2015年1月アーカイブ

夏の陣が始まります。この時点でまだ政宗は迷っていたんでしょうか。大阪に付くか、江戸に付くか。でも最終的に政宗はじめ秀吉恩顧の大名はみーんな将軍家に従う。ま、その程度の政治感覚がないと関ヶ原を生き延びてここまで身上を保つことはできなかったでしょう。

大坂城小座敷でのトップ会議。江戸から帰った片桐且元は和睦を主張します。「人命第一・テロには屈しない」と同様、たんなる美辞であって、実際には降伏です。でもここまで且元をまっとうに描いてくれたドラマは珍しいですね。たいてい卑屈で臆病という演出になってしまう。退席を命じられた且元、もうやってられんわという顔で消えます。

で、冬の陣。いざ戦争が始まると主戦派だった大野治長までが「和睦」を言い出す。和睦は降伏と違うって、前に片桐且元が言ってたのと同じ論理で、ちょっとおかしい。

で、大坂城の天守に国崩しの大筒を打ち込まれる、強気だった淀殿も動揺。こうして滅亡の道をたどる。

dokuganryu2014.jpgそうそう。ついに片倉小十郎が隠居しました。前々回くらいから元気なくなっていたんですが、ついに中風を病んだ小十郎、顔色がどす黒くなって両手がコチコチに緊張して、いかにもの演技。表情はけっこうしっかりしているけど、見るからに病人と分かります。それにしてもどうして最近のドラマの病人はあんまり病人に見えないんだろう。そっちが不思議です。

次回にはもう消えるんでしょうね。寂しい。

子供の頃にもっていた絵本はそう多くなかった。たしか桃太郎はあった。金銀珊瑚綾錦。車に積んで一行が凱旋する。キンギンサンゴアヤニシキ・・の語呂がよくて気に入ってしまった。語呂といえば、紫檀黒檀タガヤサン。とにかく高価な貴材らしい。こっちは祖母が教えてくれたのかな。

もう一冊、厚手の本でワイルドの「幸福な王子」もあったはず。町の広場に立つ幸せそうな金ピカ王子の銅像を、一羽のツバメが訪れてはいろいろ世界のお話をしてくれる。王子は自身を飾るルビーやら真珠やら体の金張りを、貧しい人々の元へ届けるようツバメに依頼する。

宝石を失い、輝きも失って最終的に「幸福な王子」は見すぼらしい銅像になり果ててしまう。見すぼらしい王子を見て町の人々は憤慨する。なんて貧乏ったらしい像だ。廃棄してしまえ。

なんでこんなことを思い出したのか。この絵本のエピソードの一つとして、真珠採りの話があったはずです。今にして思うとたとえばアラフラ海とか、真珠貝がたくさん棲息する海。耳や鼻に蝋をつめた白人奴隷が深く潜っては真珠貝を採ってくる。船の上には黒人の商人が待ち構えている。息も絶えだえの奴隷が船縁につかまって真珠をさしだすと「まだ、小さい」と海に突き戻す。

最後に奴隷は大きな真珠貝を採ってきます。真珠を取り出した商人はニヤリと笑って「これなら王子様の王冠にふさわしい・・」とつぶやく。手渡した奴隷は耳から血を流して死にます。鮮烈なシーンでした。

描かれた奴隷の肌が白く、船の上の商人(あるいは船頭、奴隷頭)が黒人であるのが不思議でした。奴隷=黒人と思いこんでいたわけです。子供心に変だなあと思ったことは他にも多くて、たとえば小学生になってからでしょうが、少年向け小説でクロマニヨンの少年がネアンデルタール人たちと戦うとか。同じ時代にいるわけないじゃないか。また、ハリウッド映画のクレオパトラが白い肌で金髪なのも違和感がありました。エジプトの女王なのに。映画会社の都合なんだろうと思っていました。

