2015年10月アーカイブ

★★★ 新潮社
shokumifofo.jpg
「おーい、クルマ、こっち入れこっち入れ」
え?誰だ?とエビが振り返ると、シャコだった


落語の一節なんでしょうね。笑ってしまった。たしか「海老」についてのエッセイで紹介されていました。

阿川弘之の本、何を読んだことあるかなあ。うーんと考えても出てきません。たぶん連合艦隊とか山本五十六、井上成美の本は読んだと思う。それ以外に何があったけ。

ということは別にして、この人のエッセイは楽しいです。勝手なことばっかり書いてますが、たくまざるユーモアというか、ま、味がある。品がある。忘れてましたが、この8月に亡くなったんですね。えーと、94歳か。大往生というべき。病院でも最後までローストビーフやステーキを食べて(こっそり)酒やビールも飲んでいたらしい。いい死に方です。


前から気にしていたんですが、ついに購入。ハンドスプレーです。要するに噴霧器

本当は「加圧式」のハンディタイプを考えていたんですけどね。水を入れた500mとか1リットルのポリ容器に装着してペコペコとポンプを押すと中が高圧になる。で、ハンドル引くとシューッとジェット水流とか噴霧。1分も続かないそうですが、ベランダの外壁とか床、サッシの溝の掃除用です。

もちろんマトモな高圧洗浄器を買えばいちばんいいものの、本物はけっこう高価です。電源コードを引き回す必要があるし、重い。たかがベランダ掃除ですからね。

handspray.jpgで、天気もよくて爽やかだし、ポリ容器を使うハンディタイプの加圧スプレーを買うつもりで近くの大型店舗へ行きました。しかし数種類ある中から、結果的には通常の手押しスプレーを選択。加圧スプレーの場合(当然メイドインチャイナだろうし)強度や耐久性が心配。原始的な手押し式がいちばん無難なんではないか・・・そう愚考した次第です。648円。

若いころなら、さっそく試してみるんですが、トシとると怠惰になる。置いておいて、そのうち、気がむいたら使ってみます。ベランダ外壁、換気扇の排気の下が汚れているので、そこから掃除してみる予定です。

年に一度の兄弟家族の会食。今年は常連の若い人の参加がなく(なんせ学生さんたちが多忙)、トシヨリ中心でささやかに8人。それも悪くはない。

上は86歳(だったかな)ですが、現役世代の50歳(くらい)が参加していたので、平均するとたぶん74~75歳くらい。こういうメンツだと食べ放題バイキングはかなり不利です。どうせたいして食べられらない。いちばん旺盛に食べていたのは80歳過ぎの姉でした。しっかり盛った皿をお代わりしていた。元気だなあ。曾孫ができたとかいって写真をみせてもらいました。

家族代表の形で参加していた最年少の甥は、最後にデザートケーキをコテコテに盛り合わせた皿の写真とってました。帰ってから娘さんたちに見せびらかすんでしょう、きっと。わあーいいな、と嬌声があがる。

天気もよく、有楽町を降りてからの道も爽やか。今年もいい一日でした。

★★ NHK出版
shiononesorano.jpg
マタギものの熊谷達也ですが、現代小説。どんな具合に書いてるんだろうと借り出してみました。

テーマはちょっと重い。3.11です。そういえば熊谷達也ってのは仙台かなんか在住だったような。実際に体験した作家が正面から向き合って書いた本なんでしょう。

で、小説の前半は仙台の予備校に勤務する若者が遭遇した地震と津波。臨場感があります。うん、そんな感じだったんだろうな。災害の中心にいる人間は、いちばん情報から遠い。海から離れていれば、津波のことなんて想像もできないし、知ることもできない。日常の市街をクルマで走っていくと、突然、周囲は狂気の様相に変貌する。

しかしドキュメンタリーじゃないので、実体験だけを書くわけにもいかないです。後半は50年後(たぶん)の海辺の町に移動します。その近未来都市に住む利発な少年が主人公。海の景色をへだてる高い高い防潮堤の上で謎の爺さんと出会い、いろいろ話をする。この町の過去について学んでいく。

なんか似ているなあ・・と感じたのは池澤夏樹でした。この人も、ちょっとユートピア調というか童話のようなタッチで書くことがあります。少年がいろいろ勉強したり、疑問を持ったり。ナマの形で主張することを避けるために、そうした設定を作る。ただし登場するオトナたちに血が通っていない。情報を提供するだけの役目をもったキャラクター。テレビの子供番組に出てくる「物知りロボット」ですね。

