Book.11の最近のブログ記事

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saishuuteiri.jpgクラークもトシくってからはどうかな・・と心配しながら開始。そもそも共著に面白いものはないですね。でも今回はクラークとフレデリック・ポールだし、ひょっとしたら・・と期待。

場所はもちろんセイロン、今ではスリランカですか、そこの大学に通う数学狂いの学生が主人公。よせばいいのにフェルマーの定理にとりついてしまって。しかも宇宙の果てに生息する超越の意志があり、その連中、地球の将来に危惧をいだいて(ありゃ暴力的な連中だ。みんなが迷惑するぞ)、さっさと始末しようと計画し・・・。

はっきりいって駄作。クラークの良さがなーんにもない。かといってフレデリック・ポールの軽妙さは完全に空回りして田舎芝居になっているし。3分の1ほどガマンしましたが、ついに投げだしました。

教訓。やはり共著に良いものはない。どんな大家でもモーロクしてからの本はダメ。井上靖しかり、丹羽文雄しかり。水上勉は読んでないから知らない。まして風合いのちがう老骨二人がいっしょに書いたものなんて、手にするもんじゃありません。

追記
思い出した。老残劣化の代表格といえば武者小路実篤か、前からそうだったけど晩年の文章特に酷かった。ついでに筒井康隆もよせばいいのに朝日で酷いものを連載していました。これも恥ずかしいくらい。若いころはセンス、悪くない人だったんだけどなあ。

★★ 新潮社

shizumanu.jpgはっきりいって、山崎豊子の本は好きではありません 。文体が乱暴すぎる。登場人物が類型的すぎる。ストーリーが勧善懲悪ベースにしてあって、都合よすぎる。

類型的といっても、それなりの厚みはあり、決して単純なパーソナリティではないんですが、でも「こんな奴、確かにいるよなあ」という類推の範囲内。「狡猾で計算高く、執念深い。でも妻子は愛している」とか「正直すぎてアホだけど頭は切れて、辛抱強いけど時々カーッとなる」とか。なんか、いかにも計算して作ったような人物。キャラクター設計の産物みたいな印象ですね。

というわけでかなり嫌いなんですが、でも読み始めると最後まで必死に読んでしまいます。困ったことじゃ。

ブツブツ言いながら山崎豊子全集の「沈まぬ太陽」を読了。アフリカ篇、御巣鷹山篇、会長室篇の3巻です。 こりゃ、たしかにモデルにされた某会社、思い切って「不快」になるわけです。掲載誌の機内取り扱いを中止したとどこかに書いてありました。

また「不毛地帯」でさんざん持ち上げた元参謀キャラも、こっちではズドーンと落としてますね。落とすという表現は少し違うか。ようするにより実像(らしい)人物になっている。

見てませんが、このヒーローを渡辺謙さんがやったそうで、だいたい想像つきますね。エネルギッシュでヒロイックでカッコよすぎて嘘っぽい。

などなど。文句いいましたが、それなりに面白かったです。ただし★★。

別件ですが「不毛地帯」のライバルでは、鮫島というキャラ がよかったですね。この人だけはすごく存在感と魅力があります。行動力とずるさと厚顔無恥、ついでに愛嬌たっぷり。

そうそう。鮫島の息子もよかったです。生まれた孫も鮫島そっくり( だったような?)
★★★文芸春秋

sakanoue03.jpgふと気が向いて「坂の上の雲」を本棚から抜き出す。さして意味もないが第2巻。正しくは司馬遼太郎全集 第25巻。すでに日清戦争は終わっていて、目次は「旅順口」から。遼陽、旅順と続きます。本、かなり古びてしまいました。

もう何回読んだか覚えてもいませんが、関心は少しずつ変化しています。最初はもちろん松山での秋山兄弟。そして東京での二人。それぞれの成長などなど。正直、子規にはあまり感情移入できませんでした。俳句の改革といっても、具体的に何がどうなのか、どうも漠然としている。

また陸戦はひたすら複雑で、おまけにゴタゴタしている。悲惨でもある。とりわけ旅順、二○三高地など読むのが辛いです。ということでついバルチック艦隊、日本海海戦あたりに関心が集中。要するにカタルシス指向ですね。

何十年の間に何回も読んでいるうちに、だんだん陸戦にも興味が沸いてきました。子規関係も読めるようになってきました。で、今回は遼陽、旅順、奉天が意外に面白いことを発見。はい。第26巻もついでに読んだわけです。

第26巻は黒溝台、奉天会戦、そして日本海海戦です。日本海での艦隊運動、各戦隊の動き、やはり頭が混乱します。どの艦がどの戦隊だったか、どの艦隊だったか、あっというまに分からなくなる。そもそも東郷の第一艦隊が敵と遭遇した時点でどの方向に進んでいたのか。南だったのか、南西だったのか、それすらも混乱です。配置図見たって、やはりわかりません。

司馬さんの解説読んでいても、やはり多少の矛盾があります。文章だけ読んでると、東郷はずんずん南(やや西より)に進んだように受け取られますが、航路図を見るとその寸前に大きく面舵とって西に曲がっている。それから取り舵とって左にターンというイメージ。

結局は薬局で郵便局、艦隊の進路はそんな単純なものではなかった感じですね。しょっちゅう方向を微調整しながら動いていたのかもしれない。ただ、敵艦隊と距離8000メートルでしたか、ギリギリのところでは大きく取り舵をとった。これが丁字戦法。

とかなんとか。数日かけて2冊を読了しました。この次に機会があったら第1巻を読んでみようかと思います。

あと数日でNHKのスペシャルドラマもおしまいですか。名残惜しいです。これもそのうち、暇なときにでも、録画しておいた全13枚のDVD、ゆっくり見直してみたいです。ぶっ続けに見たら、また違うでしょうね。画面も主役たちの動きだけではなく、背景の大道具やエキストラの人たちの動きに注目。1本のドラマで3~4回はたっぷり楽しめる。新しい発見がたくさんあります。

★★★ 文春文庫

tanoshiii.jpg池澤夏樹がたぶん1990年ごろに書いた(連載した)もの。もちろん読み直しです。

池澤夏樹、好きなんですが、小説の場合はどうも読みづらい。素直に読んだのは「マシアス・ギリの失脚」くらいでしょうか。他は何回も借り出しているものの、どうしても最後までたどりつけない。「マシアス・ギリの失脚」、南洋の島の人々のささやきと気ままに走りまわる日本慰霊団バスはよかったです。これはたぶん傑作。

で、楽しい終末。小説じゃないので、素直に面白く読めました。池澤さんの論証というか論述、進め方は非常に論理的かつ明晰ですね。騙しの要素が少ないとでも言うべきか。内容は人類の終末論で、恐竜の絶滅、核問題やらレトロウィルスやら南北問題やら。個々の問題を論ずるだけでなく、17世紀あたりから主流となって誰も疑わない「進歩の概念」についても触れています。

人類は進歩するものなのか進歩すべきものなのか。少なくとも10紀や15紀あたりの人々は、あんまり進歩という感覚を持っていなかったんじゃないのか。むしろ退化したり。末法思想ですね。

なんか高校生の頃、初めて岩波の高級そうな本(えらく高かった記憶あり)で「民主主義はごく最近に出現した新思想」みたいな解説を読んで眼からウロコが落ちたことを思い出しました。ぼんやりと、ギリシャの昔からデモクラシーという概念は西欧で続いていたような錯覚があったんで、田舎の高校生は愕然とした。ちょうど大学受験の頃です。気持ちの忙しい時こそ、こんな用もない本に手を出して、読んでショックを受ける。

ま、楽しい終末、毎日少しずつ読むには最適の本でした。1990年の当時から、原発は危ないなあ・・と言ってたんですね。

そうそう。ここで紹介されていたマリオ バルガス・リョサの「世界終末戦争。新潮・現代世界の文学に入っているようなので、そのうち借り出してみようと思います。知りませんでしたが、去年ノーベル文学賞をもらったようですね。
★★★ 集英社

owarazaru.jpgまたまた浅田次郎。えーと、今度のテーマは終戦直後、ソ連の侵攻を受けた千島列島の占守島 (しゅむしゅとう)のお話です。千島列島は根室から東北に伸びて、最後はカムチャツカ半島に達します。その最東北の島が占守島。すぐ向かいはカムチャツカです。

この占守島、どうもこのへんの島にしては平坦だったらしい。平坦で港もあるので、ある程度の規模の軍を駐屯可能。周辺の兵站基地としても使えるし、なんかごとがあった時はここから出撃する。当時の感覚としては、アリーシャンを伝って西進してくる(と予想された)米軍に対しての最前線ですね。

で、8月18日の早朝、火事場泥棒でいきなりソ連が押し寄せてくる。対する日本軍は中型戦車を40両ちかく持っていた。ぜーんぶガソリン車だったといいます。寒冷地の行動には合ってますが、戦車としてはどうなんだろ。ひょっとしたら燃えやすいかもしれないのですが、ま、それでも新品ピカピカの戦車です。関東軍から引き抜かれてここに引っ越していたらしい。装備もしっかりしていたし、錬度もいい。燃料や弾薬なんかもけっこうあった。当時の日本軍にしては珍しいケースです。

結果的には2万人以上の兵を擁するこの91師団がソ連軍を一応は撃退するんですが、なんせポツダム宣言受諾の後です。あんまり本気で戦うわけにもいかず、いろいろ交渉してみたりして、数日後に武装解除。解除した兵士はその後、みーんなシベリアへ連れていかれます。戦闘で日本軍も大きな犠牲を払いましたが、その代わり、この作戦で時間をとったためにソ連の北海道侵攻が遅れてしまったという見方もある。ソ連に北海道を占領されずにすんだ。

また、真相は不明ですが、この占守島の戦いで多くの兵士を失ったスターリンが、復讐として関東軍兵士も含めてのシベリア抑留を決断したという説もあるそうです。本当かもしれません。

というのが大きな流れ。この本は「あくまで小説」なんで、現地調査とか聞き取り取材はしなかったと浅田さんは言ってますね。歴史書じゃなし、事実に縛られたくない。あくまでもフィクション。

小説だからいいだろ、というわけで、赤軍将校の夢やら幻影やら生霊めいたワープ憑依も出てきます。脇筋として信州の疎開児童の脱走やら、赤紙配達のお話、江戸川アパート(同潤会)のお話も出てきます。このへんはハッキリいってどうでもいいんですが、唯一、ソ連兵士の側から見た占守島上陸作戦のとらえ方はけっこう面白かった。

こっちサイドから言うと、独ソ戦が終わってやれやれと思ったら、帰国が指示された。ヤッホー、家に帰れる!と嬉しがっていると、列車はモスクワもどこも通り過ぎて、どんどんシベリア鉄道を東へ。騙された。最終的に極寒のカムチャツカです。

おまけに「演習だ」とか言われて船にのって海に出る。もちろんこれも騙し。ソ連といえば名にし負うT型戦車ですが、その肝心の戦車は積んでいない。

ちょっと調べたらT-34型で32トンだそうです。ドイツのティーゲル(57トン)には及ばないけど、日本の中型戦車(15トンぐらい)に比べたら雲泥の差で、たぶん日本戦車なんかブリキみたいに破れるでしょうね。でもその戦車はなぜか今回不在。そこまで手がまわらなかったのか、何も考えていなかったのか。そのへんは不明。

ただし、戦車はいないけど、対戦車砲は船に積んでいた。敵戦車がいるということは知ってたんですね。でも味方戦車の援護なし、戦車砲だけで相手の戦車と戦うってのは、こりゃ問題外です。相手は要塞を築き、無傷の戦車連隊で待ち構えていて、海岸上陸すれば襲いかかってくるに決まっている。七人の侍の志村喬みたいですね。こっちは定位置で、襲ってくる騎馬の相手を射る。でも射るより射られるほうが多いでしょうね、たぶん。

で、濃霧の海岸でドンパチやった結果、対戦車砲4門だけは上陸できたそうです。もちろんそこに日本軍の戦車が殺到してくる。付近の高射砲なんかもたぶん水平射撃みたいに撃ってくる。ソ連軍も悲惨だったでしょうね。ほとんど壊滅。

でもなんやかんや。日本の戦車第11連隊は27両を失ったとWikiに記してありました。

また、ドサクサまぎれに日魯漁業の缶詰工場にいた女工など民間人が独行船数十隻で根室まで脱出というエピソードもあります。これだけでも一冊の本になる。浅田さんの小説では函館から行った女子挺身隊ということになっており、全員が無事に帰還。Wikiによると一隻だけが難破して、乗っていた女工たちはソ連に抑留されたと書いてあります。

