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新潮社★★★
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初見の作家ですが、山本周五郎賞とか推理作家協会賞を受賞。直木賞の候補にも何回かなってる人らしいです。かなり多作。

新潮社の刊なので(ある程度の信用 )借り出しましたが、読み始めてすぐに「これは本屋大賞の範疇だな」と納得。本屋大賞本って、独特の疾走感とかバイオレンス感とか、なんか特徴がありますね。エンタメプロレスみたい(たいして読んでないので、かなり独断です)。

ようするに、そこそこ楽しめる本です。ストーリーもそこそこ。題材を荒廃の室町時代にとったというのもすごい。舞台は京で、三条とか九条とかナントカ大路を東に曲がってとか、やたら出てきます。新鮮。

あっ、本筋はなんというか、少年が棒術の荒っぽい修行をする話です。修行して、やたら闘う。殺す。一揆。好漢とか悪漢が登場。もちろん美女も。

ま、そういう小説。「光秀の定理」というのが評判よさそうなので、機会があったら読んでみるつもり。


たちばな出版★★★
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どこかに「歴史エッセイ」と記してありました。なるほど。世界の歴史を総括的に、坦々と概観する。「歴史書」ではないですね。歴史を題材にした雑感です。

そういう意味で特に目新しい記述はないのですが、陳さんの人柄なんでしょうか、読後感がいいです。たのしいものを読んだという感じ。

強いていうと、通常のギリシャ・ローマ史観の流れにインドや中国などアジアを混ぜ合わせる。アジア史のほうが大きな影響力をもつ時代が長かった。世界の中心はアジア。ついでに、世界の中心はサマルカンド

たとえばスペインやボルトガル。従来の史書ではともすると国土復興=レコンキスタ以降の歴史しか強調されていませんが、実際にはむしろイスラム国家としての時代が長かったはずです。

もちろん個人的には、ウマイヤ朝イベリアの歴史を特に知ろうとは思いません。しかしグラナダの陥落は、ガスの溜まっていたラムネのフタをあけたようなもんでしょう。サラセンのフタがふっとんで、その噴出の勢いが大航海時代のエネルギーになった。そういう構図。なるほど。

そうそう。細かいこと。インドのムガール帝国ですが、ムガール=モンゴルだそうです。モンゴル帝国。いわれてみればたしかに。いままで思いつきもしなかった。


河出書房新社★★★
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例の池澤夏樹個人編集・日本文学全集です。巻16は宮沢賢治と中島敦。ちょっと不思議なとりあわせですが、ま、それが池澤夏樹なんでしょう。で、その中のほんの一部。

中島敦は山月記や名人伝なんかがやけに有名で、次は悟浄ものでしょうか。「環礁-ミクロネシア巡島記抄」は初めて読みます。予想通り、いいですね

たしか役人になって南洋のナントカ係になった。学校教育関係かな。それで大きくない船に乗って、南洋諸島を視察してあるく。

まだ若い中島が満足していたのか、嫌だったのかは不明。でも暑い中をノロノロ航行して小さな島に着き、土地の警官とか役人とかに会い、村民を視察する。視察というより、ただたんに見てあるくのか。そしてまた次の島へいく。

夾竹桃の家の女」では、ちょっと内地の血のはいったような女が上半身裸で乳児を抱いている。色っぽいような色っぽくないような。ふと心が動くような動かないような。

ナポレオン」はそう命名されてしまった非行少年。札付きのワルで、他の小さな島に追いやられる。そこでも素行がおさまらなくて、もっと孤島に流される。少年がふてぶてしそうで、孤独そうで、なんとも形容しがたい。だからどう・・という結論はなし。中島敦ってのは、そういう書き方をする人だったのかな。

悟浄出世 / 悟浄歎異は、まあ有名すぎますね。自意識過剰なインテリ河童怪物が悟りを求める。単純生物・孫悟空に感嘆する。官能動物・猪八戒に感動する。久しぶりに読みかえしました。

ページはまだたっぷり残っているし、中島敦が終わったら宮沢賢治もあるし、ま、返却期限までたらたら楽しみましょう。


講談社★★
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講談社といっても『講談社選書メチエ』のシリーズです。固い。『シートン動物記』から『ザ・コーヴ』へ というサブに釣られて借りたけど、けっこう手こずった。

子供のころ、ファーブルよりシートンのほうが好きでした。フンコロガシよりはオオカミですね。読んだ「シートン動物記」、版元は忘れたけど、固い表紙の。青か緑の表紙だったような気がする。内山賢治の訳文がやわらかくて、大好きだった。

後年になって「動物記」という本は存在しないことを知りました。シートンの短編を適当に集めて訳したらしい。で、平岩米吉という人がいて、詳細は不明ですが日本の動物文学普及の創始者みたいな存在らしい。で、平岩+内山のコンビでシートン本が爆発的に売れた。

ということでシートンの動物文学について。もちろん初耳ながらセオドア・ルーズベルトと大論争があったんだとか。「しらんくせに動物を適当に擬人化するな」という趣旨。ルーズベルトの攻撃の的先はロングという牧師だったけど、その仲間としてシートンも叩かれた。ついでにジャック・ロンドンもケンカに加わった。ルーズベルトってのは狩猟大好き大統領ですね。自分では「動物のプロ」と思っていたんでしょう。

つまりは「スポーツハンティングを趣味とする高貴な人」と「動物を殺したり食ったりウソ書いたりして稼ぐ野蛮な連中」の対決です。当時はルーズベルト派のほうが大勢で「ネイチャーフェイカーズ」を叩いていた。つまりウソツキ自然派。

シートンの次のテーマは星野道夫。よく知りませんがアラスカに魅せられて、いい写真を撮ったり書いたりした人のようです。

で、ここでもアラスカにやってきて「カリブーの大移動」なんかに感動する観光客と、現地エスキモーの対比。エスキモーはカリブーを見ると唾液がわいてくる。エスキモーでなくても、子供のころからアラスカに住んでる白人も、やはり無意識に銃をとってしまう。反射的に撃とうと思う。カリブーは食い物なんです。「美しい・・」が先にくるわけではない。

そして最後はイルカとかクジラ。グジラやイルカにまったく関心なかったはずの白人連中が、なぜか大騒ぎする奇妙な風潮、いったいどこから始まったのか不審に思ってはいましたが、ようやく解決です。

その前からいろいろあったんですが()、決定的なのは1960年代の脳科学者ジョン・C・リリーという人。天才肌の怪しい人だったらしいけど、なんかイルカに魅せられた。でイルカの脳とサルの脳を比べたりして、イルカがいかに優れているか主張しまくった。ただし、サルというのが小さな猿なのか大きなオランウータンなのか、判然としない。怪しいクスリをやるかたわら、とにかく「サルの脳のほうが小さい。大きいほうが賢い」と喧伝した。

あっ、自費でイルカ研究所みたいなのを作って、いろいろ実験。イルカと人間の会話実験なんかもした。ただしイルカと接してビデオに映るのはみんな若い美人です。自分は顔を出さなかったらしい。賢い。

ま、そんなこんな。動物(とくにイルカ)は愛して保護すべきものということに決まった。で「ザ・コーヴ」という映画は、その明確なプロバガンダですね。非常に上手に作った。べらぼうに影響があった。優しく賢いイルカを撲殺する日本の野蛮で陰湿な連中・・という構図は大成功です。

動物を可愛がる高貴な(白い)人々、動物を殺す(黄色や黒い)野蛮人。この対決構図が大好きな人々、いまでも圧倒的に多いんでしょう。歴史的には優生思想なんかも絡んでいるみたいです。

ちなみにこの本は著者が博士論文をもとに大幅加筆したもので、どうりで難しい。意地悪くいうと(概観と説明だけで) 論旨主張ははっきりしない。けっこう疲れる本でした。

 クジラが異星からの使節だったら意志疎通できるか?・・とか。けっこう流行したらしい。そういうふうなSFもありますね。


文藝春秋★★★★
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たぶん、このシリーズの最初の刊行。週刊文春の連載「お言葉シリーズ」ぜんぶで何巻になるのかは知りませんが、10巻までは文芸春秋が出した。それ以降は連合出版です。

例によって本とか言葉をテーマにしたウンチク、雑談で、時々は実名だしての叱責もあります。なんとなく、岩波とか広辞苑とか、とりわけ権威筋に対して厳しい印象ですね。国語学の泰斗なんかにも容赦ない。

権威に遠慮しないから世の中が狭くなる。それが悪いか!と開き直って、本に囲まれて塩鮭と(たぶん)漬け物食べながらケンカを売っている。本が好き、悪口いうのはもっと好き。

おさめられたテーマは多岐にわたっていますが、えーと、記憶に残ったのが「結婚」の「婚」の字の話かな。右側の旁の部分、「氏」本来は「民」だったらしい。民+日=ほの暗いという意味です。ただ、なんとか帝の名前に絡んで()、恐れ多いんで「民」の代わりに「氏」を使うようになって、それっきり戻らなかった。昏(くら)い、昏冥とかいいますね。

だからそこに「女」偏をつけると「暗くなってから女をかっさらってくる」という意になる。です。あはは。

あと、意外だったのが「」ですね。「止」に「少」をつけてるようにみえますが、本当は「止」が二つ。点がひとつない。また、下の「止」をひっくりかえして、横棒をまとめた。

したがって「歩」の意味は「止」+「」つまり「2ステップ」です。では足を片方だけ出すのをどう書くかというと。ホコをかついだ人が片足を踏み出した形で、ちゃんと「止」がひとつついてる。30センチに相当するらしい。

・・・というように、どんどん話が流れていく。泉の底から水がわき出るようで面白いです。ただ読み手の問題だけど、それを記憶しておくのが難しい。
 
ご馳走は不要。塩鮭と少しのご飯さえあれば十分と何かで書いていた。この4月に死去。晩年は目が不自由になって、ずーっと口述筆記だったらしい。

  李世民。唐王朝の二代目皇帝ですね。恐れ多いので「民」の字は使えなくなり、みんな「氏」に置き換えられた。

中央公論新社★★★★
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上・中、下巻。ずいぶん昔に買った本なので、表紙は汚くなっています。たぶん読み直しは4回目くらいかな。()

