髪を切る

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のびのびにしていた理髪を断行。断行ったって、ただ行くだけですけどね。歩いて5~6分。

親子でやってる店。うだるような暑い平日の午後なんで、他に客はゼロ。なんか話をする元気もなく、適当に短く・・とだけ。ふつうなら、バリカンがどうとか、逆剃りするなとか、マッサージ不要とか注文つけるんだけど、今回はそれもナシ。どうでもいいや。

二カ月以上あけたので、かなり伸びている。半白の髪が白エプロンにモジャモジャバサバサ落ちると、汚くみえるもんですね。だいたいの作業はあっと言う間に終わって、その後はコチョコチョとハサミで周辺を微調整。この微調整部分をいかに大切そうに見せるかが床屋の本領ですね。

4100円。前回より少し高くなったような気がする。ま、ご時世です。涼しくなりました。

 

souseki-okuizumi.jpg河出書房新社★★★

杉浦日向子 増補新版」と同じで、文藝別冊のムック本。中身は「夏目漱石」です。ちなみに作家の奥泉光という人は、かなり重度の漱石オタクで、このムックにはパスティーシュ「『吾輩は猫である』殺人事件」の一部も掲載されています。

うーん、という程度しか説明できないですね。

巻頭が奥泉光、斎藤美奈子、高橋源一郎の鼎談。みんな勝手なことしゃべって面白いです。

そうそう。水村美苗という人が、違いすぎる漱石と谷崎を比べていろいろ書いてるのも悪くない。あの特定の時代に漱石があらわれ、この時代にはたまたま谷崎だった。もし逆だったらどうなったことやら。両人にも不幸、読者にも日本にとっても大不幸。

定番といわれる作品の一部だけを抜粋一覧した企画もよかったです。あまり読んでない人への手ほどき。そうでもないと、まったくイメージのわかない小説も多い。

・・・という具合にずーっと最後まで読んで、結局のところ自分は前期三部作では「三四郎」だけ、後期三部作からは「」しか読んでいないけど、でもこれで十分だったという気がします。

要するに漱石を軽んじるのはナンだけど、かといってあんまり崇めすぎるのもナニ。「草枕」の理屈展開と描写にワケわからなくなったり「虞美人草」の藤尾の結末で困惑したのは当然だったんだな、と一安心した次第です。

はい。やはり漱石は猫と三四郎だけでもいいんだ。けっして悪くない洗濯 選択。

 

tenkanokisha.jpg文藝春秋★★★

たとえば夏目漱石の若い頃、どこであれほどの学力を身につけたのか‥と調べてみると、たちまち迷路に迷い込みます。次から次へと有象無象、いろんな学校というか塾というか、出たり入ったりしていて、そのうち天下の学士様になってロンドンへ行っている。いつ英語を身につけたんだろ。

ま、そういう時代であり、そこをくぐり抜けてきた人間の才能・努力が桁外れだったわけでしょう。

漱石より少し前()の万延元年に生まれて、明治9年に東京開成学校()に入学。入学時は数十人だったもののその後の変遷6年を支障なく通過し、明治15年に東京大学)を文学士として卒業できたのは27人しかいなかったそうです。全国でたった27人。この中に山田一郎という奇人がいた。

この連中、もちろん全国から選り抜かれたピカイチの秀才です。日本には学ぶに値するものがないから基本的にずーっと英語で勉強した。英語で聞き、英語で読み、英語で考え、英語で書く)。もちろんピカイチだから、ふつうの教養である漢文もスラスラ書けるし読めるが、それでも日本語は英語ほど上手じゃないという人が多かったらしい。

どんな連中だったか。このへんの事情は坪内逍遥の「当世書生気質」を読むとわかる。逍遥の卒業は、この万延元年組よりちょっと遅かったらしいです。だから山田一郎とは直接かかわりません、たぶん。

大隈重信のフトコロ刀といわれた小野梓という人がいて、この小野梓のまたさらに子分が同級にいたため、万延元年組の学生は大隈となにかとつきあいが生まれた。ところが明治14年の政変で大隈が官を追われ、その後の国会開設運動とか改進党の結成、専門学校設立(早稲田大学です)とか、いろいろあって、要するに政府が官吏養成のつもりで送り出した卒業生が、かなりの比率で反政府運動(ま、ですわな)に身を投じた。