★★ 化学同人

taberarete.jpgいつの頃からか人類の古い古い祖先は結束して狩りをして暮らしていた・・というイメージが形成されてるようです。オトコは棍棒もって狩りに行く。でっかい肉の固まりをもって女房子供の待つ洞窟へ帰還する。はじめ人間ギャートルズです。

でもなあ・・というのが素朴な疑問。狩りに頼って食料を得るってのはかなり効率の悪い手法です。専門家である大型ネコ族だって、成功率はそう高くないらしい。おまけに獲物が豊富にいるシーズンもあれば、枯れシーズンもある。

ま、マンモスなんかがウジャウジャいる時代ならどうか知りませんけどね。(そんなにたくさんいたのか?) あるいは地平線を埋めつくすようにバッファローの大群が疾走するとか。太古、アジア人がベーリング海をわたって新大陸に行き、どんどん南下していく間に、大型獣のほとんどは消滅したと何かで読んだ記憶もあります。食べやすいからっていい気になって獲ってると、すぐいなくなってしまう。あとは飢えるだけ。

そうそう、アメリカンネイティブっていうと、つい映画の影響で裸馬に乗ってバッファロー狩ってるシーンしか思い浮かばないけど、実際には農耕で暮らしていた連中のほうがはるかに多かったようです。ただ農耕タイプのネイティブってのは大人しいですからね。白人からすると、とくに気にする必要もない。映画にもしずらい。少数の獰猛な狩猟タイプだけが開拓者にとってはトラブルメーカーで、関心も高い。

で、この本の著者はこうした「狩猟で暮らした祖先」という概念に反発します。そりゃ数十万年前とか、わりあい最近になってからは狩猟も流行したかもしれない。でもそれまでの間はどうだったんだ。体も小さい。脳味噌もあんまりたくさんは持っていない。ろくな石器もない。火も使っていたとは思えない。チンパンジーの祖先と枝分かれしたばかりのひ弱なご先祖が、どうやって獰猛なネコ族と対抗したんだろう。

つまりは「Man the Hunter」じゃなくてMan the Huntedだったじゃないか。そういうことですね。1文字の違いでイメージが激変する。

というわけで、ページ数の3分の2くらいは、現代でもいかに人間が食われているか、の実証です。アフリカ、インド、インドネシア・・・トラやライオンやハイエナやオオカミやクマやヒョウ、水辺にはワニが待ちかまえているし、巨大な蛇もいる。え?という数の人々が、いまだに食われている。なんというか、かなり気分の悪い報告がえんえんと続きます。

もちろん身長1メートル(だったっけ)のアウストラロピテクスのルーシーだって、黙って食われるのはいやです。そこでルーシーたちの社会生活が生まれ、情報伝達の価値が生まれ、分業がなりたち、みんなで集まって怖い獣から身を守る。見張り役、追い払い役、かなわぬまでも威嚇する役、最後の最後は食われる犠牲役。そうやって、細々と人類の祖先は生きながらえてきた。おしゃべりに磨きをかけ、脳の体積を増やし、体もなるべく大型化にいそしんだ。

で、昼間は大型ネコの食べ残しを泥棒したりもする。夜は怖いから洞窟で固まって震えてすごす。

ま、そういう本です。洞窟の奥に、頭蓋に穴のあいた人骨とヒョウの骨が発見されたとき、「人間が人間を殴って殺した。たまにはヒョウも殺した」と解釈するか「ヒョウが人間を鋭い牙で刺した。そのヒョウもそのうち歳くって死んだ」と解釈するか。ほんと、どっちが本当なんだ?と聞きたいくらいですね。

★ダイヤモンド社

amazonno.jpg「世界最大のネット書店はいかに日本で成功したか」という副題。読んで損したという本でもありませんが、期待して読むとガッカリします。

著者はアマゾンジャパンの立ち上げ時、数年にわたってかかわった人です。マーケティング方面が専門だったらしい。声がかかった際も「日本進出を計画していることはトップシークレット」で、いっさい口外しないという誓約書を書かされたらしい。

たしかに当時、アマゾンジャパンの発足は唐突な印象でしたね。いきなり!という感じ。あるいは「ついに!」という感じかな。

ただ意外だったのは、秘密にしていた理由が「株価対策」だったということ。てっきり日本国内の出版・流通業者からの反発を警戒しての措置だと思っていた。要するに日本に進出するというニュースが流れると、米国内での株価が大変動する。なんかいつも株価が不安定で、それがアマゾンの弱点だったんだそうです。経営方針もあり、人気の割りにはずーっと赤字が続いていたようですし。

で、肝心の内容。うーん、これといって面白い話もないなあ。創意工夫して実行しようとすると米国本社からストップがすぐかかる。社是に反するとか、予算がかかりすぎるとか。IT化ってなーに?という中小出版との在庫確認のやりとりがネックなんで、これをスムーズにするため、こっそり簡易プログラムを勝手に作成。やったぜ!と喜んだら、これもストップくらったとか。

ま、米国のカンパニーですからね。それでも創業当時は手作り感覚のアットホームな良さがあったけど、今ではダークスーツのMBAが幅をきかせているとか。そんなような雰囲気です。

私、アマゾンにはずいぶんお世話になってます。とくに配送料無料になってからは頻繁に利用しています。もっと安い通販はあるけど、何カ所にもカード登録するのがなんか気分悪いし、とくにアマゾンのセキュリティを信用する理由もないけど、ま、ここが破れたら諦めるかという感覚。

便利さ、スピード、価格。カスタマーレビューもけっこう読みます。ただしお勧めメールはピント外れでかなりうっとうしいです。ときどきヘンテコリンな商品登録もあるけど、ご愛嬌。ウイッシュリストとかいうのは、あやうく騙されそうになった。てっきりメモ機能かと思ったら、とんでもないですね。あわてて逃げました。

ま、いろいろありますが、アマゾンさん、これからも御健闘を。

★★★ 講談社

soukyuuno.jpgなんか浅田次郎の代表作みたいな扱いの本です。図書館に珍しくペロッと置いてあったので(しかも上下そろっている)借り出しました。

たしか田中裕子が西太后に扮してドラマをやっていた記憶があります。もちろん観ていません。ん、どっかで10分くらいは眺めたかな。科挙(会試か)とか役者のとんぼ切りとか、なんかやっていたような・・・。

それはともかく。

清朝末期。型にはまるのが嫌いな秀才・梁文秀と、同じ村の糞拾い少年・李春雲がとりあえず中心人物です。文秀は都での試験(会試)で不思議なことに及第。たんなる合格じゃなくて一等賞です。で、へんこてりんな占い婆さんに騙された春雲は、貧乏脱出のため自分の手で性器切断。自宮とか浄身というらしいです。あとはトントン拍子で、二人は出世していく。

面白かったこと。切った性器は宝貝(パオベイ)といって、壺にいれて大事にしていたらしいです。宝貝って、はるか昔のお話である「封神演義」でもたくさん登場してましたよね。戦う神や仏が「秘密兵器じゃぞぉ!」と取り出す必殺の新兵器。たいてい一人の神様はひとつしか宝貝を持っていない。(私の読んだのは安能務の封神演義。奔放・超訳ですな)

ということで、宦官は自分の宝貝を大切に保管しているものと思ってましたが、そこは経済原理、借金のカタとして取り上げられてたケースもあったらしい。小説では、ちょん切り業者が「手術代を貸してやるから、金ができたら買い戻せ」といって保管金庫に入れておく。これナシで死ぬと来世はメス騾馬なんで、宦官は必死に利子を払ったりします。死ぬ前に買い戻して、棺にいっしょに入れてもらわないといけません。

もうひとつ。小説では李鴻章がほとんど万能のヒーロー(ただし年老いている)となっています。あらためて納得したのは、北洋艦隊にしろ北洋軍(淮軍?)にしろ、形の上では「清の軍隊」であっても、実質は李鴻章が作り上げた李鴻章の私設軍であるということ。こういう表現が正しいかどうか知りませんが、体制内に留まっている強力な軍閥みたいなもんなんでしょうか。

ただし。どんなに力を持っていても李鴻章は文人、進士です。皇帝に逆らい、新政府樹立へ一歩踏み出す気はなかったんでしょう。あくまで扶清興国・文明化。ただし、李鴻章の子分である袁世凱は教養人じゃないので、こんな遠慮はありません。ま、袁世凱の野望実現は、この小説の後のお話になりますが。

てな具合で、清朝末期のゴタゴタやら宦官や官僚の陰謀うずまく大騒ぎ。康有為がツバキ飛ばして若い光緒帝に理想化論を檄したり。西太后がわめいたり、下手な演技の役者を叩かせたり、まずい料理をすすめた宦官を百叩き刑に命じたり。いろいろテンコ盛り。

少し違和感があったのは、この小説での西太后と光緒帝との関係です。なんか西太后は亡くなった実子に面影の似ていてる光緒帝に「政治の苦労をかけかくなかった」という動機で動いている雰囲気。これからの政治は苦労ばっかりだから、あの子に辛い思いをさせたくない・・とか。なるほど、だから田中裕子が西太后をやったのか。ただし、なんか分かったような分からないような設定で。

おまけに光緒帝は西太后に頼りきっていて、すっかり懐いているようでもあり、そこに国家の将来を憂いる改革派の志士やらが活躍して、てんやわんやの政争。暗殺未遂騒ぎも発生し、根は優しい西太后も可愛さ余って憎さ百倍・・。わけワカメです。

などなど、へんな設定も多々ありましたが、最後まで面白うございました。そうそう。いちばん最後のあたりで、やけに計算高い少年が出てきて、逃走中の改革派が名を問うと「毛沢東」と答える。ままま、文句言っちゃいけません。可能性としてはありうるんだから。

★★ 講談社
sanninno.jpg
二代目とは「上杉景勝」「毛利輝元」そして「宇喜多秀家」です。三人ともとくに大英雄でもなければ、かといって特に愚鈍というわけでもない。ま、まずまずでしょう。たぶん輝元がいちばん年上で、秀家はずーっと年下。

なんでこの三人なんだろと最初は疑問でしたが、要するに秀吉に従い、やがては家康に反抗したという点で共通点がある。おまけに三人とも大老でしたね。そして関ヶ原のあとではひたすら苦労する。

視点としてひとつ面白かったのは、小山会議のあとの家康・反転引き上げで、なぜ景勝が追いかけて江戸へ攻め上らなかったのかの解釈。堺屋さんのはしごくシンプルです。「東西の戦いは一進一退、城の取り合いで1年や2年はかかるだろう」と上杉が読んだから、というもの。だから直江兼続の最上侵攻などなど、じっくりゆっくり動いた。まずば地力を養うという遠大な構想。

なるほどね。我々は関ヶ原がたった1日で終わったことを知っているから先入観が入る。そういう「常識」なしに見たら、東軍・西軍、こんなにはやく決着がつくなんてわかるはずがない。たしか九州の黒田如水も長くかかるだろうと見たから、諸侯の留守に乗じてせっせと九州平定の活動をした。完全に想定外の早期終結。

てな具合でそこそこは面白かったんですが、それにしても女性二人、つまり秀家の母、福。景勝の母、仙桃院。これがなんか千里眼みたいな超能力で、時代の流れを完全に見通している。なんかごとがあると仙桃院は息子の景勝に的確なアドバイスをしているし、お福(宇喜多直家の後妻ですわな)にいたっては息子を売れっ子の子役のように使って秀吉を籠絡する。

あんまり登場人物ができ過ぎだと、逆に面白みが消えますね。そうそう、小説の中では日海(囲碁の本因坊家の開祖。算砂))なんて碁打ち坊主も何故か政局を見事に見透かして動く。ま、信長・秀吉・家康と三代無事に仕えた人なので、実際、立ち回りはすごく上手だったんでしょうが。

もう一つ、。寡聞にして関ヶ原のあと、秀家が薩摩に逃げていたとは知りませんでした。なんかすぐに八丈島に流されたように思い込んでいた。ついでですが、流されてからも前田家から米を隔年に70俵送ってもらっていたそうですね。やはり奥さんだった豪姫の意向でしょうね。

Wikiによると豪は加賀で「化粧料1500石」をもらっていたというから、あまり生活に不自由することもなく夫(や子供)のために尽くすこともできたんでしょう。幸せだったか不幸だったかは知りません。