えーと、ユリアヌスってのは4世紀初め、ローマ帝国の皇帝。キリスト教を抑止しようとしたんで後世に嫌われて「背教者」なんていわれた。分裂ローマを統一したコンスタンティヌス帝(4世紀初め)の甥ですね。ただこの頃の皇帝というのは、血筋じゃないです。たいてい軍人あがり。実力で皇帝になった。

で、コンスタンティヌス帝は(キリスト教を優遇したこともあってか)大帝と称されました。息子が3人いて、それぞれ正帝として西・中・東ローマを領有。しかし死後は例によって戦いが始まり、結局は次男(つまりユリアヌスの従兄弟)のコンスタンティウス(名が似ている)が統一ローマの皇帝になります。

猜疑心が強かったといわれていますね。だから将来目障りになりそうな叔父のユリウスを早めに殺した。これは単に(潜在的な)敵対勢力を消したというだけでなく、反キリスト教勢力を叩いたという一面もある。つまり父コンスタンティヌスは初めてキリスト教を優遇した皇帝でした。これが国内統一になかなか効果的だったらしく、見習って次のコンスタンティウスもキリスト教を大切にする。もちろん古いタイプの反対派もいて、その伝統派代表がユリウスとみなされていた。

で、ユリウス一族を抹殺したはずなのに、たまたま生き残ったのが二人の子供たち。幼いガルスとユリアヌスの兄弟です。生き残ってしまうといまさらおおっぴらに殺すわけにもいかず、以後はひっそり保護・監視の対象とした。

で、ずーっと逼塞していましたが、そのうち流れが変わってガルスは副帝にしてもらう。なぜならコンスタンティウスにはもう血族がいないわけです。他の部下連中が信頼できなくなると、仕方ない、せめて血の繋がっているあいつを使うか・・ということになり、東方担当として派遣。でもすぐまた信用できなくなる。で、殺す。しかしまた必要にせまられる。残りは一人しかいないので仕方なく(現世欲のなさそうな)ユリアヌスを副帝にする。今度は西のガリアに派遣

ちなみに副帝とは「カイザル」ですね。取締役で支社長。正帝は「アウグストゥス」です。社長。

ということでストーリーが始まるんですが、この本、きっちり読もうとするとなかなか大変。辻邦生さんの端正な文章がえんえんと続いて、ああ気持ちいいなあ・・・とは思うけど、実は非常に疲れる()。なんせ哲学大好き思索皇帝が「ローマの正義とは何か」なんてテーマで2ページくらい演説します。面白いんですけどね、そのうち飛ばし読みになってしまう。

今回はなるべく文字飛ばしをしないようにと思っていましたが、やっぱり飛ばしてしまった。この地味な部分に味があるんだけど

昭和50年の刷りでした。1975年。ほぼ半世紀近いか。
大岡昇平のレイテ戦記なんかもそうですね。魅力あるんだけど、読み通すのが辛い。


中日新聞社(東京新聞) ★★★★
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東京新聞というか中日新聞というか、ま、その新聞に連載の政治マンガをまとめたものです。佐藤正明という人。たぶん、該当紙の読者以外にはあんまり知られていないんだろうなあ。

私も数カ月前まで知らない漫画家でした。去年、中央の大きなマンガ賞を受賞した。えーと、日本漫画家協会賞大賞(カーツーン部門)です。で、ネットでいろいろ紹介されて、これが面白い。少なくとも私にははまった。

で、何冊目かの本を出したということがわかって(7月20日発売だったか)、アマゾンに注文を出しました。その時点の状況では売り切れで、在庫が入ったら送付するよということでしたが、実際には3日ほどで届きました。

一読。なーんだ、ごく最近分を収録かと思ったら、けっこう古いのも採録されていました。アベのモリカケ・サクラとか、トランプの米朝会談とか。もちろんスガとコロナなんかも入ってはいます。

そうしたマンガに東京新聞の元政治部長がいろいろ解説をつけている。悪くはないし親切ともいえるけど、そのぶんマンガ点数を増やしてもよかったかな。

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なかなか良かったです。自分の好みとしては特に「新学期」シリーズかな。世界のリーダーたちが一同に会したとある不良高校の教室風景()。

たとえばやっかいものの金正恩が紙飛行機ロケットを飛ばし散らしている。ボスの座を争ってかトランプと習近平が対決している。だらけた感じで足を机にのせているのはドテルテ。窓のあたりではプーチンが子分のアサドとこそこそ悪巧みしている。前の席ではセーラー服のメイとメルケルが揉めているのかどうか()。えーと、アベはたしか最前列で見えない・聞こえないふりしていたかな。

いいセンスです。一枚の絵で10分か15分は楽しめる。

あとがきでは、自分のは単なる「政治を題材にしたマンガ」であり、とくに風刺とかいうもんじゃないとか書いてありました。たしかに「鋭い!」とかいう感じではなく、あんがい温かいです。巧いけど、たとえば朝日の山田紳さんなんかとは、似ているようで少し違う。

うーん、同じ政治家たちに対して、山田紳がうんざりしているとすれば、佐藤正明さんは笑っている。同じようなもんでしょうけど、ほんの少し違うんでしょうかね。

たぶんアマゾンの担当者が想定したより実際の注文が多かったんでしょうね。
たんなる新学期ではなく、トランプが新しい学級委員になったらしい。それで不平顔の習近平と話をしているのか。
メイが愚痴たれてるのかもしれない。うそつきボリスの悪口。

春陽堂書店★★★
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坂口安吾エンタメコレクションなるシリーズが刊行されていたようです。春陽堂書店。

春陽堂って、ひょっとして子供のころに見た全集の版元かな。古い蔵の片隅に日本文学全集のようなものがあった。夏休みの午後、こっそり玄関先の壁から鍵(木製の柄。カギ型の鉄製)を外して、ひそひそ通った記憶あり。ひんやりする蔵の二階、高いところの小さな窓から西日がさしていた。

調べてみたら春陽堂には「明治大正文学全集」というシリーズがあったようです。これだろうか。たぶん30巻か40巻くらい。

ま、それはともかく。エンタメコレクションは「現代忍術伝」「盗まれた手紙の話」「女剣士」の3巻構成。で、今回借り出したのは「女剣士 坂口安吾エンタメコレクション<伝奇篇>」。

中身は「桜の森の満開の下」とか「夜長姫と耳男」とか。安吾の代表作でしょうね。何十年ぶりかに再読できました。表題の「女剣士」は初読ですが、ま、現代の山の中に暮らす父親と娘。剣術版巨人の星です。徹底的に激しく鍛える父、応える娘。そこにケチなコソドロが下僕として入り、その三人はやがて・・・・。

なんというか、これぞ坂口安吾としか言いようがない。ただ「エンタメ」と形容するのはちょっと違うような。

そうそう。説話ふうな短編も多いのですが、これらと太宰の「お伽草紙」、どっちが先立ったのかな。非常に似通っています。


講談社★★★
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漱石の「猫」にオタンチン・パレオロガスなる罵倒語が出てきて、これが東ローマ帝国最後の皇帝「コンスタンティン・パレオロガス」からきたものと知ったのはかなり後になってのことでした。(苦沙弥先生の奥さんは、禿頭のことだとばっかり思いこんでいた)

で、この本。ここでは「パレオロガス」ではなく「パライオロゴス」。要するに同じですわな。この皇帝、なんとなくビザンチン風に、つまり無気力だらしなく死んだような気がしていましたが、実際には最後は皇章を破り捨てて単身敵軍に突入した。恥を知る勇敢な人ではあったらしい。

でも、どうして「ビザンチン」イコール「無気力」なのか。そんな困った国家が、なぜ千年も存続することができたのか。考えてみれば不思議です。単なる思い込みだったんでしょうね。

えーと、コンスタンティヌス大帝がキリスト教に改宗し、コンスタンティノポリスをつくったのが330年。ま、ここから東ローマ帝国が始まったと考えていいでしょう、きっと()。それからいろいろあったけど、6世紀のユスティニアヌスのころに帝国は拡大され、実質的にローマ帝国からビザンチン帝国に変貌した。完全な皇帝専制国家になったということです。

どうもビザンチン帝国というのは本来の「共和制ローマ」というタテマエに「キリスト教」を接ぎ木し、それから「共和制」を脱ぎ捨てた。そういう帝国だったらしい。もちろん皇統ひとすじなんてことはなくて、クーデタあり簒奪あり戦争あり、版図も拡大したり縮小したり、でもローマの後継という形でしぶとく生きながらえた。

イメージとしてはちょっとオリエント風、非西欧風の感じがありますね。まるで巨大な中国の帝国をフワリと西に移動させて、アナトリア、バルカンのあたりに置いたようなふんいき。

ただ正確にいうと、なんとなくオリエント風と感じるのは西欧的な偏見です。東方教会(ギリシャ正教、ロシア正教)をなんとなく違うふうに感じるのも、やはり偏見です。むしろカトリック、ブロテスタントのほうが異端なのかもしれないし。そいう意味では西欧人より、我々アジア人のほうがより文化に対して客観的になれるはず。難しいですけどね。

それはともかく。ビザンチン帝国はけっして軟弱国家ではなかった。弱い時期もあったけど、強大な期間もあった。世界史において1000年続く国家って、すごいことです。あっ、東の海の向こうの小さな島国は別ですよ。あれはほんとの例外。周囲から狙われるほどの価値も情報も、とくになかったし。

11世紀には地中海の東の大帝国として君臨しました。13世紀にはいると十字軍に攻められて陥落。ヴェネツィア(塩野さんひいき)の陰謀でもありますが、そもそも借金のカタが払えなかったのが原因だったらしい。ただそれっきりではなく、陥落後は各地の有力貴族たちが亡命政府をつくり、50年後くらいだったかな、また帝国復活。復活するエネルギーがあったということですね()。

