ち上がって、劉秀ももちろん協力する。で、予想外なことに、地味な劉秀はなぜか戦争の天才だったんですね。戦えば勝つ。大軍を相手にした絶望的な戦闘でも寡兵の劉秀は突破する。そしてある程度のテリトリーを占有した時点で、なぜか兄ではなく一族の凡庸な他の劉さんが皇帝として推挙される。えーと、更始帝です。あんまり能力のないほうがシャッポとして頂きやすい。そういう反乱軍有力武将たちの判断らしいです。

で、当然のことながら更始帝一派にとって劉秀の兄は邪魔者です。なんくせつけて殺される。兄を殺されても劉秀は恨んだりする素振りもみせず、ひたすら隠忍。たぶん、たいして害になるような人物ではないと見られたんでしょうね。そのうち将軍とし河北へ派遣されて、いわば虎が野に放たれた形です。あとは(時間はかかったけど)一直線の道のり。有力反乱軍の赤眉が長安にせめこんで、更始帝は殺される。ガタガタしているところへ力を蓄えた劉秀が乗り込む。一族の皇帝を自分の手で弑せずにすんだ。こうして光武帝の全国制覇(まだ多少は未帰属はあったけど)。

そうそう。「妻を娶らば陰麗華」の陰麗華は奥さんになっています。18歳で迎えられたと書いてありました。当時としてはほとんどオールドミスです。信じて待ったんでしょうね。あいにく政治的理由から光武帝の皇后はすでに決まっていたけれど、これもしばらく我慢した後にめでたく立后。産んだ子供も二代目の皇帝になった。

えーと、なるほど。後漢は200年くらい続いたのか。

この小説、なかなか面白かったですが、どうも劉秀というキャラクターは難しそうでした。人格円満すぎて特徴がない。たとえば北では逃避行するとか、北方の有力者のご機嫌をとるため、有力者の姪を皇后にするとか、けっこう政治的な行動も実はとってるんですが、そのへんを宮城谷昌光はあまり詳しく書いてくれない。おまけに戦闘や攻城でも、なぜか劉秀の判断はピタピタ当たる。まるで天才みたいです。ま、天才だったんでしょうけど。

なんかの記事に、後漢の皇帝はみんな若死にしたと書いてありました。血筋でしょうか。皇帝が幼いから外戚が力を持つ。対抗して宦官も力を持って抗争する。後漢の宿痾です。


ベランダから見える電柱、移設工事をやっていました。最初は何やってるんだろうという感じでしたね。古い電柱の数メートル先に大型ドリルのようなもので穴を掘っている。それから新しいコンクリート電柱の中央付近をクレーンでぶらさげて、数人がかりで上手に縦位置にしてから穴に差し込む。穴に差し込むと主任みたいなオヤヂさんが、スケール使って穴の縁からの距離を計っているようにみえる。決まりがあるんでしょう。

けっこう深く差し込んでいるようですが、差し込んだ当座は見るからに傾いでいます。それをコチョコチョ補正していくと、いつの間にか垂直になる。見ていて飽きません。タラタラした作業のようですが、時々見るとその度に確実に進捗している

やがて数本の電柱の根元でそれぞれ工事車(バケット車というらしい)に作業員を乗せて持ち上げ、いっせいに電線付け替え作業。まったく新品と交換ではないようで、古いほうの碍子から線を外して、新しいほうへ引っ張っていく。トランスもそのまま移動のようです。長さが足りない部分は延長しているのかな。電線の途中が黒いテープ巻きになってるんで、その部分で接続しているんでしょう。

こうした作業を、まったく停電させることなくやっているわけで、不思議だなあ。バケットに乗った作業員がときどき黄色いカッパみたいなのを着込むのはたぶん感電防止。危険作業のときなんでしょうね。手袋も薄手の白を付け、更にその上から頑丈そうな作業手袋を重ねて付けている。

denchuutape.jpg調べてみたら、一番上を通っている3本の線は高圧らしいです。なるほど。

一段落したんで、これでオシマイかと思ったら、古い電柱はまだそのまま放置で黄色のカバーが巻き付けられていました。たぶん感電防止の保護カバー。あるいはケーブルが触って擦れないようにしているのかもしれません。