もちろん、すべて正しかった。古い時代、奴隷の多くは肌の白い連中だった。スレイブの語源はスラブ。クロマニヨンとネアンデルタールの時代は重なりあっていたし、クレオパトラはマケドニアの将軍の系譜。子供の思い込み知識です。こうした勘違いは多い。

それにしても「幸福な王子」と真珠採りのエピソードがどう繋がるのか。王子の王冠を飾る真珠がどうやって得られたかの説明とは、ストーリーの時系列が合わない。そんな事実を王子もツバメも知りようがないわけです。

ずーっと気になってはいました。そして、先日、ふと調べてみた。ひょっとしたらアンデルセンの「絵のない絵本」あたりに出てくる挿話だったのかな。それにしては、昼間のシーンをお月さまが見ているわけがないし。不審。

やはり「幸福な王子」に真珠採りの場面はありません。その代わり、同じワイルドの童話に「若い王」というのがあった。若い王をきらびやかに飾るために、どんな搾取や残虐の背景があったのか、そして事実を知った若い王がどんな行動をとったかというお話らしい。たぶん、ここに真珠採りの挿話がある。ちなみに真珠は王冠用ではなく、王錫を飾るもののようです。

うーん。可能性としては、子供の頃に読んだ「幸福な王子」は、いくつかの童話を盛り込んだものだったんでしょうね。ワイルド童話集とか。同じ本なので、記憶が混同されてしまった。でもそうすると「幸福な王子」は絵本ではなくて、ひょっとしたら挿絵が所々にある程度の児童書だったかもしれない。

貧弱な挿絵であっても、子供は心の中で勝手に彩色された絵を描きます。モノクロ画面で見た映画が、記憶の中でカラーになっているようなものでしょうか。記憶の再構成。不思議なものです。きっと今の自分が持っている「確かな記憶」なんて、90%以上は錯覚なのかもしれない。そうした錯覚記憶でもって自分は生きている。へんな感じです。

★★★ 新潮文庫
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著者は「炎の門」を書いた人です。「炎の門」はペルシャ戦争がテーマ。古代スパルタの社会体制や文化、ファランクスの原理や運営方法がかなり精密に描かれていて、面白い本でした。

これ一冊かと思っていたら、他にもあった。砂漠の狐は、もちろんロンメルです。原題も「Killing Rommel」。英国の士官がニュージーランド兵たちといっしょになって長距離砂漠挺身隊として活動。任務は砂漠をはるか南に迂回して敵将ロンメルを殺すこと。もちろん実際にはロンメルは死んでいません。したがって任務は失敗。

しかし冒険小説じゃないので、任務そのものの成否はどうでもいいです。当時のボロ車(デザート・シボレーという車らしい。砂漠仕様のシボレートラック)が車列をつくって酷暑極寒のサハラを延々と走る。ちょっと走るとエンジンはガタつくしサスペンションは折れるしタイヤはパンクするし。

叙述は戦記に近いです。坦々と書かれている。血湧き肉踊るような出来事はほとんどない。ドイツ軍に包囲されれば降伏も考えるけど、でも我慢してボロボロになってまた走り続ける。

そうそう。戦車と戦車が雄々しく戦うなんてことはまず皆無らしい。地平線に最初にあらわれるのは敵のオートバイ兵。それがウロウロしてからナントカ車両があらわれて、それから何があって何が来て、ようやく対戦車砲が据えられて、こっちはガンガン叩かれて、それから最後にワーッと戦車隊が出てくる。実感があります。この時点ではもう味方は総崩れになっている。

戦車というのは、非常に壊れやすい車なんですね。走行距離も短いし、ガソリンも食うし、キャタピラ(履帯)はすぐ外れるし。そんなに簡単に先頭きって突進なんかしない。(もっとも初期の西部戦線、ロンメルの機甲師団はかなり突進したらしいけど)