★★ マガジンハウス

hiroisekai.jpg先日読了した「双調平家物語」と関連して借り出してみました。

なんでも「橋本治自身まるごと大展覧会」だそうです。そのとおり、橋本がなんやかんや、世相やら歴史やら男と女やら、さまざまなことでブツブツと呟いた集成のようです。

けっこう面白いです。でも、橋本の論理展開ってのは、追うのに疲れる。ストレートじゃないんですよね。常に横道に一歩ズレる。堅実な橋から、その横の虹の橋へ一歩踏み出してみるというか・・。

つまらないことですが、学生時代、歌舞伎座の安い席を1カ月だったかな、完全予約したそうです。もちろん安い席ですが、特定の「への88番」とか、そのひとつ右も左も花道が見づらかったり、舞台が見にくかったり、厳密に「への88番」(もちちろん架空の座席。そんな座席番号までもうろくオヤヂが覚えてるもんか)でないといけない。

細かいなあとも思うし、けっこう金があったんだなあとも思う。なんか冬は毛皮を着て大騒ぎ真っ最中の東大へ通ったとか。あの時代の学生ですよ。たしかにヘンコテリンな人です。

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「文人暴食」  嵐山光三郎

口直しの気分もあって、安心の「文人暴食」嵐山光三郎 を読み直し。たしかもう一冊、同じような本がありましたね。えーと「文人悪食」か。こっちのほうが登場人物がメジャーで、もっと笑えます。

こっちの「文人暴食」の登場人物ははどうも困った連中が多くて、困った食生活と困った生活をした奴が多いです。プロレタリア文学の時代にかかっているという理由もあるのかな。

何年も刊行を待っていたGeorge R. R. Martinの A Song of Ice and Fire シリーズ No.5。A Dance with Dragons はこの7月に出たんですが、出たのはハードカバー。ハードカバーで買うと大きくて重くて扱いにくいんですよね。掲示板なんかでも「腕が痛くなる」なんて書き込みもある。

martinbooks.jpgアマゾンの情報では来年の7月か8月ごろにペーパーバック版が出ることになっていたので一応は予約を入れ、でも、はて、どうしようかなあ・・と迷っていました。早く欲しいけど、ハードカバーの売れ行きに影響があるので、たいていペーパーバックの発売予定時期はウソが多いんですよね。少し早くなることが多い。

で、このところバタバタしてたせいか、すっかり忘れていました。今日ふと思いついてアマゾンをチェックしたら、うんうん、「2012/7/2」→「2012/3/29」に変更されていました。
そうか、来年の3月末。ひょっとしたらもう少しくらい早まるかもしれない。履歴をみると7月→5月→3月と書き換えられてるようですし。(追記: 要するにこれってマスマーケット版のことだったのね、きっと)

Martin、歳のわりに太りすぎで、おまけに遊び歩くのが好きな困ったオヤヂ。執筆スピードがこのところ落ちてる気配があります。それとも構想で大風呂敷ひろげすぎて始末に困っているのかな。急逝とか、この A Dance with Dragons がいきなり最後の本になっても不思議じゃない。なんとかしぶとく長生きして完結編(巻7なのか巻8なのか未定)まで書いてほしいんですが。

マゾンで前に予約いれたはずなので探してみたら、まだ7月発売の情報になっていました。混乱するといけないので、念のため予約をキャンセルしました。

追記
あらためてまたアマゾンを見たら、3月の発売は小型のマスマーケット版。より大判のペーパーバック版は7月のままだった。なんか勘違いしてしまったのかなあ。持ち歩くこともなさそうだし目が悪いので、私はペーパーバックのほうが望みです。(英国アマゾンは4月にペーパーバックが出るらしい)

★★★ 角川グループパブリッシング

olympic.jpg牛の涎の長大平家でさすがに疲労したので、口直し。奥田英朗のものは安心して読めます。

内容は昭和39年、オリンピック開催に沸き返るニッポン。学生やらBG(いまのOLですね)、タレント志望のホステス、セクト、やくざなどなど、まだ若い(はず)の奥田センセが、よく調べ抜いて当時の空気を描いています。同時代を生きた人間からすると、ほんのちょっと違和感を感じる部分もあるけど、ま、無理いっちゃいけません。

蕎麦ときしめんの清水義範も、この頃を背景になんか青春ものみたいなのを書いてましたね。ビートルズがどうとかこうとか。なんという本だったか忘れました。そうそう、「リプレイ」という本もありました。ケン・グリムウッド。これも面白い本でした。しがない中年男が理由もなく、記憶も保ったまま、パラレルワールドの青春時代にタイムワープする。

で、本書。ストーリーは比較的単純で、出稼ぎ労働者の兄の死をきっかけに、貧しい地方出身のとある東大生がオリンピック建設の肉体労働者を経験し、たくましくなり、オリンピックを破壊しようと考える。国家権力、捜査一課と公安は必死になって隠密裏にテロを防ごうとする・・・。こんな事件が世間にバレてしまったら、国際的に信用を失ってしまいます。だからこっそり行動。

なかなか面白かったです。生っちろい学生が肉体労働をする。もちろん辛いものですが、この当時はそんなに不思議なことじゃなかった。なんといってもお金になるし、手っとり早い。わたしも多少はやりました。たしか夏場の北洋漁業のアルバイトもあって、これは通常の4~5倍の賃金がもらえる。かなり魅力でしたが、さすがに命が惜しくて乗らなかった。素人が北の海で舟から落ちたら、ま、絶対に死にますわな。

でも「肉体労働のほうがスッキリ単純で、気をつかわなくていいよな」なんて考える奴がいたら大間違いです。間違っちゃいけないよ。いやーな世界です。サラリーマンだって人間関係はややこしいし、無理難題を言う上司はいる。でも単純労働の世界、もっと酷いです。理屈にならない理屈、おまけにいきなり暴力が出てくる。嫌な奴の嫌な度合いもはるかに酷い。劣悪な連中がいっぱいいる。

てな具合で、この東大生、結果的にヤクザまがいの男に脅かされて、殺してしまいます。生殺しに生かしておくと、あとがやっかいなんです。でもたいして罪悪感もない。要するに底辺生活を経験して、すごーく逞しくなってしまったんですね。ヒロポンやったり、車両専門の老スリ(箱師)と仲良くなったり。

まだ悲惨だった地方と繁栄を目指す東京。いまの中国の奥地と海岸地域の対比みたいなもんでしょう。ついでに底辺社会とエリート社会の対比。それに異議申し立てをするために、象徴であるオリンピックをぶっこわす。

当時のニッポン、オリンピック成功にむけて一丸となって邁進してましたね。アジアで初めての開催。三流国がようやく世界に認めてもらえる。高速道路が伸び、新幹線、モノレール、豪華ホテル、巨大な競技場。三波春夫。これに反対する国民なんていなかった。もしいたら非国民。

小説の中でも、左翼セクトの連中が「いまオリンピックを妨害したら、国民の指示を失ってしまう」と言います。暴力団でさえも「オリンピック成功のためだ。しばらくは組員みんな東京を離れる」という方針を打ち出します。国家総動員。

そうやってニッポンは高度成長の道へ踏み出したんですね。中国を笑っちゃいけません。

(注) 嫌な奴の嫌な度合い
このへんは、吾妻ひでおの「失踪日記」なんかが詳しいです。ガス会社の下請け作業。壊れたような作業員がいっぱい登場する。


★★★ 中央公論新社

やれやれ。ようやく全15巻を読了。斜め読みでもずいぶん時間がかかりました。斜め読み、たぶん、全体の2割か3割くらいしか目を通していないと思います。それでも大変だった。

soujou.jpg以前からこの時代に疑問が二つありました。ひとつはなぜ院政が可能だったのか。もうひとつはなぜ頼朝政権は成立したのかです。

なるほどなるほど。外戚として権威をふるってきた摂関家がついゆだんをして、中宮として送り込んでいない(重視してしなかった)親王が東宮になってしまったんですね。東宮になってからも、 適当な女児がいなかったという事情もあったみたいですが、朝廷には義母とか伯母とかいくらでも摂関家の息のかかった女性がいるんだから、わざわざ養女を設定して中宮を入れる必要なんてないだろ、とタカをくくってしまった。

実質的には白河院ということになるんでしょうか。この人が摂関家の影響力の及ばないかたちで威をふってしまった。おまけに長生きしたし。とどめをさしたのが後白河帝で、こんな今様狂いのトンチキにいちゃんが天皇になるとは誰も予想していなかった。

で、それを謀ったのが信西だというんです。信西、すごい智嚢と腕力と意志の持ち主だったらしい。でも最後は地中にもぐって 殺される。あるいは自死する。どっちだったのかは不明。

ついでですが、平安の御世に「死刑」を復活させたのも合理主義者・信西。なまぬるい平安に、首チョッパの暴力を復活させたんですね。結果的にそれが自分のくびを締めた。

また橋本センセの描く後白河院は決して「賢帝」でもないし「政治力にたけた悪某家」でもない。なんとも天然自然、意志が強くてわがままで、自分の好き勝手だけをする人。生意気な貴族には意地悪をする。慕ってくるやつはアホでも可愛がる。とくにアホな男を寵するのが好きだったらしい。困った人なんですが、でも強い。

とくに楽しみにしていた透き見遊び(庶民を眺めるのがすきだった)を妨害した廷臣を、おんみずから成敗に出張したというエピソード、面白いです。院が武士をひきつれて(これが清盛です)、牛車に乗って御所にのりこみ、逮捕して連れ帰った。すごい行動力。

もうひとつ。頼朝について。もちろん頼朝、なーんも背景をもっていません。源氏の棟梁・義朝の息子(三男くらいでしたっけ)で、右兵衛のナントカに叙せられている。一応サラブレッドではあるんですが、だからどうしたの世界。世の中、平氏のものなんですから、おちぶれた源氏の御曹司なんて、なーんの意味もない。たしか隠遁中、近所の有力者の誰かの娘に忍びいって子供を生ませて、その子供、すぐ消されてしまってますよね。娘の父親があわ食った。ま、当然ですわな。

で、なぜ頼朝の蜂起が成功したのか。まず、中央政府の力が衰えていたらしい。平家が実権握ってるんですが、あんまり機能しなかったのか、それとも地方武家の興隆と従来型の中央集権政治の折り合いが悪くなっていたのか。

地方武士にとってなにより大切なのは「自分の土地・利権の保護」「まともな(ある程度納得できる形の)裁判」「何もしてくれない京の政権に税金払いたくない」という気分。

だから本当は誰でもよかっんです。特に頼朝である必要はなかった。なんならイワシの頭でも、猫の尻尾でもいい。かつぐことのできるオミコシなら、なんでもよかった。

ということで、なんとも微妙ないろいろの末、千葉の有力者が頼朝をかつぐ決心をした。有力者がかついだことで、周囲の有力者も仲間に加わった。加わったことで、関東圏があっというまに頼朝の下に参集した。おまけに成敗に下ってきた平家の討伐軍が信じられないほど弱かった。

そもそも、平氏って、本質的には「もののふ」ではないらしいんですね。半分武士で半分公家。源氏ほど乱暴ではない。下手すると「馬に乗って刀も振るえる公家」ですか。ま、それでも瀬戸内の海賊をいじめたり興福寺を焼く程度には強かったんですが。

結果的に関東を制圧した頼朝ですが、家来の豪族たちは京に攻め上って日本を統一しようという気もなかった。せいぜいでたとえば武蔵のなんとか郷、せまい地域を自分の領にできればそれで十分。西国や九州にはなーんも関心なし。一種のモンロー主義ですね。

だから、後白河からすり寄られた義経は、あっというまに頼朝から勘当された。関東御家人たちの共有する感覚が、たぶん奥州育ちの義経にはなかったんでしょう。そもそも、義経にはまともな家来がいなかった。字を書けたのは弁慶だけ? あとは盗賊あがりとか、狐の子供とか。

などなど。読みとばしではありますが、面白い本でした。

★★★ 中央公論新社

qe1.jpgエリザベス本はいくらでもあるけど、これは「まっとうな本」です。というか、基本的に小説ではなく、史伝とか歴史物語とか、ま、そういうテイストですか。

エリザベス一世ものではトム・マグレガーの小説を比較的最近読んだんですが、こっちは可憐な乙女・エリザベス、悪魔のように冷酷有能なウォルシンガムとかなんとか、ハリウッド映画の原作みたいな代物でした。ひどいけど、ま、それもよし。

