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勁草書房 ★★★
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あちこちに出した何本かの論文(というべきでしょう)を集めたものです。けっして読みやすい初心者向けではなく、ある程度の知識がある層、歴史に関心ある読者向け。

というわけで、これを簡潔に評することは不可能ですね。

で、面白くて記憶に残った部分。

満州・北支()とズルズル侵攻。そのまま宣戦なしで本格化。これは軍部が汚い、誤魔化しと見るのが通例だったと思いますが()、実はけっこう苦し紛れ。理由は米国の中立法です。米国が「中立」の概念を勝手に変えた

従来だったら中立国はずーっと中立で、どっちの国にも何もしません。でも新方式では、中立国であっても悪の国に制裁ができるようになった。そう、米国が決めたんだから仕方ない。

というわけで、もし日本が中国と公式に戦争を開始すると「悪」ということになり、中立国である米国は財政措置とか輸出入禁止とか、きつい制限をかけてくるはずです。これが非常に困る。致命的。だから日本は中国と「戦争」はしない。すべて「事変」です。

しかし本当に米国が日本に対して容赦ない厳しい態度だったかどうか。このへんは難しそうです。たとえば石油の輸出制限。実はあんまり日本が辛くないように、ちょっと緩いところにリミットを置いてあったり。ただそうした配慮を日本政府は完全に理解していなかったらしい。リットン調査団の報告書のときもそうです。

また、敗戦の後、復員兵たちはけっこうな物資を背嚢に入れて持ち帰った。国内でも下士官クラスが倉庫を破って、どんどんトラックに乗せて持ち出したとか。皇軍の腐敗というニュアンスで語られています。でも実際にはこれは軍上層の方針だったらしい。進駐軍がくればどうせ押収される。それなら事前に分配してしまおう。ただし現実には有償か無償か不明ながら「払い下げ」もかなり多かったらしい。

もちろん兵器なんかはおとなしく提出。しかし提出した武器は米軍の指令下、これまで製造納品していた兵器業者が今度は解体を受け持ち、資材を民用に転換するはず。国力温存。一応はアイディアです。

そうそう。東久邇宮、伏見宮、秩父宮などなど、昭和天皇はあんまり信用していなかった雰囲気がある。実は秩父宮を大臣にという案もあったらしいです()。また天皇が戦争をおさえるために御前会議を希望すると元老の西園寺は反対している。もし会議の決定に従わない連中が出ててきたら天皇の権威に決定的なキズがつくから、というのが理由です。天皇の権威といっても、そう磐石なものではなかった。実際、けっこう言うことが通らなかったりもした。(

別口では、はるか昔の日露戦争。あれ、司馬さんの書き方では皇帝おきにいりのベゾブラーゾフあたりが極東総督アレクセーエフに対日強硬けしかけて、結果的に開戦・・・の雰囲気ですが、実際にはロシア側から戦争回避の動きがあった。和平に至る可能性もあったらしい。ただ少し時期が遅くて間にあわなかった。たぶん司馬さんはヴィッテ(外務大臣だっけ)にひきずられすぎたかな。新資料が出てくると、こうした研究解釈、ガラリと変わります。難しいものなんですね。(

ということで、ザーッとは読んだけど、ザーッ・・だけじゃ無理な本です。もっとじっくり読まないといけませんね。

それにしても・・です。加藤陽子はなぜ学術会議メンバーから外されたのか。こんなふうな地道な論文を官邸周辺の連中、読んでるとは思えないし、なんか初心者向けの本の数行あたりで「加藤という女はけしからん。サヨクか!」とか勘違いしたのか。アベとかシモムラの気にいる学者ではないにせよ、とくに嫌われる要素もないと思うのですが。わからん。あの連中の考えることはわからん。

「北支」が変換で出ない。え?とまず「支那」を出そうとしたけどこれも無理。そうか、使っちゃいけないんだ。そういえば「使っちゃ悪い言葉だろうか」と高島俊男センセがどこかで書いていた。昔、シンタロもそんな趣旨でわめいていたような。

対中国のこの一連の政策や軍事行動、かなり恥ずかしいよなあ・・・と政府中枢も思ってはいたらしい。

もし秩父宮が大臣ということになれば、実質的には昭和天皇の逼塞でしょうね。権力移行。

当然のことながら、天皇もお飾りではなく、けっこう積極的に発言はしています。ただあまり通らなかった。

日露開戦なんかも、臥薪嘗胆だった国民が大歓迎・・という従来説には少し疑問が出ているらしい。

PHP研究所★★★
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半藤はもちろん文春出身の昭和史家(か?)、秦は二次世界大戦あたりを中心の軍事史家、戸髙は戦後生まれで呉の大和ミュージアム館長

その三人が連合艦隊12隻の戦艦についてきままな放談。そうか、連合艦隊には戦艦が12隻もいたのか。

12隻は金剛、比叡、榛名、霧島、山城、扶桑、伊勢、日向、長門、陸奥、大和、武蔵。このなかで(大和、武蔵は別格として)長門、陸奥というのも格上の戦艦だったらしい。知らんかった。長門は連合艦隊の旗艦として記憶。陸奥はたしか原因不明で爆沈したような。戦後の人間からすると、ちょっと影が薄い船です。