で、この新規誕生の文学士たち、当座は政府のいうこともきかず好き勝手やってましたが、なにしろみんなピカイチだから諸分野で頭角をあらわす。頭角というより、その分野のリーダーになってしまう。たいてい20代の後半あたりで才能がキラメキだす。

ところが一人だけ、あんまりキラメかなかったオトコがいた。これが山田一郎。だいたいクセのある人だったらしく、素直じゃない。やけに韜晦する。おそらく几帳面な人なのに、思い切って豪傑ぶる。たとえば衆院選に出馬したのに、妙にイジイジして自分を宣伝しない。出馬しているのかどうかさえ明確にしない。「ぜひ一票を!」と言えない人なんでしょうね。結果はなんと97票。

よせばいいに東京を離れて、地方に逃げてしまった。天下の秀才、学士様。地方でももちろんチヤホヤされるけど、ただそれだけで未来がない。ボヤボヤしていて機会を失ってしまった。

こうして、天下の文学士なのに何にもなれないオトコが誕生した。地方新聞社に入ったりもしたけど、長くは続かない。地の才能はあるんで、その後はやたら記事を書きなぐっては地方に送って生活。元祖フリージャーナリストです。大酒のんで大貧乏みたいなことを言ってたけど、たぶん金はそこそこ持っていた。ほんとは潔癖で、朝起きると洗面うがいナニナニ‥と、たっぷり2時間かけたとか。風呂にはいると指を一本々々ていねいに洗いはじめるんで周囲が迷惑したとか。

ボロをみかねてプレゼントされた高級着物は何枚もあったのに、なぜかいつも汚い格好ですごす。1日1食、ただし時間かけてゆっくり酒を飲んでからやたら食う。高価でうまいものをたっぷり食う。演説始めると何時間でもしゃべる。グチグチイジイジしゃべる。原稿もダラダラダラダラ、いくらでも書ける。不器用だったのか、不器用を気取っていたのか。

友人たちは「天下之記者」と呼んだそうです。他に言いようがなかったのかもしれない。そんなオトコが大昔にいた。

 

漱石は慶応三年ですから、万延元年というと5~6年前ですね。 

東京開成学校 → 明治初期、こういう名称の学校があったわけです。もちろん開成高校とはまったく無関係

東京大学 → 帝国大学とか東京帝国大学とも違います。このころは「東京大学」という名称だった。コロコロ変わった

英語 →だから英語が得意ではない正岡子規は「劣等生」だった

早稲田大学 →早稲田創設に貢献した三傑とか四傑とか称した場合、山田もいちおう数人の中の一人に勘定されるらしい

 

ファイザー

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style02.jpg4回目の接種。左袖をまくりあげ、肘を突き出し、手首を少しひねって甲側を腰にあて、用意十分で待っていたら(ちょっと粋な格好です)、「あっ、もっと伸ばして。ダラリとさせて」と注文がついた。

打ち手によってスタイルが違うんですよね。たいてい、裏切られる。気のせいか、すこしチクッと痛かった。

女性誌のモデルさんなんかがよくキメる形

 

地獄の釜

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パンドラの箱があいてしまったのか、それとも地獄の釜の蓋があいたのか。魑魅魍魎の正体がボロボロ露呈し始めました。はるか岸の時代にまで遡るらしい。ただ、騒いでいるのはネットと一部のマスコミだけで、肝心の筋からの責任ある表明はいまだになし。

ここまで書いて、ん?と疑問。地獄の釜、この使い方でいいんだろうか。なんとなく釜の蓋があけば牛頭馬頭やら赤鬼青鬼やらがワラワラ・・・と思っていましたが、あらら、真意は違うようです。逆でした。

正月と盆の十六日は閻魔の斎日だそうです。で、ふだん忙しい地獄の邏卒も鬼も、この日はヒマで仕事なし。つまりは罪人たちを呵責しない日。もちろん商家の小僧さんたちもお休みになる。藪入り。 『蓋があく』=業務休業なんですね。そうだったのか。