で、「エリザベス 華麗なる孤独」はヘンリー八世にも光が当たっています。ひたすら暴君という扱いではなく、彼にとってはそれなりの理屈があって、次から次へと奥さんを殺していった。絶倫ふうの彼ですが、なぜか男子が生まれなかったんですね。それがヘンリーの最大の弱みであり、気がかりであり・・・。

で、エリザベス。即位前もマグレガー本のようにひっそり寂しい生活してたわけでもなく、さすが中世で、何十人、なん百人も侍女やら召使やらを使っている。そりゃそうだ。いちおうは王位継承権をもってる女性なんですから、そんなに粗末に扱われてるわけがないですわな。

即位してからの結婚話のもろもろが面白い。スペインもフランスもオーストリアも、なんとかこの女王と結婚したい。結婚したら、もちろん英国も一緒にもらってしまおうという算段。で、若い女王(最初の頃は若かった)は色目つかったり拒否したり、すねたり、文句言ったり、相手が諦めそうになるとニャンニャンとすりよる。作戦だったのか、たんなる優柔不断だっだのか不明。

結果的に各国の求婚者たちは、手玉にとられてしまった形です。そうやって時間かせぎをしながら、なんとか弱っちい英国は生き延びることができた。なんせスコットランドにはメアリー・スチュアートがいるし、アイルランドはやたら反抗するし、新旧の狂信者たちはケンカするし。貧しい英国としてはけっこう大変なんです。

それはそれとてし、女王の寵愛した連中、どれもこれもあんまり出来がよくないですね。現王朝のWインザー系も男選び、女選びの趣味が悪い感じだけど、テューダー朝もみーんな趣味が悪い。

最初のロバード・ダドリーは論外にしても、エセックス伯にしても、どうも役にたたない。これも首切られたけどウォルター・ローリーなんてのはマシなほうかもしれません。たしかローリー、マントを敷いただけでなく新大陸でなんかやったよう記憶があります。何したんだっけ。

★★★ 中央公論社

soujou.jpg長い々々本です。全13巻。ずーっと以前に巻1を読み始めて、ななな、なんだ、玄宗・安禄山が延々と続くので呆れかえった記憶があります。


それから十数年(たぶん)。またフッと気が向いた。かったるいけど、読んでみるか。図書館に揃ってるし・・・。

で、巻2から開始しました。巻1を読了したかどうかも記憶にないですが、巻2は蘇我入鹿のようなので、ま、たぶん読めるだろう、きっと。

結局薬局郵便局で、巻11だけ除いて読みおおせました。巻11はなぜか欠本。誰かがこの巻だけ借り出したらしい。不思議な借り方をする人がいます。なんか調べ物でもあったのかな。

はい。面白いです。でも非常に疲れます。人間関係、系図、ごっちゃごちゃで、しかも橋本調で表現がもっちらねっちら粘って、おまけにスパイラルしている。エネルギーの必要な本です。だれそれ中納言の親の兄弟の3番目の娘が大納言の養女になって、それが○○の中将の甥の養女の亭主の二番目の息子と結婚する。これが関白にとってどういう意味をもつか・・・・。知るか。

たぶん橋本治もそうだったと思いますが、平安末期を読むと、なぜ院政という仕組みがなりたったのか、疑問をいだきます。院政という形が成立すると、摂関藤原のパワーの源泉がなくなってします。なんせ天皇に中宮、皇后を差し出して外戚として力をふるうのが摂関家のエネルギー源。いやーだよ、と退位した天皇、つまり上皇や法皇が勝手なことをしたんじゃ「外戚」の意味がなくなってしまう。

関白も摂政も、天皇に対しての地位ですからね。院ではこうした官位役職に関係なく、院に気にいられた男が権力をふるい、院宣なんてのをふりかざす。どういう男が気に入られるかというと、能力もあるだろうけど、院の寵愛するイケメン(ただし太りぎみの中年)だったりする。平安期、男色が蔓延していたようです。

ま、そんな具合で、かったるい部分は飛ばし読みしながら1~2カ月かけて終えました。あー、疲れた。

追記
全13巻ではなく「全15巻」です。13巻は以仁王の令旨まで。まだ清盛が死んでなかった。


★★★ 朝日新聞社

meta.jpg南国。深夜のジャングルを恐怖にかられて走る男。なぜ逃げているのか理由は不明ですが、暗闇の中を飛び交う毒虫や落ちてくる山蛭の触感、なぜか駝鳥までかたわらを疾走する。怖いですね。

で、名前もしれない青年は、やはり山道をとんとこ歩いている少年と出会う。少年は宮古なまりのきつい、イケメンです。いい加減そうで、のびのび育って、いかにも女が放っておかないタイプ。少年は山の中のナントカ訓練塾から脱走してきたところです。朝は早いし、マラソン強制されるし、あんな集団生活はやってらんね。

出会った二人が途中で知り合ったコンビニ勤めの女のアパートに転がり込み、そこからまたいろいろあって、それぞれの方向で自活をはかる。一人はホストクラブに潜り込み、一人は那覇の安ドミトリーでスタッフの仕事にありつく。

沖縄のけだるい空気、いいかげんな生き方、きれいに言えばロハスであり、仲間との共生であり、地上の楽園であり、あるいは無気力であり。そんなのんきな生活が続くわけもなくて、やがて現実との厳しい衝突がやってきます。

名を失った青年の過去がだんだんに明らかになってきます。家庭崩壊、家庭内暴力、無責任、派遣、消耗、絶望・・・。かなり、暗いです。やりきれなくなってくる。

那覇にきてからけっこう現実的でたくましいように見えた青年も、実はどんどすり減ってくる。ドミトリゲストハウスのかっこいい経営者も、実はかなり俗っぽい人間だし、もう一人の少年にしても、ホストクラブがそんなに楽しいばかりの勤めであるわけがない。

そして、一気に破局。破局と言い切っていいのかどうかが難しいとこですが、どちらにしても一気に変わります。変わった結果がどうなるのか。それは知りません。勝手に考えてね。たぶん、作者もそのへんは投げ出しています。

かなり面白い本でした。一気に読みました。当然のことながら、登場人物、女のキャラがよく立っています。自然で、生きている。そうそう。やたら出てくるうちなーぐち(沖縄ことば)や宮古ぐちが、のんびりした良い味だしてます。

★★★ NHK出版

chuugoku.jpg中国政府が反日教育に必死なことは知っていいます。反日デモ、反米デモを半ば公認、あるいはひそかに煽動していることも知られています。しかし、何故か?

中国ブログの翻訳サイトなどでは、ひたすら「日本を憎む」という言葉が出見られます。翻訳のせいかもしれないが「嫌い」ではなく「憎む」です。理性的な意見をのべる書き込みであっても、かならず冒頭に「私は日本を憎むが、しかし・・」という前置き。これのない書き込みは皆無。

枕詞ですね、たぶん。それを付記しないと「小日本にへつらう売国奴」というレッテルを貼られてしまうんでしょうか。

日本を憎む理由としては、戦争中の蛮行と被害、その後の歴史認識の問題、教科書問題、靖国問題な、尖閣湾どが列挙されるでしょう。でも、釈然としない部分が残ります。現在も不快な感情は残るだろうが、でも国家をあげて大騒ぎするような大問題ではない。

たとえば日本のロシアに対する感情は良くありません。大戦末期の侵攻もあります。抑留もあます。千島もあります。だから多くの日本人は今でもソ連(ロシア)にけっして好感は持っていない。でも「憎悪する」というのとは少し違うような気がします。ロシアが好きだという一個人に対して売国奴!とののしることは、たぶんない。

台湾についてもそうです。蒋介石が逃げこんだ小さな島(それまでほとんど関心のなかった辺境)が中国大陸に従わない。下手すると独立の動きさえある。しかし昔のように「大陸反抗」という強がりの声はさすがに消えています。あんな小さな地域、実質的に独立させてやればいいじゃないか(なんなら英連邦のような緩やかな形もはありうる)

で、著者はクリントン政権で国務次官補だった女性。中国問題の専門家らしい。

あまり期待しないで読み進めましたが、たいへん良書でした。非常に客観的、冷静、論理的。キーワードは「中国の立場にたって考えてみよう」ということかな。

ごく簡単に要約すると、現在の中国首脳部は自信がない、ということ。強い意志で実行できた実力者は毛沢東、鄧小平まで。以後は「いつでも代替のきく小物」ということらしい。小物であり、しかも政府の構成はわけのわからない親分子分関係のようなアヤフヤなものなので、ちょっと失敗すると簡単に権力の座から滑り落ちる。おまけに権力構造は政府、党、軍、ついでに宣伝部というふうにタコ足状態で一本化されていない。(宣伝部は党や政府の言うなりといわけでもないようで、勝手に判断して暴走する)

小物が国内をまとめるためには、なにか神話が必要。残念ながら共産主義はその魔力を完全に失ってしまっている。ソ連、東欧の崩壊をみれば、だれだって実感できるでしょうね。共産主義の魔力がなくなり、力で押さえつけるだけのカリスマもない場合、不満だらけの国民を引っ張るには「たえまない経済成長」と「燃え盛る対外ナショナリズム」しか方法はありません。

だから鄧小平の後、江沢民時代から、日本に対する国民の悪感情は増大する一方。政府、宣伝部が煽ってるんだから当然です。

天安門事件、あれは国家崩壊の一歩手前だったんだそうです。デモ隊に対して軍がほんとに発砲してくれるか。かなり危険な賭だった。もしあのとき軍が動かなければ(可能性は十分あった)政府は完全に分裂、崩壊した。

事情は今も変わりません。国内の不満の方向をそらすために対外ナショナリズムを燃え盛らせる。でもいったん燃えた火はすぐ政府批判へと方向を変える危険性があまりに大きい。ネット時代、火をつけるのは簡単だが、いったん燃えるとその後が危険でしかたない。ジレンマです。

中国政府の目は常に国内に向けられている。だから外交問題が難しい。中国も本当は日本と仲良くやっていきたいのだそうです。でもそんな姿勢を見せると「弱腰」とののしられる。いままでさんざん煽っていたツケですね。

日本は歴史的に大中国のプライドをいちばん傷つけた国です(なんせ長い間、属国同様と思っていたのに)。実際に戦争、占領という事態をまねき、おまけに戦後も偉そうにしている。酷い目にあったという点では英国とかロシア、ドイツなんかもそうですが、地理的、歴史的な関係が少し違うわけです。

で、弱腰政府だからこそ、国民に弱腰と思われたくない。これは怖いです。ひょんなことからヌキサシならなくなって、えーい自棄だ!と台湾を攻めるかもしれない。日本とドンパチやるかもしれない。

でもアメリカとはあまりトラブルを起こしたくない。それをいうなら台湾侵攻も実はアメリカが乗り出してきそう。その点、日本なら叩いても大丈夫だろう・・・という甘い観測。で、叩きは対日に集中し、それが日本の反中国感情、軍備増強の動きをいっそう増幅させている。それが跳ね返って中国内でも、さらに反日感情が増しつつある。かなり困った事態になりかかっている。

いろいろ思い当たることの多い一冊でした。

★★★ 中央公論新社

amei.jpg比較的新しい本です。舞台はもちろん高密県東北郷。語り手は「オタマジャクシ」という劇作家希望の男ですが、ストーリーは新生中国の女医である伯母さん(万心)を中心に繰り広げられます。

「伯母」は共産国家に忠実な、芯まで赤い地方医です。賢く、行動力があり、そして悩みながらも冷酷である。情熱に燃えて1万人ちかくの嬰児を無事出産させ、そして一人っ子政策が開始されると数千人の胎児を情け容赦なく中絶させます。もちろん嫌がる男たちを問答無用で次々とパイプカット。

男の子を生みたい女、跡継ぎを欲しがる家族。それを取り締まる政府と医師たち。当然のことながら大騒ぎが始まり、血が流れ、悲劇が生まれます

莫言という人、こんなに正面きって一人っ子政策という問題と向き合ったんですね。もちろん莫言ふうにシッチャカメッチャカな展開ですが、でも中身はかなり真面目です。

でも「伯母さん」がかなり魅力ある人間に描かれているので、スイスイ読めます。

ところで本筋とは関係なく、個人的に意外だったのは文革中のエピソード。前から紅衛兵の吊るし上げで、蹴ったり殴ったり(その結果として死亡したり、自殺したり)は日常茶飯だったようですが、なぜか直接的に銃や刃物が使われたという記述を目にしたことがないし、強姦についても読んだことがない。