ま、いろいろ楽しい本でした。パブリックスクールで育ったエリートの英国士官というのは、やはりちょっと独特な連中です。決して合理的でも勇敢でもないけど、実にしぶとい。そうそう、このアフリカ戦線あたりでは、まだ英独どちらも騎士道的な雰囲気があったんですね。殺し合うけれども、ほんのちょっとスポーツ感覚が残っている。戦車から脱出しようとする敵兵は撃たないとか。

ストーリーと関係ないですが、最後の方ではアメリカ軍の機甲師団も投入されています。ただし連中はアマチュア軍団あつかい。装備はいいし兵は意気盛んだけど、しょせんは素人。ロンメルにいいように扱われたらしい。なんかおかしいです。



★★★ 筑摩書房
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なぜ西洋が世界を支配しているのか、というのがこの本のテーマです。

で、結論からいうと、メソポタミアあたりを中心として発展した西洋社会、黄河流域から発展した東洋社会、どっちも非常に似通った展開をしている。ただし地理的条件からメソポタミアのほうが早かったんだそうです。

チグリス・ユーフラテスあたりで始まった文明はどんどん拡大して、周辺が発展していく。黄河流域文明もそのうち長江のほうに広がる。ずっーと西洋のほうが先行はしてたけど、でもその道筋は同じだった。

著者はエネルギーの獲得量とか都市化の具合とか戦争能力とか、いろんな数字を総合した「社会発展指数」でこれらの発展度をグラフ化しています。この指数が正しいかどうか、調べた数値に信頼性があるかどうかは非常に怪しいですが、それでもある程度は説得力がある。で、その発展グラフを見ると、上がったり下がったりしながら、それでも大きな傾向としてはなだらかな右肩上がりを描く。西洋グラフを数千年遅れて東洋が追いかける平行グラフです。

しかし6世紀になって、東洋グラフがついに西洋グラフを追い越します。西ではローマ帝国が経営に失敗していた。ゲルマン民族大移動のあおりで西ローマが滅びたり、ゴタゴタしてどんどん落ち目。一方の東洋では混乱期を経て隋唐帝国が成立する頃です。この時代以降、しばらくの間は東洋優位が継続したらしい。

したがって、純粋な可能性としては、たとえば明の鄭和の大艦隊が新大陸を発見したかもしれないし、あるいは後代の清朝の使節がビクトリア女王に朝貢を強いたかもしれない。しかし、現実にはそうならなかった。明が内向き志向になったということもあるでしょうが、やはり地理的・政治的要因が大きかったのではないか・・が著者の意見。

ヨーロッパの西のどん詰まりのポルトガルやスペインがそのまま西へ航行しようと考えるのは理にかなっています。さいわい大西洋はそんなに広くもなかった。しかし、もし明が太平洋を横断しようと考えても、たぶん成功しなかっただろうし、そもそもの動機も薄い。中華帝国はそれだけで充足していたわけです。周辺諸国と必死に生存競争していたわけでもない。

こうして「たまたま」の理由から、18世紀の中頃にまた西洋が東洋を逆転する。そして何よりも産業革命。蒸気機関の発明が猛烈なブレイクスルーになった。一気に社会指標は跳ね上がり、西洋による東洋浸食がはじまる。

西洋の発展コアはやがて旧大陸から新大陸へ移動します。しばらくは米国の時代。そして今、東洋が猛烈に追い上げている。もともとの社会指標がけっこう高かった(潜在能力があった)日本が躍進し、ちょっと遅れて大中国も躍進。このままの推移からすれば、間違いなく東洋の時代が実現するでしょう。

そして更にその後・・・はまた別のお話です。社会指標は今後もスムーズに右肩上がりのグラフを継続できるのか。あるいはかつて何度もあったように天井にぶつかって大停滞に陥るのか。天井要素としては核もあるし、気候変動、食料問題、人口問題、いろいろありそうです。

けっこう面白い本でした。歴史は欲張りや愚か者や怠け者が作る。怠けたいから発明する。愚か者だから無意味に努力する。欲張りだから征服する。なるほど。

しかし仮に彼らがいなかったらどうか。多少の年代の遅速こそあれ、歴史は同じような道筋をたどったに違いない。それにも納得。もしコロンブスが事故死したって、その代わりの馬鹿者が必ずあらわれたはず、という理屈です。大きな潮流は変えることができない。