よく見ると古い電柱の下のほうにケーブルが数本残っていました。JCOMという名札がぶらさがっていたから、こっちは光ケーブルなんでしょう。東電の作業はもう終了だけど、通信線は担当がまた違うってことか。来週あたりにあらためて作業するのかな。

読書ジャンルで書いた「黒書院の六兵衛」ですが、以下は余計なお世話、蛇足の謎解き。謎のままのほうがいい人は無視してください。

・・・・・・。

小説では最後まで素性のはっきりしない的矢六兵衛です。謎のままでもかまわないものの、でもこんな奇妙な人間が実在する可能性はあっただだうか。もし実在したとしたら、どんな境遇の人間か。
壊れ豆腐の頭をしぼって考えてみました。

六兵衛、育ちもいいし礼儀をわきまえている。文武両道に長けていて幕府に愚直な忠勤をつくす。顔を知られていない。ここまではクリアする条件としてさほど大変ではありません。ごく稀にはそんな武士がいても不思議はないです。ところがなぜか金がある。数千両をポンと用意するだけの資産がある。ここが不思議。おまけに夫婦そろって手が荒れている。うんうん。こうなるとありきたりじゃないです。

どうも浅草弾左衛門絡みしか思い当たりません。可能性としては、弾左衛門に可愛がられて養子になった男とか。なんなら婿養子でもいい。金はある。武士になりたい。徳川家に忠義をつくす。うん、これならけっこう可能性がありそうです。

浅草弾左衛門を知らない人は、てきとうにググッてみてください。ググッてから「知るんじゃなかった」と後悔しても責任は持てません。

★★★ 日本経済新聞出版社
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幕府瓦解、江戸城は総退去。ところが西の丸にたった一人、身じろぎもせず座り込んでいる旗本がいた。

そういう珍妙な設定です。

尾張徳川の上屋敷(市ヶ谷)につとめる御徒組頭が、たまたまの成り行きから江戸城に乗り込みます。官軍の「物見の先手」として行けという命令。代々の江戸定府で勝手もわかるだろうから適任だという。

尾張家はさっさと官軍に乗っています。したがって尾張家家臣として文句は言えないんですが、たかが陪臣、江戸城のことなんか知ってるわけもないし知人もいない。仕方ない、慣れないダンブクロにシャグマをかぶって、死ぬ覚悟で江戸城西の丸に乗り込みます。

西の丸、みんな退去してもうほとんど空き屋です。でもまだ大奥には天璋院様や静寛院宮様がいるし、茶坊主たちも健在。で、広い座敷を一つ一つ調べていくと、とある座敷に微動だにせず誰かが端座している。聞けば御書院番の旗本だという。理由は不明だけど、とにかく座り込んでいてまったく口をきかない。要するに幕府が健在であったときと同じよう勤めている。つまり座っている

寄ってたかって追い出せばいいはずなんですが、なぜか実質的総元締めの勝安房は「暴力をふるうな」と言う。ここで頑固な旗本が殺されたということになると、上野の山に籠もっている彰義隊の連中を刺激する。おまけに江戸城にはもうすぐ京都から天皇が遷座する予定なんで、ここで血を流すなんてとんでもない。

なんか理解不能な理由ですが、とにかくそういうシバリがあって、この旗本・的矢六兵衛が自主的に退去してくれるように手をつくすしかないわけです。

座り込みの旗本、なんとなく頑固一徹な爺さんみたいですが、意外や意外で六尺豊かな大男、キリッとしていて肝がすわっていて礼儀作法もきっちりしている。ヤットウも達者。何カ月もの間、ひたすら端座して微動だにしない。夜も横にならない。茶坊主が用意した握り飯と香の物だけは口にする。トイレはササッと近くの廁に行って用をたしているらしい。

おまけにこの御書院番士・的矢六兵衛、最初のうちは玄関近くの虎の間を占拠だったけど、そのうち大広間に移り、やがては帝鑑の間、その次は・・・とだんだん奥へ移動して最後は黒書院に座り込む。黒書院ってのは将軍が使う応接間ですね。最高格式。非常に困る。

