2013年1月アーカイブ

eikokushinshi.jpg★★★ 早川書房

プラチナ・ファンタジイとかいうシリーズの本らしいです。いかにもファンタジーふうの装丁ですが、あんまり内容とはマッチしてないような気がしますね。

さて、ヴィクトリア女王の御世、とある誠実な牧師が霊感を受けて「そうか、エデンの園は実はタスマニアにあったのだ!」と気がつきます。大発見。それを実証するためにスポンサーを探し、サクソン優生主義の医師やニートふう植物学者を隊員として集め、壮大な 後悔 航海を開始。ただしレンタルしてしまった船は、依怙地なマン島の船乗り連中が一儲けを狙った密輸船だった・・・。

紳士たちを乗せた船はゴタゴタしながらも大西洋の波濤をわたり、ホーン岬を通過し、はるばるオーストラリア大陸の南東、タスマニアへ。船長は、隠していたブツ(ブランデーとタバコ)をこっそり売り捌く機会がなくて焦りくるっています。ほんとうはイングランドで取引する予定だったのに、いつになっても捌けない。破産の危機。(このマン島の船乗り連中、いい味出してます。)

かなりブラックなユーモアというか、シリアスなんだけどドタバタ劇。ストーリーは何十人もの語り手の観点から綴られます。これがみーんな超主観的というか(当然です)、自分は正しい、自分は親切。相手は無知でアホで無信心で無礼。

時系列はちょっとズレますが、タスマニアでアザラシ漁をしていた一人のならず者が、なぐさみ用にそのへんの女(もちろんアボリジニ)をかっさらって鎖でつないで小屋に飼っておきます。ところがその現地女、頑固だし頭は切れるし力はあるし、隙をみつけて相棒の白人を叩き殺して脱走。脱走してからも彼女の生涯テーマは「復讐。あの白人、必ず殺す!」です。

で、復讐を誓ってはいたんですが、無念なことに子供が生まれてしまう。体は黒いのに髪だけは幽霊みたいに白っぽい子供。かんぜん仲間外れにされ、母にも愛されないで育ったこの少年も主要な語り手の一人になります。

少年が成長していく間、島では大々的なアボリジニ駆り出しとローラー抹殺作戦を展開。害獣駆除みたいなもんです。もちろんアボリジニも一応は槍をもって抵抗する。たまに味方になろうという白人も少数はいるんですが、あくまで白人観点の「善意」で、哀れな野良犬を保護するみたいな感覚なんでしょうね。かえって迷惑です。服を着ろ、屋内で寝ろ、ウォンバットの肉なんか食べるな、木の根なんて齧るんじゃない。礼拝にこい。神を讃えよ。祈祷を暗記せよ。

とかなんとか。殺されたり疫病にかかったり、小さな島に隔離されたり、短期間でタスマニアのアボリジニは絶滅してしまいます。

そして、そんな時、ついにさまざまな思惑と紳士たちを乗せた船がタスマニアの港に到着です。街には、生き残っていた混血少年(もう少年ではないけど)もいます。ここで二つのストーリーラインがついに合流。

探検隊が隊列をつくって奥地へ進み出してから、ストーリーは一気に動きます。バタバタバタッと動いて・・・どうなるかは書けませんが、いやはやいやはや。最後の最後は大笑いしてしまいます。
eikokushinshi-e.jpg
ちなみに原題は English Passengers です。



ネットで見た原書のカバーはこんな雰囲気。
だいぶ印象が違います。


ネットをうろついていると「誰々を卑下する」というテキストに出くわすようになってきました。最初は単なる書き間違い、あるいは書き手がアホなんだろうと思っていました。

しかし、妙に多いんです。AAAはBBBを卑下しているようだ・・という式の文章。不思議だなあ。

辞書をひいてみました。棚にあった三省堂の「大辞林」では「一義=自分を低くすること」「二義=相手を見下すこと,あるいはそのさま」 そうか。もともとそういう意味があったのか・・・。かなり古そうな用例も掲載されていました。動詞ではなく形容詞ふうで「卑下なる者」という用例。ん、形容動詞か? 品詞のことはようわからんですが、でもこの形容的な使い方ならまだ納得できます。