なんか変な展開のドラマだなあと感じていましたが、納得。

第3回では吉田寅次郎の妹・文が久坂玄瑞と知り合い、医者になるのを嫌がっている玄瑞を励ます。文の姉である寿は新婚の亭主(小田村伊之助)が遊んでくれないのでイライラ。でも懐妊したことがわかってルンルン喜んでいる。で、能天気な寅次郎はまた舞い上がって黒船に乗り込もうとしたらしい・・・。

この当時の年齢を調べると、違和感の理由がわかります。

寅次郎が東北旅行で脱藩あつかいになったのは、だいたい22~23歳の頃。うん、若いですね。常識がないのも理解できる。で、黒船密航をくわだてたのは安政元年で1854年。満23~24歳か。

で、この大騒ぎの頃、親友(ということになっている)小田村伊之助もやはり24歳とか25歳くらいです。立派な大人。新妻の寿さんはまだ15歳程度かな。今なら幼妻です。その妹の文はたぶん11歳くらいか。短い裾でバタバタ走りまわっても変ではない年齢です。そして「医者になれって言われてるんだあ」と腐っている久坂玄瑞は、おそらく14歳

なるほど、高校進学をひかえた男の子が暗い将来に悩んでいる。それを小学校高学年の女の子が「がんばったら?」と励ましている。それならたしかに情景としては理解できますね。

小屋で激しく議論している男連中を、女の子たちが「見て見て!」と覗き見しているシーンもありました。これも不良高校生がタバコ吸いながら大人の悪口言ってるんだと考えれば納得。小学生の女の子たちからすると、興味しんしんです。「手前の人、ナントカ高校のナントカさんだよ。秀才だって」「右にいる人、東大志望なんだって」「ケンカしてるのかな」「へえー」てなもんです。

ほんと、ホームドラマでも学園ドラマでもいいですが、それっぽく作ってほしいです。

大船つくってエスパニアに派遣して、あわよくば艦隊をよびこもうと画策する政宗。うまくいけば最後の大博打がうてる。ま、家康のほうが一枚上手でしたが。

印象に残ったこと。

冒頭のシーン。引いたカメラ。左手の座敷に正室(病後)が座っていて、右手から側室がご機嫌うかがいにくる。いまどきドラマみたいに無遠慮にスタスタ歩いて来たりはしません。ちゃんと女中やら何やらが取り次いで、けっこう時間がかかる。座敷をいくつも通過してくる光景がきれいです。

越後の松平忠輝、真田くん、木刀もっての殺陣がすごい。迫力ありました。相手をさせられる家臣はたいへんだ。江戸から駕籠でやってきて、着くなり廊下をせわしく小走りの五郎八姫ですが、着替えもしないで走ってきたんでしょうか。理屈にはあわないですが、これもきれいなシーンでした。

ついに原田芳雄の最上義光が退場。立派な老け役でした。時間もつかって老残を演技。そばで世話する妹の志摩さんもこの時点で60代の媼嫗です。まだきれいだけれども不自然な若さではない。これも見応えありました。

dokuganryu2014.jpgあんまり知らなかったんですが、松平忠輝はいきなり処分されたわけではなかったんですね。いろいろあってけっこう長命している。同じような印象の松平忠直とかなりゴッチャになってしまった。忠輝は家康の6男、越後少将。忠直は家康の孫(結城秀康の長男)で越前宰相。

そうそう。本筋ではありませんが、家康の平椀。たぶん焼き魚の骨に湯をそそいだものですね。美味しそうに飲んでいました。いかにも食べ物を粗末にしない戦国武将。細部の演出がよかったです。