「結果的に死ぬのはしかたないが、積極的に殺してはいけない」というような雰囲気があったんでしょうか。殴るのはいいが、強姦はいけないとか。

ところがこの小説の中では、ドサクサに紛れて吊るし上げ相手を強姦する男の話が出てきます。やはりね、と納得。ただしその男(王脚だったかな)も、相手を妊娠させちゃいろいろマズイらしい。さいわい「伯母さん」の手でパイプカットされてたんで、安心して悪いことができた。

ここまではやってもいいが、ここから先はいけない。ナントカにも三分の理。

中国でこんな本が出版できるようになったんだ。
★★ 徳間書店

koryuan.jpg莫言の出世作である「赤い高粱一族」全5章です。収録されているのは徳間書店の古い全集(現代中国文学選集)で、その6巻に1章と2章、12巻に3.4.5章がおさめられています。なんか、ややこしい。つまり全5章とはいっても、完全な続き物という感覚ではないらしい。独立して、勝手に読んでもいいですよ、ということですかね。

初期の作品、まさか処女作ではないと思うけど、書き手がまだ若いので、ありとあらゆるシーンがてんこ盛りになっています。やり手の嫁、県庁のお役人、高粱の酒、残忍な処刑、外国兵(今回は日本、鬼子ですね)に対する反逆、動物軍団の攻撃と挫折などなど。

時代的には抗日戦線の頃、国民党系、八路系、たんなる盗賊系、日本系などなどがゴチャゴチャ入り混じって大騒ぎ、殺しあっているあたりですね。

みーんな後の作品でもっとしっかり練り上げられるようになるエピソードやテーマです。よく「処女作にはすべてが入っている」とかいいますが、まったくそのとおり。

悪くはなかったですが、やはり書き手がまだ円熟の域に達しておらず性急なせいか、けっこうゴツゴツして青い、荒いですね。かなり疲れました。

そうそう。この選集の訳者、巻末で莫言に苦言を呈している。業病に対する配慮がないとかなんとか。まったくその通りではありますが、巻末で作者に文句を言う訳者ってのも珍しいです。そもそもハチャメチャでグロ全開の莫言ですからね。「いやなら訳さなきゃいいじゃないか」と言いたくなります。
★★★ 新潮社

代表作の一つとは聞いていましたが、読んだのはこれが初回。

atlantis.jpg上下2冊ではあるものの、長編ではなく中短編が5つ。最初の中編に登場した人物が、なんとなくリレーのようにストーリーの中心になります。
いちばん長い「黄色いコートの下衆男たち」は、スティーヴンおなじみの少年と仲間たちと自転車と、そして影のモンスターたち。悪くないお話でしたが、私はむしろ2番目の「アトランティスのハーツ」が心に響きました。

「アトランティスのハーツ」は田舎の大学の寮が舞台です。ちょうどベトナム戦争。大学を落第すればたぶん徴兵が待っています。学生でい続けられるか、それともベトナムで殺されるか、それがいやなら敵を殺すか。ほとんど「非常時」なんですが、まだ10代の寮生たちは目をそむけ、疫病のように流行したカードゲームに熱中します。

私たちの学生時代だったら、マージャンかパチンコか、年代によってはPCゲームか。こんなことを続けていたら破滅する・・・と自覚しつつも、でも抜け出せない。試験前だというのに、また自堕落に時間を費やしてしまう。

登場する寮生たちがいいですね。みんな個性があって生き生きしている。イヤな奴、厭味なやつ、頭はいいのに破滅しそうなやつ、ガリ勉の優等生タイプ、自意識過剰の意地っ張り男。「友情なんて、ヘッ!」という顔をしていますが、でもイザとなると、やはり友人のために働きます。

3番目、4番目もベトナム戦争が題材。ベトナム還りの兵士たちのお話です。

書評などでは最終章が素晴らしいとかいう雰囲気ですが、わたしはあまり感心しませんでした。ちょっと甘いんじゃないの。スティーヴン・キングにしても、ちょっとご都合主義的な・・・。

seimei.jpg★★★★ 講談社現代新書

子供のスケジュールにあわせて台湾旅行。ほんとうはベトナムあたりに行こうかとも思ったのですが、いろいろ考慮の末、無難なところに決めました。

で、バッグに入れていったのが、読みかけのこの本。たまたま新聞の書評を見て、面白そうと思って買いました。ただし家内も前に買ったらしい。気がつかなかったなあ。それどころか子供も買っていた。3人揃って同じ本を買うなんて、ダブリのダブリ。もったいない。

たしかに文章は品があり詩情がある。上手い。科学者にしては少し上手すぎて損をしているくらい。上手な文章というのは、ともすると逆効果にもなりかねませんからね。そのスレスレのところで、ま、論理的な記述にも成功しているようです。ナントカ賞をとって何十万部のベストセラーになったのもうなづける。

ま、内容はご存じのとおり、生物が生物であるというのは、何によるものなのか、というお話。波打ち際の砂の城やジグソーパズルのアナロジーを使った「動的平衡」という説明は納得しました。なんといっても文章が論理的かつ品位があるので、頭にスーッと入る。

lonchang.jpgただし故宮博物院から台北の龍山寺というところへ乗ったタクシーで、眼鏡を落としてしまった。シニアグラス、老眼鏡です。助手席に座って、お金を払う際にバタバタして、持っていたのを落としてしまったらしい。

龍山寺。ここで落とした

これは困りました。眼鏡がないと本も読めない。レストランのメニューも読めない。実に不自由です。仕方なく目についた眼鏡屋にとびこんで安物を購入。たしか200元、だいたい600円程度ですね。これを使って残りのページを読んだ次第です。早朝のホテルのだれもいない喫煙室で、コーヒー飲みながら、タバコ吸いながら読み終えました。

こういう喫煙コーナー、通常は飲み物持ち込みは禁止かもしれませんが、でも「禁止」と書いてなかったから遠慮せず持ち込みました。コーヒーも「どうぞご自由に」という雰囲気でロビー回廊の片隅のテーブルに置いてあった代物です。これも「どうぞ」とは明示的には書いてなかったけど、ま、雰囲気的には「フリー」です。海外ではいろいろ自分なりに判断しなければならないことが多いですね。

いれてから時間がたっていたのか少し苦かったけど、けっこういい味のコーヒーでした。

はい。タバコに関しては、台湾、喫煙者に辛い状況になっています。

★★★ 新潮社

hyougaki.jpgジャンルの見当がつかない本でした。ワタルは母ひとりと地方で暮らす、ちょっと変わった子供。実はクロマニヨンの息子かもしれない。だから小学生のころからセッセと石器を削り、石斧をつくり槍を作ります。アホな現代人の子供とはつきあわず、孤独に少年の日々を過ごします。

SFなのかなあと思っていたら、実はボーイ・ミーツ・ガールでした。真っ黒けなアンパン(コロッケだったかな、記憶あいまい)みたいな女の子とトモダチになり、小学校ではみんなに薄気味悪がられ、中学では番長の子分の腕を折り、陸上競技部に入る。女の子のためには悪漢退治にも挑戦する。

なんせクロマニヨンなんで、運動能力は抜群なんですが、だからといってすぐトップになれるわけではないのが現実。もっと足の早い奴もいるし、もっと槍を遠投できる奴もいる。ちょっと変わった形ながら、これも青春ストーリーです。

ま、ストーリーがどうこうではなく、なかなか味のある爽やかな小説でした。読後感は悪くないです。

追記
ボーイ・ミーツ・ガールと決めつけるのはちょっと単純ですね。「自分探し」「父親探し」が基線にあるともいえる。でも男の子と女の子の成長のお話として読んだほうが清々しいような気がします。


奥泉 光の「モーダルな事象―桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活」は途中挫折。読み通せなかった。

★★★ 文芸春秋

pool.jpg奥田英朗は前回たまたま読んだ「無理」が面白かったので、味をしめてまた借り出し。というか、これしか本棚になかった。人気作家らしいので、みんな借り出し中なんでしょうね、きっと。

えーと、この「イン・ザ・プール」、意味深なタイトルですが、たいした意味はありません(たぶん)。そりゃコジツケは可能だけど、たとえば人生は深い水の中のようであって・・・とか。あほくさ。

ま、世の中いろいろ。悩んでおかしくなりかかった人々が総合病院を訪れ、何の因果かまったく信用おけない地下の薄暗い診療内科(神経科だっけか)に回されると、そこで待ち構えるは病院二代目で完全無責任のぶてぶて・マザコン・どら息子ドクター。ついでに無関心・ドスがきいて・だるだるの色気むんむん・看護師。なぜか太股とか胸をチラチラ見せて患者の気をひく。面白がってるのかな。

なんせこの医師、患者を治そうなんて意欲はさらさら無い。看護師も何かしてあげようなんて気は毛頭ない。センセに言われるままに注射(たぶん人畜無害のビタミン注射)を打ち(一応、仕事だもんね)、センセは注射フェチなもので、それを見てゼーゼーハーハー。

あほくさ。

面白かったです。何か他の本も発見したら、たぶん借ります。

★★★ 文藝春秋

muri.jpgこれも初めての作者。なぜか図書館の本棚に3冊あったので、たぶん人気の本なんでしょう。気になって借り出してみました。

面白いです。飽きずに読みました。内容は東北の小さな市(最近町村合併したばかり)に暮らす人々のお話。どうしようもない閉塞感です。かなり実態に近そう。

一人は市役所のケースワーカー。奥さんは出ていきました。上からは生活保護の件数を減らせと圧力かけられている。相談に乗っている申請者たちはみんな身勝手で、楽して遊ぼうとしか考えていない。やる気がないわけではないけど、だんだんウンザリしている。パチンコ屋の駐車場で、若妻らしい女の密会現場をみて、心がときめいてしまう。

一人は暴走族あがりの若い男。別れたモト妻はぷらぷら遊んでいて、生活保護を打ち切られそうなので金を入れるか幼児を預かれと勝手なことをいう。族の先輩がやっている怪しい会社で検針メーターをせっせと販売している。もちろん年寄り相手、詐欺まがいの商法です。そんな仕事や会社なのに、続けているとついつい仕事(つまりバアさん連中を騙す)に熱が入ってくる。

一人は女子高校生。こんな田舎町を出て行くために、なんとか東京のマシな大学に合格しようと計画している。田舎は嫌いだ。絶対に出て行く。脱出するぞ。東京の大学入ったらイケメンの男と出会って初体験するんだ。こんな田舎でアホな男たちとつきあってたまるか。

一人はスーパーの保安員。万引き犯を見張ってつかまえるのが仕事。正社員なんかじゃないです。若くはないし、給料安いし、亭主はいないし。一人でやってくしかない。クルマもないので真冬でも自転車こいで通勤する毎日。とある宗教団体に出入りしているときだけが幸せ。

一人は親の地盤を次いだ市議会議員。裏で産廃関係の会社をやっていて、多少の悪いことは当然ながらやってます。奥さんはアル中で壊れかかっている。こんな町でいつまで議員をやっていても出口は見えない。はやく県会に打って出たい。

という5人。どうしようもない逃げ場のない地方の現実が非常にリアルに描かれています。地方在住の作家かなと思ったら、東京の人らしいですね。容赦なく、ズバッと描いています。

で、どうしようなもい5人+アルファは、どうしようなもい終末へと向かっていく。最後にドッカーンとカタルシス的なハプニングがあり、もちろん、解決なんて何もありません。あるわけ、ないか。

★★ 角川春樹事務所

masakado-2.jpgこのところ大部の真面目な本にとりついて疲労したので、ちょいと口直し。

高橋直樹という作家は初めてです。ほとんど期待してなかったのですが、思ったよりは読めました。こういう言い方、書き手の方に対してかなり不遜ですが、ま、ご容赦。

定番の海音寺版「将門」と比べるといろいろ違っています。
・将門はイジイジしない豪勇無双、一直線の武者。とくに女に弱いこともない。理想に燃えて先も読める、鬼のようなツワモノですね。
・貞盛もそれなりの武者。もちろん色男で人づきあいが上手で如才ない。かなり悪巧みができます。生命力もある。
・田原の藤太は偏執狂的、陰湿な武者。あまり交際したくないタイプです。
・将門の伯父叔父連中もそれなりに強い。そうそう、源の三兄弟も海音寺版とは違って、一応は豪勇の連中です。

で、勝手な理由で戦っている武者連中のしり馬に乗って騒いでいるのが民百姓。戦になれば、勝てそうな方に付いて、おこぼれを狙う。運が悪いとひたすら酷い目にあう。

そうそう、ジサイという特殊な存在がメインキャラとして登場するのも特徴かな。たとえば遣唐使が大海を渡ったような際、専属の男を一人のせて無事航海を祈らせ、もしも海が荒れたら犠牲として放り込む。そんな役割の存在があったらしいですが、たぶん同じパターンでしょう。もしかして「持斎」かな?