で、15世紀になるとどんどん衰退。オスマン帝国メフメト2世の大軍が城壁を包囲した頃は、誰がみても滅亡寸前の小国というか単独都市だった。そう考えると、なぜオスマンがむりやり攻め込んだのかも少し不思議です。攻めてみたかったのかなあ。そういう「価値あるイメージ」の存在だったのかもしれない。

このあたりを舞台にしたのが辻邦生の「背教者ユリアヌス」。また読み直したくなってきた。
唐突ですが、七難八苦、尼子の山中鹿之助とか明の遺臣・鄭成功なんかを思い出してしまった。たいてい覆水盆に返らずで(ちょっと違うか)、復活はならないんですよね。


集英社 ★
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うーん、これは何なんだろう。エッセー? 感想文? すなおに「各地を思索の旅・文集」とでも受けとるべきなのか。

ちょっと期待して借り出しましたが、やはり(というより当然)期待外れでした。

低く響く声で様子もよくて、ちょっと俯き加減の姿勢も思慮深げ。ま、テレビの登場回数も多い売れっ子ですが、この人、実は何を言いたい人なのかずーっとわからなかった。この本を読み終え(めくり終え)て、同じ乾燥感想です。

きれいで心地よい言葉がひたすら羅列です。しかし、よくわからん。ページを繰る時間を損した。


角川春樹事務所★★★

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貴志祐介はけっこう読んでいます。「青の炎」 「新世界より」「悪の教典」。このへんはかなり上出来。ちなみに「青の炎」は学園もの。「新世界より」はファンタジーSF、「悪の教典」はバイオレンス漫画。

硝子のハンマー」は密室殺人もの。「ミステリークロック」も密室殺人ですが、うーん・・。「罪人の選択」は習作集ですかね、あまり感心しなかった。エッセイ集も一応ありますが、これはもっとすすめません。

読了した当時はたいして評価しなかったものの、あとになって再読してもいいかなと感じるのは「新世界より」と「悪の教典」。とくに「悪の教典」はバカバカしくて楽しく読めます。「新世界より」も再度じっくり読んでみようかという気がする。いろいろ欠点も多いんですが、それを補う魅力あり。

出来不出来はあるものの、総じて好きな作家ですね。たぶん、また新作があれば借ります。

ということで、この新作。去年あたりの刊行かな。ただし書き始めたのはかなり前らしい。たぶん、苦しんだ。

けっこう面白いです。主人公の探偵は「硝子のハンマー」の防犯コンサルタントと称する男と似ているかな。ちょい悪だけど魅力がある。で、相棒の女といっしょに探偵がいろいろ探るんですが、そのテーマが『前世の記憶』。はてはて、うんうん、それで・・・と進むにつれてグチャグチャになって、凶悪日本ヤクザと麻薬カルテルとの狂気闘争とか。血が流れほうだい。ま、、なにを言いたいのか不明。

風呂敷ひろげすぎて最後は作者本人が嫌になってしまっ・・という感じでしょうか。回収できずに放り投げた。もう何言われてもいい・・・。腹を立ててもしかたないですね。けっこう楽しかったです。

連合出版★★★
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「お言葉ですが」の別巻はこれが最後。副題は「本はおもしろければよい」2017年刊。

岡山の田舎(たぶん)に育った著者は、子供の頃からとにかく本という本を読みまくった。時代もあって、周囲に本というものがあまりなかったのです。

面白いから読む。当然といえば当然なんですが、それが違ってきたのは岩波という出版社に出会ってから。岩波は「これこれの本は読むべし」と教える。面白いからではなく、読むべき本だから読む。義務感で読む。読書が自由ではなくなった。

なまじ権威ある指針が示されたので、読書の楽しみが少し減。つまらんことです。だからかな。高島さんの書いたものには常に岩波に対してなんとなく含むところが感じられる。

でもやはり面白いからという理由で読みたいですね。そんなことでつけられた副題でしょう。本の後半はいろんな「面白い本」の紹介です。

そうした本の紹介とは違いますが、「山羊」はなぜ「ヤギ」なのか。この章はややこしいけど面白かったです。そもそもヤギは日本にはいなかった。で、どうして「ヤギ」になったのか。「山」の「羊」とはどういう意味なのか。中国ではどうなのか。かなり頭が混乱するような説明が続きます。短い文章で紹介するのは不可能。説明できないけど楽しかった。

幸田露伴について。ものすごい記憶能力をもった怪物です。昔はこうした巨人がときどきあらわれた。鐘に血をぬることについて寺田寅彦から尋ねられた露伴は、たちどころに脳内の巨大データベースを検索。古今東西、あらゆることころに書かれている。もちろん一言じゃ無理なんで、翌日だったかな、たしか50枚ほどにまとめてアウトプット。

ただし寅彦はそんな古今東西に関心なし。鐘に血をぬると油分が1分子の皮膜になって覆う。それで鐘の響きがどうたらこうたら。それだけの関心だったので、50枚アウトプットは迷惑です。そうした経緯で、露伴の家にこの50枚文書(枚数は適当)が残されたらしい。

内モンゴルについて。最近ウイグルでの迫害(民族ジェノサイド)がニュースになっています。チベットではずーっと前からですね。中国としてはそうした辺境(自治区)がおとなしく「中国国民」になってほしい。中国語をしゃべって、漢字で文章を書いて、宗教を捨てて、共産党をたたえてほしい。

それにしては・・と思い出すのが内モンゴルです。内モンゴルの弾圧とかジェノサイドとかあんまり聞かないなあ。あっちは平和裡に吸収できたんだろうか。

もちろん、とんでもない。接する外モンゴルはソ連下でした。中国とソ連はかなり険悪な仲。で、いったん外モンゴルが攻め込んでくれば、たぶん内モンゴルはまっさきに歓迎・降伏するだろう。だいたいあそこには知識人がけっこう多い()。知識人はいちばん信用できない連中だぞ。

・・というわけで南から漢人農民が進出し()、現地民は知識層を先頭として、どんどこ抑圧。しかし外部に発信するような層が最初に消えてしまっているので、外界にはあまり情報がもれない。インターネットが普及するずーっと前の話だし。ま、そういうことだったろうとのことでした。納得。

なんせ満蒙の地です。ずーっと前から日本化して開けていた。だから危険地域。

このへんのことは中国人作家の「神なるオオカミ」という本でも紹介されていました。内モンゴルに進出する中国農民の感覚では農地拡大・食料増産は国家方針です。しかしその中国方式は草原にまったく適合しません。結果として草原の薄い表土は疲弊し、何百年のバランスを保ってきた緑は消え、遊牧民たちの姿はなくなってしまう。


講談社★★
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勘違いしそうですが、要するに海中生物がいかにして遺伝子を伝え子孫をつくっているかという話です。イワシとかカキとかタツノオトシゴとか。

そもそもは、少し前にBSで知床のミズダコをやっていました。メスのミズダコは産卵受精した卵を巣穴の天井にぶらさげて、1年以上も守り続けている()。暖かい海ならもっと孵化が早いらしいけど、知床の海は冷たい。どうしても時間がかかるらしい。

その場面も面白かったけど、その前のメスオス合体の場面です。なんか「触手を通して精子パックを渡す」とか言っていたような。渡す? うーん、そもそも何も知らないなあ。タコとかイカはどうやって遺伝子の受け渡しをしているんだ。うん、クジラにはペニスがあるらしい。サケなんから産卵した後にオスが精子をまきちらす。では、エビは?

わかったこと。受精の方法は実にいろいろです。信じられないようなスタイルも多い。

要するに、子孫を残すには「オス遺伝子の半分」+「メス遺伝子の半分」という形がいいらしい。ま、多様性の担保ですわな。そのため何をやってもいい。ただし自己増殖では問題多々です。海でも雌雄同体の生物はいますが、自分で自分に・・は極力避ける。相手をみつけ、可能なかぎり自分の♂を相手の♀に、相手の♂を自分の♀に、という体位をとる。難しそうですが、効率はいい。ふーん。

若くて体の小さいうちはメス、大きく成長したらオスになる。そんなサカナもいる。一般論として子供を産み育てるメスは負担が大きいわけです。できることなら自由に遊べるオスになるのがいい。ということでオスは競争が激しい。なかなかオスにしてもらえません。いったんオスになったら、ひたすら種つけにはずむ。

いちばん驚いたのはペニス切り離し戦術をとるタコがいること。メスにくらべて小さいオスは、タイミングをはかってペニス(の役目の触手)をメスをめがけ、ロケット発射する()。ロケットはメスにくっつきます。触手の中に入っているのはたっぷりの精子パック。この発射がオスにとってのエクスタシーなんでしょうね。仕事が終わると、もう用はないのでよろよろ死にます。

そうそう。サケが川をのぼって苦心して産卵するのはみんな知ってますが、あのときズルをするやつもいる。最初からそのつもりで、海に行かず川に残っていた小さいやつです。で、婚姻シーズンになってバタバタドタドタと騒動が始まるとじーっとものかげで待機。絶好のチャンスになるとサーッと突進して、バシャバシャバシャッと射精。大成功! もちろんタイミングを間違うと興奮した連中にふくろ叩きにあいます。

ほんと、いろんな戦術があるんですね。ところかまわずペニスを相手の体に突き刺すやつもいる(どこかに刺して射精すれば、あとは賢い精子が体内を泳いでいってくれる)。オス同士サーベルのように長いペニスで闘うやつもいる(無防備に伸ばしているので、運が悪いと他のサカナに途中を食われたりもする)。ま、人間スタイルなんてのも、ようするに多種多様な遺伝子受け渡し方法のなかの一つでしかないわけです。

ミズダコはその間、なにも食べないそうです。卵の世話をしながらじーっとこもっている。体力が弱っていくにつれて皮膚の色が白っぽくなる。孵化が終わると安心して、穴から漂いだして死ぬ。