釜の蓋には別解釈もあるらしい。つまり15日は鬼たちの休業日なので、釜の蓋を閉めて職場から離れます。やれやれ。で、16日はまた職場復帰、つまり釜開き。閻魔様にご挨拶してから釜の蓋を開け、中の罪人たちを苛む本来業務を開始というものです。いろんな説があるんですね

つらつら考えてみると、自分は「地獄の釜」=「火山の噴火口」みたいなイメージでとらえているみたいです。噴火口が開くから有象無象がワラワラと吹き出してくる。 

 

marchen.jpgいそっぷ社★★★

ちょっと違和感。高島さんがなんで向田作品論を書いたんだろ。

もちろん向田作品を嫌いだというわけではなくて、高く評価はしているらしい。しかし何故また? 銀座銀座百点の連載(後に「父の詫び状」)をはじめとして、数多くの随筆や小説をとりあげ、こまかく精査。かなり容赦ない視線です。

そもそも忙しい人であり、依頼を断らないのが信条だった。おまけに締め切りギリギリにならないと気がのらないタチ。そういうわけで、たぶん一気呵成に書いた。悪い言葉でいうと、書きなぐった。言葉のセンスは抜群。しかし、エッセイや小説の時代背景はかなりいいかげん。

背景をまじめに調べなおしてみる気がない。旧制高校と現代の高等学校を同一視する。年代を無視した出来事だったり流行だったりが頻出。いわばバブル時代のイケイケ女がスマホをもって遊んでるみたいな錯誤です。同じ随筆の中でさえも前提となる時代がズレてしまったり。たぶん注意を払う気がなかったんでしょうね。気にしない人だったのか。

脚本の場合、こうした設定が多少違ってもなんかとなります。途中でナオシが入る。演出でカバーする。直接読ませる小説ほど厳密ではない。それで悪いクセがついたのかもしれません。

また、同じような展開の小説が多すぎますね。スジが同じ。ストーリーの金太郎アメ化。とくに登場する男性キャラは画一的で、登場するサラリーンがみんなワンパターンの大卒。あの当時、そんなに大卒は多くなかったはずです。勤め人の肌感覚がゼロ。おまけに戦後まもないのに、なぜか軍隊経験者がまったく登場しない。不思議に時代感覚がズレている

向田さん、あんまり世間のオトコとつきあう(話をする。観察する。関心を持つ)ことがなかったのかもしれない。狭い社会で生きている。意外にモノを知らないのかも・・・。

などなど。きびしいです。いちばんの意外は「つましいサラリーマン」ということになっている向田家の父親。書かれた要素だけから見ても、実際にはかなり成功している社員だそうです。したがって、けっして貧しい家庭なんかではない。現実の保険会社ではそこそこ出世したサラリーマンであり、給料もかなり高かったはずです。そうすると大前提となっている家庭の雰囲気がなんか違ってくる。事実とは異なる。虚構。だから「メルヘン」という言葉になる。

高島さん、本当に向田作品を好きだったのかなぁ。執筆のキッカケ、経緯はいちおう書かれているものの、どこかで「ん? おかしいぞ。こりゃ違ってる」と生来の悪いムシが起きたのかもしれない。つい黙っていられなくなった。それがソモソモだったのかもしれない・・・という感じもします。邪推ですが、なんせ不正確とか間違いとか、大嫌いな人だったようだから。きびしく指摘しないとおさまらない。

 

「フェイルセイフ」という考え方がありますね。機械や装置はいつか必ず故障するが、故障したときには危険な側ではなく、必ず安全側に着地させる。ま、そんな思想です。

たとえば刑務所の塀の上を歩いているとき。へんなタトエですが、履いている靴底の高さを変えて、刑務所側の靴のカカトだけ斜めに厚く5センチにしておくとか。これだとまだうっかり刑務所側に倒れる可能性があるか。それならずーっと道路側から太いゴム紐で引っ張っておくとか。ゴムを引っ張りながら伴奏者が道路を走る。