これをどうするか。そもそも的矢六兵衛とはどういう人物なのか。なんやかんや、後半はだんだんファンタスティックになってきますが、ま、それも達者な浅田次郎なんで、楽しめます。かなり無理スジなストーリーをなんとなく納得できるように作り上げてしまう。なかなか楽しかったです。


★★ 河北新報社
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震災の後、手書きの壁新聞を出したところがありました。あれ、どこだっけ。なるほど、石巻日日でしたか。さすがに河北新報ではなかった。

河北新報社はいわゆるブロック紙です。けっこう大きな新聞社。例の「白河以北一山百文」に反発しての紙名だったそうですね。これは知りませんでした。

たぶん本社は仙台市の中心(だろう、たぶん)に位置するため、直接の大きな被害はなし。非常用発電機もあったからすぐ電気もついた。さすがです。組版サーバがひっくりかえって、しばらく苦労したけどたけど、ま、それもすぐに復旧。(その日の夕刊は新潟日報で組んでもらい、。あちこち回戦を迂回してデータを送ってもらったらしい)

暫くの間は家から電器釜をもちより、手分けして飯を炊いて女子社員が総出でオニギリを握った。みんな泊まり込みなんで、食事の手配が大変だったようです。もちろん海の近くの販売店もけっこう壊滅状態でした。取材車のガソリンもないし、販売店へ新聞を届けるのも時間がかかる。こういう場合、ロジスティック担当の総務が大変です。

食い物が不足するとみんなイライラする。もちろん取材もままならない。そもそも被災者に上から目線で取材することが正しいのかどうか、だんだん自信もなくなってくる。そもそも自分も被災者であり、報道者であり、恐怖におびえる個人でもある。難しい葛藤です。

とかなんとか、なかなか面白い内容ではあったんですが、うーん、読み物としてもドキュメントとしてもちょっとクォリティが低いというか、惜しい。なんですかね、サラリと書いているようで肩に力が入っている。申し訳ないですが、あんまり「高品質」ではなかったです。その意味で★は2つ。


★★ PHP研究所
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あちこちツマミ食いしながらの歴史エッセイあれこれ。

サラリと読めます。特に目新しいことも少ないのですが、タバコ禁令は面白かった。

徳川時代初期、タバコが禁止されたんだそうです。理由はあれこれ言ってますが、たぶん要するに新しいことを幕府が嫌ったんじゃないか。長いキセルをもってプカリとやる姿がどうも気に入らない。刀の派手な朱鞘もそうだし、長すぎる刀も禁止された。どう考えてもたいした理由はなさそうで、単に「あの態度は気に入らない」だけだったような。

ついでですが、士農工商といいますが、少なくとも江戸初期まで商人はとりわけ差別されていたわけではない。商人を圧迫する姿勢が出てきたのは紀伊國屋文左衛門の頃じゃないだろうか。

で、タバコ。薬として愛用されたらしいですね。先日みた「独眼竜政宗」でも、政宗は朝とか寝る前とか、決まった回数だけ煙管をふかす。嗜好というより体にいいからということなんでしょう。

当然のことながら禁止令はべらぼうに評判が悪い。そのうち河原の乞食までが偉そうにプカーッとやっているのを見た商人が「こんな連中まで喫煙をしているんだから、いまの禁止令もそのうち解除になる」と見抜いて、余っていた煙管を大量に買い集めた。で、解除になってからの煙管需要に乗って大儲けした。これが実は白木屋の始まりだった。

というもっともらしい話ですが、さすがに嘘だそうです。


★★ 文藝春秋
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選集5 アジアの中の日本」に続いて借り出し。とにもかくにも海音寺潮五郎と子母澤寛が対談に登場していると知った以上、読まないわけにはいかないです。はい、どっちも大好きです。

海音寺潮五郎は、司馬遼太郎が駆け出しというかまだ作家のタマゴ段階の頃に激励していたんですね。なんか従来作家とは違う資質をもっていると見抜き、続けなさいよと手紙を送った。自信を失いかけていた司馬遼太郎はその手紙に励まされた。このまま小説を書き続けてもいいのかもしれない・・と自信を得た。