そういうわけで、これもちょっと分裂した小説になってしまった。要するに、オブラートに包んでいるけど作者の「言いたいこと」がナマすぎるんでしょうね。小説としてはあまり成功していないような気がします。


★★★ 幻戯書房
edokkonosegare.jpg
昔、なんかの文章を読んで池部良ってのは上手だなあと思った記憶あり。たくさん書いてるようですが、本書はたぶん最晩年の頃のエッセイ集です。冒頭、卒寿の話があるので、89歳くらいからかな

あいかわらず軽妙で味があります。ただお歳のせいかな、所々に意味不明瞭の部分もあり。冗長を削って削っていったら、ちょっと削りすぎた。でも本人としては「これでも通じるだろ」と思ってるような雰囲気です。よくいえば、それも味のうち。

戦前に俳優デビューしてるんですね。立教を出て助監督になるつもりが、見込まれてちょっと俳優をやった。すぐ出征で、兵隊として短期に除隊する予定だったのに(もちろん散々殴られた)幹候試験を受けさせられた。将校になると任期が長くなるので嫌だったようにも書いてありますが、ま、受けろと言われたら従うしかないでしょうね。

で、見習士官として北支から輸送船に乗せられ、フィリピンの港を出たところで潜水艦にやられて海上を漂い、救われたと思ったらそのまま南方へ。赴任の島はいいところだったようですが、事情があって小隊をひきいる羽目になる。そのうち米軍の爆撃が激しくなりジャングルに逃げ込む。喰えるものはなんでも食ってヒョロヒョロになって生き延びていたら終戦。終戦ったって、すぐには帰れません。復員が昭和21年かな。

たいへんな人生です。もちろん大森の家は焼けているし、仕事もない。おまけに病気で2カ月ほど倒れた。そこへ市川崑と高峰秀子が「俳優として戻れ」と誘いにくる。あてもないんで「はい、やります」と返事。こうして日本人離れしたスタイルの二枚目俳優が誕生。いまどきなら珍しくないですが、なんせ大正生まれですからね。べらぼうにモテたらしい。

この本に収録のエッセイの中身はバラバラ。江戸っ子である父の話。子供時代のこと。売れっ子俳優時代。食べ物の話。いろいろです。


★★★★文藝春秋
kaikonomori.jpg
熊谷達也のマタギもの代表作(たぶん)。大盤振る舞いで星4としましたが、本当は星3.6とか3.7くらいかな。今年は4つ星が払底しているので、エイ!とオマケです。

この本は力が入っています。破綻が非常に少ない。直木賞と山本周五郎賞の両方をとったのも納得です。秋田阿仁の若いマタギがだんだん猟を覚え、知り合った地主の娘に夜這いをかけ、妊娠させたのが原因で村を追い出される。行った先は鉱山。当時の鉱夫たちの生態は面白かったですね。単なる労働者ではなく親分子分の関係です。江戸時代からの古い風習が残っていたらしい。ヤクザとか香具師なんかと雰囲気が似ている。 (「友子」制度というらしい。一種の職能伝授・互助組織)

で、景気のよかった炭鉱も火が消え、主人公はまたマタギに戻ります。いろいろあった末に女房ももらって、年を少しとって、いよいよ山の主と最後の対決。マタギの間では決して獲ってはいけない熊がいたんだそうです。月の輪のない黒熊(ミナグロ)、白い熊(ミナシロ)、山の主である巨熊(コブグマ)。これらは禁忌です。うっかりミナグロを獲ったマタギは廃業しなければらない。コブグマに立ち向かえば殺されてしまう。そのコブグマを相手にしてしまう。

主人公は射撃の名手でさっそうとしているけど完璧な男ではなく、気負いもあるし女も好き。理性では損と思ってもつい走ってしまうところもある。わりあい常人に描かれているのが好感です。


★★河出書房新社
yuraku.jpg
閻連科(エン レンカ /イエン リエンコー)は中国の作家で、けっこう微妙な内容なので出版するたびに中央に叱られているらしい。でもこの小説でフランツ・カフカ賞受賞。日本でもけっこう売れたとか何かに書いてありました。版元も河出だし。ふーん。