不用心なメスはやたら発射されて迷惑。ま、ストックがあっても損はないか‥と(たぶん専用ポケットに)収納してもらえたり。

連合出版★★★
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10巻から連合出版と書いてしまいましたが、実際には11巻からのようですね。つまり10巻までは文芸春秋

この11巻、いろいろありますが「井真成墓誌」と「予言」がメインのようです。「井真成墓誌」は例の中国で発掘された日本人留学生です。

当時、日本ではなんだかんだと推測がなされていましたが、高島さんによるとほとんどが根拠のないデタラメ。みーんな中国語と漢字と日本語の関係を正しく理解していない。だから訳のわからない理屈をこねる。中には墓誌と墓碑を混同している学者もいたらしい。

そもそもこの墓誌、盗掘の結果として出てきたということ、どこかが書いていたかなあ。あとになってバレた。だから埋葬状況の詳細がまったく不明だし、墓誌の一部も(パワーショベルで)欠けている。どっちにしてもあまり大切にされて埋葬された状況ではないらしい。墓誌の文言も実はかなり簡易。やっつけ仕事。

「予言」について。本の後半スペースをたっぷり使って書いています。ごく簡単に言うと、「予言」も「預言」も「豫言」もみーんな同じ字、同じ意味です。「予言」は予想を言うことであり、「預言」は神の言葉をあずかること・・なーんてことはない。

どっかの時点でどっかの人(キリスト教関係者)が「預言」は違う意味だと言い出した。理由は不明。辞書も昔は「あらかじめ」の意味しか掲載していなかったのに、なぜかいつの時代からか「あずかる」も併記しはじめた。そもそも日本の聖書で使っている漢字は、ほとんどが中国(清代)の漢訳聖書のものを流用しています。同じ漢字なんだから当然ですね。

で、中国語(それをコピーの日本語も)では、「預言」は「あらかじめ言う」です。「言をあずかる」という文法はない。え?「銀行預金」があるじゃないか・・というんですが、江戸、明治のころに見られる「預金」は「あずかり金」「あずけ金」と読んでいました。それがいつか「よきん」と読むようになってしまった。理由は不明。

ずいぶん簡潔乱暴に説明しましたが、本書ではもっともっと詳しく書いてあります。高島さんが昔から言っていること(骨子)は「日本では、漢字は外国語だ」ということ。もし当時の日本人の採用したのが漢字でなく英字だったら I love you と書いて「あんたが好きや」と読んだはず。
you(文字) = 汝(文字) = あんた(音) 。同等です。はい。あいにく当時の日本は話し言葉だけで、表記すべき書き文字をもっていなかった。

というわけで、たとえば 撮る 取る 採る 録る・・・を使い分けるなんてのは、まったく無意味。日本ではみーんな同じ「とる」です。ちなみに中国語では、それぞれ違う字であり、発音も違います。違うものを同じ音にした()からややこしいことになった。

日本語はそもそも音韻が少ないんです。
書かなかったけど新井白石の話も面白かった。チョー頭脳優秀で、チョー自慢こき。後半生はあんがい不遇な人生をおくった。


文藝春秋★★★
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この巻9までは文藝春秋が刊行していたわけです。ま、週刊文春の名物連載をまとめたものなんだから当然といえば当然。そしてこの次、巻10からは出版社が変わる()。別に高島さんの都合ではなく、文春側が「出さないよ」と言ったらしい。理由は、公式には不明です。

通読してみると、この頃の高島さん、比較的素直ですね。後年のヒネクレというか敵つくりは、トシのせいもあったんだろうか。けっこう楽しく読める章が多いです。

ちょっと記憶に残ったところ。

騎馬民族説と天皇」。昭和天皇は江上波夫の騎馬民族説がお気に入りで、ときどき電話してきて「皇居に来て話をしろ」と要請した。いや、江上博士がモンゴルで野糞をしながら(上機嫌で)そんなふうなことを言った。自慢した。真偽は不明です。

さすがに天皇がジカに電話はしないだろう。通常は侍従が代理で伝えるでしょう。もちろん現代ではこの説(騎馬民族が朝鮮半島経由で侵攻、九州王朝をつくった。崇神天皇)、完全に)否定されています。みるからにマユツバ説だけど、でもなんか面白い。天皇も寂しくなると、こんな壮大な無駄話をしたくなる。

もうひとつ、最近はまったく普通になってしまった「・・こちらコーヒーになります」とか「・・千円からお預かりします」の類。こんなヘンテコリン言葉がなぜ生まれたのか。

いろいろ調べるとどうもリクルートが元凶ではないか。大昔、リクルートがファミレス相手の接客ビデオをつくった。新人社員教育用ですかね。このビデオにあのヘンテコ接客用語がもりこまれていたという。で、一気に日本中にひろまった。ウェートレスもレジ係も、正しいと信じてるんだから仕方ない

真偽は不明ですが、うん、いかにもありそうな話です。リクルートとか電通とか、いろいろ罪をつくる。

とかなんとか。順不同、自由奔放。いろんな面白い話がてんこもりです。もちろん本筋の漢語とか日本語、本の話もたくさんあります。高島本は他にも2冊借りてるんで、まだまだ楽しめます。

※ 訂正。版元変更は11巻からでした。
※ さすがに「完全に否定」は言い過ぎかな。「ほぼ否定」でしょうね。

NHK出版★★★
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インドネシア、東によったあたりの小さなレンバタ島。その南側にある小さなラマレラという集落の話。オーストラリア大陸にも近く、チモール島のちょっと北になります。

この貧しい海辺の集落は手銛を使ったクジラ漁で有名なんだそうです。物干し竿みたいな長柄の銛をかまえて、壊れそうな舟首から跳躍。なんか日本のテレビでも芸人が出かけていって紹介していたような気がする。

日本だったら和歌山の太地ですか。ただしもっともっと原始的で貧しい。島の北側にいちおう「町」があるけど、そこへいくには夜明け前から山を超えて1日仕事。で、海岸の民はひたすらクジラやマンタ、サメを突いて、処理した肉を日干しにする。日干し肉の一部は山の民との物々交換につかう。サカナと野菜穀物の交換。

ちょっと前までは完全なアミニズムの文化でした。そまつな木製の舟には先祖の霊が宿っている。クジラと闘って壊れたら、可能なかぎり以前の板や綱を使って再建。そうしないと呪われるかもしれない。プレゼントの不文律を破ったりしてシャーマン(の役目を担っている)部族との間にトラブルがおきると深刻です。ヤギの呪い、もっとひどい羊の呪い。悲惨なことになります。だれかがケガをする。海から帰ってこない。

もちろん、こうした村にも近代化、情報化の波はおしよせる。そのうち電波が通じる。若い男女は携帯電話のテキスト通話で恋人とやりとりする。女はドルを稼ぐために遠くの町へいって奴隷的な女中奉公をする。工場に勤める。そしてシャーマンは苦々しい顔をするけど、船外機付きも導入される。

村人はたとえばクジラを突いて、それをたんなる乾燥肉として食べます。クジラもサメもマグロも同等。ちょっと知識のある遠くの島の漁師はマグロを5倍の量のサメと交換しようという。あるいは1本10ドルで引き取ってくれる業者もいる。その10ドルで買ったマグロを新鮮なまま流通にのせれば、果ては数千ドル、日本に輸出されて高級スシネタになる。野心をもった男が情報をつかんで起業をはかる。

ただしほとんどの村民はそうした情報を持ちません。高校まで行ける少年少女はまれ。教育をうけたからといって、抜け出せるとは限らない。失望して戻ってくる青年たちも多い。村には、なにかしらの共同体意識がある。貧しいけれども、多少の幸福感もある。三丁目の夕日ですね。しかし、どうしても、やはり貧しい。

このへん、旧オランダ領、フランス領、いろいろですが、東のチモール島の付近はキリスト教の影響が強くて、カトリックも多い()。司祭がいていろいろ説教したり結婚をつかさどったり、懺悔を聞いたり。結婚前に子供のできる男女も多くて、いろいろ大変。キリスト教と伝統宗教がなんとか折り合いをつけているわけです。住民たちもジョンとかベン、フランシス。洋風名前が一般的らしい。

たぶん、もうすぐ消え去る村落でしょう。クジラを救え!と外からやってくる運動家も多い。そもそもクジラもマンタも魚もこのところ減っています。クジラが減るなんて、漁民たちには信じられない。(まるで、そのうち太陽が昇らなくなるぞ、という話です)

予想したより面白い本でした。

著者は約3年、この村に滞在してはいっしょに過ごした。なるべく現金を使わず、同じ生活をした。舟に乗せてもらうと激しい揺れに嘔吐を我慢できなかった。さんざん笑われたそうです。

隣接した西のバリ島のあたりはヒンドゥー教。もっと西のジャワ島はイスラム教。


勁草書房 ★★★
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あちこちに出した何本かの論文(というべきでしょう)を集めたものです。けっして読みやすい初心者向けではなく、ある程度の知識がある層、歴史に関心ある読者向け。

というわけで、これを簡潔に評することは不可能ですね。

で、面白くて記憶に残った部分。

満州・北支()とズルズル侵攻。そのまま宣戦なしで本格化。これは軍部が汚い、誤魔化しと見るのが通例だったと思いますが()、実はけっこう苦し紛れ。理由は米国の中立法です。米国が「中立」の概念を勝手に変えた

従来だったら中立国はずーっと中立で、どっちの国にも何もしません。でも新方式では、中立国であっても悪の国に制裁ができるようになった。そう、米国が決めたんだから仕方ない。

というわけで、もし日本が中国と公式に戦争を開始すると「悪」ということになり、中立国である米国は財政措置とか輸出入禁止とか、きつい制限をかけてくるはずです。これが非常に困る。致命的。だから日本は中国と「戦争」はしない。すべて「事変」です。