海外雄飛の壮大な夢を描いた政宗ですが、船はともかく肝心の婿である松平忠輝に逆風が吹き始める。幕閣にすれば油断ならない政宗と言動不穏の忠輝のむすびつきは要注意ですわな。忠輝、そもそもの最初から家康にあんまり好かれていなかったようです。、

で、なんですか、幕府の建造した大船が150トンとかいっていました。で、すぐ座礁。この後で政宗がつくった本物の三本マストの大船がだいたい500トン級だそうで、ケタ外れに大きいです。ちなみに幕末のペリー艦隊の旗艦だったフリゲート艦は2000~3000トンクラス。気になって調べてみましたが、太平洋横断の咸臨丸は600トン程度だったとか。

この回では大久保長安が最初から最後まで大騒ぎしていました。金に取りつかれた男、ついに運が尽きたということらしい。ドラマでは座敷牢で死亡という説をとっていますが、大往生という説もあるようで、どっちが正しいんだろ。どちにしてもこの頃の岡本大八事件とか大久保長安事件とか、謎が多いです。佐渡金山の産出量が減ったため、大久保長安の利用価値がなくなったという話もあります。

おそらく本質は、重臣だった大久保忠隣一派本多正信正純親子の政争だった可能性が大。長安事件で大久保派は斜陽となり(その余波が大久保彦左衛門の鬱屈になる)、勝ったようにみえた本多派も増長を憎まれたのか最終的には没落します(宇都宮吊り天井)。

dokuganryu2014.jpgま、それはともかく。悪賢い政宗も野望は野望として、愛娘と婿の行く末を案じて庭の築地をながめる。詠嘆する政宗に正妻が頭を寄せかけます。このドラマ、愛情表現として顔を埋める・・というパターンがとても多いですね。ま、今ふうに抱き合うわけにもいかないし。

そうそう。血気にはやる猪武者みたいだった伊達成実が、ずいぶん深謀遠慮になっていました。西郷輝彦と見間違えた。トシの功ですかね。

★★ 光文社
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だいぶ前にテレビで放映していたのを見ました。松田龍平宮崎あおい。脇役もすべて巧くて、完成度の高いいい映画だったと思います。

で、興味をもって原作を借り出し。なんか本屋大賞をとったベストセラーらしいですね。さすが本屋大賞本で、薄い。新書に毛の生えたような軽さでした。

なるほど。映画を先に見たので、かなりバイアスがかかってしまったようです。女板前見習が登場すると、どうしても宮崎あおいのイメージで見てしまう。

映画ではけっこう時間をとった松田龍平と宮崎あおいの求愛シーン、原作ではしごくあっさりしています。なーんだ、あの漢文手紙、ラブレターだったのか・・という軽さで、だったら馬締クンの布団に忍び込んでもいいわよね、という成り行き。こっちの方がリアル感があります。

ま、新書に気のはえたボリュームなので、半日ほどで読了。傑作とはいえないでしょうが、読後感はよかったです。


★★ 岩波書店
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山藤さんは昭和12年の生まれなんですね。「さん」をつけるのは、ずーっと昔、まだ山藤さんが新進気鋭、まだ胃を切る前でけっこう体格よかった頃かな、ちょっと面識を得たこともあったりで、なんとなく呼び捨てがはばかられる。

本の中身は掛け値なしの「自分史」です。自分史っていうと、たいていいろいろ計算して書きます。計算しないで書けるわけがない。ただその「計算」があまり目立たない本です。本当に好き勝手、トシヨリが適当に書いたよう。

そうか、子供の頃から絵が大好きとかいうわけでもなかったのか。高校に入って、部員一人だけの美術部に入部してしまった。芸大志望の先輩に「意匠科」を目指すといいと教えられて自分も芸大を志望した。3回落ちたという話はわりあい有名ですね。

仕方なく進学した武蔵野美大(ムサビ)が当時、そんなにマイナーだったとは知りませんでした。門外漢からするとムサビもタマビも同じような印象ですが、実際にはかなり差があったらしい。まともな教授もいないし、学生もろくなのがいない。躊躇せず「いない」と断言してしまうのが山藤さんです。