マジック・リアリズムということになっています。ノーベル文学賞とった莫言なんかと同じ系統の作家ですね。こうした手法がいちばん安全なのかもしれない。

お話は河南省の僻村。どうでもいい山の中の集落なので、周囲の県から相手にしてもらえない。住民のほとんどは障害者。というより、付近の障害者がみんなこの村に流れ着いた。ここなら支えあって安心して生きていける。忘れられた村です。

で、野心に燃える県長がレーニンの遺体(最近粗末に扱われているという噂)を招来して町おこししようと思い立つ。特殊技能をもった村の住民を使って絶技団公演を企画、莫大な資金集めをもくろむ。要するに巡回サーカスです。それに対抗する村のカリスマ指導者は(少女時代に)延安長征にも加わったことのある老婆。ドタドタバタバタとストーリーが展開します。

ちなみに中国の「県」は行政的には日本の郡のようなものです。でもさすが中国、81万県民とか野心県長は豪語していました。日本の小さな県にも匹敵する。

うーん、いまいち乗れませんでした。ほんと、莫言と似たような小説なんですが、莫言のねちっこさがない。自然がうまく描写されていない感じがする。人物の描き方もうーん・・・・・。描写の「根っこ」が生硬なのかな。

素晴らしい!と感動する読者がいても不思議はないですが、ワタシ的にはダメでした。


★★★ 新潮社
reizoukowa.jpg
荻原浩の小説はたいてい楽しめます。思いつくだけで「四度目の氷河期」「愛しの座敷わらし」「オイアウエ漂流記」「ひまわり事件」「砂の王国」「二千七百の夏と冬」・・・。どれも再読に耐えるものばかり。(「さよならバースディ」は駄作だった。)

「冷蔵庫を抱きしめて」 は短編集でした。比較的軽くて気がきいている。主人公はみんな自信がなく、世間に迎合して生きている。亭主はいつも自分勝手で暴力的なダメ男。自分がそういう男を好きなのか、それともその種の男を引きつける何かを持っているのか。

で、そのままズルズル奈落に落ちていく女もいるし、エイ!と開き直って自分の道を選ぶ女もいる。所詮は小説なんですが、やはり「エイ!」のほうがカタルシスありますね。暴力男と別れるためにボクシングジムに通うお話はなかなか楽しかったです。モリモリ筋肉がついて、パンチに威力がついて、最後は「別れないでくれ・・」と言いながらも卑劣に殴り掛かる男を叩きのめす。スッキリします。

ま、それだけのことですけど。


★★★ 文藝春秋
underthedoom.jpg
たまたま上下巻がそろっていたので借出し。うんざりするくらいの長編です。ただしスティーヴン・キングなので、冗長な部分は多少飛ばし読みしても問題なし。良く言えば詳細、悪く言えばどうでもいいジョークの言い合いの多いのがキングの特徴です。それにしても、登場キャラクターたち、切迫した場面でも忘れずに冗談を言う。

で、舞台は例によってメイン州の片田舎、ある日とつぜん巨大な透明ドームが出現する。高さ1万メートル以上、小さな町がすっぽり覆われてしまいます。

完全に透明なので、飛行機も鳥も車も衝突してしまいます。銃弾もミサイルもこの壁に穴を開けることは不可能。たまたま境界にいた人間も犬も鹿も、バッサリ切断。川の流れも止まります。このドームを通すのはほんの少しの空気と水という設定です。声や電波は通過します。したがってドームの内と外で情報の伝達はいちおう可能。

こうした閉鎖空間の中で人間はどう振る舞い、どう考えるか。それが作者の狙いですね。閉鎖空間なので、外界から食料も医薬品も運べない。風がほとんど通らないので気温は上昇。それどころか権力も司法も無力。そもそもこのドームはなぜ置かれたのか、最後の方でいちおう種明かしはありますが、多分あんまり重要な部分ではありません。

同じ作者の「ミスト」も同じような設定でした。「ミスト」は片田舎のスーパーマーケットが舞台でしたね。外は深い霧。魑魅魍魎が徘徊していて、ドアから出ることはできない。そんな環境で、閉じ込められた町民たちがどうなるか。何をするか。その拡大版が「アンダー・ザ・ドーム」です。