海音寺はなにしろ堂々たる人です。晩年は西郷を書くことに専念したくて他の仕事をすべて断った。理解してほしい、私の財布の中にはもう残りがないんだという。悲痛というか、意志が強いというか。でもたしか西郷、完結はしていなかったような気がします。彰義隊のあたりで終わったのかな。もう少し時間が欲しかった。

子母澤寛の場合は、あまり饒舌ではない印象。でしゃばるのを嫌う江戸っ子気質でしょうか。含羞の人。ちょっと引っ込んでニコッと笑っているようです。結果的にあまり面白い話が少なかったのかな。この巻でも集録ページ数はさして多くないです。

その子母澤寛で印象に残っているのは、土方歳三ら旧幕艦隊の宮古湾襲撃のエピソード。これはどう考えても新政府軍がボロ負けするはずの決戦だった。しかし、旧幕軍はやることなすことツキがない。しかも新政府軍の軍艦が一隻、絶好の位置にいて、しかも日本に3丁しかないガトリング銃のうち1丁が装備されていて幕府艦隊を向いていた。それが春日、東郷平八郎がガトリングの係だった。本当かなという気もしますが、ま、ご愛嬌。

どっちにしても土方歳三はもう運を使い果たしていたということでしょうね。それに比べて若い東郷平八郎はツキまくっていた。不思議なもんです。

そうそう。後半に登場の大江健三郎は「やはり」という印象。論理とか観念の人ではなく、感性の人のような気がしました。司馬が豊富な知識でしゃべりまくって論理の風呂敷を拡げると、大江がボツッと記憶や感覚の話をする。かみ合っているようないないような、ヘンテコリンな対談です。


昼食の時間、テレビをつけたら大河ドラマの再放送をやっていました。うーん、最近は呆れて見ていなかったのですが、あいかわらず奇妙です。

なんか魚屋の息子(松浦亀太郎)が京にのぼって、長井雅楽を殺そうとする。長井雅楽ってのは藩是である「航海遠略策」の提唱者。ま、久坂玄瑞など村塾関係の血の熱い連中からすれば「誅すべし!」なのはわかりますが、それにしてもなんで出刃包丁持って襲いかかるのか。魚屋だからですかね。捩じり鉢巻きして魚を捌いているシーンもあったし。(魚商の子供であったことは事実らしいですが、京都で絵を学んだり、そのうち藩士の家来(陪臣)になったりもしている。少なくとも脇差くらいは差していたでしょう。魚屋=貧乏と決めつけて長屋のボテ振りふうにするから話がおかしくなる)

そして詳細は不明ですが留守中の萩の女衆はカマボコ作りに励んでいます。過激派連中の活動資金作りのようです。そんなに急に作れるんか。そんなに儲かるんか。それどころか亭主の蔵書を勝手に売っぱらう女もいる。

で、これもなんか経緯は不明ですが、(謹慎中のはずの)久坂玄瑞が重役の周布政之助に詰め寄っている。死んだ亀太郎の志を無にしてはいけないんだそうです。でも「志」って何だ? 亀太郎ってのは要するに藩の立場からしたら要人テロ未遂犯です。外務大臣暗殺未遂犯(魚屋)の名誉回復を、官房長官に対して迫っているような構図。

どうもよくわからん。不思議な脚本です。もっとも当時の長州藩ってのも理解不能で、飛ぶ鳥落とす勢いだった長井雅楽がどういう経緯で失脚させられたのか。もちろん桂小五郎なんかが中心になって表から裏からいろいろ工作して、その結果として藩主が「そうせい」と宣言したんでしょうが、それにしてもいきなりガラリと藩論が変化する。日米安保を捨てて日中同盟に変えるくらいの大激動です。そして長井は責任をおしつけられて、切腹に至る。

こういう複雑な時代の流れは、かなり丁寧に描かないとワケワカメです。長井雅楽追い落とし事件だけでも、たぶん陰謀やら策動やらいろいろあったはずで、2週か3週を使わないと無理でしょうね。面白そうだけど、実現不可能。

★★★ 文春文庫
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本棚に転がっていたもの。新田次郎も昔はけっこう読んだ記憶があるが、これはたぶん未読。

