2015年8月アーカイブ

ネットがやけに引っかかるようになり、念ためルーターを再起動しようとしたら、いやー、進まない進まない。設定画面にログインすると、画像がバラリパラリと出てくる状態で、5分たっても表示しない。

PCをいったん再起動。あらためてルーターにログインしたけど、やはり同じ状態です。ダメだ、こりゃ。それでも辛抱して、ようやく「再起動」というメニューにたどりついたんですが、再起動かけるとルーターが固まった。黄色いLED表示が赤表示に変化して、そのまま変わらず

ag54-2015.jpg仕方なく、ルーターの電源を引っこ抜きました。うん、心配したけど、これでなんとか解決したようです。

その後はなんとか動いてますが、このルーター、そろそろ交換時期かな。11年前に買ったバッファローです。WHR3-AG54。特に故障もなくよく動いてくれました。PC-Successから確か1万1000円弱で購入。当時としてはかなり安く買ったはずです。

一度でもエラーが出ると、もう安心していられません。次機を考えておくか。またバッファローにするか、それとも他のものにするか。

ということであちこち探ってみましたが、やはりNEC Atermシリーズの評判がいい。業務用ではあいかわらずCiscoやYamahaが定番らしいですが、Atermってのも昔から評価はあったような記憶があります。ただしちょっと高価だった。たぶんそれが理由で11年前はバッファローにした。

なるほど。価格コムで調べると、最近のAtermは高くないんですね。バッファローとほぼ同列みたいです。たぶん多機能のバッファロー、安定のAtermという感じ。

Atermの低価格ラインではWG1200HS、WF1200HP、WF800HP、WG300HP、WF300HP2・・・。いろいろ型番があるけど要するに「WG」ってのは有線が1000Mbps、「WF」は100Mbps。800以上は5GHz帯の最新IEEE 802.11acが使えて、300は2.4GHz帯の11n止まり。

難しいなあ。有線1000Mbpsとか高速11acとか魅力ですが、でも我が家の通信環境はしょせん100Mマンションタイプ(VDSL装置)です。おまけに無線で飛ばしているノートPCはIEEE 802.11b/g/nです。要するに11acなんて使えない。

そうすると、現実的には「WG」シリーズを買っても宝の持ち腐れ。またIEEE 802.11ac搭載ルータを買っておいて悪くはないけど、はて・・という環境ですね。そんなハイレベルより、とりあえずIEEE 802.11nを使えるというのはけっこういんじゃないか。ちなみに11年前のWHR3-AG54は11nなんて高級規格は使えません。

要するにいちばん安いWF300HP2を買っても、ノートPCは11nをサポートしているので今より速くなる(可能性がある)。で、このWF300HP2はアマゾンで3800円程度です。安くなってるんだなあ。

しばらくはアレコレ考えて楽しみますか。

★★★ 講談社
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皆川博子ってのは、あんまり知らんのですが、ま、肉食系の強い女が大好きな作家という印象です。「海賊女王」もそうでした。「二人阿国」もそれに近いですね。

どれも隠微で激しくて、なかなか良いんですが、読み終えるとドッと疲れる。今回の「冬の旅人」も同様。激しく疲労します。

えーと、日露戦争前、悪魔的な絵に魅せられた日本の若い娘がロシアに渡って、極寒のペテルブルグでイコン作成の修行をする。イコンは聖画ですから、勉強するのは修道院です。で、女子修道院ってのはベルバラふうの隠微と残酷が共棲していて、いろいろあってそこから逃げ出す。

逃げたあとは画学生と一緒に暮らしたり、その画学生がシベリア送りになると付いていったり、怪しい少年を知ったり、才能を認められてまた絵を描いたり、そのうちロシア革命です。

小説なので、当然のことながら主人公は皇帝の家族とも知り合い、やがてシベリアへ護送されるロイヤルファミリーに従う。ニコライたちはご存じのとおり、密かに惨殺されます。

こうした荒波の年月、主人公は芸術と悪魔的な耽美と暴力の中を生き抜いていく。それがどういう主題になるのかというと、難しすぎて書けません。正直、よくわからん。

わからんけど、強烈な小説ですね。その強烈さで★★★。


★★★ 早川書房
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副題は「黒船、敗戦、そして3・11」。要するに主として戦後の日本解説ですが、かなりバランスはいいと思いました。日本を持ち上げすぎもしない。極端なマイナス評価もしない。バブル後の失われた20年についても、こきおろしてはいますが、だだこのままオシマイというような日本経済でもない。

