2015年6月アーカイブ

数週前、歯ブラシを使っていたら奥歯に穴があいた気配。穴があいたというと大げさかな。多少の痛みはずーっとあって、ま、痛みかかっているのは承知だったのですが、たぶん進行していたんでしょうね。で薄くなった表面が歯ブラシの圧で陥没したような気配。いちばん奥の上の臼歯です。

近所の歯医者に行きました。生涯、これで三度目の歯医者です。

実は一昨年の春、この歯医者で下の奥歯を抜きました。これが二度目の歯医者。4~5年越しくらいの長持ちした虫歯で、もちろんボロボロになっていました。処置のしようがなかったらしく、あっさり抜歯。ちなみにいちばん最初はまだ若いころで、たしか親不知だったかな、これもスポッと抜いておしまいでした。

今回はその抜いた部分の、対になる歯が悪くなった。時折痛んで、数日我慢しているとおさまるのを何回かくり返していたんですが、さすがに穴があいたら放置はできない。面倒だから抜いてしまおう・・てんで、意を決したわけです。抜くだけなら簡単だろう、きっと。

残念ながら簡単には抜歯してくれなかった。進行してたけど他がまだしっかりしていたらしい。歯科の処置の流れをよく知らないんですが、ガリガリ削って神経抜いて、何か詰めて、ではまた来週いらっしゃい。結局、4週にわたって通いました。

とかなんとか。ついに銀冠をかぶせる身になりました。生涯、初かぶせもの。ただし口を開けてみてもなかなか見えません。ま、これもいいでしょう。金持ちならぬ銀持ちになった。

歯医者に言わせると、とても硬い歯なんだそうです。ほんと、親に感謝。田舎育ちの昔もんなんで、歯磨きもサボりがちだったんですが、なぜか虫歯にならなかった。甘いものを食べられる時代でもなかったし、味噌碗の底に煮干しが入っていると喜んで齧ったりする時代です。おまけに子供の頃は乳歯がちょっとグラグラし始めると、じれて無理やり自分で抜いたり。そりゃ痛いです。涙をポロポロ流しながらエイ!と抜いた。人には言えないです。野蛮人ですね。あっ、コーラの瓶のフタを歯で開けるような乱暴はしたことないです。あれはさすがに恐い。

その代わり、これも歯医者に言わせると、どうも噛み合わせが悪いんだとか。「トウモロコシなんか食べるの大変でしょ」とか言われたけど、え?そうですか。気にしたことなかった。ずーっとこの歯で生きてきたんで、特に不自由を感じたこともない。

ま、なんだかんだ1万円以上を使いました。よく80-20とかいいますね。80歳で20本を残す。80まで生きられるかどうかは疑問ですが、うまくいけば20本は残りそうな気もします。現在27本。うち処置済が1本。持つかな。

★★ 角川選書
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ちょっとタイトルはナンですね。要するに江戸時代の人の書いた手紙解説です。

一応は原文を掲載して、難しそうな場合は現代文に解く。ま、あんまり難解なのは出てこないので、完全に読めなくても雰囲気はわかるという仕掛けです。

わりあい面白かったのは田安家に奉公した奥女中の手紙ですかね。農家の出らしく、折りにふれて親元へなんやかかんや手紙を書く。たいていは無心です。遠慮しいしい、でも頼むべきところはしっかり頼む。女中奉公も楽ではなかったらしい。

奥女中といえば、大奥から島津家の奥向きへ送った手紙も楽しかったです。天璋院付きの奥女中ですから、ようするに主人の実家へ書いた公式の手紙。先日は贈り物を受け取ったとか、やはり薩摩の赤味噌がいいとか、言われたから空の重箱を送るけどこれに入れるんじゃなくて、もっと良い箱に入れたほうがいいよ(個人的意見だけど)とか。瑣末なことを形式張った書状にして送付。大奥の祐筆担当って、こういう仕事をしてたんですね。


★ 雄山閣
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かなり昔に書かれた本のようです。内容も、ま、在野のアマチュアが調査研究して書いたもののような雰囲気。

中身は江戸時代の「島流し」です。罪科うんぬんではなく、島送りの実情とか、囚人たちの待遇、島での生活などなど。

さほど目新しいものはなかったですが、あらためて江戸時代のお上ってのは、ほんと下に任せッきりなんだあということ。島送りの場合も、ただ囚人を送りつけるだけです。生活費とか仕事の面倒をみるわけじゃない。勝手にせい。ただし責任もてよ。問題おきたら恐いぞ。