海音寺版では貞盛の郎党、侘田真樹というのがいい味出してましたが、この本ではかなり重要性がなくなります。またお公家さんとしては興世王も有能な部類になっています。

将門の奥さん(海音寺版の良子)は、よく知りませんが、将門を恨んでいるようです。すぐに救出に来てくれなかったからでしょうか。このへん、あんまり理解できませんでした。

恨んでいるといえば、なんか俘囚の色っぽい女が将門を恨んでいます。若いジサイも恨んでいます。みーんな自分勝手なサムライを恨んでらしい。

★★★ 朝日新聞社

第9巻までついに読了
。いやー、時間がかかった。本が借りられず途中で中断もありましたが、ほぼ1年がかりでした。

saigo.jpg9巻が彰義隊の始末で終わっていると初めて知りました。なんとなく明治3~4年ぐらいまでは行ってると思ってた。もし海音寺さんが長生きしたら、たぶん全15巻か20巻には達したんでしょうね。明治に入ると資料も多いだろうし。

ちょっとボーッとして、感想も出てきません。

5巻の画像を流用です

あらためて感じたのは、大政奉還から鳥羽伏見にかけては、やはり徳川慶喜というキャラクターの存在が大きかったこと。もしあの時点の当事者が慶喜でなかったら、かなり紛糾したはずです。スムーズに維新は成立しなかっただろう。数年がかりの戦争になって、たぶん最終的には新政府ということになったような気がしますが、だいぶ政権の性格は違っていただろう。良かったか悪かったかはわかりません。

明治維新、それほど僥倖というか、ラッキーで成立したものだったんでしょうね。西郷、大久保、岩倉、慶喜。パズルがはまるように、ちょうど形の合うピースが揃っていた。

それにつけても(これしか感想はないのか!)、みんな偉い。ちょうど今の管政権末期のように、グチャグチャ・混乱・ワケワカメの中で、よくまあ辛抱強く動き回る、歩き回る。日和見の公家を説得し、決まったと思ったらすぐひっくり返り、それをまた修復し、殿様のご機嫌をうかがいながら異見を調整して方向性を出していく。

政治家というか革命家、やはり特殊な才能が必要です。これも何回か書いてますが、凡人がこの渦中に巻き込まれたら、あっというまに切られるか、怖くなって逃亡するか、切腹申しつけられて悔しがりながら死ぬしかない。

平和な時代に生まれ、なんとか凡々と生き長らえることができて、よかったです。

海音寺潮五郎の「西郷隆盛」、大佛次郎の「天皇の世紀」は全巻買い揃えられるものなら、ほしい全集の双璧ですね。欲しいけど、なんせ高い。

★★★ 朝日新聞社

saigo.jpg6巻まで読んで中断していた「西郷隆盛」を再開。実は6巻読了段階で次の7、8、9巻が貸し出し中で、残念ながら続けられなかった。

で、先日ふと思いついて図書館を検索してみると、おっ、7、8、9が揃っているではないか。もちろん3巻まとめて借り出しです。


写真は5巻の画像を流用


7巻の内容は禁門の変(蛤御門の変)で長州が酷い目にあい、おまけに馬関戦争でも四国連合艦隊にさんざん負けた後始末の付近です。

幕府は勢いに乗っての第一次長州征伐。ここで西郷隆盛は東奔西走の大活躍をし、大久保もよく動きます。で、落ちた公家さんの護衛をやっていた中岡慎太郎も華々しく本舞台に登場。高杉晋作のクーデターが成功し、潜んでいた桂小五郎もこっそり帰って来ます。坂本竜馬も活躍。ついには薩長同盟の成立ですね。

通常の小説なら重要人物の勢ぞろいでクライマックスシーンなんですが、この本は小説じゃなくて「史伝」なので、けっこうアッサリ進みます。そうそう、新撰組の近藤なんかも出てきますが、パラパラとほんの数行 数十行ですね。伊東甲子太郎とか武田観柳斎も登場しますが、これは単に名前だけ。しょせんは下っぱの実行部隊なわけで、歴史的には枝葉ですわな。

ふむふむと読んでいると、坂本龍馬だとてしょせん主役級の一人でしかなく、大久保も中岡も高杉も、みーんな重要な登場人物。もちろん徳川慶喜もそうです。饅頭や近藤長次郎だって重要な役割を演じています。だれか一人のヒーローが何かをやって維新が成功したわけじゃない。ま、その中でもなかんずく西郷の役割は大きかった‥‥と海音寺さんは言いたかったとは思いますが。

なんというか、坂本龍馬というヒーロー、半分以上は司馬さんが作り上げてしまったような気がしますね。もちろんヒーローではあったでしょうが、その代わりにたとえば中岡慎太郎なんかが埋没してしまってる。

・・・てな具合に読んですまが、この調子で返却日までに読了できるんだろうか。かなり懸命に読まないと、また読み残してしまいそう。楽しいけど難儀なことです。

それにしても当時の大立者たち、よく動き回ってます。東奔西走という言葉、文字通りですね。時間もかかる。費用もかかる、根気も手間もかかる。体力も必要だったんだろうなあ。みんな、えらい。

★★ 角川文庫

また古い本をひっぱり出してしまった。昭和52年 12版、茶色に染まった文庫です。

ouchou.jpgもちろん読み返しですが、今回は「しずのおだまき」と「法皇行状録」について。

鎌倉幕府の成立でさっぱり不景気になってしまった京の傀儡(くぐつ)連中。このままでは正月も迎えられないってんで一計を案じます。

標的となったのは小心な坊主。坊主といっても頭を丸くしているだけの俗坊主で、財産というほどのものはないけど奥さんの実家が多少の庄を持っているので、その仕送りでなんとかやっている。で、同じ敷地内にはやはりウダツの上がらない隣人も住んでいる。

で、くぐつ連中は大芝居を打って、当家の姫が貴僧にぜひとも嫁ぎたいといっている。ただ今は屋敷の普請中なので、とりあえずは婿殿の屋敷に住まわせていただきたい

その姫、もちろん美人で妖艶です。おまけに話では多大な財産も持っているらしい。色と欲にくらんだ二人は奥さんを離縁したり、とりあえずの金策をしたりと大騒ぎ。

で乗り込んできたご一行は暮れから正月、食ったり飲んだりさんざん楽しんだあげく、ケツが割れたらではさようなら。楽を奏し、唄を歌いながら去っていきます。ようするに傀儡連中、楽しい正月をすごすことができた・・・というお話。

もう一つの「法皇行状録」。法皇とは花山院のことです。まだ十代の花山天皇が仏心に目覚めて剃髪を考えるけど決心がつかない。すると忠実な家来のナニガシが「私もお供つかまつります故」と心強いことを言う。

現役の天皇がいきなり仏門に入るなんて例はありません。二人で御所からとんずらして、ナニガシの寺に駆け込んで(もちろん住職も最初から共謀)、頭をゾリゾリしたところで、くだんの家来が「あっ、用があるのでちょっと帰ります」といって逃げてしまう。うぬ、騙されたのか・・・。という人。

このお話は何かで読んで知っていました。有名な話らしいですね。調べてみたら「寛和の変」という事件らしい。

で、その花山天皇、なんでこんな事件を起こしたのか。なんでも栄華物語によると、寵愛する中宮だか女御だかの死で諸行無常の心境になったらしい。ただし、この人、とにかくハチャメチャな色好みで、なんでも人臣いならぶ中で係の女官を御簾の中にひきづりこんでまぐわいなされたとか、美人の評判あれば次から次へと際限なく恋文かいて無理やり御所に呼んだとか。おまけに飽きっぽくて、1カ月もするとすぐポイッ。

そりゃ周囲は迷惑します。高級貴族にとって娘は大切な財産。うまくいけば女御、中宮に差し出すこともできるでしょう。皇子が生まれれば将来は天皇の外戚も夢ではない。それなのにデキの悪いティーンエイジャーの天皇(おまけに短期政権は確実視)にかたっぱしからキズものにされたんじゃ困ります。

で、東宮(皇太子ですわな) のオジイサンである藤原のナニガシが、早く政権交代をさせるために陰謀をたくらんだ。こっちは大鏡に書いてある説らしいですが、面白いので海音寺さんは当然のことながら採用です。

花山院、もちろん修行なんて続けられるわけはないんで、すぐに本性ばくろ。また次から次へと女に手をだしちゃスキャンダルを巻き起こす。手を出すべきてはない人にまで手を出してしまうので、かなり困った人だったようですが、ただ不思議なことに芸術分野の才能はかなりあったみたい。和歌なんかも、非常にいいものを残しているそうです。絵や造園などにも才を発揮したとか。もちろん私は見たこともないですが。

半ば狂気、なかば天才芸術家。天皇に生まれないほうが幸せだったのか、竹の園生に生まれたからこんなに勝手なことができたのか。そのへんはナントも判断が難しいです。

★★★★ 新潮文庫

masakado_kaionji.jpg何回目の再読でしょうか。えーと、3回目ということは多分ない。4回目になるんだろうか。それとも5回目。なんせ買ってからずいぶん月日がたちます。購入は昭和51年。35年も前なのか・・・。

前半部はいつものパターンで少しイライラします。小次郎の気の利かなさ。歯がゆい。従兄の貞盛にいいようにやられている。そのうちだんだん感情移入が始まる。後半もまたイライラします。新皇になってからですね。周囲に操られてしまう政治性のなさ。

以前の読後感と少し違ってきたのは、貞盛ですね。回数を重ねるごとに好きになってくる。ちょっくらズルい部分はあるけど、ま、この程度は必要だろ。悪意があるわけでもなし。勇気がないというわけでもなし。少し女好きで利口すぎただけ。調べてみたら反乱平定のあとは鎮守府将軍、従四位下。坂東平氏の総代格ですわな。

お姫様(貴子)はだんだん重みがなくなってきます。可哀相だけど、仕方なかったんだよな。回り合わせが悪かった。それに対して幼いころからつき従ってきた老女(名前は忘れた)には好感度が増してきます。類型的には描かない海音寺さんだから、キャラクターが立ってます (大河ドラマでは奈良岡朋子)。

藤原秀郷もそれほど魅力がなくなってきました。なくなってきても、それでもまだ魅力的な武将なんですけどね。これも調べてみたら従四位下、下野・武蔵の国司、鎮守府将軍。かなり勢力を誇ったようです。子供の頃は「ムカデ退治の俵藤太」として覚えていた人です。たしかツバつけて大ムカデを射ったんだよな。

生涯、まだ1回くらいは読むかもしれません。古びた文庫ですが、なるべく大切にしておきましょう。

それにしても大河ドラマの配役、貴子の吉永小百合、将門の加藤剛、そのほか女優陣もなかなかでしたが、貞盛だけがちょっと地味でしたね。えーと、誰だっけっか。山口 崇。いい俳優なんですけど、もう少し色気のある派手な人にやってほしかった。女がパッと見ただけで惚れてしまうような凛々しい俳優さん。そんなん、無理か。

追記
どうやら貞盛の子供が伊勢平氏の源流になったようです。そうだったのか。清盛は貞盛の系統だったのか・・・。
★★ 原書房

chitosuna.jpgサトクリフののもは時々読んでいます。たぶんジュブナイルという位置づけなんでしょうが、ちょっと収まり切れない作家です。

えーと、何でしたっけ、熊のアルトスとかいう英雄が主人公だった本。「落日の剣」か。他にもアーサー王絡みや滅びゆくケルトものはいろいろ読みました。けっこう情緒があるんですよね。

で、今回は舞台がアラビアです。副題は「愛と死のアラビア」。ひょっとしたら面白いかな・・と多少は期待したのですが、正直???でした。どうも「史実」に引っ張られてしまったような気配がある。

この小説のヒーローは実在した人のようです。アラビアのロレンスのほぼ100年前、スコットランド人の兵士がエジプト遠征軍に従軍して捕虜になる。で、理由は不明だけど命を助けられて、厚遇される。で、イスラムに帰依してめきめき才覚を発揮します。