しかし本当に米国が日本に対して容赦ない厳しい態度だったかどうか。このへんは難しそうです。たとえば石油の輸出制限。実はあんまり日本が辛くないように、ちょっと緩いところにリミットを置いてあったり。ただそうした配慮を日本政府は完全に理解していなかったらしい。リットン調査団の報告書のときもそうです。

また、敗戦の後、復員兵たちはけっこうな物資を背嚢に入れて持ち帰った。国内でも下士官クラスが倉庫を破って、どんどんトラックに乗せて持ち出したとか。皇軍の腐敗というニュアンスで語られています。でも実際にはこれは軍上層の方針だったらしい。進駐軍がくればどうせ押収される。それなら事前に分配してしまおう。ただし現実には有償か無償か不明ながら「払い下げ」もかなり多かったらしい。

もちろん兵器なんかはおとなしく提出。しかし提出した武器は米軍の指令下、これまで製造納品していた兵器業者が今度は解体を受け持ち、資材を民用に転換するはず。国力温存。一応はアイディアです。

そうそう。東久邇宮、伏見宮、秩父宮などなど、昭和天皇はあんまり信用していなかった雰囲気がある。実は秩父宮を大臣にという案もあったらしいです()。また天皇が戦争をおさえるために御前会議を希望すると元老の西園寺は反対している。もし会議の決定に従わない連中が出ててきたら天皇の権威に決定的なキズがつくから、というのが理由です。天皇の権威といっても、そう磐石なものではなかった。実際、けっこう言うことが通らなかったりもした。(

別口では、はるか昔の日露戦争。あれ、司馬さんの書き方では皇帝おきにいりのベゾブラーゾフあたりが極東総督アレクセーエフに対日強硬けしかけて、結果的に開戦・・・の雰囲気ですが、実際にはロシア側から戦争回避の動きがあった。和平に至る可能性もあったらしい。ただ少し時期が遅くて間にあわなかった。たぶん司馬さんはヴィッテ(外務大臣だっけ)にひきずられすぎたかな。新資料が出てくると、こうした研究解釈、ガラリと変わります。難しいものなんですね。(

ということで、ザーッとは読んだけど、ザーッ・・だけじゃ無理な本です。もっとじっくり読まないといけませんね。

それにしても・・です。加藤陽子はなぜ学術会議メンバーから外されたのか。こんなふうな地道な論文を官邸周辺の連中、読んでるとは思えないし、なんか初心者向けの本の数行あたりで「加藤という女はけしからん。サヨクか!」とか勘違いしたのか。アベとかシモムラの気にいる学者ではないにせよ、とくに嫌われる要素もないと思うのですが。わからん。あの連中の考えることはわからん。

「北支」が変換で出ない。え?とまず「支那」を出そうとしたけどこれも無理。そうか、使っちゃいけないんだ。そういえば「使っちゃ悪い言葉だろうか」と高島俊男センセがどこかで書いていた。昔、シンタロもそんな趣旨でわめいていたような。

対中国のこの一連の政策や軍事行動、かなり恥ずかしいよなあ・・・と政府中枢も思ってはいたらしい。

もし秩父宮が大臣ということになれば、実質的には昭和天皇の逼塞でしょうね。権力移行。

当然のことながら、天皇もお飾りではなく、けっこう積極的に発言はしています。ただあまり通らなかった。

日露開戦なんかも、臥薪嘗胆だった国民が大歓迎・・という従来説には少し疑問が出ているらしい。

PHP研究所★★★
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半藤はもちろん文春出身の昭和史家(か?)、秦は二次世界大戦あたりを中心の軍事史家、戸髙は戦後生まれで呉の大和ミュージアム館長

その三人が連合艦隊12隻の戦艦についてきままな放談。そうか、連合艦隊には戦艦が12隻もいたのか。

12隻は金剛、比叡、榛名、霧島、山城、扶桑、伊勢、日向、長門、陸奥、大和、武蔵。このなかで(大和、武蔵は別格として)長門、陸奥というのも格上の戦艦だったらしい。知らんかった。長門は連合艦隊の旗艦として記憶。陸奥はたしか原因不明で爆沈したような。戦後の人間からすると、ちょっと影が薄い船です。

それぞれの戦艦の運命を語ってるんですが、うーん、どれもこれも、一部をのぞいて不本意な生涯です。巨費を費やして建造されたのに能力を生かすことなく、結局は無駄に沈む。

そうそう。この三人、栗田提督については、レイテ湾の謎Uターンだけに限らず、そもそもがそういうタイプの人だったという前提でしゃべっています(1)。常識なのかな。また栗田提督だけでなく、そもそも虎の子戦艦、みーんな動き方が慎重すぎる。用心ぶかすぎた。沈めちゃいけないってんで、大事にしすぎた。だからレイテ湾だけでなく、せっかくの戦艦群、ひたすら無駄に油を燃やし続けて死に場所を失った。。

ついでですが、ミッドウェーの南雲提督。山本長官とはあまり肌があわなかったらしい。山本は飛行機家。南雲はコチコチの艦隊派。それなのにミッドウェーは南雲にまかせたし、負けてからの責任もとらせなかった。これは美談のようで、違う!と三人は言います。こういう温情みたいな処置、山本五十六の大失敗だったんじゃないだろうか。南雲を罷免して自分もやめる。つまり組織大改革が必要だった。

ぜんたいに読みやすい内容ですが、読了して悲しくなります。比較的マシだったといわれる海軍ですが、しょせんは硬直した「官僚組織」ですね。軍人官僚。年功序列。組織がガチガチで柔軟性がない。縄張り争い。頭が固い。思い込み。決めるともう変更できない。目的と手段の混同。現在のコロナ対応に追われる政府みたいな感じで、怖いくらい似ている。悲しいくらい無能。(2 3)

最後の大和の出撃。これも何のための出撃だったのか。指令から読み取れるのは「海軍の伝統と名誉のため」です。海軍のために死ね。米軍に渡したくなかったのか。ウソでもいいからなぜ「日本国のため!」と言えなかったのか・・と戸髙さんだったかな、怒っていました。もっともです。

ほんと、負けるべくして負けた。戦艦の目的である華々しい砲撃戦だって、やったのは1回だった2回だったか。そんな程度です。おまけに巨砲は当たらなかった。日本海会戦ではよく当たったけど、あれは射程をギリギリ詰めて、怖いけどごく近距離から打った。

「射程3万メートルなんて、そんな水平線越しの砲撃して当たるわけがないんです」とか。3万メートル飛ばすと着弾まで1分だったか1分半だったか、けっこう時間がかかるらしい。建前上は観測機がいることになってるけど、実際の運用は大変です

日本の誇る新型魚雷なんかも射程距離が長すぎて、これがアダになったらしい。なまじ届くもんだから水雷艇が踏み込まない。遠くからへっぴり腰で発射する。だから当たらない。すべてが悪循環。アウトレンジ戦法の誤算(4)

1 ついでに。なんの話だったか、航空参謀の源田実もけっこうくさされていたような。戦後生まれの素人にはうかがいしれない、研究家たち共通の「常識」があるんだろうか。

2 配置は卒業時の成績で上位から戦艦、巡洋艦・・・・と振り分け。最下位が駆逐艦や水雷艇なんかの担当になった。しかし実際によく働いたのは駆逐艦などの小艦。役にたつはずの人材が実は役にたてなかった。

3 魚雷監視のソナー担当なんかでも、優秀なベテラン連中は戦艦とか巡洋艦。成績不良や新米は駆逐艦とか。しかし実際にはエンジンが近くてうるさい小艦艇の場合、ソナー探知は非常に難しいらしい。難しい部署に新人がいくから、現実には役に立たない。ついでに、大切な戦艦はあまり危険な海域には派遣されなかったので優秀なソナー担当は暇していた。

4 日本の兵器の特徴で、魚雷も優秀だけど敏感すぎた。だから優秀なパイロットしか使いこなせない。高度からドボンと落とすと爆発した。レイテだったか、敵雷撃機が高いところから魚雷を落としているのに、日本側は「爆弾投下」と勘違いしていたらしい。

ミッドウェー時点ですでにレーダーは完成していた。ただし実戦投入の戦艦や空母には搭載せず。レーダーをとりつけた軍艦(日向かな)はなぜか後方から付いていっただけらしい。なんかやることが中途半端。もったいない。

ガダルカナルで滑走路にむかって史上初の艦砲射撃をしたのは日本の戦艦(※追)。ただし運もあって効果があまりなく、おまけに非難された。不発弾を拾われて新砲弾を研究されたらどうする! で、米軍はこの「艦砲射撃方式」を気に入ったらしくすぐ採用した。

※追 このとき山本長官から砲撃命令をうけた栗田はいやがったということになっている。

朝日新聞出版★★
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副題は「ハーバード大学講義でみる『平成』と改元」。著者は日本研究がテーマだそうで、現在はオレゴンだったかコロラドだったか、そのへんの大学に在籍。

で、日本の皇室とか昭和天皇、平成天皇あたりに興味をもって調べてきた。右派vs左派ガチャガチャしている敏感なテーマですが、本人はあくまで外国人、不偏不党、客観。本音としては「中道左派」あたりの位置なんだけど、だからといって日本の左派・進歩派に共感とは限らない。この連中と話をしても予想のつくことばっかりで驚きがない。つまらないんだそうです。

逆説的ですが、右派・保守・ウルトラライトってのは、あんがい進め方が民主的なんじゃないか。ゴリゴリの牙城とされる神社本庁なんかも、意外に粘り強く(いわば民主的に)一歩一歩手続きして意志を政治に反映させている。

全般、書かれていることは、ま、常識的です。多くの日本人が思っているのと同じ。このままの皇室ではどうにもならないのに、政権(特に安倍政権)は何もしないでズルズルひき延ばしている

そうそう。戦後すぐ、天皇責任論を主張して吉田茂を責めた若い政治家がいて、なんと中曽根康弘。保守合同の前です。その中曽根が総理になってバリバリの保守と見られるようになるとは、不思議なものです。政治ってのはそんなものなんでしょうね。(ずいぶん前、中曽根自身が語った「外交史」を読んだことあり。それなりに面白かったけど、もちろん都合の悪い部分はオールカットでした)