これも定番の悪役は町の町政委員で、ナンバー2。中古車販売会社の社長です。こすっからい悪人だけど敬虔な信徒。No1は気の弱い薬屋の店主。町民から選ばれたこうした代表が実質的な町長、助役を勤めている。で、まともそうな警察署長は早々に死んでしまって、副署長は無能。警官もほとんどが役立たずで、新しい補助警官たちはみんな頭のカラッポな筋肉マッチョで粗暴な若者連中。なにかというと発砲したり殴ったり強姦したり。こういう連中を描くとキングは筆が冴える。

はい。最初から最後までひたすら暴力の連続。どんどん死にます。面白いですが、かなり疲れます。


めっきり冷え込んできました。もう半袖では暮らせない。

また暑くなるかも・・・と念のため置いてあった扇風機をついに片づけ。あっ、片づけたのは家人です。私はほんのちょっと手伝っただけ。あとで見ると、扇風機の代わりに電気ストーブが置いてありました。そのうち使うようになるでしょう。

日本酒が美味しい季節になりました。先日ビールが切れたので箱で買いましたが、ひょっとすると来年の春まで持つかもしれない。ビールはサントリーのプレミアム。これを飲むと、他のが美味しくなくなります。ちょっと高いけど、老後のささやかな贅沢です。

その代わり日本酒はもっぱら安売りの菊正宗ピン淡麗仕立3L徳用箱。近くのスーパーでだいたい1230円くらいで手に入ります。この味に慣らされてしまったのか、他のまっとうな日本酒を飲んでも美味しく感じなくなった。どうして3Lが1230円で買えるのか知りませんが、ま、いちおうはメーカー品です。へんなものも入っていないでしょう、きっと。入ってたって知るか。

apapat.jpg酒の話題つながり。先日いただきものの洋酒。ウォッカでアルメニアものだそうです。なるほど、箱に書かれた文字はキリル文字みたいな感じですが、なんとなくロシア語とも違う印象。それにしてもアルメニアのウォッカ?? どうも解せない。アルマニャックはフランスのブランデーだけど、アルメニアもブランデーの産地じゃなかったっけ。

調べてみました。APAPATというのが名前でしょうか。なるほど、アパパトではなくアララトのことらしい。例のノアの方舟が漂着したアルメニアの山です。いまはトルコ領かな。で、もちろんウォッカではなく、ブランデー。アルメニアコニャックというべきかもしれません。星が6コなんで、たぶん6年ものでしょう。面白いものをいただきました。

★★ 文藝春秋
11-22-63.jpg
わりあい最近の刊行のようです。タイムトンネルもので、タイトルの数字は「63年11月22日」。ケネディ暗殺。

読み終えてからまだ下巻があることに気付きました。失敗した。分冊の片方だけ借りるってこと、まずしないんですけど。

で、上巻では主人公がトンネルを潜って過去へ行き、そこで5年ほど暮らしたあたりでおわり。設定として「タイムトンネルは過去の特定の日時にだけ通じている」「過去で何年過ごしても、現在に戻ると2分しか経過していない」「過去には意志があり、変更の行為に対して抵抗する」などなど。

随所にスティーヴン・キングらしさがあって悪くはないですが、それにしても米国人にとってケネディ暗殺ってのは大きな事件なんだなあ。ケネディが殺されなかったら世界が良くなったかどうか疑問なものの、それでもベトナム戦争とか、冷戦の推移、その後の9.11とか、アホの息子ブッシュとか、いろいろ違った世界になった可能性はある。

そういえば好きな作家であるコニー・ウィリスもタイタニックものを書いています。タイタニックの沈没は英米にとってそんなに大事件だったのか。そこがアヤがわからないので、この本(航路)もイマイチ共感できなかった。

ふと、もし日本だったら何か歴史上の重大な「IF」になるんだろうとも考えました。うーん、なんですかね。やはり本能寺だろうか。他にもいろいろありそうですが、さしたるインパクトはない。もし信長が生き延びていたら、かなり日本は変わる可能性があります。天皇制をひっくりかえしたか。あるいはフィリピン、インドシナあたりまで攻め込んだか。なんなとく朝鮮中国へは行かなかった気がする。どっちにしても秀吉の晩年ほどメチャクチャにはならなかったでしょう、たぶん。

いちはやく産業革命にすすんでアジアの強大国になり、結果的に大戦争して日本が滅びたかもしれませんね。そんな可能性もある。少なくとも保守ではなく革新。農本主義ではなく商業貿易。後の徳川時代とはかなり性格の異なる国家にはなったでしょう。それが日本にとって幸福か不幸かはわかりません。