まともな就職も期待できない学校だったので、仕方なく自分たちで将来を工夫するしかない。で、在学時代からコンクールに挑戦。才能があったんでしょうね、次々と受賞。本人は「器用」と言っています。たいていの絵は描けた。業界の動きにも敏感で、できたばっかりのナショナル宣伝研に飛びついて入社。ここでも優遇されながら次々と賞を獲得。

デザイナーとしては羨むような順風満帆だったわけですが、ここで退社。指示されてデザインするんじゃなく、人から頼まれて絵を描くような人になりたかった。で、退社してから奥さんと「どんな方向を目指そうか」と相談したら、挿絵がいいんじゃない?と言われた。理由は、挿絵画家は名前を大きく掲載してもらえるから。作家が6とすると挿絵は4。なるほど。新聞連載なんかでも、作家と画家の比率はそれくらいですね。目立つ。賢い。

以後はもうみなさん承知の通りです。

ご本人は、後世に残る自分の仕事として「似顔絵塾」を推していました。ハガキ1枚の大きさで、しかも素人の書いた似顔絵の応募連載。才能の発掘。こんなに続くとは思わなかった。

蛇足ですが、うちの子供も小学1年か2年の頃に応募したことがあります。佳作。名前だけ乗せてもらいました。あはは。


kenbishi2015.jpg年賀恒例でいただいている剣菱。徳用3リットル1300円の菊正宗(淡麗仕立ピン)を常用している身にはもったいない銘酒です。

で、まだ封を開けてないんですが、化粧箱に書いてある頼山陽の詩、よく見ると「(戯作)摂州歌」という題のようです。これって何の意味なんでしょう。摂州は摂津。たぶん大阪から兵庫にかけての国名ですよね。そうかそうか、伊丹とか灘は昔の摂津に属していたのかな。

たぶん遊び半分、「摂州の歌」を作ってみたっていうことなんでしょうか。真面目な詩と受け取られても困る。あくまで酒席のたわむれ。だから「戯作」。吟味して読んだわけじゃないですが、兵は用ふべし、酒は飲むべし。気宇壮大ともいえるし、たいして意味のない美句ともいえる。

とかずーっと詠んできて最後は「伊丹剣菱美如何 各◆一杯能飲麼」です。伊丹の剣菱は美味しいぜ。みんな飲もうぜってな意味でしょう、きっと。CMソングだ。
(◆は酉+夕+寸 です。しかも一画多い「夕」。漢和調べたけどヒットなし。異字だろうか。
夕と寸ではなく「」のツクリ部分かもしれません。読みは「ライ」。たぶん「そそぐ」の意。)

確証はないですが、当時の大作家・大文化人である頼山陽です。伊丹あたりに行ってはご馳走になり、芸者をあげて(想像です)気分よく酔っぱらっては詩を書きなぐっていた。蔵元の旦那に頼まれて揮毫も散々したでしょう、たぶん。そうやって書き汚したもののうち、あとで「我ながらけっこう秀作だな」というものをまとめて本にした。

てな具合に勝手に想像しています。なんとなく今をときめく百田先生のような人だったのかな・・・もちろん深い意味はありません。うん。

★★ 講談社
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面白いけど、読むのはそう簡単ではない本です。躊躇しながらも、結局下巻を借り出してしまいました。時間がとれず、後半は飛ばし読み。

絶対主義といわれる国家にも区別があるそうです。強い絶対主義、弱い絶対主義、そもそも絶対主義とはいえない王政・・・だったかな。他にもあったようであんまり自信なし。

フランスとかスペインはいかにも典型的な絶対王政だったような気がしますが、実は王権は意外に弱かったらしい。要するに貴族とか第三身分の意向を完全に無視することはできなかったので、仕方なくそれ以外の連中、つまり農民身分から必死になって搾取した。収税システムがハチャメチャだったわけです。フランス革命の主体が農民とは思いませんが、ま、そうやっていじめすぎた反動が1789年になった感がある。