もうひとつ。へぇーと思ったのは、昭和天皇が頻繁に政治レクチャーを受けていたこと。けっこう質問することも多かったそうで、侍従なんかにはいろいろ文句も言っていた。たぶん本人は(表面に出る行動は控えていたけど)自分を本心から「象徴」とは見なしていなかったらしい。形の上では半生ずーっと元首だったんですから、そう急に変われない。当然ですね。

それに反して明仁上皇は、自らを「象徴」として律してきた。不満だけど従って・・ではなく、行動規範として「象徴」であり続ける。少年のころからそう生きてきたんでしょう。

で、元天皇はどうなのか。それはまだ不明です。

思い出した。もうひとつ新知識。北欧あたりの王室、あれは「自転車王室」なんだそうです。王様が自転車にのって、そのへんのカフェに入ってお茶をのむ。そういう王室のありかたですね。なるほど。


河出書房新社★★★
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例の「池澤夏樹 個人編集」の全集、巻1です。いい本を揃えたシリーズだけど、なぜか読破できないことが多い。また期限までに読み切れないことも多い。文字量が多いだけなのかどうか。

とちくるって古事記なんか借りてしまいました。池澤の新訳なら読めるかな‥と思ったんですが、やはり大変です。どうしたって所詮は古事記ですから。

で、飛ばし飛ばし読みあさって()、つまらないことだけ目についた。まずカミサマとか天皇とか、みんななにかというと美女を探す。探して、求愛して、すぐ寝る。すぐ子供をつくる。他にすることはないのか。ま、大事なことではありますが。

ついでですが、(強引な)求愛の手段として「杼(ひ)とか矢に化けて、ぼーっとしている美女のホト(陰)を突く」がある。なんかこだわっています。急に突かれたほうは困惑するでしょうけど、たいていはそのまま添い寝する。

もうひとつ。戦争とか、征服とか、粛清とか、やたら策を弄します。嘘をつく。だまし討ち()。策といっても非常に幼稚なレベルなんですが、田舎の豪族とかなんとか、シンプルな連中なのですぐだまされる。神の系譜、皇統、ひときわアタマがいいということをアピールしているんだろうか。

脚注がたっぷり入った構成ですが、池澤夏樹の注によると古事記(というか稗田阿礼か)にはクセがあって、人名とか地名とか、かなり作った部分がめだつ。事実だけを伝えるというより、なんか「楽しい歴史ストーリーを(少し脚色して)詠唱しました・・・」という感じでしょうか。


ダレソレのミコトがナントカヒメに生ませたのがアレコレ、コレコレ、ソレソレ・・・。延々と続く。さすがに真面目には追いきれない。旧約にも同じような人名羅列がありましたね。ふるいものの特徴なのかな。

典型的な例が、オウスのミコト(ヤマトタケル)の女装襲撃殺人。騙されたのはカワカミタケルだったっけか。こうした策のパターン、やたら目につきます。というか正々堂々の戦闘のほうが少ない。

新潮社★★
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筒井の本なんて何年、何十年ぶりだろう・・・と借り出し。

文学論と題していますが、ようするにエッセイ集ですね。ずーっと書いてきた追悼文とか選評を、あちこちから寄せ集めた。どこかに「14年ぶりのエッセイ集」とありました。

例の断筆宣言以来です。えーと、調べてみたらあれは1993年だそうです。それっきり(書いてないと思って)読んでなかったけど、実は3年か4年で手打ちがあって、宣言取り下げになったらしい。意外でした。筒井のことだからずーっと意地はって、雑文書いて生きているんだとばっかり思ってた。

で、肝心の本書ですが、うーん、衰えたというか、そもそも面白くないです。だいだい「不良老人の文学論」というタイトルからしてひどい。つけたのは新潮社かもしれないけど、こんなタイトルを許してしまうような人だったのか・・・と驚きましたが、でももう86歳だという。しかたないですね。どんな名人達人文豪もトシには勝てない。みなさん、晩年のものはすべからく無残です。

Wiki読んだら、18~19年前には紫綬褒章までもらっている。ひぇー。エッセイのあちこち、やたら大御所ふうの匂いが行間から漂っているのも当然なのか。


集英社★★★
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数年前、NHKの連続ドラマでやっていましたね。たしか高橋一生と永作博美。その原作になるらしい。

ま、ようするに進駐軍による劇的な教育大逆転から現代にかけて。自民の勘違いセンセイ連中、アタマが固くて定見のない文科省(文部省)、役にたたない教育委員会、欲まるだしの財界、ひたすら抵抗し続ける無力な日教組。

そうしたフラフラしつづける教育界・学校に対して、それを補完しながら、かつ利益を得ようとするのが補習塾・進学塾。あまり語られることのなかった、そうした「学習塾」の中の人の熱と欲を描いたのがこの小説です。

戦後まもなく。ようやく秩序が戻りかけてきた頃に、学歴はないけど妙に教えるのが上手な若い用務員がいた。当時の呼称なら「小使い」かな。ふとしたキッカケで、落ちこぼれの子供たちがその用務員室に出入りするようになり、するとなぜか勉強がわかるようになる。お母さん方の評判になる。()

そんな噂を聞きつけた猛烈タイプ、超意志のシングルマザーが男を強引につかまえる。からめ捕っただけでは足らず、結婚までさせる。使える男を一生の伴侶にしようという魂胆ですね。つかまったのが一生。

そんな具合に、異能があってのんきな男と、「文部省は敵!」をモットーに塾経営に燃える強い女。その家族、一族の歴史の物語です。孫の代まで続く。長い長い小説

ちょっと一本調子で飽きる要素もありますが、ま、悪くない一冊でした。当方、中学は確か1クラス55人くらいはいたかな。旧兵営転用のボロ校舎で、隣の教室との境板には穴があいていた(破られていた)。わざわざその穴に手をつっこんで振ってみせるバカがいたり。漱石じゃないけど、中学生ってのは人間と思わないほうがいい。あれは人類ではなく「中学生」という生き物です

お母さん方の中には若い用務員と親密な関係になる人もいる。それを探り当ててスーパー・シングルマザーは学校に密告書。クビになって途方にくれている男をひっぱりこむという作戦。あざとい。賢い。

日本経済新聞出版★★★
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なぜか池澤夏樹の小説とは相性が悪くて、面白かったのは唯一(初めて)「マシアス・ギリの失脚」だけです。あとはみーんな途中で挫折した。あ、小説以外なら大丈夫。

で、今回。ワカタケルは「大悪天皇」とも称された雄略天皇。乱暴で野望むきだしの強い人だったらしい。発掘された鉄剣の銘に名が彫られていたような。新聞で見たような気がします。

なんせ大昔、黎明のころです。王である兄の死後、ワカタケルは競合する継承者を次々に殺して強引に大王位を獲得、夢見の妃や女、豪族たちの協力を得てしばらくは君臨し権勢をふるった。そして衰え、支持を失い、消えた。

人も、神も、動物も、みーんな混在、なにが起きても不思議ではない混沌の時代。ギリシャ神話の世界にも近い。ま、そんな雰囲気をつたえるような一冊でした。関係ないですが、表紙の絵は神使(つかわしめ)のカラスやキツネでしょうけど、「・・・・」ですね。なんとも云いがたい。

早川書房★★★
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だいぶ前からHBO(米ケーブルTV)の連続ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」がすごい人気らしいです。

見たいけど、もちろん有料。次々とDVDも出ていますが、高い。とうてい買える値段じゃないです。(5年か10年待ったらどこかの局が放映権を買ってくれないかなあ)

ま、そもそもは超長編歴史ファンタジー「A Song of Ice and Fire」のドラマ化です。ただ最初はそうだったけど、原作のマーティン親父ってのはテレビ畑で脚本やったりプロデューサやったりという人間なんで、たぶんテレビのほうが面白い。そのうちどっちが本業か不明になって、小説は未刊なのにテレビのほうが先を行く。へんな方向になってきた。ようするに本がなかなか刊行されていないわけです。

というわけでみーんな続編(第6部は「The Winds of Winter」の予定 )を待ってるのに、いつになっても出ない。もうダメかな・・と半分あきらめてたら()、こんな「炎と血」の巻1 巻2が書棚に並んでた。びっくりです。

あわくって借りたんですが、やはり続編じゃなかったです。本編の300年前かな、東の大陸のターガリエン家が、ついにブリテン島そっくり(ただし巨大)のウエスタロスに侵攻。たいした軍勢ではないんですが、なんせ3頭の竜をあやつる王と二人の王妃=姉妹がいる()。どこにでも飛んでいって、空から猛烈な火を噴く。どんな堅城も対抗不能です。

で、それからあーだこうだ。ターガリエン王朝と一族の年代記ですね。最初は兄弟姉妹の結婚に対して伝統宗教が抵抗。それがおさまると、今度は領主たちの権力争い。王家姉妹のケンカ。兄弟の競り合い。裏切り。殺害。予想できそうなことはすべて発生します。

そのうち争いは激しくなって、お互い竜をもってるから被害は悲惨ですね。飛ぶ。火を吹く、噛みつく、ひっかく。殺した敵は(肉親でも)自分の竜に食わせる。殺された側は憎しみを蓄積させ、怨嗟の連鎖。

そうやって殺し殺され、ターガリエンの竜たちは消えてしまった。ここでは描かれませんが、やがてターガリエン最後の狂王は倒され、新しい王家が立ち、そしてまた戦乱の7王国の世になり、しかし生き残ったターガリエン末裔の王女は逃げ延びた大陸で竜を孵化させ・・・・というのが本筋の「氷と炎の歌」です。

ま、それなりに面白くは読みましたが、こんなん違うぞ。早く本編の続編を書け!