★★★ 光文社
kyogeinoumi.jpg
どこかのサイトで褒めている人がいたので、気になって借出し。

なるほど、紀伊半島東南の端っこ近く、太地の鯨漁のお話ですね。それまではごく小さなクジラしか上げることができなかったんですが、江戸時代に巨大なクジラも獲れる網漁を考え出した。発明した網元はもちろん大金持ちになった。江戸時代初期の頃、大きな鯨の平均価格が75両とありました。太地で多い年は70頭以上もとれたらしい。すごい額です。小さな藩なんかモノともしない。ほぼ独立領。

もちろん何十メートルもあるクジラを上げるには、少しくらいの人数では無理です。高台で見張り専門にあたる人、見つかったら舟を押し出して、網を張る舟、群がって銛を打つ舟、弱ったところで鼻先に穴をあけて曳航する舟。浜にあがったらすぐ処理しなければらない。なんやかんやで、千人以上の人手が必要になる。完全分業流れ作業ですね。したがって各部門の作業ルールも非常に厳密で、小規模な軍隊のような組織になる。

銛を打つにしても、ただ打ったんじゃいけない。最初は小さな銛で弱らせて、それからだんだん大きな銛にする。いきなりガツンとやるとクジラが必死に暴れるらしい。またザトウクジラは太っていて脂が多いとか、ナガスクジラは大きくて強いのでなるべく避けるとか、うんちくはけっこう楽しいです。

で、時代は江戸時代から明治にかけて、その太地に暮らす漁師たちをテーマにした短編集です。だんだんクジラが来なくなって(たぶん「白鯨」で描かれるアメリカ捕鯨船の影響)、資本力を誇った網元もついに倒産。太地の沿岸捕鯨は終了します。

このテーマ、たしか宇能鴻一郎も書いていました。えーと、「鯨神」だったか。ストーリーはまったく覚えていませんが、かなり良質の小説だったはずです。これで芥川賞か直木賞をとったんじゃなかったっけ。その後、なんで宇能鴻一郎は官能小説しか書かなくなったのか。不思議。

今回の伊東潤「巨鯨の海」も面白いですが、うーん、傑作とまでは言えない印象。ストーリーはそれぞれ違うものの同じようなテーストの短編が続くんで、後半になると少し飽きてきます。


★★ 河出書房新社
sugawaramichizane.jpg
三田誠広の本、図書館には何冊か並んでいて、みんなタイトルはかなり面白そうなものばかりです。で、実際に借り出してみると、うーん、どうも合わない。そんなことの連続。

今回は珍しく読了しました。えらいえらい。ただし、やはり面白くはなかった。

一応は菅原道真の生涯です。ただし冒頭、なぜか在原業平が登場する。これは??なんですが、なるほど、業平の惚れた女ってのが宮中に入って、結果的に皇太后になる。女のほうも実は色男の在五中将を忘れられない。その相思相愛に他の女が嫉妬して、おまけに藤原北家の陰謀がかかわって、そこに菅原道真も巻き込まれる。ま、そういう形なんだそうです。

すべての原動力は恋と野心と嫉妬。ちょっと不思議な切り口ではあります。

正直、読みづらいですね。なんせ平安貴族のお話なので、次から次へと新しい名前が登場して、出世したり脱落したり。たかが儒者の家ながら右大臣にまで上り詰めた菅原道真です。もちろん周囲は敵だらけ。不器用ながら本人なりに(天下国家のため)立身出世をもくろんだ道真も、最後はスッ転んで太宰府に流されます。

これ、なんとなく単なる左遷人事と思い込んでいましたが、実質的には囚人扱いだったんだそうです。よせばいいのに可愛い末の子供をわざわざ太宰府に連れていって、劣悪環境で死なせてしまう。ほんとうに賢い人だったんだろうか。

そうそう。応天門の炎上事件なんかもこの頃の話です。左大臣源信と大納言・伴善男を蹴落とすための陰謀。黒幕は太政大臣・藤原良房です。あんまり明確には書かれていませんが、菅原道真もコソコソと良房を手助けしたのかもしれません。そう考えるとその後の出世も理解できる。


★★★ 講談社
bakumatsudensetsu.jpg
前にも読んでいました。でもすっかり忘れていたので問題なく再読。何本かの幕末エピソードをまとめたものですが、今回あらためて感じたことを。