なるほど。劔岳=剣岳って、登ってはいけない山だったんですね。いわゆる立山信仰ですか。立山連峰のうち剣岳はとくに険しくて人が登ったという記録がない。立山曼荼羅では地獄の針山としてとらえられていたとか。

そういう山であっても地図作成のためには三角点を置かなくてはなりません。で、日露戦役の終わった頃、これまで空白だった立山周辺も5万分の1地図を作成することになり、参謀本部陸地測量部(当時は陸軍が測量していたんですね)が測量官を派遣。

なんせ陸軍はお役所なんで、こうした三角点設置も年度予算にあわせて1年で終える必要がある。ここは大変だから数年がかりで・・なんてことは陸軍のお偉いさん、絶対に許してくれません。実際に仕事をするほうは大変です。

ということで柴崎芳太郎という測量官がえらい苦労しながらあちこちに三角点を置き、現地の長次郎という案内人の協力を得て最大の難所である剣岳にも登攀。ところが頂上には朽ちた宝剣と錫杖が残されていた。ひょっとすると奈良時代あたり、修験者が残したものかもしれない・・・。

そうそう。「点の記」ってのは、要するに三角点を設置した経緯の記録なんですね。これを書き残し正式文書として提出しなければならない。公文書ですから、非常に坦々とした無味乾燥な代物ですが、たぶん新田次郎はこれを元にいろいろふくらませた。したがって小説に書かれたことは、一部の事実の他はほとんどがフィクションと思います。

そにれしても大変だ。ずーっと厳寒の雪の上でテント暮らしを続ける。ワラジに鉄鋲はめてアイゼン代わり。ストックの代わりに鳶口持って登る。えらいこっちゃ。

★★★ 河出書房新社
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人民、領袖など10のキーワードによるエッセイです。

文革が始まったとき余華は6歳。数歳上の兄を英雄のように眺めながら、子供も子供なりに当時の空気に浸ります。街では男たちが殴り合い、昨日勝ち誇っていた英雄が今日は打倒される。親しい友人の父がいきなり走資派としてさらされる。子供たちも尻馬にのって走り回ります。

ほとんどの男どもが自己批判させられましたが、なぜか余華の父はそれをまぬがれてしまった。偶然でしょうね。しかし、だからといって自己批判しないことは危険です。賢い父は母と相談し、一家で批判集会を開きます

家族が次々と自己批判します。よく理解できていない子供も「なんか言いなさい」と勧められて、必死になって批判する。全員が軽い罪を告白し、批判し、やれやれ。批判内容を壁新聞に書き出します。

これで世間に対して「批判集会を開きました」と胸を張って言えます。よかったよかった。子供たちは新聞を外に貼りだそうと提案しますが、それは少し困る。父母は適当な理由で言いくるめて、新聞を子供の寝室に貼ることにしました

なるほど。なんとなく中国人民は保身のため相互を打倒していたのかと思っていましたが、かならずしもそればかりではない。半分くらいは「これは正しいことだ」と感じていたんじゃないだろうか。半分は保身、半分は正義感

壁新聞、最初のうちはともかく、そのうち嫌いな隣人への誹謗中傷もけっこう出てきたようです。嘘でも本当でも、書かれてしまったらオシマイ。貼りだした新聞を剥がすのは反革命行為なので、あわてて新しい壁新聞をつくって上に貼ったりする人もいた。

打倒というやつ、ぶん殴って結果的に死ぬのは問題ないですが、刃物を使ったという話はあまり聞きません。以前から疑問に思っていましたが、紅衛兵同士の争いでは、銃弾をつかったケースもあったらしいです。やはり。どっかでは敵対する紅衛兵基地を破壊するために砲弾を使用した例もあったとか。

そして領袖毛沢東死去のニュースが高校二年。そうか、小学一年から高校生までの間、ずーっと文革だったのか。余華少年、もちろん勉強なんてほとんどしていません。ひたすら遊び回っては「正義」のために革命していた。少年たちは早朝、食料キップを換金(違法です)しようと町にやってきた貧しい農民をつかまえては叩きのめす。意気揚々です。後年、この思い出は余華の心に深い痛みとなって残ります。