スペインも版図を拡げすぎたわりには、国内の徴税システムがうまく機能していなかった。王様の好き勝手はできなかったようで、つねに財政は火の車。新大陸から膨大な金銀は流入したものの、支出はもっともっと多かった。

ロシアは完全な絶対王政です。いろいろな経緯で貴族連中の力が非常に弱かった。ロシアってのは、確かにヨーロッバではない感じですね。ずーっとモンゴル系の支配者を見てきたせいか、考え方がアジア的。だから専制君主による強烈な体制が成立し、イワン雷帝なんてのは、やたらめったら貴族の首を切った

ちなみに皇帝が弱い貴族連中に与える報酬は「土地+農奴」です。農奴も最初から農奴だったわけじゃないんですが、なにしろ広大なロシア、農民が逃げ出すと困るんで、法律で移動の自由をうばって農奴身分にした。ちょっと逆行です。

で、ハンガリーとかポーランドは、逆に貴族が強すぎて絶対王政とはいえない。王様が何をするにも貴族会議の承認を必要とする。特権階級による民主主義ですね。みんな自分のことしか考えていないから、外敵が攻めてくるとまともな戦争もできない。国家としての力が弱すぎて衰弱。

「国家」「法」「説明責任」のバランスが必要なんだそうです。前にも書きましたが「国家」「法」「説明責任」の自分なり解釈は。
・「国家」とは、たぶん政府の意思がすみずみまで通って実行できること。
・「法」とは、たとえ皇帝や政府であっても、ルールを勝手に破ることはできない。
・「説明責任」とは、政府が問答無用で住民を追い出しての大規模ダム造成はできない。

これがうまくいったのは英国とデンマークです。英国はコモンローが強かった。社会全体で共有するルールのようなものです。ただしコモンローがずーっと王権を制約してきたと考えるのも大間違いで、実はある時点で王権がコモンローを持ち上げてしまった。王様が「みんなコモンローを守れよ」とエリート階級に指示したため、結果として王様自身もその法に縛られる羽目におちいった。ま、ずいぶん乱暴な言い方ですが、それが英国のケースです。

デンマークはたまたまルター派の国でした。プロテスタントといえば聖書です。その聖書を読ませるためせっせと文字教育をした。民衆が賢くなったんですね。おまけに戦争に負け続けて、北欧の大デンマークが削られて(ほぼデンマーク人だけの)小さな国家になってしまった。他にも要因はあったようですが、そんな偶然の経緯でこじんまりバランスのどれた国家になったんだそうです。

そうそう。国家が豊かになってくると民主主義的になってくる。これは趨勢として言えるらしいです。ただし民主主義になると栄えるかというと、それは難しい。民主主義国家なのにまったくグズグズのことろはいっぱいあるし、中国とか、マレーシアとか、ちょっと前の韓国とか、専制的な体制でうまく発展するケースも非常に多い。ただし専制国家の場合「暴君」とか「アホな政府」が出現したときがどうしようもない。致命的な欠陥です。

もうひとつ、なぜ発展途上国はいつまでたっても発展途上なのか。理由は明白で、国家が国家としての役目を果たしていないから。どうして国家がスムーズに動けないかというと、行政が私利私欲、ワイロで動いたり、予算をちょろまかしたりするから。どうして収賄するのかというと、公務員の給料が安すぎて、それだけでは暮らせないからです。システムができていない。

民主的なだけではダメ。強い国家は必要なんですね。しかし放置しておくと勝手なことをするのも国家なので、勝手をさせないためには、国民のほとんどが納得する法の縛りが必要。また国家の施策を民衆を納得させるためには説明も必要。

世界で初めて中央集権システムを作り上げた中国は、ほんの一時期(中華民国)をのぞいて、ずーっと国家だけが強くて法や説明責任のない歴史でした。インドは逆で、強い国家が存在したことがなかった。だから何も決められない。