ムリです。あんまりイメージの沸くタトエじゃなかったです。

実は大昔、エレベータの仕組みを少し本で少し読んだ。あれは万一ロープが切れた場合、自動的にブレーキがかかるメカニズムになっている。つまり絶対に滑り落ちないようになってるんだそうですね。エレベータそのものは人力とか、紀元前からあったといいますが、この画期的な安全装置は19世紀の中頃に発明。以降、エレベータは「原則として落下しないもの」になりました()。

mado.jpgストッパー。たぶん歯車かなんかを使っていると思うんだけどな。どんな仕組みで可能か、眠れない夜なんかに考えることもあります。この種のピタゴラスイッチ式のメカ、好きなんです。かっこうの思考材料。ま、考えつく前にまた寝てしまいます

で、なんでこんなことを書き始めたか。実は家のオーブンが壊れました。壊れるのは不思議じゃないです。万物すべからく壊れる。エントロピーは増大する。しかし問題なのは「勝手に熱くなる」ことですね。あってはならない方向に壊れた。要するにタイマーの故障。かなり昔、イタリアの有名ブランドが事情あって中国に製造工場を移した。その造り始めの頃の年度のオーブンです。

家人によると、タイマーが切れるとチンと鳴る、最近鳴らないことがあるなあ・・という感じだったんですが、ある日、タイマーが勝手に動きだし勝手にヒーターが熱くなりはじめた。昼間だからよかったです。その後も再現を確認したので、ま、完全に壊れたんでしょうね。

恐ろしいなあ。ニュースでときどきMade in Chinaのバッテリー発火とか目にします。今回は物理的なメカニズム故障なので違うんでしょうが、それでも致命的になる可能性がある。メーカーの名前は出しませんが、ご用心。人生、なにがあるかわからない。


実際にはタマに落下します。だからエレベータ坑の底には念のためスプリングクッションがついてる(はず)

もうひとつ。カウンターバランスも重要なんでしょうね。滑車を通して反対側に箱とほぼ同じ重量のオモリをぶら下げる。これで昇降エンジンの負担を減らせるわけです。

田舎の中学時代、校舎は旧兵営利用で、ごつい上げ下げ式の窓でした。イギリス式? バランサーがついてて手動で上げ下げする。ただ内部のヒモが切れると(たいてい切れてた)非常に重くなるし、手をはなすと凶悪に落ちる。手をはさむと悲惨です。

 

warukuchibon.jpg彩図社★

作家文豪といってもニンゲンですから、腹もたてるし悪口も言う。けっこうネチネチと文句つけるタイプもいる。そうした「ワルクチ」をあちこちから収録したものです。

結論として、あんまり面白い本ではなかったですね。そうだなぁ、太宰の代表的な何本かの悪口(有名なのかは井伏にたいしてとか川端とか)、中原中也の激烈なやつ(これは短いのが特徴ですね。短詩型アイクチ)とか、ま、それなり。

感想として、志賀直哉という人はかなり反感かっていたんだなあ。特に無頼派連中の目の敵。また菊池寛に絡んだ論争・喧嘩は読んでるだけで心が腐るような気分。よっぽど嫌われた。あの坂口安吾までがイジイジイイジと菊池に文句つけてる。今東光も本気で菊池と喧嘩している()。

谷崎潤一郎vs佐藤春夫。こんなにダラダラとだらしなくヤリトリが続いたとは知らなかった。読んでると赤面するような女をめぐる経緯です。

編集部ワルクチの収録の仕方が悪かったのかなあ。魅力がない。疲れる。文豪のみなさん、かなりみっともないです。

詳細は知りませんが、結果的に今東光は孤立して仏門入り。てっきり左翼運動絡みが主な理由かと思っていましたが、それだけもなかったのかな。

 

sugiurahinako.jpg河出書房新社★★★

文藝別冊 KAWADE夢ムックから刊行。サブタイトルが「生誕60周年 江戸から戻ってきた人」。ま、そういうことのようです。

中身はあちこちに書いたエッセイやマンガの切れっ端などですね。仲のよかった実の兄の寄稿もあります。これだけまとまると価値があります。彼女が言いたい「江戸」がけっこう理解できる。