それぞれの戦艦の運命を語ってるんですが、うーん、どれもこれも、一部をのぞいて不本意な生涯です。巨費を費やして建造されたのに能力を生かすことなく、結局は無駄に沈む。

そうそう。この三人、栗田提督については、レイテ湾の謎Uターンだけに限らず、そもそもがそういうタイプの人だったという前提でしゃべっています(1)。常識なのかな。また栗田提督だけでなく、そもそも虎の子戦艦、みーんな動き方が慎重すぎる。用心ぶかすぎた。沈めちゃいけないってんで、大事にしすぎた。だからレイテ湾だけでなく、せっかくの戦艦群、ひたすら無駄に油を燃やし続けて死に場所を失った。。

ついでですが、ミッドウェーの南雲提督。山本長官とはあまり肌があわなかったらしい。山本は飛行機家。南雲はコチコチの艦隊派。それなのにミッドウェーは南雲にまかせたし、負けてからの責任もとらせなかった。これは美談のようで、違う!と三人は言います。こういう温情みたいな処置、山本五十六の大失敗だったんじゃないだろうか。南雲を罷免して自分もやめる。つまり組織大改革が必要だった。

ぜんたいに読みやすい内容ですが、読了して悲しくなります。比較的マシだったといわれる海軍ですが、しょせんは硬直した「官僚組織」ですね。軍人官僚。年功序列。組織がガチガチで柔軟性がない。縄張り争い。頭が固い。思い込み。決めるともう変更できない。目的と手段の混同。現在のコロナ対応に追われる政府みたいな感じで、怖いくらい似ている。悲しいくらい無能。(2 3)

最後の大和の出撃。これも何のための出撃だったのか。指令から読み取れるのは「海軍の伝統と名誉のため」です。海軍のために死ね。米軍に渡したくなかったのか。ウソでもいいからなぜ「日本国のため!」と言えなかったのか・・と戸髙さんだったかな、怒っていました。もっともです。

ほんと、負けるべくして負けた。戦艦の目的である華々しい砲撃戦だって、やったのは1回だった2回だったか。そんな程度です。おまけに巨砲は当たらなかった。日本海会戦ではよく当たったけど、あれは射程をギリギリ詰めて、怖いけどごく近距離から打った。

「射程3万メートルなんて、そんな水平線越しの砲撃して当たるわけがないんです」とか。3万メートル飛ばすと着弾まで1分だったか1分半だったか、けっこう時間がかかるらしい。建前上は観測機がいることになってるけど、実際の運用は大変です

日本の誇る新型魚雷なんかも射程距離が長すぎて、これがアダになったらしい。なまじ届くもんだから水雷艇が踏み込まない。遠くからへっぴり腰で発射する。だから当たらない。すべてが悪循環。アウトレンジ戦法の誤算(4)

1 ついでに。なんの話だったか、航空参謀の源田実もけっこうくさされていたような。戦後生まれの素人にはうかがいしれない、研究家たち共通の「常識」があるんだろうか。

2 配置は卒業時の成績で上位から戦艦、巡洋艦・・・・と振り分け。最下位が駆逐艦や水雷艇なんかの担当になった。しかし実際によく働いたのは駆逐艦などの小艦。役にたつはずの人材が実は役にたてなかった。

3 魚雷監視のソナー担当なんかでも、優秀なベテラン連中は戦艦とか巡洋艦。成績不良や新米は駆逐艦とか。しかし実際にはエンジンが近くてうるさい小艦艇の場合、ソナー探知は非常に難しいらしい。難しい部署に新人がいくから、現実には役に立たない。ついでに、大切な戦艦はあまり危険な海域には派遣されなかったので優秀なソナー担当は暇していた。

4 日本の兵器の特徴で、魚雷も優秀だけど敏感すぎた。だから優秀なパイロットしか使いこなせない。高度からドボンと落とすと爆発した。レイテだったか、敵雷撃機が高いところから魚雷を落としているのに、日本側は「爆弾投下」と勘違いしていたらしい。

ミッドウェー時点ですでにレーダーは完成していた。ただし実戦投入の戦艦や空母には搭載せず。レーダーをとりつけた軍艦(日向かな)はなぜか後方から付いていっただけらしい。なんかやることが中途半端。もったいない。

ガダルカナルで滑走路にむかって史上初の艦砲射撃をしたのは日本の戦艦(※追)。ただし運もあって効果があまりなく、おまけに非難された。不発弾を拾われて新砲弾を研究されたらどうする! で、米軍はこの「艦砲射撃方式」を気に入ったらしくすぐ採用した。

※追 このとき山本長官から砲撃命令をうけた栗田はいやがったということになっている。

朝日新聞出版★★
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副題は「ハーバード大学講義でみる『平成』と改元」。著者は日本研究がテーマだそうで、現在はオレゴンだったかコロラドだったか、そのへんの大学に在籍。

で、日本の皇室とか昭和天皇、平成天皇あたりに興味をもって調べてきた。右派vs左派ガチャガチャしている敏感なテーマですが、本人はあくまで外国人、不偏不党、客観。本音としては「中道左派」あたりの位置なんだけど、だからといって日本の左派・進歩派に共感とは限らない。この連中と話をしても予想のつくことばっかりで驚きがない。つまらないんだそうです。