島(伊豆七島)としては、非常に迷惑です。囚人にやらせる仕事ったって、たいしてない。島は地味が悪いので米があまり、というより、ほとんど収穫できない。芋も土が合わなくて育たない。周囲は海なんだし漁すりゃよさそうですが、舟があまりない。お役所が舟の数をきびしく制限したらしいです。小さな御蔵島なんて、舟がたった一艘しかなかった

で、食うに困った囚人が悪さをする。囚人の処置は本土(韮山だったか)の代官に届けなけりゃならないんですが、そんなことをしてた日には何カ月かかるか。で、てっとり早く、粗末な牢にとじこめる。とじこめると数日で死んだそうです。そうなれば「残念ながら病気で死にました」とケリがつく。

芋はそのうち風土にあう改良品種が取り入れられたそうです。これでずいぶん楽になった。囚人は粗暴犯だけでなく、インテリもいるし坊主もいる。百姓や職人もいる。いろいろ工夫もする。未開の島はこうした先進囚人たちの手でかなり進歩もしたらしいです。

などなど。

★★★ 新潮文庫
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デイヴィッド・L・ロビンズは「鼠たちの戦争」の作者です。鼠たちの戦争はスターリングラード攻防を舞台に、独ソ狙撃兵の対決を描いたもので、なかなかいい本でした。ちなみにスターリングラードってのはヴォルガ川西岸にある工業都市。大きな都市みたいですが、実際にはたいしたことはなかったらしい。日本だったら川崎とか広島とか、ま、実際の人口は違うでしょうが、そんな印象です。たまたま攻防の鍵となる長期の戦いの舞台になって、有名になった。

で、戦火の果て。こっちは1945年のベルリン戦が舞台です。優勢になったソ連軍はべらぼうな大軍でポーランドを西に侵攻する。米英連合軍も西からライン川を渡る。どっちが先にベルリンを制圧するか。手に汗握るレースです・・・・。

しかし現実は違いました。「パリは燃えているか」でもそうでしたが、こうした巨大都市を制圧するのは非常にリスクがある。市街戦になれば、大量の損失を覚悟しないといけません。そんな膨大な死傷者を出してまで、真っ先にベルリンを制圧する必要があるか。軍事的、合理的に考えるとかなり疑問です。

ということで、フランクリン・ルーズベルトはベルリン後回しを決断する。ベルリン一番乗りすると、スターリンの機嫌をそこねることは間違いないし、終戦の後では国際連合にソ連を協力させないといけない。ルーズベルトは国際連合に過大な夢を持っていたんですね。この点では第一次対戦時のウイルソン大統領に似ています。ある意味、理想主義者。悪くいうとヨーロッパふうの世知辛い政治駆け引きに無縁。甘い。

チャーチルは猛反対です。ぜひともまっすぐベルリンを目指したい。これは軍事的というより政治的な意味合いが大きい。首都陥落ってのは、イメージ的にべらぼうな意味があるんです。おまけに、もしスターリンがベルリン占領なんかしたら、いい気になってドイツの東半分を自分のものにしてしまいそうです。ルーズベルトと違ってチャーチルはスターリンをまったく信用していない。あいつは厚顔無恥の嘘つきだ。

ただし。残念なことに連合軍の主体は米軍です。英軍はモンゴメリーをなんとかヒーローにしようとしているけど、そもそも兵隊の数が足りない。うかつに行動してルーズベルトやアイクの機嫌をそこねると、ややこしいことになる。ジレンマ。そう、政治は妥協です。

もちろんスターリンはベルリン進撃を最優先です。ベルリンに興味ないよと嘘つくことも辞さない。

ということで、語り手はルーズベルト、チャーチル、スターリン、そしてライフ誌の契約カメラマン、赤軍懲罰大隊の兵士。ベルリンフィルでチョロを引いている若い女性。結末は読んでのお楽しみ。ん、あんまり楽しくもない結末かな。


たまたま「太平洋の試練」と同時進行で読んでしまったので、実はイメージがグチャグチャです。「太平洋の試練」は初期の太平洋戦争。「戦火の果て」は末期のヨーロッパ戦線。どっちもルーズベルトとチャーチルが登場して派手に動き回るので、かなり混乱しそうです。


このところ桜の梢あたり、雀が群れて大騒ぎしている。ちょっと体の大きいやつ(椋鳥か)が集まっていることもある。求愛期なんだろうか。ザワザワっと葉を揺らしたと思うと、すぐさま飛び立ち、集団で旋回してまた枝に飛び込む。鳴きちらす。数が多いので、けっこうかしましい。