若くして亡くなったことは知ってましたが、いったい何歳だったんだろ。えーと、46歳ですか。そんなに早かったんだ。豪華客船世界一周を理由に漫画やテレビから「引退」「隠居」していますが、実際は病気のためだったらしい。お兄さんが「妹は猫をかぶって、その猫がうまかった」という趣旨を書いています。隠居の理由も「意地」というべきか「猫」というべきか。

日大芸術学部を中退して()、稲垣史生の弟子になった。厳しいことで知られた時代考証のセンセイです。気に入られたらしい。で漫画を覚えて、ガロに描いたりする。血迷って荒俣宏と結婚。血迷ったのは杉浦なのか荒俣なのかは不明です。半年で離婚成立。

一般にはテレビの『コメディーお江戸でござる』で有名になったんでしょうか。ただし後年の爆発的な江戸ブームとは無縁のはずです。傘をかたむける「江戸しぐさ」とか、なんかヤケに売れましたが、あれはどこから火がついたのか。どうも奇麗事すぎました。

杉浦日向子によると、テレビで見る「長屋」は京都スタイルなので広すぎるそうです。太秦のセットを使っているから、あのサイズになる。実際の江戸の貧乏長屋は基本が3坪。つまり四畳半+土間です。へっつい(竈)はあったりなかったり。自前購入なので引越しするときは鍋釜へっついを持って移動した。

つまり原則、家で煮炊きはしないわけです。長屋は帰って寝るだけ。みんな外の屋台で食べた。外で社交した。外で時間をつぶした。それだけ外食費は安かった。

その代わり、着物とか煙管とかナベとか、モノは高かったみたいです。一生に買える着物の枚数は5~6枚だったんじゃないだろうか()。相対的に非常に高価で、今の物価で考えたらそれぞれ何十万円もする。火鉢買ったら百万円とか。だからなかなかモノは買わない。壊れたらていねいに修理する。それで修理専門業者が江戸の町中をうろうろしているわけです。モノは大事に大事に使う。

ついでに。江戸の娘は化粧しなかった。化粧して座敷に座っているのは関西の嬢はんだけ。江戸のオキャン娘はひたすら磨いた。特におでこ。ピカピカ光ってオトコの目玉が映りこむまで糠袋で磨いたそうです。ついでに。結婚しても仕事をする女は珍しくなかったけど、そういう場合、自分で稼いだ銭は自分で使えるのがふつうだった。江戸の女はかなり有利だった。

これもついでですが、所帯もつ際にはあらかじめ「三行半」を書いてもらうのがふつう。これでいつでも簡単に亭主を追い出せる。そして追い出された男は再婚するのが非常に難しかったらしい。「追い出されたやつ」という低評価になる。江戸のオトコは大変だった。

ここは卒業しないで中退だからカッコいい。昔の「仏文中退」と同じですね。

戦国期の「おあむ物語」ですか、たしか年頃になりかかった娘さん、そこそこの武将の娘なんですが、子供の頃につくってもらった草木染めの帷子(カタビラ)しか着るものがない。スネが出て恥ずかしい・・・という部分があったような。貴重だったんでしょうね。

そうそう。江戸っ子はなにかというと尻端折(シリッパショリ)して褌(フンドシ)を見せる。自慢だったわけです。いやいや、それどころか「褌、持ってるンだからな」という低レベルの自慢だったのかもしれない。褌も買えない連中がいっぱいたらしいです。なんせ高価だった。

 

mephisto.jpg幻戯書房★★★

グランド・ミステリー」「雪の階」の奥泉光の戯曲です。地獄シェイクスピア三部作。戯曲という言い方は最近あんまりはやらない。脚本の一種ですか。読んでもらうことを主眼にした脚本。ん? すこし違うか。

大昔、家にあった世界文学全集の類のなかにイプセンとかなんとか、戯曲だけを集めた巻があった気がする。けっこう読めるもんです。そのうちシェイクスピアとか北欧ものとかイタリアオペラものとか、いろいろ手をつける。あっ、井上ひさしのはなぜかダメでした。倉本の分厚い「ライスカレー」脚本は面白かった。