逆説的ですが、右派・保守・ウルトラライトってのは、あんがい進め方が民主的なんじゃないか。ゴリゴリの牙城とされる神社本庁なんかも、意外に粘り強く(いわば民主的に)一歩一歩手続きして意志を政治に反映させている。

全般、書かれていることは、ま、常識的です。多くの日本人が思っているのと同じ。このままの皇室ではどうにもならないのに、政権(特に安倍政権)は何もしないでズルズルひき延ばしている

そうそう。戦後すぐ、天皇責任論を主張して吉田茂を責めた若い政治家がいて、なんと中曽根康弘。保守合同の前です。その中曽根が総理になってバリバリの保守と見られるようになるとは、不思議なものです。政治ってのはそんなものなんでしょうね。(ずいぶん前、中曽根自身が語った「外交史」を読んだことあり。それなりに面白かったけど、もちろん都合の悪い部分はオールカットでした)

もうひとつ。へぇーと思ったのは、昭和天皇が頻繁に政治レクチャーを受けていたこと。けっこう質問することも多かったそうで、侍従なんかにはいろいろ文句も言っていた。たぶん本人は(表面に出る行動は控えていたけど)自分を本心から「象徴」とは見なしていなかったらしい。形の上では半生ずーっと元首だったんですから、そう急に変われない。当然ですね。

それに反して明仁上皇は、自らを「象徴」として律してきた。不満だけど従って・・ではなく、行動規範として「象徴」であり続ける。少年のころからそう生きてきたんでしょう。

で、元天皇はどうなのか。それはまだ不明です。

思い出した。もうひとつ新知識。北欧あたりの王室、あれは「自転車王室」なんだそうです。王様が自転車にのって、そのへんのカフェに入ってお茶をのむ。そういう王室のありかたですね。なるほど。


河出書房新社★★★
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例の「池澤夏樹 個人編集」の全集、巻1です。いい本を揃えたシリーズだけど、なぜか読破できないことが多い。また期限までに読み切れないことも多い。文字量が多いだけなのかどうか。

とちくるって古事記なんか借りてしまいました。池澤の新訳なら読めるかな‥と思ったんですが、やはり大変です。どうしたって所詮は古事記ですから。

で、飛ばし飛ばし読みあさって()、つまらないことだけ目についた。まずカミサマとか天皇とか、みんななにかというと美女を探す。探して、求愛して、すぐ寝る。すぐ子供をつくる。他にすることはないのか。ま、大事なことではありますが。

ついでですが、(強引な)求愛の手段として「杼(ひ)とか矢に化けて、ぼーっとしている美女のホト(陰)を突く」がある。なんかこだわっています。急に突かれたほうは困惑するでしょうけど、たいていはそのまま添い寝する。

もうひとつ。戦争とか、征服とか、粛清とか、やたら策を弄します。嘘をつく。だまし討ち()。策といっても非常に幼稚なレベルなんですが、田舎の豪族とかなんとか、シンプルな連中なのですぐだまされる。神の系譜、皇統、ひときわアタマがいいということをアピールしているんだろうか。

脚注がたっぷり入った構成ですが、池澤夏樹の注によると古事記(というか稗田阿礼か)にはクセがあって、人名とか地名とか、かなり作った部分がめだつ。事実だけを伝えるというより、なんか「楽しい歴史ストーリーを(少し脚色して)詠唱しました・・・」という感じでしょうか。


ダレソレのミコトがナントカヒメに生ませたのがアレコレ、コレコレ、ソレソレ・・・。延々と続く。さすがに真面目には追いきれない。旧約にも同じような人名羅列がありましたね。ふるいものの特徴なのかな。

典型的な例が、オウスのミコト(ヤマトタケル)の女装襲撃殺人。騙されたのはカワカミタケルだったっけか。こうした策のパターン、やたら目につきます。というか正々堂々の戦闘のほうが少ない。

新潮社★★
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筒井の本なんて何年、何十年ぶりだろう・・・と借り出し。

文学論と題していますが、ようするにエッセイ集ですね。ずーっと書いてきた追悼文とか選評を、あちこちから寄せ集めた。どこかに「14年ぶりのエッセイ集」とありました。

例の断筆宣言以来です。えーと、調べてみたらあれは1993年だそうです。それっきり(書いてないと思って)読んでなかったけど、実は3年か4年で手打ちがあって、宣言取り下げになったらしい。意外でした。筒井のことだからずーっと意地はって、雑文書いて生きているんだとばっかり思ってた。

で、肝心の本書ですが、うーん、衰えたというか、そもそも面白くないです。だいだい「不良老人の文学論」というタイトルからしてひどい。つけたのは新潮社かもしれないけど、こんなタイトルを許してしまうような人だったのか・・・と驚きましたが、でももう86歳だという。しかたないですね。どんな名人達人文豪もトシには勝てない。みなさん、晩年のものはすべからく無残です。

Wiki読んだら、18~19年前には紫綬褒章までもらっている。ひぇー。エッセイのあちこち、やたら大御所ふうの匂いが行間から漂っているのも当然なのか。


集英社★★★
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数年前、NHKの連続ドラマでやっていましたね。たしか高橋一生と永作博美。その原作になるらしい。