いちおう7部までで完結という話ですが、現状はまだ5部まで。それぞれが上下巻とか分厚いし、次の6部もはたして刊行されるかどうか。なにしろマーチン、いまにも死にそうな過度の肥満体です。運動しろ!
ターガリエンは血族結婚です。紫の瞳、プラチナブロンドの髪の美形だけど、時折へんなのが生まれる。

中央公論新社★★
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現代の中国人作家を紹介する本・・・ですね。飯塚容は翻訳家・編者です。

いちばん高齢らしい高行健をのぞけば、よく知っている作家たちです。これにノーベル賞の莫言を入れると、ほぼ完璧。現代中国を代表する作家ということになります。

個人的な好き嫌いでいうと余華は「ほんとうの中国の話をしよう」「血を売る男兄弟 文革篇/開放経済篇」。
閻連科なら「父を想う」「炸裂志」。
本音としては莫言のほうが好みで「転生夢現」か「白檀の刑」か。どっちも傑作。

ということでそこそこ面白く読みました。高行健という人、中国籍を抜けてフランスで本を書いたらしい。傑作といわれるのが霊山で、これがノーベル文学賞。ただし中国政府は完全に無視した。あんな奴。

で、ずーっと知らん顔していた政府だけど、そのうち比較的穏健な莫言も受賞したときは正直に大喜びした。(大昔のパステルナークの受賞辞退騒ぎを思い出します。ちなみに詩人で、ドクトルジバゴの作者。スターリン時代かと思っていたけど調べたらフルシチョフだった)

ついでですが、莫言を体制内の作家というのは少し違うと思います。たしか作家協会かなんかの副会長です。みるからに体制派に映りますが、この副会長ポスト、たしか6人だったか10人だったか ()。このポストを受けさせることで体制サイドは少し安心できる。

ま、作家にとっても無難な位置ですか。体制に100%従う気はないけど、だからといって100%反抗はしない。ほどほど50%とか70%とか。それがオトナというもんでしょ、たぶん。そういう農民的なしぶといチエでしょうね。

それはともかく。図書館の棚に「霊山」はずーっとあった記憶。厚いんで遠慮していた。勇気をだして借り出してみますか。

別件ですが「・・・愚かしくも愛すべき中国」というタイトルはあまり好きになれません。そういう視点からとりあげなくてもいいような気がする。副題の「なぜ、彼らは世界に発信するのか? 」も余計。蛇足。ヘビの足。

2011年、中国作家協会の14名の「副主席」の一人として選出されている。 ノーベル賞受賞はその翌年。

日経BP★★★
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日経ビジネスの「ア・ピース・オブ・警句」から拾ったもので、これが5冊目になるらしい。小田嶋隆のかなり人気のネットコラムです(たぶん)。

ネットではたいてい金曜日に新しい記事が掲載されて、その日いっぱいは最後まで閲覧可能。曜日がズレると1ページ目だけしか見られない。ようするに会員登録を推奨・・だったはずです。でも最近は非会員は当日でも1ページ制限になってしまったようです。

登録ったって無料ですけどね。いや、ちがった。無料会員は月に3本だけ無料だそうです。毎週更新の記事なら、月に1本は読めない理屈で、うまく設定してあります。ただどこでもそうですが、有料会員制というのは苦労している雰囲気。なんか「ネットはタダ」という気分がまんえんしているんで。

そんなことはともかく。知ってる人はしってる。知らないひとに説明するのは難しい。なんせ小田嶋のコラムですから。で、最近思うようになったのは、この人、ようするにケンカが好きなんだな。ケンカの知的緊張感ですか。

ケンカ。挑発といえばホリエモンです。今回の本は2015年刊行ですが「堀江がJリーグにウンヌン。お願いだからヤメてくれ」みたいなことが書いてある。え?と調べたら本当なんですね。2015年にリーグアドバイザーに就任。月3万円とかいう記事があった。ひぇー・・知らんかっいた。

そうそう。巻末に森本あんり氏との対談がある。高校の同学年らしい。都立小石川高校。森本あんりってのはICUの教授で副学長で牧師。この二人の話は面白かった。どうやらそのあんり氏が「反知性主義」の本を出したらしく、それでオダジマの本もちなんだタイトルになったのかな。

反知性主義ってなんだ? 米国の初期のピューリタン連中ってのはようするに「知性主義」だった。それも極端な。牧師はみんなハーバードとかイェール卒業です。インテリ。そもそも牧師育成が大学の目的だったんだから当然ですか。

で、そうした「知性的」な宗教に対する反発から大覚醒運動、俗なリバイバリズムが誕生した。いまでも米国で大人気の巡回牧師とかテレビ伝道とかですね。歌をうたったり踊ったり。わかりやすい。日本でも中世にそんな踊り念仏があったような。ひらったく言うと、心から信じる者には褒美があるぞ。神とのギブアンドテイク契約ですか。

言葉をかえると反権威主義です。米国ではこの系譜がずーっと続いて、たぶんトランプなんかもそう。「嘘つきトランプの支持なんかやめろ」と言ったって、そもそもそういう偉そうな言い方に腹がたつんだから仕方ない。ポリコレ反対。こうした底流の感情をしらないと、真のアメリカを理解できない。

なるほど、でした。


吉川弘文館★★
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副題は「豊臣家を守ろうとした妻たち」。ま、中身もそのとおりで、通説みたいに北政所と淀殿は仲が悪かったわけではない。北政所が家康べったりだったわけでもない。関ケ原の合戦前も、迷う小早川秀秋(甥っこですね)に「内府に味方しなさい」ともたぶん言わなかった。

ま、そうしたことを、いろいろ文献しらべて述べているわけです。かならずしも厳密な研究書ではないけど、平易な人気取り解説書でもないです()。

掲載の資料、いちおう読みやすく配慮して掲載してはあるものの、更に現代文で開いて再掲なんかしていません(したがって読者が一応は苦労して読まないといない)。といっても「この説はとらない」「これは妥当性があると思う」てな具合に、けっこう簡潔に断言もしています。乱暴みたいだけど、そうしないと前にすすめないか。

そうそう。小和田センセーの考えでは、例の方広寺の「国家安康」「君臣豊楽」の件、完全に家康のイチャモンというのは無理があって、豊臣方にそれなりの隠し意図があったんじゃないか。それを発見されてしまったのでは・・・というらしいです。

なんせ版元が吉川弘文館ですから。信用というものでしょう。


NHK出版★★
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たぶんテレビで放映の番組を書籍化したもの。焦点は「古代エジプト」ではなく、あくまで「大英博物館」です。著者クレジットは「NHK知られざる大英博物館プロジェクト」

ということで、けっこう漫然とした内容です。番組ならそれでもいいんだろうけど、書籍にしてみると散漫になります。急に俳優の堺雅人が登場したり、池澤夏樹が何かしゃべったり。

肝心のエジプト部分では、ナイル川中流(かな?)あたり、庶民の一生を記したパピルスの話が面白かったです。パピルスは見るからに壊れやすそうな紙ですよね。アシみたいな草の髄だったっけ。もろいけど、簡単につくれるから単価はたぶん安い。気軽に消費できたんじゃないかな。

羊皮紙の対極ですね。羊皮紙は長持ちするけど、単価が高い。どうでもいいような内容を書き記すものではない。だから羊皮紙の資料を読んでも、庶民の暮らしはわからない

で、そうした一個人の生涯がわかる雑多なメモ。子供のころから勉強して、期待に答えて書記になり、恋をし、子供をつくり、ファラオの墳墓工事を監督し、いつも座る石座の横に「オレの席だぞ」とラクガキもした。あとを継いだ人(息子か)は書類の始末にこまって、たぶんどこかに放り込んだ。それが幸運にも保存状態がよくてずーっと残った。

当時の庶民、ハリウッド映画みたいに惨めな奴隷生活ではなく、ビール飲んだり肉くったり、親に叱られたり反抗したり。病気になれば医者にかかったり。ま、ふつうの人間らしい生き方です。そういう生活をしながらピラミッドを作ったり石を掘ったり装飾したり。

そういうことがわかるらしいです。


河出書房新社★★★
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一応は学問も知識もある英国人が、英国人らしいコダワリで「動物」になってみた。

「動物になる」というのは、四つんばいになって生肉を食べるということではない。もちろんレタスで1週間ともちがう。彼がなろうと思ったのはアナグマ、キツネ、カワウソ、アカシカ、アマツバメ

大昔「動物感覚」という本を読みましたが、その著者は自閉症患者でもあり「だから動物の心がよくわかる」んだそうです。で、長じては人間と動物の間の通訳になった。アドバイザー。食肉処理システムなんかには重宝するそうです。できるだけ気分よく屠殺場に行ってくれないと品質が落ちる。

そのためにどうするかというと、たとえばブタになるには、ブタと同じ目の高さで、四つんばいで同じ通路をたどって処理場へ歩く。途中にキラキラ光る金属なんかがあると、なんか心が落ち着かない。これだ。「あの金具はとってください」と雇い主に進言する。

同じようなことをもっともっと深くしたのがこの本の著者ですね。アナグマになるためには山の中に横穴を掘って、裸でずーっと寝て暮らす。2日や3日ではないです。ずーっと。たぶん1週間以上。穴の天井からミミズがぼたっと落ちると口にする。かなり逡巡はするけど、でも、やる。ただし時折は近所の猟師に頼んでハンバガーかピザを差し入れしてもらう。

夜、嗅覚を頼りに付近をはい回る。人間にとっての視力が、アナグマの嗅覚。嗅覚の世界を必死になって創設する。こまかな粒子をかぎ分ける。

都会のキツネになるにはロンドンの公園の藪の中にひそむ。何日もずーっとひそむ。ガガンボが大量発生すると、隣のキツネにならってペロペロと食べる。高く跳躍してネズミを襲う。もちろん失敗するけど。職務質問されそうになると、コソコソ逃げる。

そういう本です。読んで面白いとか楽しい本ではない。不思議で迫力があって詩的で、気分の悪い本てす。イグ・ノーベル生物学賞受賞


東海大学出版部★★★
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読まないつもりだったのに、目について続きを借り出してしまった。