そうそう。余華は歯科医です。当然都会のエリートかと思っていましたが、実際には高卒の「抜歯職人」のようなものだった。給料も工員とまったく同じです。毎日々々ペンチで腐った歯を抜いていることに耐えられなくなって、やがて壁新聞の経験を生かして小説を書き始める。虫歯屋の境遇からの脱出です。文革が終わった当座はとにかくみんな活字に飢えていた。だから投稿原稿でちょっと良ければすぐ採用してもらえた。その短期の好機を生かすことが出来て作家となった。

英訳本を評して、ヘミングウェイの文体を連想させると言われることがあるそうです。余華曰く、要するに使っている言葉が難しくない。平易。「自分は十分に勉強できなかった。だから知っている言葉を使って書くしかなかったのだ」。短所は長所に変じることもある。いい例なんだそうです。

天安門事件についてもしっかり触れています。こんなに書いて大丈夫なのかなというほどですが、やはり国内では刊行禁止処分らしい。ただ台湾では刊行されたそうです。また中国本土でも読もうとすればネットを通じて読めるとか。

他にもいろいろ感じる部分の多い本でした。読んでよかった。


★★ 草思社
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中国系フランス人の作家らしいです。

則天武后という人、唐代初期の有名な「悪女」ですが、その評価は定まっていない。なにしろ中国で初めての女帝です。当然ながら後世の風当たりはべらぼうに強い。できの悪い息子たちを次々と処分して、えーい面倒だってんで自分が皇帝になってしまった。おまけに唐を廃止して新しい王朝まで開いてしまった。ま、本人が死んだ後は、そんなことはなかったことにされたようです。ちなみに武后の孫が玄宗です。

この人、科挙の仕組みを軌道に乗せたことでも知られています。有力貴族に支配されていた官僚制度に新風をふきこんだ。本人がそもそも貴族の娘ではなく、しがない平民というか、地方官の子供だったことも影響したかもしれないです。

とにかく革新的で、有能果敢。新しい政治をガンガン進めた。何かの歴史書では、彼女の政治は非常に有効だったと評価されていました。念願だった高句麗も征伐。常に弊害の多かった外戚制度も押さえたようです。自分の実家の家系ですから、本当は不利になるんですが、たぶん自信があったんでしょう。それだけ強烈な権力を握っていた。

皇后になって最初のうちはだらしない亭主の代わりとして、御簾の陰に座っていたんですが、そのうち面倒になって顔をさらすようになった。もちろん反対勢力も多かったですが、容赦なく弾圧、断行。バッサバッサと斬っていったら、あらら、息子も親戚も、ほとんどいなくなってしまった。寂しいけど、ま、いいか。

小説はちょっとファンタスティックな文体の一人称で叙述されます。幼女時代、後宮での生活、やがてまだ若かった王子(高宗)の目にとまり、のし上がってついには皇后。そして出来の悪い息子たちをしりぞけて女帝。歳をとり、だんだんワンマンになってお気に入りを可愛がりだす。バカなことやってるのは承知だけど、それくらい許してよ。いいじゃないの。最後の最後はまさかの宮中クーデタ。強請されて廃位の書面にサインしますが、本音としてはもうどうでもいい。ワタシ、疲れたの。やれやれ。


★★★ 河出書房新社
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舞台は都会ですね。時代もほぼ現代。主人公は特に特徴のない平凡なサラリーマンです。

で、主人公は食堂の爆発事故で死亡。フラフラと葬儀場へたどり着くものの、ここの待合室もVIP席(豪華ソファー)と庶民席(安っぽいプラスチック椅子)に分かれている。死んでも幹部役人や金持ち優先です。死んだんですが誰も墓を作ってくれないし骨壺も買ってくれないんで、往生できないことがわかる。

こうして行き場のない主人公はあちこち彷徨い、いろんな死者と会います。野心をいだいて別れた奥さん、強引な地上げで殺された住民、ヘアーサロンで働いていた貧しいカップル、キンタマ蹴られたオカマと若い警官、悪徳病院経営者にゴミとして川に流された堕胎嬰児たち。さまざまな社会矛盾が描かれますが、決して告発ではなく、そのトーンは透明感があります。なんせ見ているのが「死者」ですから、超越している。