ま、ようするに進駐軍による劇的な教育大逆転から現代にかけて。自民の勘違いセンセイ連中、アタマが固くて定見のない文科省(文部省)、役にたたない教育委員会、欲まるだしの財界、ひたすら抵抗し続ける無力な日教組。

そうしたフラフラしつづける教育界・学校に対して、それを補完しながら、かつ利益を得ようとするのが補習塾・進学塾。あまり語られることのなかった、そうした「学習塾」の中の人の熱と欲を描いたのがこの小説です。

戦後まもなく。ようやく秩序が戻りかけてきた頃に、学歴はないけど妙に教えるのが上手な若い用務員がいた。当時の呼称なら「小使い」かな。ふとしたキッカケで、落ちこぼれの子供たちがその用務員室に出入りするようになり、するとなぜか勉強がわかるようになる。お母さん方の評判になる。()

そんな噂を聞きつけた猛烈タイプ、超意志のシングルマザーが男を強引につかまえる。からめ捕っただけでは足らず、結婚までさせる。使える男を一生の伴侶にしようという魂胆ですね。つかまったのが一生。

そんな具合に、異能があってのんきな男と、「文部省は敵!」をモットーに塾経営に燃える強い女。その家族、一族の歴史の物語です。孫の代まで続く。長い長い小説

ちょっと一本調子で飽きる要素もありますが、ま、悪くない一冊でした。当方、中学は確か1クラス55人くらいはいたかな。旧兵営転用のボロ校舎で、隣の教室との境板には穴があいていた(破られていた)。わざわざその穴に手をつっこんで振ってみせるバカがいたり。漱石じゃないけど、中学生ってのは人間と思わないほうがいい。あれは人類ではなく「中学生」という生き物です

お母さん方の中には若い用務員と親密な関係になる人もいる。それを探り当ててスーパー・シングルマザーは学校に密告書。クビになって途方にくれている男をひっぱりこむという作戦。あざとい。賢い。

日本経済新聞出版★★★
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なぜか池澤夏樹の小説とは相性が悪くて、面白かったのは唯一(初めて)「マシアス・ギリの失脚」だけです。あとはみーんな途中で挫折した。あ、小説以外なら大丈夫。

で、今回。ワカタケルは「大悪天皇」とも称された雄略天皇。乱暴で野望むきだしの強い人だったらしい。発掘された鉄剣の銘に名が彫られていたような。新聞で見たような気がします。

なんせ大昔、黎明のころです。王である兄の死後、ワカタケルは競合する継承者を次々に殺して強引に大王位を獲得、夢見の妃や女、豪族たちの協力を得てしばらくは君臨し権勢をふるった。そして衰え、支持を失い、消えた。

人も、神も、動物も、みーんな混在、なにが起きても不思議ではない混沌の時代。ギリシャ神話の世界にも近い。ま、そんな雰囲気をつたえるような一冊でした。関係ないですが、表紙の絵は神使(つかわしめ)のカラスやキツネでしょうけど、「・・・・」ですね。なんとも云いがたい。

早川書房★★★
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だいぶ前からHBO(米ケーブルTV)の連続ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」がすごい人気らしいです。

見たいけど、もちろん有料。次々とDVDも出ていますが、高い。とうてい買える値段じゃないです。(5年か10年待ったらどこかの局が放映権を買ってくれないかなあ)

ま、そもそもは超長編歴史ファンタジー「A Song of Ice and Fire」のドラマ化です。ただ最初はそうだったけど、原作のマーティン親父ってのはテレビ畑で脚本やったりプロデューサやったりという人間なんで、たぶんテレビのほうが面白い。そのうちどっちが本業か不明になって、小説は未刊なのにテレビのほうが先を行く。へんな方向になってきた。ようするに本がなかなか刊行されていないわけです。

というわけでみーんな続編(第6部は「The Winds of Winter」の予定 )を待ってるのに、いつになっても出ない。もうダメかな・・と半分あきらめてたら()、こんな「炎と血」の巻1 巻2が書棚に並んでた。びっくりです。

あわくって借りたんですが、やはり続編じゃなかったです。本編の300年前かな、東の大陸のターガリエン家が、ついにブリテン島そっくり(ただし巨大)のウエスタロスに侵攻。たいした軍勢ではないんですが、なんせ3頭の竜をあやつる王と二人の王妃=姉妹がいる()。どこにでも飛んでいって、空から猛烈な火を噴く。どんな堅城も対抗不能です。

で、それからあーだこうだ。ターガリエン王朝と一族の年代記ですね。最初は兄弟姉妹の結婚に対して伝統宗教が抵抗。それがおさまると、今度は領主たちの権力争い。王家姉妹のケンカ。兄弟の競り合い。裏切り。殺害。予想できそうなことはすべて発生します。

そのうち争いは激しくなって、お互い竜をもってるから被害は悲惨ですね。飛ぶ。火を吹く、噛みつく、ひっかく。殺した敵は(肉親でも)自分の竜に食わせる。殺された側は憎しみを蓄積させ、怨嗟の連鎖。

そうやって殺し殺され、ターガリエンの竜たちは消えてしまった。ここでは描かれませんが、やがてターガリエン最後の狂王は倒され、新しい王家が立ち、そしてまた戦乱の7王国の世になり、しかし生き残ったターガリエン末裔の王女は逃げ延びた大陸で竜を孵化させ・・・・というのが本筋の「氷と炎の歌」です。

ま、それなりに面白くは読みましたが、こんなん違うぞ。早く本編の続編を書け!