で、奥泉光のコレは実際に演じてもらうことを前提にしたらしい()。ただ元来が小説家なので、どうしても読ませるものを書いてしまう。最初は独白だけで40分も要してしまったり、けんめいに削ったのに上演4時間になったり。

中身はリア王、マクベスなどシェイクスピアものの発展です。当然地獄におちたこの連中がどんな具合に生きて(?)いるか。どう反省(?)しているか。悪魔たちやメフィストフェレスとかも登場してワチャワチャやります。地獄にも壁があって、無限の壁積み作業を強いられる罪人たちもいる。でも壁があるってことは、「壁の向こう」もある? 地獄の壁の向こうには何があるのか。

別件ですが、あのマクベスには息子がいた! 花のような10歳のマミリアス。ん? 本当にいたっけか。

そうそう。無事に生きながらえた版のロミオとジュリエットも登場します。可哀相に。

 

知ってる俳優では、何回目かのマクベスの公演だったか、吉田鋼太郎の名前があったらしい。

 

grandmis2022.jpg角川書店★★★

分厚い文庫。計ってみたら4cmあった。

冒頭は北太平洋、海軍の潜水艦伊ナントカ号内部から。たぶん2000トンくらいはある艦で、真珠湾アタック寸前ですね。特攻艇みたいなのが付随していて、これには二人が乗る。乗って湾口を潜行して、魚雷を発射してすぐ逃げる。逃げるというのはタテマエで、ま、99%実質は特攻です。

もうひとつ、空母蒼龍だったかな。まずゼロ戦がカッコよく出撃していく。その次の離陸が九九式だったか九六式だったか。どっちかが艦爆でどっちかが艦攻。軍国少年じゃないので、詳細は知りません。

ま、そんな昭和十六年。オアフ島北の海域。潜水艦の艦長室から金庫が盗まれる。母艦へヨロヨロ帰還してきた艦爆だったか艦攻だったかの機長が、なぜかコックピットで毒死している。

謎です。

で、いきなり舞台は東京へ。こっちは中流階級ふうの若い娘さんがホメーロスかなんかの読書会に参加している。講師はまるで「猫」の苦沙弥センセイか「三四郎」の広田センセイか()。ま、浮世離れしていで戦時中とも思えない。

で、一方ではできたてホヤホヤの未亡人を戦友だった潜水艦乗りが訪問。たぶん色っぽい女性らしいです。ま、想像とおりになる。そういう小説か・・・・と思い始めたのところから事態がガラガラかわります。

未亡人がなぜかいなくなる。あやしい人物群が暗躍する。強気の娘さんが特高に脅されて泣きそうになる。妙に魅力のある悪人がヒラヒラする。

海軍はミッドウェイでボロボロになる。ガダルカナルへ行く。硫黄島で死ぬ。こうした戦闘シーン、迫力あっていいです。作者の奥泉さん、1956年生まれというから昭和31年か。しっかり調べてる。当方かなり年上なものの、登場する兵たちの「エンカン服」とか「事業服」、恥ずかしながらまったく知りませんでした。そういう言い方したんだ()。

ま、正直、ストーリーはわけわかめ状態になります。予知能力なのか、パラレルワールドなのか、あるいは幻想なのか。そして悲劇の主人公ふうだった未亡人は戦後銀座の海軍バーのマダムになり、あやうく結婚しかかった生意気娘は髭面の帰還将校にほれられる。髭面だけどシェークスピアの一節を暗記している。

SFともミステリーとも、厭戦小説とも、なんとも言いようのない長編です。要約不能ではあるものの、魅力はたっぷり。奥泉ワールドとでもいうんですかね。

ちなみに表紙絵はアングルの「グランドオダリスク」。オダリスクってのはハレムの女奴隷のことだそうです。この絵、人体構造を無視した不思議なデッサンでも有名です。

 

奥泉光というひと、実はかなり重度の漱石オタクです。

死んだ父がよく母に「そろそろ寒いからタンコー出しておいてくれ」という言い方をした。なんとなく「炭坑」を連想。数十年たってから、あれは「短袴」と気がついた。将校なんかがつける乗馬ズボン。スネが細くなって暖かい。ゲートル巻くのにも都合がいい。

 