著者はフィナンシャル・タイムズ東京支局長だった人のようです。そのツテで有名政治家や財対人にもインタビューしているし、作家の話も聞く。庶民の取材もしているし、東條英機の孫娘とも話している。ま、お孫さんは著者にかなり気分を悪くしたようですが。

なんか外してる・・・という描写がないわけでもないですが、非常に少ないです。その代わり、とくに斬新な解釈や発見があるわけでもない。

版元が早川書房ですしね。読みやすい日本入門書という位置づけでしょうか。


★★★★ 読売新聞社
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戦国大名細川忠興と息子忠利の間の書簡研究です。

当時としては普通でしょうが筆まめだったんですね。おまけにしっか保存されていた。数千通とか記してありました。

まだ秀忠の時代で、参勤交代も明確な制度にはなっていません。しかし幕府のご機嫌をとるためは、身を低くして阿諛も必要。昔の感覚で「これでいいんだ!」と言ってたら福島正則とか肥後の加藤のように無理難題で潰される。他の大名が何かご機嫌とりをしたら、馬鹿馬鹿しくても真似しないわけにはいきません。鑓一筋の時代から、そういう交際と情報の時代になってきた。

つまり「宮廷政治」の時代です。

細川忠興は荒くれ大名ではあるものの、けっこう時代を見る目があって、幕閣の中枢に近い有力旗本との交際を大事にする。そこから情報を得る。幕府が何か言うのを待っていたら危ないんです。先取りしてご機嫌をとる必要もあるわけです。

しかし忠興が「この程度でいいだろう」と考えるよりも、息子の忠利はさらに細かく気をつかって幕閣とつきあいます。ちょっと卑屈すぎるんじゃないのと思われるほど。後半、忠利は細かすぎたというような批判もあったと記されています。気をつかいすぎて、そのせいではないだろうけど早死にした。

忠興は80歳すぎて大往生。死ぬまぎわに「戦国はよかった・・・」と述懐していたとか。生きにくい世の中になったなあ・・と思ったんでしょうね。こんな腐ったような平和は嫌いじゃ。

そうそう、黒田藩とは仲が悪かったらしく、いっぱい悪口書いてます。おべっか使いすぎだとか、ずるいとか、いろいろ。晩年の伊達政宗の悪酔いエピソードなんかも笑えます。

主要テーマではありませんが、島原の乱での攻城戦の模様は面白かったです。武将たちがどんなふうに原城を包囲して、どんなふうに陣を築いたか。竹束とか櫓、帆柱なんかつかった「仕寄」で少しずつ城に近づいていく。このへん、はじめて具体的な城攻めのイメージがつかめました。ほとんどの小説、このへんの詳細を書いたものって、ないんですよね。


★★★ 講談社
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こんな立派な全集が出てたんですね。厚さは5cm近く、ページ数は900越え。ひぇー。巻18から巻20までの3冊が「真田太平記」らしい。

なんでこんな本を借り出したかというと、要するに未読なんです。だいたい池波正太郎は特に好きな作家というわけでもないんで、読んでないシリーズはたくさんある。ましてこんな長大なものはずーっと敬遠。ただ来年の大河ドラマが真田ものらしく、あちこちで「真田太平記」の言及がある。ん、そういえば読んでなかったなあ・・・という成り行きです。

とりあえず巻18だけ読了。

なるほど。ちょうど吉川英治の宮本武蔵とか白井喬二の富士に立つ影とか、中里介山の大菩薩峠とか。要するにひたすらひたすら長く延々と続く時代小説です、たぶん。こうした長大小説の特徴は、メインストーリーから外れた枝葉の部分をたっぷり盛り上げる。宮本武蔵だったらお通とか本位田ナントカとか、ま、そうした人物が歩いたり泣いたり誘拐されたり悲しんだり。悪く言えばページを稼ぐ。もちろんそれが悪いってわけじゃないですが、ずーっと根つめて読んでるとアタマがボーッとしてきます。あいにく酷暑だったし。

で、「真田太平記」。冒頭、高遠の城にいた若い鑓足軽が女に誘惑されるところから始まる。なんだろ?と思っていたら、この青年がやがて真田信繁(幸村)に仕えるらしい。で、女はもちろん甲賀の分派である真田忍者。真田といったら忍者ですわな。