いちおう7部までで完結という話ですが、現状はまだ5部まで。それぞれが上下巻とか分厚いし、次の6部もはたして刊行されるかどうか。なにしろマーチン、いまにも死にそうな過度の肥満体です。運動しろ!
ターガリエンは血族結婚です。紫の瞳、プラチナブロンドの髪の美形だけど、時折へんなのが生まれる。

中央公論新社★★
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現代の中国人作家を紹介する本・・・ですね。飯塚容は翻訳家・編者です。

いちばん高齢らしい高行健をのぞけば、よく知っている作家たちです。これにノーベル賞の莫言を入れると、ほぼ完璧。現代中国を代表する作家ということになります。

個人的な好き嫌いでいうと余華は「ほんとうの中国の話をしよう」「血を売る男兄弟 文革篇/開放経済篇」。
閻連科なら「父を想う」「炸裂志」。
本音としては莫言のほうが好みで「転生夢現」か「白檀の刑」か。どっちも傑作。

ということでそこそこ面白く読みました。高行健という人、中国籍を抜けてフランスで本を書いたらしい。傑作といわれるのが霊山で、これがノーベル文学賞。ただし中国政府は完全に無視した。あんな奴。

で、ずーっと知らん顔していた政府だけど、そのうち比較的穏健な莫言も受賞したときは正直に大喜びした。(大昔のパステルナークの受賞辞退騒ぎを思い出します。ちなみに詩人で、ドクトルジバゴの作者。スターリン時代かと思っていたけど調べたらフルシチョフだった)

ついでですが、莫言を体制内の作家というのは少し違うと思います。たしか作家協会かなんかの副会長です。みるからに体制派に映りますが、この副会長ポスト、たしか6人だったか10人だったか ()。このポストを受けさせることで体制サイドは少し安心できる。

ま、作家にとっても無難な位置ですか。体制に100%従う気はないけど、だからといって100%反抗はしない。ほどほど50%とか70%とか。それがオトナというもんでしょ、たぶん。そういう農民的なしぶといチエでしょうね。

それはともかく。図書館の棚に「霊山」はずーっとあった記憶。厚いんで遠慮していた。勇気をだして借り出してみますか。

別件ですが「・・・愚かしくも愛すべき中国」というタイトルはあまり好きになれません。そういう視点からとりあげなくてもいいような気がする。副題の「なぜ、彼らは世界に発信するのか? 」も余計。蛇足。ヘビの足。

2011年、中国作家協会の14名の「副主席」の一人として選出されている。 ノーベル賞受賞はその翌年。

日経BP★★★
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日経ビジネスの「ア・ピース・オブ・警句」から拾ったもので、これが5冊目になるらしい。小田嶋隆のかなり人気のネットコラムです(たぶん)。

ネットではたいてい金曜日に新しい記事が掲載されて、その日いっぱいは最後まで閲覧可能。曜日がズレると1ページ目だけしか見られない。ようするに会員登録を推奨・・だったはずです。でも最近は非会員は当日でも1ページ制限になってしまったようです。

登録ったって無料ですけどね。いや、ちがった。無料会員は月に3本だけ無料だそうです。毎週更新の記事なら、月に1本は読めない理屈で、うまく設定してあります。ただどこでもそうですが、有料会員制というのは苦労している雰囲気。なんか「ネットはタダ」という気分がまんえんしているんで。

そんなことはともかく。知ってる人はしってる。知らないひとに説明するのは難しい。なんせ小田嶋のコラムですから。で、最近思うようになったのは、この人、ようするにケンカが好きなんだな。ケンカの知的緊張感ですか。

ケンカ。挑発といえばホリエモンです。今回の本は2015年刊行ですが「堀江がJリーグにウンヌン。お願いだからヤメてくれ」みたいなことが書いてある。え?と調べたら本当なんですね。2015年にリーグアドバイザーに就任。月3万円とかいう記事があった。ひぇー・・知らんかっいた。

そうそう。巻末に森本あんり氏との対談がある。高校の同学年らしい。都立小石川高校。森本あんりってのはICUの教授で副学長で牧師。この二人の話は面白かった。どうやらそのあんり氏が「反知性主義」の本を出したらしく、それでオダジマの本もちなんだタイトルになったのかな。

反知性主義ってなんだ? 米国の初期のピューリタン連中ってのはようするに「知性主義」だった。それも極端な。牧師はみんなハーバードとかイェール卒業です。インテリ。そもそも牧師育成が大学の目的だったんだから当然ですか。

で、そうした「知性的」な宗教に対する反発から大覚醒運動、俗なリバイバリズムが誕生した。いまでも米国で大人気の巡回牧師とかテレビ伝道とかですね。歌をうたったり踊ったり。わかりやすい。日本でも中世にそんな踊り念仏があったような。ひらったく言うと、心から信じる者には褒美があるぞ。神とのギブアンドテイク契約ですか。