登場する死者たち、生々しく怒りはしないものの、泣きます。悲しみの感情だけはまだある。ガイコツになった眼窩から涙を落とす。

まるで長い長い詩のような一冊でした。原題は「第七天」。地元中国の評価は賛否両論のようです。


★★★ 河出書房新社
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兄弟」で名前を覚えた中国作家です。

これも良い本でした。タイトルはなんか悲惨な内容のようですが、実はそれほどでもない。貧しい農民が、危機に瀕したタイミングで血を売る。ネガティブな打ち出の小槌。

ま、売血なんて日本でもちょっと前までよくある話でした。貧しい労働者や学生など、あんまり気はのらないが、いざという時は売血。常習者による「黄色い血」とかいって不良血清が社会問題にもなった。いつの頃からか献血運動の高まりによって一掃されてしまいました。

日本以上に、中国文化では親からもらった血を売るという行為はおぞましいもののようです。だから金になると知っていても、通常はやらない。大躍進の前の時代、400cc売ると貧農の収入の半年分になったと、この小説では書かれています。

で、お馴染み、頑固頑迷で健康、典型的な庶民が嫁さんもらって子供を三人つくる。本人は工場の運搬係、奥さんは油条(揚げパンですね)の販売員。ところが長男はどうも違う男の子供らしいというので主人公は悩みます。ん、悩むというよりプライドを傷つけられるという感じでしょうか。このへんの男の反応とか、奥さんの反応(ケンカをするとすぐ戸口に座り込んで、近所隣に大声で訴える。しゃべりちらす。陽性です)がいかにも。

そうそう。血を売る前には川の水を8杯飲む。同じ量を売るなら血を薄くしたほうがトクだからです。売った後は回復のため食堂でレバ炒めを食べて紹興酒を一杯飲む。これが必須。

大躍進とか文革とか、後半、ちょっと悲惨になるかなあ・・・という方向でしたが、そこをうまく交わしてまずまずのパッピーエンド。読後感もまずまずです。

血が減るから水を飲むのではありません。どうせ売る血なら、水で薄めておこうという算段です。
ついでですが、女房が他人の種で産んだ子供に飯を喰わせ続けたから自分は損をした。損をしたマヌケと見られるのはメンツにかかわる。だから怒る。そういう理屈。


決してアウトドア派でもないのに、なぜか連休は高尾山へ。

ま、山頂までは登ろうなんて、最初から考えていません。ケーブル使って楽しながら、ちょっと新緑を見てこよう。ついでに麓のうかい竹亭で懐石を食べようかというプランです。

なるほど、都心からも近いし手頃な場所ですね。人気があるのはわかる。ただし連休にいくのは悪手だったようです。人が多すぎる。危惧したケーブル待ちは20分ですみましたが、登ってからがあちこちで渋滞。ケーブルを下りた付近は平坦なのであちこちうろうろしましたが、いざ降りる段になってけっこう難渋しました。

下りのケーブルは長い列だったのでスキップ。初心者向けといわれる1号路を歩いて降りると40分程度らしい。うん、この道をブラブラ降りるかと決めたのですが、これが意外に強敵で、石を埋め込んだコンクリート舗装が歩きにくい。急坂もある。しかも混雑しているし、元気な子供は走ったりしているし、気を使わないと危険。杖が欲しくなります。

takao2015.jpgガクガクし始める膝を心配しながら、ほうほうのていで麓にたどり着きました。やれやれ。

うかい竹亭への送迎バスも道路渋滞。運転手がいろいろ説明していましたが、ようするにバイパスの信号がどうとかで、やたら時間がかかるようになったらしい。

着いてからも(予約なんかグチャグチャになってるので)座敷へ案内されるまでしばらく待機。予定より1時間以上はかかってしまいました。お日柄がよかったらしく結納なのか披露なのか着飾った女性が多かったです。

懐石ですか。うーん、とくに悪くもないですが、感動するほどでもなし。こんなもんでしょう。しょせんは懐石です。庭はなかなか趣向を凝らしたもので、静かなたたずまいでした。満腹したようなしないような感じで帰宅。ま、お疲れさま。全員無事でよかった。