著者によると、今のアメリカも完全とはいえず、国家が弱体化しているみたいです。だから医療保険とか社会福祉など、政府が推進しようとしても実行できない。やりたくないのに海外派兵を強いられる。ようするにバランスが大事ということでしょうね。

★★ 筑摩選書
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最終巻です。副題は「近代への道」。大英博物館のコレクションから100点を選んでいますが、日本のモノとしては柿右衛門の派手な磁器の象。いかにもインドふう彩色で輸出専用でしょう。長崎出島だけに制限されてはいたものの、日本は海外相手にけっこう積極的に商売していた。お金になるんなら、民間は懸命に励むんです。

もうひとつの日本モノは北斎の富嶽三十六景。なんという絵だったっけ。大波に翻弄される小舟のやつです。うん、神奈川沖浪裏。これもたぶん数千枚は刷られていた。たしか1枚の上限が16文だったとか書いてありました。かけ蕎麦2杯だそうです。完全に庶民用ですね。

などなど世界のコレクションが紹介されてきて、最後のほうでは女性参政権運動を象徴するペニー貨(片側に「女性に投票権を」とか乱暴に彫ったもの)とか、小さなソーラーパネルとか、クレジットカードまで出てきます。なるほど、数百年後にはこうしたプラスチック製品が時代を象徴するコレクションとして珍重される可能性もありますね。

その時代ではありふれた平凡な品物が、後世になって希少な美術品になる。東京の小金井公園に「江戸東京たてもの園」という野外博物館があり、古い建物が移設されています。有名人の家とか高価な家具はわりあい保存してもらえるけど、平凡な庶民の家屋とかありふれた醤油屋、床屋などは誰も気にしない。実はそういう平凡なものがいちばん残らないんだそうです。ハッと気がつくと、痕跡も残らなくなっている。そして後世になると貴重品になる。

著者は大英博物館の館長らしいです。なぜかこの4月からは東京都美術館で「大英博物館展―100のモノが語る世界の歴史」という展示が開始されるらしい。偶然とはいえ、面白い本を読むことができました。


★★ 文藝春秋
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思い出したように出版されるシリーズ本。自分が何部まで読んだのかまったく覚えていません。

ひょっとしたら書いたかな?と過去エントリーを調べたら昨年の2月に「第参部」を上げてました。第四部は去年の11月刊行。ほとんど新品です。図書館なのに手垢のついてない本を借りることができると、かなり嬉しいです。

で、第四部。例によってグダグダしながら劉備はついに蜀を手に入れます。これでようやく天下三分。ただし、実質的には曹操の魏が圧倒的に強いので、魏・呉・蜀の比率はたぶん6対3対1くらい。下手すると7対2対1くらいかな。これを称して天下三分と称するのはかなり無理があると思うんですが、ま、そうしないと面白くないので仕方ない。

この頃になるとハチャメチャ孔明のぶっ飛ばしぶりが鳴りをひそめた感があります。要するに出番が減る。ネタ本の三国志や三国志演義にもたいして書いてないのかもしれません。あるいは酒見賢一が出来事を追うのに必死になったとか。

で、英雄・関羽がついに死にました。

没後、どういう経緯で関羽が神界で出世したのか、つまり関聖帝君に成り上がって、世界各地に関帝廟が建設されるようになった理由も解説があって、これはなかなか面白かったです。ほんと、時代が下るにつれて、だんだん出世するんですよね。いちばん最初はせいぜい閻魔庁の下っぱ武神程度だったらしい。そのうち、算盤を考案したとかいうエピソードのせいか商人たちの支持を得て、だんだん偉くなった。いまでは中国文化圏でいちばん有名な神様になってる。

そして張飛もあっさり寝首をかかれます。これじゃ神格化は無理か。そうそう、曹操も病没。三国志がどんどん寂しくなります。最後には劉備も死亡。さらにどんどん寂しくなって、孔明の活躍の場がなくなる。第五部はあるんでしょうか。


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