言葉をかえると反権威主義です。米国ではこの系譜がずーっと続いて、たぶんトランプなんかもそう。「嘘つきトランプの支持なんかやめろ」と言ったって、そもそもそういう偉そうな言い方に腹がたつんだから仕方ない。ポリコレ反対。こうした底流の感情をしらないと、真のアメリカを理解できない。

なるほど、でした。


吉川弘文館★★
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副題は「豊臣家を守ろうとした妻たち」。ま、中身もそのとおりで、通説みたいに北政所と淀殿は仲が悪かったわけではない。北政所が家康べったりだったわけでもない。関ケ原の合戦前も、迷う小早川秀秋(甥っこですね)に「内府に味方しなさい」ともたぶん言わなかった。

ま、そうしたことを、いろいろ文献しらべて述べているわけです。かならずしも厳密な研究書ではないけど、平易な人気取り解説書でもないです()。

掲載の資料、いちおう読みやすく配慮して掲載してはあるものの、更に現代文で開いて再掲なんかしていません(したがって読者が一応は苦労して読まないといない)。といっても「この説はとらない」「これは妥当性があると思う」てな具合に、けっこう簡潔に断言もしています。乱暴みたいだけど、そうしないと前にすすめないか。

そうそう。小和田センセーの考えでは、例の方広寺の「国家安康」「君臣豊楽」の件、完全に家康のイチャモンというのは無理があって、豊臣方にそれなりの隠し意図があったんじゃないか。それを発見されてしまったのでは・・・というらしいです。

なんせ版元が吉川弘文館ですから。信用というものでしょう。


NHK出版★★
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たぶんテレビで放映の番組を書籍化したもの。焦点は「古代エジプト」ではなく、あくまで「大英博物館」です。著者クレジットは「NHK知られざる大英博物館プロジェクト」

ということで、けっこう漫然とした内容です。番組ならそれでもいいんだろうけど、書籍にしてみると散漫になります。急に俳優の堺雅人が登場したり、池澤夏樹が何かしゃべったり。

肝心のエジプト部分では、ナイル川中流(かな?)あたり、庶民の一生を記したパピルスの話が面白かったです。パピルスは見るからに壊れやすそうな紙ですよね。アシみたいな草の髄だったっけ。もろいけど、簡単につくれるから単価はたぶん安い。気軽に消費できたんじゃないかな。

羊皮紙の対極ですね。羊皮紙は長持ちするけど、単価が高い。どうでもいいような内容を書き記すものではない。だから羊皮紙の資料を読んでも、庶民の暮らしはわからない

で、そうした一個人の生涯がわかる雑多なメモ。子供のころから勉強して、期待に答えて書記になり、恋をし、子供をつくり、ファラオの墳墓工事を監督し、いつも座る石座の横に「オレの席だぞ」とラクガキもした。あとを継いだ人(息子か)は書類の始末にこまって、たぶんどこかに放り込んだ。それが幸運にも保存状態がよくてずーっと残った。

当時の庶民、ハリウッド映画みたいに惨めな奴隷生活ではなく、ビール飲んだり肉くったり、親に叱られたり反抗したり。病気になれば医者にかかったり。ま、ふつうの人間らしい生き方です。そういう生活をしながらピラミッドを作ったり石を掘ったり装飾したり。

そういうことがわかるらしいです。


河出書房新社★★★
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一応は学問も知識もある英国人が、英国人らしいコダワリで「動物」になってみた。

「動物になる」というのは、四つんばいになって生肉を食べるということではない。もちろんレタスで1週間ともちがう。彼がなろうと思ったのはアナグマ、キツネ、カワウソ、アカシカ、アマツバメ

大昔「動物感覚」という本を読みましたが、その著者は自閉症患者でもあり「だから動物の心がよくわかる」んだそうです。で、長じては人間と動物の間の通訳になった。アドバイザー。食肉処理システムなんかには重宝するそうです。できるだけ気分よく屠殺場に行ってくれないと品質が落ちる。

そのためにどうするかというと、たとえばブタになるには、ブタと同じ目の高さで、四つんばいで同じ通路をたどって処理場へ歩く。途中にキラキラ光る金属なんかがあると、なんか心が落ち着かない。これだ。「あの金具はとってください」と雇い主に進言する。

同じようなことをもっともっと深くしたのがこの本の著者ですね。アナグマになるためには山の中に横穴を掘って、裸でずーっと寝て暮らす。2日や3日ではないです。ずーっと。たぶん1週間以上。穴の天井からミミズがぼたっと落ちると口にする。かなり逡巡はするけど、でも、やる。ただし時折は近所の猟師に頼んでハンバガーかピザを差し入れしてもらう。

夜、嗅覚を頼りに付近をはい回る。人間にとっての視力が、アナグマの嗅覚。嗅覚の世界を必死になって創設する。こまかな粒子をかぎ分ける。

都会のキツネになるにはロンドンの公園の藪の中にひそむ。何日もずーっとひそむ。ガガンボが大量発生すると、隣のキツネにならってペロペロと食べる。高く跳躍してネズミを襲う。もちろん失敗するけど。職務質問されそうになると、コソコソ逃げる。