★★★ 中公文庫
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出雲の阿国ってのは、ほとんど資料がないようです。元禄年間にクニという女が「ややこおとり」あるいは「かふきおとり」を踊って人気を得た。男装してちょっとエロチックな演出が斬新だった。天下一と称されたとか、当時のファッションリーダーだった名護屋山三(鑓の山三)の愛人だったとか。

踊りって、記録できるものではないので残らないんですよね。一瞬で消えて、観客の記憶にだけ留まる。というふうに乏しい資料をもとに有吉佐和子センセが一代記を創作してしまった。

出雲山中タタラの男女が駆け落ちして、その間に産まれた女が踊り好き。都へ出て名をなし、日本中(といっても京都・伏見、江戸ていどかな)で評判をとった。この阿国に刺激されて遊女歌舞伎が生まれ、若衆歌舞伎となり、やがて野郎歌舞伎に続く。要するに現在の歌舞伎の創始者ですな。

そういう「歌舞伎史」としてもけっこう面白かったです。この阿国、流行し始めた蛇皮線(三味線)には抵抗を示す。鉦と笛が本道よ、やっぱ。創始者だったけど時代に取り残されてしまった。

ま、そういうお話です。有吉佐和子の小説としては代表作とはいえない感もあるけど、ま、読んで損はないですね。秀吉の御伽衆とか、結城秀康とか怪物大久保長安とか、権力者を次々と登場させてからませる。けっこう楽しめる上下本でした。


このところブログへのスパムコメントが激減したし、毎日受信箱に溜まるスパムメールも非常に減りました。けっこうなことですが、何故なんだろう。

最初は年度替わりかなとも考えました。要するに景気が悪くてスパム屋さんへの支払いが途絶えた。支払いが少なければ、受注のスパム業者だって熱心に仕事をする理由がない。でもその場合、影響されるのは日本モノだけのはずです。

実際にはスパムってのは海外モノが多いです。怪しげな薬とか投資話、詐欺ふうのもの。ほとんどが英文です。

spam2014.jpgうーん・・と考えていてふと思い出したのが、最近どこかの中継サーバが摘発されたという話。「不正アクセス行為を日本国内の業者のサーバーが中継」とかいうニュースです。でもこれ、主として中国系の不正アクセスと思うので、サーバをストップさせたからといって欧米系のスパムまで減ることになるのかどうか。

それとも使用プロバイダがチェックを強化したのかな。理由は判然としませんが、いずれにしても歓迎々々です。
★★★ 集英社
nobunaganoonna.jpg
若き信長が異国ふうの美女に出会う。心を奪われ、そして・・・・と書くといかにも三流時代小説の匂いがあります。

ただし描き手は清水義範。そんな想像通りの展開にはしません。女がなよなよしていない。明の交易商人の娘です。ちょっと信長と接触していろいろあるけど、すぐ海を渡ってしまう。マカオだったかニンボーだったかで女商人として活躍し、男妾を数人囲って暮らすという女傑。

ま、この女をキッカケにして信長が海外とか世界に目覚めていくというような展開でした。信長は日本を統一したら次は朝鮮、明、ルソン、シャム、あわよくばヨーロッパまで股にかけて交易しようという夢を持った。なんならすべてを版図におさめてもいい。

信長という人、こんなに有名人なのに案外と時代物の主役になっていませんね。残っているようで資料がないんだと思います。せいぜいで信長公記とか、公家さんの日記とか。そのとき何を考えていたのか何をしようとしたのか、具体的に書こうとするとけっこう難しい

そういう意味で、なかなかよく書けている本と思います。清水義範だからもちろん読みやすい。スイスイ読んで、けっこう中身もある。信長はとにかく徹底的な合理主義者かつ商業の力に目覚めた人間。だから頑迷に逆らう叡山を攻めたけれど、べつに全山を燃やし尽くして女子供を皆殺しにしたわけじゃない。もちろんけっこう乱暴して殺戮はしたけど、ちょっと誇大に伝わったんじゃないだろうか。ま、そんなスタンスです。


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