えーと、タイトル忘れましたが(すぐ忘れる)、写真術の章。手に入れた蘭書を読んで写真乾板(湿板かもしれない)の作成になんとか成功。そしたら薩摩の殿様が教えろというので伝授。あとで撮影したものをみると「額の丸い太った女」が写っていたそうです。

殿様というのはもちろん島津成彬ですね。太った女は当然のことながら「篤姫」です。後の将軍家御台所。そっけなく「太った女」と言い切るところがおかしい。笑ってしまいました。

もしひとつ。鳥羽伏見の戦いの指揮をとった竹中重固という旗本。有名な竹中半兵衛の子孫だし主戦派の大身だったのでとんとん出世して、なぜか若年寄並陸軍奉行。ま、この人が責任者になって伏見へ進軍したわけです。で伏見の奉行所に陣取って(たぶん幔幕張って)偉そうにふんぞりかえっていた。

野口武彦の書くところによると、お奉行様は薩軍が砲撃するなんて予想だにしていなかった。こっちは圧倒的な大軍です。すぐ降伏するだろうと思っていたんでしょう。すぐ近くで薩軍が大砲を向けているのも承知だけど、まさかね。それでも夕方になってしびれをきらし、仕方ない、押し通るか。どれ、地図を持て・・・と命令したあたりでいきなりドカンドカンと打ち込まれた。

たぶん自軍の正確な配置も把握していなかったし、部隊との連絡方法の打ち合わせもなかった。そもそも抵抗されるなんて思ってなかったから。そのうち混乱の中で後方へ撤退。幕府軍、数だけは多かったけどみんな状況がわからないし指示命令もない。負けるべくして負けた。で、敗戦責任で更迭。

その後もいろいろあって、最後は函館まで行ったようです。結果的には降伏して生きながらえた。まったく力のない人でもなかっただろうけど、アタマが固くて客観的に事態をみる能力に欠けていた。進軍の儀礼とか床几の置きかたとか、格好にはうるさい人だったようです。運の悪い人が運の悪い場所にいた。歴史のアヤです。


★★ 中央公論新社
tennotonihonkin2015.jpg
副題は「昭和天皇までの二千年を追う」。要するに天皇はなぜこんなにも長い間、君臨し続けることができたのか、というテーマですね。

平安の藤原氏は権力の源泉を天皇から得ているので天皇にとってかわろうとはしなかった。それは納得。しかし頼朝はどうだったのだろうか。足利義満は? そして誰より信長です。自分が日本の最高権力者になろうとすれば簡単になれた。それなのに何故か天皇制を維持し続けたわけです。もう数年生きていたら違ったかな。家康だって、とくに天皇が必要ではなかったはず。不思議ではあります。

という具合に、日本ではずーっと「革命」が成立していない。つまり王朝が変わることがなかった。天皇が権威と実権の両方を握っていたのはおそらく大化の改新から、ほんの少しの間でしょう。その後は実権を失い、ひたすら権威だけ。つねに飾り物として機能してきた。

結局この本では「なぜ?」に十分には答えていません。権威として存続させたほうが何かと好都合だったから天皇制が継続してきた。それが結論かな。田原総一郎ふうに料理した「平易な日本史」で、二千年をざっと俯瞰したような一冊になってしまいました。

直近ではGHQが天皇制を廃止する可能性もあったわけですが、でもやはり「残しておいたほうがスムーズだろう」という政治判断になった。当時は近衛あたりも「譲位もやむなし」とか進言したりもしたらしい。しか実際には天皇責任はもちろん、改元もなし。そもそも8月15日も「敗戦」ではなく「終戦」です。ウヤムヤにしてしまうのが日本は得意なんでしょう。そういえば巣鴨の収監者も犯罪者だったのか犠牲者だったのか英雄だったのかの総括は結局なし。オボカタさんの話も責任がどうとかいう話にはなっていません。ウヤムヤ。

敗戦の天皇責任については田原も言いたいことはあるらしくて、しつこくモゴモゴ書いてます。でも明確には言い切らずウヤムヤでお茶を濁した。歯切れが悪い。逃げたな。田原総一郎もニッポン人。


アーカイブ

最近のコメント

このアーカイブについて

このページには、2015年10月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2015年9月です。

次のアーカイブは2015年11月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

OpenID対応しています OpenIDについて