そういう本です。読んで面白いとか楽しい本ではない。不思議で迫力があって詩的で、気分の悪い本てす。イグ・ノーベル生物学賞受賞


東海大学出版部★★★
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読まないつもりだったのに、目について続きを借り出してしまった。

この巻は少女マンガです。里中満智子とかと竹宮惠子、萩尾望都などなど。みんな若くして売れて、大胆に道を切り開き、一大ブームをつくった。そのころ、なんかで金が入ったというんでこの連中、連れ立って(たぶん22~23歳)、1カ月超えの海外旅行なんかしていた。まだ昭和47年ごろです。調べてみたら1ドルは300円くらい。

船でナホトカまでいって、列車でハバロフスク。そこからはさすがに飛行機でモスクワ。あとは北欧とかイタリア、フランスなどなど。竹宮惠子がクックの時刻表を手に入れて旅程をつくったらしい。ひえー。自分もクックは使ったことがあるけど、それを半世紀近く前にトライしていたのか。ま、そうやってこの連中の、あのヨーロッパ調の優雅なマンガの雰囲気がうまれた。たぶん。

この時代、ふとした縁でマンガ編集やってる人と数日つきあったことがあります。ちょっとヤクザな雰囲気で、正規の まっとうな社員という感じではなかったな。これから若い奴をたたき起こしに行くというのにつきあって、あれはひょっとしたらトキワ荘だったのか。思い起こすと間取りなんかは似通っているんです。二階のどこかの部屋にガラッと入って、まだ寝てんのか!仕事しろ!とか怒鳴って汚い布団を蹴飛ばす。若いのがうらめしそうな目で起き上がる。タコ部屋ですね。

その編集から確か里中満智子の話を聞いた記憶もあり。数年前から可愛い女子高生でデビュー。東京に出てきて、若い編集はみんな狙っていたけどお互い牽制しあって。それなのにどっかの誰かが抜け駆けした。あいつ、うまいことやったな‥‥とか言うておりました。

妙にナマっぽい。昔の話ですね。


明石書店★★
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副題は「世界を変えた10種の動植物」。アリス・ロバーツは英国の科学者でありジャーナリスト。なべてやさしく解説してくれる美人解説者だと思います、たぶん。

で、そんなたぐいの(わかりやすい)本かと思ったのですが、あんがい手ごわかった。

イヌとかウマとか小麦とかイネとか、人類とともに生きてきた(支えてきた)家畜や作物の話ですが、かなり専門的。最新の成果をとりいれて真面目に解説しています。真面目すぎる。しっかり読むには日時が短かすぎた。したがってこっちも真面目な感想は無理です。

ササッと読んだ頭に残ったこと。オオカミはたぶん人間に興味をもって近づいてきた。人間がオオカミを飼い馴らしたんではなくて、おそらく両方が歩みよった。両方にメリットがあった。

ウマはたぶん人間が無理やり迫ったんじゃないかな。しつこい奴が何回も何回もトライして、たまたまうまくいった。背中に乗せてもらった。テレビなんかで、よくシカとかイノシシの背中に小猿が乗ったりしてますね。あれ起きたのかなあ。

そうそう。野生動物だけでなく、実は人間も飼い馴らされた。野生動物は家畜化すると顔がやさしく(人間の目には)可愛ゆくなる。きつい顔のオオカミが愛嬌顔のイヌになる。同じことが実は人間にも起きていて、時代とともに人類の顔はやさしくなっている。言葉を変えると子供顔になった。ネオテニーですね。

もうひとつ。人類はアフリカ東部の大峡谷から発生したのかと思っていたら、これも変わりつつあるらしい。アフリカ中心という考えはまだゆるがないものの「アフリカを中心とした地域」程度に拡大。したがって中東なんかもふくまれる。たった一カ所ではなく、ほぼ同じ時期に複数の地域でということらしいです。

定説はほんと、変化する。世界でいちばん長い川は「ミシシッピーではない」と知ったのは40年くらい前かな。あれはびっくりした。舌には「特定の味覚を感じる場所が4カ箇所ある」も違っていたらしいし。その割にはまだ味覚部位説をテレビなんかで見聞きします。いったん染みついた「定説」はそう簡単にくつがえせません。


文藝春秋★★
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それぞれ違うテーマ、違う雰囲気で面白い長編を書く作家ですが、これはちょっとアテ外れ。書かれた時代もバラバラだし、内容もいろいろで4編を収録。習作集のような位置づけなのでしょうか。

えーと、最初のSFらしき夜の記憶は、光瀬龍の「百億の昼と千億の夜」をほうふつとさせます。深海で目覚めたある生物ははるか昔のかすかな記憶を持ち・・・。ただし何を書くつもりか不明のごった煮です。

次の「呪文」。これは新世界より」の前駆ですね。念力と呪文と民俗、異形の惑星。見捨てられた人々のストーリーです。

本の表題にも使われた「罪人の選択」は、ミステリーということになるのかな。二者択一。アレかコレか。間違うと死。ちょっと気の利いた中編です。

最後の「赤い雨」。スタニスラム・レムをなんとなくイメージさせます。空から「チミドロ」が降り続く陰鬱な未来世界。かなり若書きの印象ですが、ま、悪くはないです。

ということで、貴志ファンにとってはこたえられない一冊なんでしょうが、オジさんはすこし辟易しました。


河出書房新社★★★
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ま、タイトル通りの内容です。書き手は英国人ジャーナリスト。英国人って独特のユーモアセンスがありますね。やりすぎ。ズレている。なにからなにまで洒落のめす。そういう本です。