先日はカラスが雀の群れを追いかけているシーンもあった。爆撃機が小さな戦闘機の編隊に突っ込むような感じ。さんざん追われていたが、つかまった気配はなかった。カラスは雀を獲物にするんだろうか。トンビとかハヤブサではなかったような気がする。

カラスといえば、ちょっと前まで熱中していたA Song of Ice and Fireシリーズには、よく伝書カラスが登場する。で、大切なメッセージをくくりつけたカラスが途中で鷹に殺されたりすると、重大なトラブルにもなる。この伝書カラス、どうも日本のカラスより大型らしくて、たぶんravenですね。crowではない。

ravenだってcrowだって同じようなもんじゃないかと思うのは我々だけらしくって、ひょっっとしたら欧米ではまったく違うらしい。それこそトンビとハヤブサ程度に違ったりする・・・らしい、たぶん。

★★★ 文藝春秋
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原題は「太平洋の海戦。1941から42年まで」というような趣旨です。ま、受けを狙ってこういうタイトルになったんでしょうが、仕方ないか。

中身は真珠湾からミッドウェイまで。戦い前半の約6カ月ですね。米国はルーズベルト、ニミッツ、キングなどなどの立役者が何を考え、どう行動したか。日本は山本五十六ですか。みんな聖人でも全知全能でもない。性格もいろいろ。キングがどんなふうに困った男だったか。山本がギャンブル好きで愛人に入れ込んでいたのか。ま、長所も短所もわりあい公平に描いています。

戦記でもないし、小説でもない。分厚い上下本ですが、けっこう読みやすいです。惜しむらく、翻訳はちょっとこなれていないようですが。

子供の頃、当時の少年のたしなみとして多少の戦記ものは読みました。少年雑誌によく連載されてましね。大人になってからも、多少は戦史ものを読みましたが、たいして理解していない。この前、天皇がパラオに行ったけど、はて、パラオってどのへんだっけ。太平洋の島嶼の位置関係、あんまり把握していません。ラバウルは思ったより南だったな、とか、ガダルカナルもオーストラリアに近かったような。

♪赤道直下マーシャル群島、椰子の木陰でテクテク踊る・・・という歌がありましたね。赤道直下だから、ラバウルなんかよりは北か。ま、その程度です。ほとんど知らない。

で、この本。あらためてなるほど・・・という事実が多かったです。以下はへぇー、と思った事実。


戦いの初期、日本は圧倒的に準備が整い、物量を誇っていた。米国は意外なほど準備ができていなかった。そして精密なスケジュール通りに日本は太平洋と東南アジアに展開し、米国はアタフタしていた。ただし日本が甘く見ていたほど米国は腰抜けではなく、ガッツがないわけでもなかった。

で、日本は何をしたかったのか。シンガポールを占領し、南太平洋に拠点をつくり、その後をどうしようと考えていたのか。あんまり厳密に考えていなかった気配もあります。オーストラリアに攻め込むのか。それともハワイを占領したいのか。あるいは米国西海岸まで行きたいのか。当初の計画がスムーズに進みすぎて、困ってしまったような感じです。

著者の分析として、真珠湾に停泊中の艦隊が破壊されたけれど、ラッキーなことに空母だけは無傷で残ってしまった。そこで仕方なく(?)航空戦を主体とした戦法を思案するしかない。ところが日本は艦隊がそっくり残っていたので、昔ながらマハン流の戦艦主砲による決戦主義からなかなか抜け出せなかった。英艦を沈めたマレー沖海戦での航空機評価はあったものの、それでも転換時間がかかった。ひょうたんからコマ。

日本がポートモレスビー(パプアニューギニア)を攻略しようとして発生した珊瑚海海戦。ここで日本は最初の壁にぶつかります。日米の空母がそれぞれ索敵機で相手を発見し、それぞれが遠距離から艦攻を発進させて攻撃。お互いに被害をこうむったんですが、この時の日本の艦隊司令長官が井上成美だった。で、遭遇戦が終わってから井上成美はポートモレスビー攻略を断念する。実際には、この段階のポートモレスビーを攻撃することは十分可能だったらしい。つまり井上提督がちょっと弱気になった。後でさんざん非難されたそうです。ひょっとしたら有名な話なのかな。

井上成美という人、この人を主人公にした伝記ものなんかでは高潔な硬骨漢としてずいぶん持ち上げられています。ただし、実戦は得手じゃなかった。たしか最初に艦長になったときも操船に失敗して岸壁にゴチンとやったらしいし。タイミングの悪いところにタイミングの悪い提督がいた

ま、いずれにしてもこの珊瑚海海戦でオーストラリア侵攻が無理になり、その後の方向がアヤフヤになったのは事実でしょう。貴重な熟練搭乗員もたくさん死んだらしい。死んでしまうと補充がきかない。いかにも日本らしいです。