この主人公トマス・キース、夜中に襲ってきた10人の暗殺団を単身撃退したというエピソードを持っているらしいです。猛烈に強いスコットランド野郎だったみたい。

ででで、この有能なスコットランド兵士はエジプトの総督だかパシャだか何だか、ま、要するにオスマンの指令下にはあるけど独立も画策している地方総督の若い息子と仲良くなる。「熱い友情」。どうして仲良くなったかは知りません。サトクリフもそのへんは詳しく書かない。詳しく書いてくれないので、なんか消化不良気味。

この時代の中近東は難しいですね。エジプトは例のマムルーク王朝の最後のあたりで(たぶん)、ナポレオンのエジプト・シリア遠征の時期です。エジプト軍の主体はアルバニア兵で、ベドウィン兵もたっぷり加わっている。で、エジプトのムハンマド・アリ総督はアラビア半島に侵攻してメッカ、メディナを占領しようとする。対抗するのはワッハーブ派のサウド。サウジアラビアの勢力ですね。もちろんオスマンの意図やら英仏のちょっかいもあって、実にややこしい。

それはともかく。こんな状況の中で豪遊夢想 豪勇無双の主人公は大活躍。みんなに好かれ、信頼されてあっというまにメディナの総督にまでなってしまいます。そして次なる戦いで壮絶に戦死。

ただ、少し色気がなくて寂しいですよね。サトクリフはきちんと女性も登場させます。「ここだけは創作」とサトクリフも言ってますが、途中、危ういところを救ってあげた良家の娘がいて、もちろん結婚。めでたく子を宿したんですが・・・・というふうなストーリーです。

ちなみにムハンマド・アリ総督(仲良くなった若者のオヤジです)ってのは、その後も活躍してエジプト近代化の父とも評価さているそうです。オスマンの支配下から脱出し、まがりなりにも近代エジプトの基礎を作った。そういう意味ではサウド王朝なんてのもこの当時から元気だったんだ。

知らないことが多いなあ・・と、こうした本を読むと思います。

サウド王国はこんな時点でもう成立していたのか・・と少し驚いたのですが、調べてみるとやはりこのあと興亡いろいろあったようです。現代のサウド王朝は第一次大戦前あたり、イブン・サウド(巨人です)が少人数の部下をつれて砂漠を突っ切ったリヤド侵攻で成立したみたいですね。



★★★ 山川出版社

いわゆる三國志には史書である「三國志」と、後世に創作された通俗本「三国志演義(三国演義)」があります。

sangokushi_shoyo.jpgという知識は持っていましたが、その「三國志」にも原書である「魏書」「蜀書」「呉書」と、それを後世になって注釈を加えた「三国志・補注」があるとは知りませんでした。知らないことって、多いですね。ちなみに原本の書き手は陳寿、補注は東晋から宋にかけて生きた裴松之

で、陳寿本は非常に簡潔であり、怪しい説はバッサリ切り捨ててある。したがって信頼性はあるんだけど、裴松之から見ると「簡潔すぎて物足りない、惜しい」。ということで裴松之が、ま、いろいろな事情はあったんでしょうが、たっぷり書き足したというんですね。書き足した部分には主観的な部分もあるし、当時の政治情勢に左右されたものもある。で、結果的に面白いエピソードがいっぱい入った。

たぶん、それに触発されて、はるか後世にもっと飛び跳ねた三国志演義も誕生したんでしょうね。劉備・関羽・張飛と天才孔明の物語。

ほぼ三国の同時代に生きた陳寿の原本は、とうぜんのことながら曹操を高く評価しています。著者の中村氏も曹操大好きみたいです。あんな素晴らしい詩を書く曹操がワルだなんて、どうしても考えられない。はい。私も実は曹操ファンです。劉備、孔明、どうも眉唾もの。特に劉備玄徳なんて、あははは、どこに魅力があるのか・・・。

ま、それはともかく。曹操の文や詩をたっぷりたのしめる本です。完全な翻訳や読みくだし文ではなく、原語をそのまま使ってその横にフリガナをつける形の新訳(超訳)なので、面白い味が生まれています。安野光雅の絵もたっぷりたっぷり収録されています。どうも安野さんと中村さん、三国志の舞台をあちこちゆったり取材旅行したみたいですね。それこそ、逍遥。

いい本でした。

★★★ 河出書房新社

短編集です。日本オリジナルの収録で、基本的にホラー系。表紙はどう見てもラムちゃんですね。

yonashi.jpgみんなけっこう面白かったんですが、物足りないものもある。マーティンは堂々たる「氷と炎の歌」だけじゃなく、こういう軽妙(なのかなあ)なストーリーもいっぱい書いているということですね。

記憶に残ったのは「思い出のメロディー」。内容は怪談ものですが、メロディーという女性がよござんした。才気煥発だったはずの若い女がどんどん人生の階段を転落して、昔の親友たちにも見捨てられて、そのかつての仲間たちも今では同情と嫌悪、もてあまして・・・というお話。

もう一つ、「成立しないヴァリエーション」。ヴァリエーションはチェスの変化手順です。こう打ったらこうなったかもしれない・・という展開。マーティンは学生時代、実際にチェスクラブ員だったらしいですね。大学対抗を組織したり、熱を入れていた。

チェスのことはよく知りませんが、かつての「能力あるのにまったく度胸のない部員、あいつが怖じ気づかなければチームは勝っていたのに・・」という思い込みが、実際にはどうだったのか。さんざんバカにされていたその部員がなぜか人生では大成功をおさめる。そういう設定にタイムトラベルを組みあわせて、けっこう楽しく読めました。

ま、結末が少し甘い感じもありますが、短編、中編の宿命でしょう。もっとシビアにするのなら大長編にしないと無理がある。

大長編、「氷と炎の歌」の次作、A Dance with Dragons、ようやく、ようやくハードカバーが7月に出るらしいです。いったい何年待たされたのか。それにしてもペーパーバックの発売はいつになるんだ! まだAmazon.com見ても予告が出ていない。

★★ 新潮社

副題は「宮中で何が起こっていたのか」。

hogyo.jpg保阪正康という著者、なんとなく名前は知っているし、たぶん何か読んだこともあると思います。ただ、記憶していない。

で、この本の内容は明治・大正・昭和、それぞれの天皇の崩御と即位のお話。孝明天皇の崩御話もあります。

いちおうは面白かったですが、特に新鮮というほどでもなし。いろいろ文献をひき例証をあげているものの、どうも根底に「私の主観」「私の推測」というスタンスが感じられ、その部分で半藤一利と少し違う。

ん、半藤も保阪も実は同じなのかな。同じなのかもしれないが「適当に客観事実をならべておていて、その上で主観を展開している」という雰囲気・臭みのようなものが強く感じられて、それだけ損しているみたいです。

大正天皇は伝えられるような人物だったのか。即位してしばらくは元気だったらしいです。漢詩が得意だったということは初めて知りました。また、桂太郎と大正天皇の関係についても初読。元老・桂のプレッシャーに負けてしまったというんですね。

ま、それを言うなら明治天皇の奥さん(昭憲皇太后)は亭主が近くの部屋で女官相手に大酒飲んでさわいでるのをジっと聞きながら編み物していたとか。そんなことも初めて読みました。

などなど、いろいろ。読んで損はしませんでしたが、星をつけるとなるとやっぱ二つ程度になります。

★★ みすず書房

tulk_his.jpg「イスラム国家から国民国家へ」が副題。小説ではなく、かなり平易な歴史解説本です。平易とはいってもやっぱ歴史ものですから、かなりかったるいです。

スッ飛ばしながら読んでわかったこと。やはりケマル・アタチュルクってのは強い人だったんだなあ。もちろん軍事的に天才なんでしょうが、政治的にも一種の天才。というか、すごい強引な手法を何回も何回もとっている。もちろん政敵に対しては冷酷非情、信念に反する勢力は容赦なくブッ潰します。ブッ潰すというか、文字通り抹殺する。いわばスターリンですね。

面白かったのは、トルコ建国に際して「イスラム」の要素を排除しようとしたため、国家のバックボーンがなくなってしまう危険があった。まだ新しい「愛国トルコ」という新概念だけでは不十分だったんでしょうね。

その代わりに(たぶんやむなく)採用されたのが「国家の父・ケマル」という宗教。これによってなんとか精神的に支えることができた・・らしい。

つくづく大変な国だったんだなあと思います。今でも大変。あいにく広大な版図、雑多な人種と文化を混在させた帝国であり、文化的にも高度なものがあった。だから西欧から虎視眈々と狙われた。19世紀のトルコってのはしんどかったんだな・・という感じです。

もしトルコの位置にあったのが清だったらどうだったな。そんなことも想像してしまいます。やはり次々と蚕食されて、芯の部分しか残らなかったかもしれない。日本だったら、九州、四国、中国、近畿、北海道、東北をなくして、残ったのが関東圏と京都周辺だけとか。

そうそう。予想通り、ケマル・アタチュルクは肝硬変で死んだようです。飲み過ぎ。愛飲したのはラクという蒸留酒で、これはギリシャのウーゾなんかと同じようなものらしいです。

★★ 文藝春秋

「独立・土佐黒潮共和国」が副題。その副題通りの内容です。

yacchare.jpg切り口は面白いんですけどね。書き手も坂東眞砂子だから、それなりには読める。ただしかなりアッサリ味です。なんかの新聞に連載してたみたいですが、連載期間が短かったんでしょうか。

切り捨てられた地方はどうすればいいのか。貧乏県(なんですか?)の高知が住民投票して日本から独立宣言。もちろん日本国は無視して、あいかわらず「県」としてしか対応してくれません。独立したはいいけど高知県にはほとんど産業がない(ないんですか?)。独自通貨の「両」はあっというまに下落して、輸出には有利だけど肝心の品目が少ないし、輸入品がすべてべらぼうに高騰する。

ガソリンなんかは大高騰ですね。車にのるなんて贅沢はできなくなる。みんな自転車です。失業率も上がって、みーんな戦後の日本みたいな状況になります。町の中心部は火の消えたような荒廃。

てな部分はなかなか面白うございました。ただ旧県庁が政府に昇格し、県警が国家警察になり、消防署が消防庁になる・・・というような大変革がどんな具合に進められていったのか、入国管理をどうしたか、電話や郵便は通じるのか、住民は流出しなかったのか等々。しっかり書き込んでくれたら面白かった。ん、それをやると小松左京の「日本沈没」くらいのページが必要かな。

関係ないけど大昔、獅子文六も「四国独立」をサブテーマにした小説書いてましたね。4県合同ならかなり可能性があるかな。ひとつの島が一つの国家になるんだし。

んんん、そういえば「吉里吉里人」もそうか。ただし吉里吉里は完全な寓話というかファンタジーみたいなもんで、独立の実務的な側面はあまり書かれていなかったような気がする。話がスムーズに楽しく進展しすぎるのね。

ま、「やっちゃれ、やっちゃれ! 」、総じて読んで損したという本でもありませんでした。ただし著者の魅力のねっとり濃厚な味はなかったようです。

★★ 三一書房

副題は「オスマン帝国崩壊とアタテュルクの戦争」。非常に分厚い本です。製本の限度いっぱい。かなり注意して扱わないと背割れしそうで怖い。

turk.jpg内容は第一次大戦の後、ギリシャのトルコ侵攻とトルコ防衛戦争。サカリヤ川の戦いからケマル・パシャのイズミル奪還までとでもいいましょうか。イズミルは別名がスミルナです。なんか聞いたことがあるような。

ごくごく簡単に言ってしまうと、第一次大戦の結果、トルコはズタズタに蚕食されてしまいます。決められたのがセーヴル条約というやつで、大国がよってたかって食い物にしようとした構図で、トルコはアナトリア半島の半分くらいの領土しかなくなってしまう。実質的にはもっと少なくなりかねない。

自信を失ったオスマン帝国はこれに従おうとします。国がみすぼらしくなるのは辛いですが、それでも存続は存続だから、ま、いいや。イスタンブルのカリフ・スルタンとか、支える政府官僚とか、ま、生き残ることはできますわな。

ところがこのアナトリア半島分断に従おうとしないのがアンカラ一派。もちろん親分はあのケマル・パシャですね。帝国からすると困った連中です。首都の皇帝が「負けたんだから従え」というのに、地方のたとえば仙台とか福岡あたりの跳ね上がり連中が「いやだ。おら従わないぞ」という。イスタンブル政府の面目まるつぶれ。