冒頭、かの有名な類人猿(じゃなくてアウストラロピテクスか)から話は始まり、え? ルーシーって木から落ちて死んだのか。もちろん絶対じゃないけど、さまざまな状況証拠から、どうもうっかり木から落ちて(首の骨でも折って)亡くなったらしい。科学史にのこる失敗。知らんかった。

そもそも人間というのは「認知バイアス」の生き物。何かを知る・見る・認知するのに必ずバイアスがかかる。真に客観的、科学的に知ることはできない。したがって人間が行動し、何かを作ると必ず失敗する。アホなことをしてしまう。王様も失敗するし、庶民も間違う。みーんな間違う。歴史ってのは、ま、そういう愚行の連続です。なんとまあ多いことか。ヒトラーを総統に選び、フロンを製造し、有害な有鉛ガソリンを開発し、空気を汚染する。

そうそう。初めて知ったこと。ソ連の学者というとルイセンコが困った男の代表ですが、そうではなくて1960年代にソ連の科学者が発見した特殊な「水」の話。ふつうの水を特殊な細い管に通すことで水の性質が粘性をもって劇的に大変化する。べらぼうに有用。名付けて「ポリウォーター」

で、大騒ぎになった。日本でも最近「STAP細胞はあるんです!」がありましたが、あんな程度ではなく、世界中の学者をまきこんだ大騒動になったらしい。みんなが追試して、なぜか次から次へと再現された。汚れたシャツを洗った水なんかだと、いっそう簡単にポリウォーターがつくれる。

で、大騒ぎの末、要するに最終的には・・・・・嘘だった。間違いだった。誤解だった。勘違いだった。称して「ポリウォーター」事件。これだけでなく、同じような虚構の大発見、ときどき発生しているようです。大昔にはX線に匹敵するN線というのもあったそうですね。知らんかった。


東洋経済新報社★★
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内田樹の「樹」は「たつき」と思っていましたが、違うようです。「たつる」。

なんとなく名前は知っていたものの、読むのは初めてです。うーん、どう評価していいのか。ちょっと単純ではないものの、どうやら「天皇制」を強く支持している人らしい。厳密には「支持」という言い方も違うんだろうな、きっと。

いわゆる右翼ではない。保守ともいいずらい。かといってリベラルと評していいのかどうか。「情」を重視とか、伝統武道の尊重とか、「源平合戦は『馬派』と『海派』の対立」とか。またスポーツ武道と伝統武道は似て非なるものらしい。妙にこだわっている。

そうそう。先年あった平成上皇の引退意志表明。あのときなぜアベがいやな顔をしたのかをスッキリ説明しています。ようするにシンボルである「玉」が自分の意見を言ったりしちゃ都合が悪いわけね。天皇は権威をもっていてほしい。しかし閉じこもっていて顔を出さないでほしい。しゃべらないでほしい。そうでないと、自分の好き勝手に動かせない。

たとえば2.26。反乱将校が獄中で天皇に対する怒りを発しています。それと同じですね。自分たちの意向に沿ってくれない天皇は天皇なんかじゃない。ま、日本において、天皇制はずーっとそういう位置づけだった。

話は違いますが戦後、日本の対米姿勢は一貫しているようで実は違う。かなり変化してしまった。戦後しばらくの従属は立派な「戦略」でした。いまに見ていろ。従順な下僕として実力を蓄えよう。しかしいまは何も考えていない。戦略なき惰性。思考停止、米国のいいなりになることが正しいと頭から思い込んでいる。それ以外の将来を考えられない。

いまの時代、端的にいうと、前の大きな戦争と、次の戦争の間のひとときの平和時期です。いわば「間戦期」ですか。そのうち(10年後か50年後かは別として)また戦争が起きるでしょう。なんせ政権は戦争のできるふつうの国家にしようとして必死に頑張っているんだから。

なぜかアベとその一統は「戦争のできる国」がいいと思い込んでいるらしい(たぶん米国は喜ぶ)。ただ政権幹部、その結果をきっちり考えてはいないし、明確に意識もしていない。ぼんやりした期待ですか。そっちのほうがカッコいいじゃないか。ま、そのうちまた戦争でしょう。

本筋の話ではないですが内田によると、戦前の永田鉄山殺害(相沢事件)の本質は教育総監の座(帷幄上奏権をもつ)をめぐる利権争いだそうです。天皇へ上奏できる地位は非常に重く、陸海軍大臣や参謀総長、軍令部総長とならんで教育総監もそうだった。で、その教育総監の座をめぐる皇道派・統制派のゴタゴタが殺害事件となった。たんなる理念やイデオロギーの衝突と言い切ると、ちょっとキレイすぎるのかもしれないです。

この人の論説すべからく、全面賛成はできないけど、ちょっと違う角度の分析でした。面白いけど、疲れる。


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