ということでストーリーは甲賀忍者と真田忍者の死闘に繋がります。それとは別の枝葉として、真田昌幸の奥方の妹の子供ってのがなぜかグレて、なんかガタガタ反抗する。また沼田のあたりには城主の軟弱な息子がいて、これもいろいろあって柳生ナントカ兵衛の弟子になる。

もちろん時代は流れています。武田は滅亡し、信長は死に、秀吉は朝鮮出兵。真田父子は激流の中、なんとか生き延びようと知謀の限りを尽くします。さささ、これからどうなるか。

てなところかな。それなりに読めるので続巻が手に入ったらたぶん読みます。でも何がなんでも読まずにいられるか・・・というほどでもない。


渡辺明という将棋の棋士がいます。賞金のいちばん多い竜王というタイトルをたしか20歳から獲って、そのまま9年確保。竜王戦は棋譜進行を無料ネットで見ることができるんですが(名人戦なんかは有料)、この人の将棋、素人にも面白いんですよね。とくに第一人者である羽生と対戦すると、もうたまらない。見ているとワクワクします。

で、この人も数年前、ついに竜王を失冠。以後こっちもなんとなく棋戦に興味を失っていました。有料会員になってまで棋戦を見たいわけではない。

ところが昨日、たまたま竜王戦トーナメントの準決勝をネットで見てしまいました。準決勝は羽生vs永瀬六段、渡辺vs稲葉七段。永瀬ってのはまだ23歳くらいだし、稲葉もまだ若いはず。あらら、なんと羽生が負けました。永瀬はまだC2クラスに位置する若手です。なのに羽生はこの永瀬に3連敗らしい。苦手なのかな。

この後の挑戦者決定3連戦は来週。渡辺明と永瀬拓矢。面白いカードになりました。

順当なら実力の渡辺(なにしろ竜王9期の実績) が勝ち残って、現竜王に挑戦、そしてタイトル奪還という手順になりそうですが、番狂わせがあるかもしれない。急にまた将棋が面白くなってきました。

★★ 講談社
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読むのが億劫だなあ・・と放置していましたが、借出し期限も迫ってきたので、ササッと読了。

うん。やっぱり気分の悪い本です。ただし書いてあることは真実。真実であっても、嫌なことをビシビシ指摘されると、うーん、気ぶっせい。

細かく書いても仕方ないか。要するに日本は日本の良さをどんどん抹殺する方向に進んでいる。とくに60年代あたりから顕著。日本中をコンクリート漬けにして、海岸をテトラポットで埋めつくし、河川にダムを作りまくる。

日本の役人、世界レベルからすると比較的清廉なほうだとは思うのですが、そうはいっても所詮はお役人です。利権構造はあるし、天下りは楽しみだし、予算は使わないといけないし、縄張り意識は強いし。

そうそう。完全に破綻したはずの全国植林行政ですが、結果的にいたるところにスギ人工林ができあがって、しかも採算があわないから手入れが悪い。スギ花粉をまきちらす陰鬱な山ばかりできあがっています。でも植林作業は継続している。官公庁の仕事ってのは、いったん決まると止められない。意味があろうとなかろうと、巨大タンカーのように直進し続ける

「犬と鬼」というタイトルですが、狗を描くは難く魑魅を描くは易し。想像上の「鬼」や「幽霊」の絵を描くのはとても簡単だけど、誰でも知っている「犬」を描くのは意外に難しい。みんなおどろおどしい「鬼」を描くのが大好きで、地味で堅実な「犬」には興味を持たない。

だから地方自治体は、ちょっと予算があると役にたたない「派手な市民センター」など箱モノを作りたがる。これは「鬼」です。でも電線を地下に埋設するとか、下水道網の完備という地味な仕事には興味をもたない。そうやって、日本はどんどん進んでいる。これからどうなるんだろう。

どうなるんでしょう。

京都なんかに関しても、褒めてるのは日本贔屓で目の曇ったガイジンだけ。古い町並みを残すどころかどんどん悪趣味な建物を作り続けている。一般家屋もそうで、狭くてコンクリートと合板とプラスチックの家ばっかり。「狭いのは平野が少ないから」というのが言い訳ですが、それならイタリアなんかはどうする。みんな山地に工夫して家をつくっているぞ。古い家が不便で新しいのが便利は承知だけど、でもなぜ極端に走る。周囲と調和をとった建物がつくれないのか。