で、まあ当時のトルコはしっちゃかめっちゃかで、政治的には明治維新前夜みたいなもんです。勤皇に佐幕、開国に鎖国、条約反対、いやいや文明開花だ。そこに世間知らずの天皇の思惑もあって、いやはや。もっと悪いことに英国やフランスなどの外国勢もちょっかい出してくる。ま、そんな雰囲気なんでしょう。トルコの場合は英国、フランス、イタリア、ソビエト、ギリシャなんかが絡んでたみたいです。ついでにアルメニアやクルドやアラブ、もうグチャグチャですね。ちょっと前にはアラビアのロレンスまでラクダに乗って走り回ってた。

で、立役者ロイド・ジョージにそそのかされ、ビザンチン帝国再興(ヘレニズムの栄光かな?)の野望に燃えたギリシャがけっこうな大軍を擁してアンカラめがけて攻めてくる。よく知りませんがアナトリアの内陸部ってのは荒涼とした場所が多いみたいですね。補給線が伸びきって、やっとの思いでたどりついたのがアンカラを間近にしたサカリヤ川です。

立場の苦しいケマル・パシャはアンカラ議会に「3カ月の期間限定独裁」を求め、議会の政敵たちも「3カ月ならいいだろう」ってんでこれを承認。3か月たって改善されないなら辞任してもらおうぜ、ということです。フリーハンドを得たケマル・パシャは、いわば国家総動員法を発令します。かなり強引な法令です。そしてトルコ軍はサカリア川の防衛戦を凌ぎきる。ケマル・パシャってのは政治的にも軍事的にもやはり天才なんでしょう。

サカリア川防衛でアンカラ政権はホッと一息。するとにわかに周囲の雰囲気が変わってフランスなんかも色目を使ってくる。ソビエトもいろいろ支援してきます。亡命していた汎トルコ主義の政敵もガッカリして諦めムードになる。

で、ついに念願のトルコ軍の反撃開始。「エーゲ海まで進軍!」の掛け声とともにギリシャ軍陣地を撃破して商都イズミルへ進軍です。ま、こんなふうなのが希土戦争のいきさつなんでしょう。


やれやれ。ようやくたどり着いたか。「トルコ狂乱」です。以上のようないきさつやエピソードはいろいろ書き込まれていて、ま、それが理由で手にとった本なんですが、小説としては(一応は小説です)三流です。人物がみーんな超うすっぺらで、まるで天地人の登場人物たちみたい。

ケマル・パシャは血の通わない聖人君子か優等生みたいで、まるで新選組!の局長状態。神格化されすぎたヒーローってのは、まったく魅力がありません。人民も軍人もワンパターン演技の大根揃い。英国のロイド・ジョージは悪魔のように狡猾で(トルコ人にはよほど嫌われてるんだなあ)、帝国派はみんな臆病でいやな連中で裏切り者。登場してくる若い男女は五流のライターが書いた脚本のような恋愛ゲームを演じます。

小説としての面白さを期待しちゃいけませんね。要するに多くのトルコ人たちがこの戦争をどう見ているか、指導者のケマル・アタチュルクをどんなふうに英雄視していたか。英国人やギリシャ人をどれほど嫌っていたか。あくまでトルコ人によるトルコ人のためのお話と考えるべきでしょう。こんな大部な本なのに、トルコでは空前のベストセラーだそうです。

通読すると、いまでもトルコ軍がギリシャへの警戒と憎悪を忘れない(たぶん)理由がわかります。ギリシャ人がトルコを恐れ嫌いな理由もわかります。ついでに、EUがトルコの加盟に消極的なのももっともだなあと理解できます。なんせ異質なアジアだからなあ。

このトルコの例、清国の例などを考えると、日本の近代化・明治維新というのは実にラッキーというか希有なケースだったんでしょうね。歴史的に絶妙なタイミングと地理的な遠さ、そして膨大な数の戦士階級(武士)の存在、エキゾチックである程度尊敬さるべき工芸のクォリティ、しかし手を出したくなるような産物・資源の完全な欠如。

トルコ、大変だったんだなあ。いまでも大変そうだけど。

本音としては、大酒のんでチェーンスモーカーで強引で果断で冷血でイライラしている天才ケマル・アタチュルクを描いてほしかった。無理か。

★★★★ 新潮文庫

vacances.jpgずいぶん昔に買った本です。あらためて眺めると、汚いなあ。かびだらけ

米国の鉱山会社の重役夫人たちが5人。アラフラ海の小さなリゾートに行って、そこでテロ騒ぎに遭遇してサバイバル・・・というストーリーです。アラフラ海って、たしかニューギニア(いまは違う地名かも)とオーストラリアの間あたりですよね。真珠かなんかが採れるんじゃなかったっけ。日本のダイバーたちが出稼ぎしたりの島々だったような。

で、女性作家ですから、女たちの夫はテロであっさり惨殺されます。あっけない。男なんて、そんなものよ。

それに比べると普段はナヨナヨしてたりファッションにしか関心がなかったり、フニャフニャしている女たちは実はたくましい。状況の変化に柔軟に対応して、ジャングルでサバイバル。ここに出てくる白人の船長というのもなかなかいい味を出していて、女どもに生き残りのテクニックをたたきこみます。内心はうんざり絶望気味なんですけどね、でも教え込むしかない。

ボロイカダを作るんですが、キャーとかアレーとか女どもが騒いでいるうちに事故がおきて、船長は死亡。男はすぐ死ぬんです。で、女たちはケンカをしたり意地悪したりしながらなんとか脱出をはかる。

大昔からの典型的な「悪夢のジャングル」で、うっかり果物食えば酷い下痢、ゴロリと寝れば虫に刺される。もちろん人食い人種はいるし、脱出船にはしつこいサメがつきまといます。さてさて運命はいかに。 惚れた女の救出に懸命なヒーロー(いるんです)は見事に成功するか・・・。

そうそう。テロ騒ぎの元凶、クーデターを起こしたラーキという大統領もいい味です。ずるくて凶悪で、女と金に目がない。部下は頭が悪くて無慈悲で、町のホテルの中国系女社長(大肥満)はたくましくてしぶとい。すべてが典型的なんで、安心して読めます

Willis02.jpg★★ 河出書房新社

短中編集です。ウィネベーゴって、なんかインディアン族名みたいだなと思ったらやはりそうだったようで、Winnebago。ん? インディアンってのは差別的な言い方になるのかな。

言葉は難しいです。エスキモーはいかんということで、イヌイットと覚えたら、これもまた違うとか。カナダではイヌイット、アラスカではエスキモーとか書いてるところもありますが、これもはて・・。で、インディアンではなくネイティブアメリカンが正しい? トム・ソーヤーに出てくる「インヂャン・ジョー」という男、単に訳者のセンスが古いのかと思ってたら、どうも「インヂャン」は蔑称らしいです。知らないことって多いです。

で、ウィネベーゴってのはキャンピングカーというか、モーターホームというか、中で暮らせるようなでっかいクルマらしい。日本ではあまり流行ってませんけどね。アメリカ映画なんかではよく見る。そのモーターホームが消えさって(インディアン部族の絶滅にもつながる)、ついでに犬の仲間も絶滅する近未来・・がコニー・ウィリスの中編の舞台。

表題の「最後のウィネベーゴ」、けっこうシリアスなストーリーです。コニー・ウィリスらしいドタバタ要素があまりない。なんとなく余韻の残る中編でした。

koarashi.jpg★★ 講談社

この作家の本、初めて読みます。

うーん、最初は「ひどいなあ・・」という印象。文体が独特です。荒いというか、大胆というか、とにかくエネルギッシュ。

内容は、ま、悪を究めようとした宮本武蔵ということなんでしょうかね。文体もあいまって、ひたすら土臭く、どろどろしていて、おまけに展開される哲学のようなものが訳ワカメ状態。フシギな本でした。ちなみに登場人物、ほとんど標準語はしゃべりません。新潟弁か秋田弁か、あるいは関西弁か。

でも独特の力はあるので、最後まで読みました。図書館には何冊か並んでいましたが、また借りるかとい言われるとさて・・・。


「マーブル・アーチの風」 コニー・ウィリス

marble.jpg★★★ 早川書房

短編集。コニー・ウィリスですから気はきいている。定番のドタバタものもあるし、ラブコメディふうのものもある。タイトルになっている「マーブル・アーチの風」はちょっとシリアスです。

経済的にも余裕ができ、数十年ぶりにロンドンにやってきた夫婦。たぶん、老境にさしかかったあたりなんでしょうね。昔と違って買いたいものはたいてい買う力があるし、高価そうな前から3列目の中央座席だって予約できる。

しかし奥さんはどんなに探し求めてもあの食器を探せない。ハロッズにもない。他の店にもない。おまけに見たいショーの切符は手にはいらない。友達はどうも浮気をしているらしい。

亭主はさんざん乗りまくって好きだった地下鉄で、不思議な突風に見舞われる。何回も見舞われる。生臭く、心の冷えるような風です。

その風が何なのか・・がテーマ。ここで書いたら未読の人に怒られてしまいます。

★★★ 集英社

sangokushi03.jpg全5巻のうち1巻2巻は読んでいましたが、その後買うチャンスがなくて中断。最近、図書館の閉架にあることが判明して、残りの3~5巻を借り出しました。

書いてるのは三好徹なんで、ま、しっかりしています。また主役が劉備ではなく曹操というのもいいですね。

映画レッドクリフなんかも曹操を比較的(比較的!)まともに扱ってますが、でも娯楽大作の宿命で、どうしてもワルでスケベという扱い。なんですか、意馬心猿で呉の周瑜の奥さん(小喬)のお茶セレモニーに騙されるとか、どうも軽いです。そうそう、八卦の陣なんてのもあったな。

子供の頃から三国志演技の劉備ってのは偽善者ふうで好きになれませんでした。ついでに張飛もアホすぎて魅力がありませんでした。

三好三国志でも、劉備は優柔不断の偽善者です。張飛もアホです。で、関羽はカッコいいんですが、最後の最後ではヤキがまわる。ヤキがまわって独善になって、死んでしまいます。死んで祭られて関帝廟を世界中に残す

実質的な魏王朝を立ち上げた曹操も、後継者では失敗します。豆を煮るに豆殻をもって・・の「七歩詩」エピソードとか。なんか、苦労知らずの二代目、三代目なんで、数代も経ないで魏は消えてしまうらしいです。司馬氏の晋(西晋)がそれに続く。


「シェイクスピア・シークレット」 ジェニファー・リー・キャレル


shakespeare.jpg★ 角川書店

作者はまともなシェイクスピア学者らしく、さすがにシェイクスピアにまつわるウンチクはなかなか面白かったです。シェイクスピアとは誰だったのか、とんな候補者がいるのか、エリザベス朝時代の雰囲気とかエピソードとか、興味をそそられるものが多々。

でも小説としては酷い代物でした。無意味にヒロインが英国、スペイン、米国を飛び回り、人間ドラえもんみたいなスーパーエージェントが現れ、大金持ちのオバハンが神出鬼没。で、無意味にバタバタと人が死に、レイプされかかったり、洞窟の中で活劇があったり。

才能のない作家(アマチュアもどき)が適当に都合よくストーリーを作ったという感じ。最後のほうはスッ飛ばしで読みました。ひどい小説だった。

★★★★ 中央公論新社

byakudan.jpgすっかり気に入ってしまった莫言の(私にとって)2冊目。

いいですねぇ。清朝末の主任処刑人、出世コースに乗っていたはずの地方県知事、妖艶にして誠実な犬肉料理マダムである若妻。ついでに袁世凱(なぜか本性はスッポンだそうで、笑った)などなど。

舞台は当然のことながら山東省高密県。一種の自然発生民謡ともいうべき(京劇を連想しました)猫腔の哀切な調子に乗って劇は進行します。

ま、要するにこの猫腔の座長が村人を組織して、横暴きわまるドイツ人技師連中をぶっ殺した。で、袁世凱は怒り狂って、西太后の寵愛をもうけた名処刑人に命を下す。清国の名誉にかけて堂々たる処刑でなければいけませんわな。

その刑が「白檀の刑」です。白檀の杭を尻から突き通すんですが、名人がやると数日は死にません。さすが中国。処刑も芸術の域に達しています。

現実と虚構が渾然一体、楽しい上下2巻でした。章の冒頭に歌われる猫腔が雰囲気を盛り上げます。合いの手は「ニャオニャオ」。若妻・眉娘の料理する犬料理もすごく美味しそうです。役者、じゃなく訳者の吉田富夫という人も、いい翻訳をしています。また莫言の本を探さないといけません。

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