だいぶ前、肝臓系の投薬が(たぶん)原因でなにかの数値が急上昇。
数値を見た医師からあわてて電話がきて、即座に服用中止となった。
で、次の投薬指示はなく、以来2年(メモを調べてみた)。
担当医がかわったので、薬の必要はないのか聞いてみると
「酒をやめれば治るんだから薬はいりません」と言われた。
なるほど・・・というしかない。

理屈ではあります。

 

どこかで見つけた。センスいいなあと再確認しようとしたら、もう見つからない。だからウロ覚え。たぶん、少し違う。


どうせ投票したって何も変わらない
  ん? じゃなくて
投票しないと、変わるよ

 

小田嶋隆が亡くなった。65歳だという。そんなに若かったのか。

このところ何回か入院をくりかえしていたし、ま、大変なんだろうとは想像していたが。しばらく更新がないと思っていたらいきなり「死去」のニュース。

なんかなあ。

けっこうマメに追っかけていた人です。大昔の貧乏とゴールデンカレー赤羽崖っぷち論()とか、最近では「超・反知性主義入門」とか。キラキラ輝いていた。ちょっと哀しいです。


東京は山手線から西側に向かって文化的傾斜がゆるく、なだらかな台地であり、北に向かっては等高線が狭く赤羽付近で急激に落ち込む

 

ネットで特定のページを見ていると、巨大な広告スペースがポッと出現。邪魔です。左右の中央付近、4分の1くらいが縦長の帯状に隠れてしまう。消そう・・・としますが、消すための右肩の「×」印がない。ページのへりをズルズルッッと下げても、やはり「×」が出てこない。

何回か同じページにアクセスしてみました。状況は変わらず。どう探しても、途中で出現するこの広告を消す手段がない。

5回目か10回目か、別の広告が出現するようになりました。ん? こっちは縦が少し短いぞ。ずーっとページを下に伸ばすと右肩の「×」が見えてくる。

喜んでクリックして消すと、あらら、小さな「Ads by Google 『フィードバックを送信』『広告表示設定』」という告知が出現。ただ、告知本体は小さいけどその下にさきほどと同じスペースの空白が伸びている。要するに同じです。

いろいろトライ。『フィードバックを送信』をクリックしてみると『広告で記事がみえない』『この広告に興味ない』『関心のない分野である』・・などなど選選択肢がある。ためしに『記事がみえないぞ!』をクリック。よしよし。お礼と同時に広告が消えた。

成功したように見えましたが、後でまたアクセスするとまったく同じです。さっきの広告だけは出さないということかな。変化なし。

思いついて同じページをChromeで訪問してみました。なるほど、Chromeの場合は広告そのものが出てきません。なのにFirefoxの場合はどうやっても広告が出る。処置できない。出さないような設定も発見できない。

仕方ないですね。長年使ってきたものですが、ここでFirefoxをあきらめました。Chromeを常用するしかないな。あっ、Eddeはそもそも考えていません。

念のため、数時間たってからまた確認してみましたが、やはり同じですね。FirefoxとChromeでは広告に対する考え方が違うらしい。

いや、本当はChromeでも悪くはない。評判のいいブラウザですが、ただあのタブ多用の表示システムが好きじゃないんです。うっかりするとすぐ迷子になってしまう()。

こうやってヘンクツオヤジの生き方はまた窮屈になる。世の中を狭く生きる

 

そうそう、Chromeの問題点のひとつだった「Japanist2003だとインライン入力ができない・・・」は、どこかに書いてあったようにWindows7互換モードで立ち上げれば解決します(ありがとうございました)。Windows7モードでも問題はたぶん何もないです。そもそもOSそのものも、Windows7でよかったんだから。

タブを使わない表示設定を探したけど発見できなかった。残念。

 

ad202206c.jpg

後日、発見。離れた左位置に広告コントロール用の大きな「×」がありました。(この表示スタイルなら、他でも出会ったことがある・・) たぶん文句言われたら「え? ボタン用意してますけど」と弁解できる。
ただ背景色によっては、この「×」がものすごく見にくかったりするわけで、今回は完全に騙された。アホだった・・・。

 

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