有名なハワイの暗号解読班。すごい実績をあげた連中なんですが、人間的には?な部分も多々で、中央とはケンカばっかりしていた。またミッドウェイに関する暗号解読も、けっして精密とは言い切れず、けっこう推測が多かった。「同じデータを元にしてまったく違う読み取りも可能だった」そうです。結果的に適中したんだから、ま、称賛されて当然でしょうけど。

そうそう。もう一つ。日米同じように空母が魚雷をくらったり急降下爆撃されても、米艦はなんとか消火に成功して持ちこたえるパターンが多い。ところが日本の空母は火が消せない。あっさり航行不能になったりする。ゼロ戦の設計思想と同じで、防御に関して日本軍は消極的なんでしょうね。積極的に行け。攻撃を重視しろ。防御を用意するくらいなら、砲を一門でもいいから多く搭載しろ。

ま、このミッドウェイは要するに山本の大博打だった。というより当時の海軍は半分神様の山本を誰も制することができなかった。そしてこの作戦の失敗で、以後の日本軍は尻つぼみになる。その後もいろいろやりますが、悪あがきです。ウハウハ言ってられたのは開始からたったの半年だったのか。

日本側を焦らせたドーリットル空襲について。東京を空襲して中国へ渡るというルートについて、とくに深く考えたことがなかったです。日本海を渡るほうが、艦に戻るより飛行距離が短いんだろうと単純に考えていましたが、真面目に考えるとおかしいです。で、読んでみて初めて納得。陸軍の爆撃機である双発のB-25を、無理やり空母から発艦させた。よくまあ実行したもんですが、さすがに着艦までは無理。着艦が無理なので、空母は発艦させたらすぐにスタコラ逃げます。で、B-25ははるばる中国まで飛行して、場合によっては不時着し。なるほど。

そうそう。小さなことですが、海軍中心の視線のせいか、マッカーサーに対してはかなり冷たいです。ルソン、バターン半島なんてクソミソです。というより、マッカーサーを高く評価する戦史ものってあんまり見たことがない。

著者は太平洋戦争もの、あと2巻を出す予定らしいです。どんどん暗くなるからあんまり読みたくないなあ。

★★ 新潮社
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ちょっと前、映画になったものの原作です。たしか堺雅人が主演だったような。

この著者、どうやら海上保安庁の職員らしいです。で、どうも料理の本職ではなくて、巡視艇で料理番をやっているうちに好きになり、上手になったんじゃないかな。したがって料理を作るときにうるさいことは言わない。何をどうしたって美味しければいいじゃないか。これくらいのいい加減さがないと、極地で過酷な集団生活はできません。

実は前にも南極へ行ったことがあり、その時は昭和基地。昔の昭和基地(たしかオングル島でしたね)は大変だったみたいですが、いまでは快適施設に変貌していて、ホテル昭和基地みたいなものらしい。時代が変わった。

子供の頃は流氷に苦しむ宗谷のニュースに聞き入ったもんです。もちろんラジオ。ソ連のオビ号が救援に行ったんでしたね。はい、この頃の日本は貧乏国でした。南極観測の仲間にもなかなか入れてもらえなかった。世界三流。ソ連とか米国の砕氷船はトン数もあって、厚い氷をグングン割って進む。オンボロ宗谷は薄い氷に囲まれただけで立ち往生。悲しかった。

というわけで2回目の南極越冬に選ばれた著者ですが、今度は昭和基地じゃなくて内陸のドーム基地というところで冬を過ごす。標高は富士山より高いらしいです。したがってペンギンもアザラシもいない。ウィルスもいない。零下50度、60度くらいは簡単に下がる。施設もかなりオンボロで、むさ苦しいところに8人(だったかな)で越冬。

こうした密閉空間では人間関係が非常に問題です。どんなに仲良くても、長期間やっていると必ずストレスがつのる。イライラしてくる。下手すると刃傷ざたとかも(外国基地では)あったようです。

内向的な人は大変でしょうね。さいわい著者はかなり外向的かつアバウトで、というようりそうした態度で暮らさないと続かない。本の中でもかなり遠慮なく他人の悪口書いてます。暴力寸前のシーンもあったらしい、たぶん。

物書きとしては素人なんで、文章ははっきりいって下手です。オーバーに面白く書こうとしすぎる。おまけにTPO、いつ、どこで、どんなふうに・・・という部分がいいかげんです。よく理解できない部分も多々ある

ま、そうしたことをヌキにすれば、けっこう楽しめる本でした。


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