この巻は少女マンガです。里中満智子とかと竹宮惠子、萩尾望都などなど。みんな若くして売れて、大胆に道を切り開き、一大ブームをつくった。そのころ、なんかで金が入ったというんでこの連中、連れ立って(たぶん22~23歳)、1カ月超えの海外旅行なんかしていた。まだ昭和47年ごろです。調べてみたら1ドルは300円くらい。

船でナホトカまでいって、列車でハバロフスク。そこからはさすがに飛行機でモスクワ。あとは北欧とかイタリア、フランスなどなど。竹宮惠子がクックの時刻表を手に入れて旅程をつくったらしい。ひえー。自分もクックは使ったことがあるけど、それを半世紀近く前にトライしていたのか。ま、そうやってこの連中の、あのヨーロッパ調の優雅なマンガの雰囲気がうまれた。たぶん。

この時代、ふとした縁でマンガ編集やってる人と数日つきあったことがあります。ちょっとヤクザな雰囲気で、正規の まっとうな社員という感じではなかったな。これから若い奴をたたき起こしに行くというのにつきあって、あれはひょっとしたらトキワ荘だったのか。思い起こすと間取りなんかは似通っているんです。二階のどこかの部屋にガラッと入って、まだ寝てんのか!仕事しろ!とか怒鳴って汚い布団を蹴飛ばす。若いのがうらめしそうな目で起き上がる。タコ部屋ですね。

その編集から確か里中満智子の話を聞いた記憶もあり。数年前から可愛い女子高生でデビュー。東京に出てきて、若い編集はみんな狙っていたけどお互い牽制しあって。それなのにどっかの誰かが抜け駆けした。あいつ、うまいことやったな‥‥とか言うておりました。

妙にナマっぽい。昔の話ですね。


明石書店★★
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副題は「世界を変えた10種の動植物」。アリス・ロバーツは英国の科学者でありジャーナリスト。なべてやさしく解説してくれる美人解説者だと思います、たぶん。

で、そんなたぐいの(わかりやすい)本かと思ったのですが、あんがい手ごわかった。

イヌとかウマとか小麦とかイネとか、人類とともに生きてきた(支えてきた)家畜や作物の話ですが、かなり専門的。最新の成果をとりいれて真面目に解説しています。真面目すぎる。しっかり読むには日時が短かすぎた。したがってこっちも真面目な感想は無理です。

ササッと読んだ頭に残ったこと。オオカミはたぶん人間に興味をもって近づいてきた。人間がオオカミを飼い馴らしたんではなくて、おそらく両方が歩みよった。両方にメリットがあった。

ウマはたぶん人間が無理やり迫ったんじゃないかな。しつこい奴が何回も何回もトライして、たまたまうまくいった。背中に乗せてもらった。テレビなんかで、よくシカとかイノシシの背中に小猿が乗ったりしてますね。あれ起きたのかなあ。

そうそう。野生動物だけでなく、実は人間も飼い馴らされた。野生動物は家畜化すると顔がやさしく(人間の目には)可愛ゆくなる。きつい顔のオオカミが愛嬌顔のイヌになる。同じことが実は人間にも起きていて、時代とともに人類の顔はやさしくなっている。言葉を変えると子供顔になった。ネオテニーですね。

もうひとつ。人類はアフリカ東部の大峡谷から発生したのかと思っていたら、これも変わりつつあるらしい。アフリカ中心という考えはまだゆるがないものの「アフリカを中心とした地域」程度に拡大。したがって中東なんかもふくまれる。たった一カ所ではなく、ほぼ同じ時期に複数の地域でということらしいです。

定説はほんと、変化する。世界でいちばん長い川は「ミシシッピーではない」と知ったのは40年くらい前かな。あれはびっくりした。舌には「特定の味覚を感じる場所が4カ箇所ある」も違っていたらしいし。その割にはまだ味覚部位説をテレビなんかで見聞きします。いったん染みついた「定説」はそう簡単にくつがえせません。


文藝春秋★★
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それぞれ違うテーマ、違う雰囲気で面白い長編を書く作家ですが、これはちょっとアテ外れ。書かれた時代もバラバラだし、内容もいろいろで4編を収録。習作集のような位置づけなのでしょうか。

えーと、最初のSFらしき夜の記憶は、光瀬龍の「百億の昼と千億の夜」をほうふつとさせます。深海で目覚めたある生物ははるか昔のかすかな記憶を持ち・・・。ただし何を書くつもりか不明のごった煮です。

次の「呪文」。これは新世界より」の前駆ですね。念力と呪文と民俗、異形の惑星。見捨てられた人々のストーリーです。

本の表題にも使われた「罪人の選択」は、ミステリーということになるのかな。二者択一。アレかコレか。間違うと死。ちょっと気の利いた中編です。

最後の「赤い雨」。スタニスラム・レムをなんとなくイメージさせます。空から「チミドロ」が降り続く陰鬱な未来世界。かなり若書きの印象ですが、ま、悪くはないです。

ということで、貴志ファンにとってはこたえられない一冊なんでしょうが、オジさんはすこし辟易しました。


河出書房新社★★★
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ま、タイトル通りの内容です。書き手は英国人ジャーナリスト。英国人って独特のユーモアセンスがありますね。やりすぎ。ズレている。なにからなにまで洒落のめす。そういう本です。

冒頭、かの有名な類人猿(じゃなくてアウストラロピテクスか)から話は始まり、え? ルーシーって木から落ちて死んだのか。もちろん絶対じゃないけど、さまざまな状況証拠から、どうもうっかり木から落ちて(首の骨でも折って)亡くなったらしい。科学史にのこる失敗。知らんかった。

そもそも人間というのは「認知バイアス」の生き物。何かを知る・見る・認知するのに必ずバイアスがかかる。真に客観的、科学的に知ることはできない。したがって人間が行動し、何かを作ると必ず失敗する。アホなことをしてしまう。王様も失敗するし、庶民も間違う。みーんな間違う。歴史ってのは、ま、そういう愚行の連続です。なんとまあ多いことか。ヒトラーを総統に選び、フロンを製造し、有害な有鉛ガソリンを開発し、空気を汚染する。

そうそう。初めて知ったこと。ソ連の学者というとルイセンコが困った男の代表ですが、そうではなくて1960年代にソ連の科学者が発見した特殊な「水」の話。ふつうの水を特殊な細い管に通すことで水の性質が粘性をもって劇的に大変化する。べらぼうに有用。名付けて「ポリウォーター」

で、大騒ぎになった。日本でも最近「STAP細胞はあるんです!」がありましたが、あんな程度ではなく、世界中の学者をまきこんだ大騒動になったらしい。みんなが追試して、なぜか次から次へと再現された。汚れたシャツを洗った水なんかだと、いっそう簡単にポリウォーターがつくれる。

で、大騒ぎの末、要するに最終的には・・・・・嘘だった。間違いだった。誤解だった。勘違いだった。称して「ポリウォーター」事件。これだけでなく、同じような虚構の大発見、ときどき発生しているようです。大昔にはX線に匹敵するN線というのもあったそうですね。知らんかった。


東洋経済新報社★★
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内田樹の「樹」は「たつき」と思っていましたが、違うようです。「たつる」。

なんとなく名前は知っていたものの、読むのは初めてです。うーん、どう評価していいのか。ちょっと単純ではないものの、どうやら「天皇制」を強く支持している人らしい。厳密には「支持」という言い方も違うんだろうな、きっと。

いわゆる右翼ではない。保守ともいいずらい。かといってリベラルと評していいのかどうか。「情」を重視とか、伝統武道の尊重とか、「源平合戦は『馬派』と『海派』の対立」とか。またスポーツ武道と伝統武道は似て非なるものらしい。妙にこだわっている。

そうそう。先年あった平成上皇の引退意志表明。あのときなぜアベがいやな顔をしたのかをスッキリ説明しています。ようするにシンボルである「玉」が自分の意見を言ったりしちゃ都合が悪いわけね。天皇は権威をもっていてほしい。しかし閉じこもっていて顔を出さないでほしい。しゃべらないでほしい。そうでないと、自分の好き勝手に動かせない。

たとえば2.26。反乱将校が獄中で天皇に対する怒りを発しています。それと同じですね。自分たちの意向に沿ってくれない天皇は天皇なんかじゃない。ま、日本において、天皇制はずーっとそういう位置づけだった。

話は違いますが戦後、日本の対米姿勢は一貫しているようで実は違う。かなり変化してしまった。戦後しばらくの従属は立派な「戦略」でした。いまに見ていろ。従順な下僕として実力を蓄えよう。しかしいまは何も考えていない。戦略なき惰性。思考停止、米国のいいなりになることが正しいと頭から思い込んでいる。それ以外の将来を考えられない。

いまの時代、端的にいうと、前の大きな戦争と、次の戦争の間のひとときの平和時期です。いわば「間戦期」ですか。そのうち(10年後か50年後かは別として)また戦争が起きるでしょう。なんせ政権は戦争のできるふつうの国家にしようとして必死に頑張っているんだから。

なぜかアベとその一統は「戦争のできる国」がいいと思い込んでいるらしい(たぶん米国は喜ぶ)。ただ政権幹部、その結果をきっちり考えてはいないし、明確に意識もしていない。ぼんやりした期待ですか。そっちのほうがカッコいいじゃないか。ま、そのうちまた戦争でしょう。

本筋の話ではないですが内田によると、戦前の永田鉄山殺害(相沢事件)の本質は教育総監の座(帷幄上奏権をもつ)をめぐる利権争いだそうです。天皇へ上奏できる地位は非常に重く、陸海軍大臣や参謀総長、軍令部総長とならんで教育総監もそうだった。で、その教育総監の座をめぐる皇道派・統制派のゴタゴタが殺害事件となった。たんなる理念やイデオロギーの衝突と言い切ると、ちょっとキレイすぎるのかもしれないです。

この人の論説すべからく、全面賛成はできないけど、ちょっと違う角度の分析でした。面白いけど、疲れる。


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