口うるさい叔父さんに正論で叱られているようで、読後感は最悪。でも時々はこうした本を読まないといけませんね。いい気になりすぎちゃ、いかん


★★★ 毎日新聞社
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20世紀のできごとを1年4ページ、均等に使って解説。橋本治流の大胆というか適当というか、でもザックリ非常に分かりやすい歴史解説本です

「20世紀とは、19世紀に始まったものが100年かけて終わった世紀」なんだそうです。進歩革新がやたらあったような気のする20世紀ですが、実はそのほとんどが19世紀に始まっている。そうしたものを拡張発展させたのが20世紀。あるいは19世紀を消化し始末するのに100年かかったもいえる。

で、遅れてきた日本は、この20世紀、必死になって西欧諸国の真似をした。良いことも悪いことも真似した。同じことをしたはずなのに、なぜか日本だけは叱られる。貧乏アジアのくせにオレたちの真似するな!というのが本当のところででしょう。

たとえば日本はなぜ朝鮮半島に進出したのか。植民地経営というのはあたらないです。なんせ日本の場合、まだ貧しくて半島で売るべきものを持っていない。

そもそもは「領地を増やそう」という露骨な行為だった列国の帝国主義も、この時代になると「商品を買わせよう」という、ちょっと洗練された新帝国主義に変化していた。時代の流れが変わってきたわけです。でも日本はそれに気がつかず、19世紀流の帝国主義をそのまま露骨に実行してしまった。だいたい日本が朝鮮半島を併合して、なんかいいことがあったのかどうか。子供みたいに、ただ単に欲しかっただけじゃないのか。

東アジアを「地元の大地主の子供」である中国、「分家の小規模地主の子供」である朝鮮、「貧乏な自営農の子」である日本のタトエで説明しているのが実に合っています。

最近は近所に都会の子供たちがたくさん住みついてるんで、苛められないように日本も少し勉強した。勉強して知恵がつくと、他の田舎の子供たちがアホに見えてくる。おまけに都会の子供はみんな子分を従えている。オレも子分が欲しいな。

うん、中国はともかく、弱い朝鮮ならオレの子分になるかもしれないってんで、李くんに誘いをかけてみたら「オレの子分に手を出すな」と陳くんが文句を言ってくる。仕方ないからケンカしてみたら陳くん、思ったり弱かった。で、これがオレも都会もんの仲間入りだ!と喜んだんですが、これをみて都会もん(ただし二流)のドブロクウイスキーが難癖つけてくる。震えながら思い切ってケンカしてみたら、あらら、こいつにも勝っちゃった。

「もうオレも都会の子供だあ」と有頂天になったのが大間違い。都会の子供たちにも実はAクラスとBクラスがあって、Aクラスの連中は成り上がりの田舎少年なんか仲間に入れる気はない。あいつ、生意気だなあ。ちょっとお灸をすえてやるか・・・。

あっ、そもそもですが、戦争の前に宣戦布告が必要というルールは、Aクラス同士の戦いの場合だそうです。大国が小国を侵攻するとき、宣戦布告なんてありません。要するに19世紀的なAクラスの身内同士の戦いでは紳士的に手袋を投げてから戦争する。そうしないと「紳士」ではない。でもドイツがポーランドを侵攻するさい、宣戦布告したかというともちろんしない。英国はインドに宣戦布告したか。対等じゃないですからね。対等じゃない戦争を「侵略」と称する。

で、日本の場合。問題は「戦争に負けたらどうするか」をいっさい考えていなかったことにある。戦争は勝つもの、と根拠もなく決め込んでいた。戦争を終わらせる=戦争に勝つこと。だから勝つまでやめられない。なのに、何年たっても勝てなかった。想定外。思考停止。

子供といえば、戦後にマッカーサーは「日本は、まだ12歳」と発言しました。ムカッとするのは当然ですが、じっくり考えると確かにニッポンは12歳だった。自分の頭で考えることもなく、大人であるマ将軍の言うことを従順によく聞いて、東京裁判も受け入れて(ただし12歳だから深くは考えていない)、憲法も民主主義も受け入れた。センセイの言うことには従います。

でもマ将軍がいなくなると、自分で深く考える習慣もないんで、どうしたらいいか見当もつかない。ま、いいかってんで、そのまま能天気に生きていく。それが現在の日本の姿。

厳しいけど、そうかもしれないなあ・・と納得の20世紀論でした。


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