たとえば「サルめは卑下の生まれ故、礼儀を知らぬ」と信長が言うとか。

ちなみに同じ三省堂でも手軽で薄い「新明解国語」にあたってみると、こっちは一義しかのっていませんでした。二義はナシ。

「卑下」を字面だけからすれば「見下す」という意味合いがあっても当然です。でも最近数十年、下手すると百年、そういう意味の使い方はされていなかったような気がします。気がします・・ったって、調査したわけじゃないですが。

いったい誰が、消えかかっていた古い意味合いを復活させたんだろう。どっかの方言として生き残っていたとか。ミステリー。

★★★★ 講談社

ghosttrain.jpgいい年こいた旅行作家が、ロンドンから東欧、トルコ、トルクメニスタン、ウズベキスタン、インド、スリランカ、東南アジア、日本、そしてシベリアを経由して戻る鉄道の旅の記録です。

セローは30年以上も前、まだ若かった頃にも一周旅行をして「鉄道大バザール」という本を書いたようです。若いころのその旅を再度なぞって回ってみた。一種のセンチメンタルジャーニーでもあるんでしょうか。

大部ですが、非常に面白かったです。

基本的にこの人は無機的な都会が好きではないらしい。田舎が好き。素朴な人々が好き。しかし、だからといって汚い二等車で旅するような元気はないので、可能なら一等車に乗りたい。鈍行はもちろん困る。危険はもちろん避けたい。

一周ルート、悲惨な国と地域を通っています。描写はかなり誇張されている気配がありますが、それにしても酷い地域です。悲惨な人々と可能な限り会話を交わし、同情し、あるいはうんざりし、都会に着くと快適なホテルで一息入れて酒を飲む。最高級のホテルには泊まりませんが、かといって汚いホテルも嫌いです。まずまず清潔でまずまず快適なホテルが好き。

東京はあまり好きではないようです。清潔かつ繁栄する無機質都市の片隅で、このへんくつ親爺はポルノショップやメイドカフェを探検します。異常進化したエロマンガとカワイイ文化にヘドを吐きそうな気配です。

東京では村上春樹に街を案内してもらっています。ここで描かれる春樹、意外な面を見せてくれてますね。春樹ファンにとっては新発見でしょう、たぶん。

北へ向かう列車に乗り、雪の北海道へ。そして北のてっぺん、何もない街・稚内へ。このへんまで行くと都会臭は完全に払拭され、セロー好みの素朴な住民に出会えます。雪に閉ざされた街の飲み屋で毎晩酒をご馳走になり、近くの温泉をめぐり、満足してまた日本海を南下する。

そして京都。奈良。また東京に戻って新潟。海を渡ってウラジオストク。長いシベリア鉄道の旅は想像どおり、単調かつ陰惨です。

いい本でした。文庫で刊行されているようなので「鉄道大バザール」も読んでみようと思います。調べてみたら訳者は阿川弘之でした。へぇー。

そうそう。アーサー.C.クラークのファンはスリランカ編を読まないほうがいいかもしれません。インタビューに応じて登場する大御所クラークは、うーん、かなり困った老いぼれ親爺ですね。筆致はかなり辛辣です。もっともこのポール・セロー、とにかく情け容赦なく書きまくるのであちこちで嫌われていような模様です。ま、当然ですが。

かなり前からリビングルームの照明が暗いなあと感じていました。スイッチを何回試行錯誤でオンオフしていると、少し明るい感じになる。でも翌日はまた薄暗くなっている。

ふと思いついて、天井照明の傘を外してみました。あららら。20W、27W、34Wと3本ついてる蛍光管のいちばん外側が点灯していない。何回かテストしているうちに順不動ですが

 モード(1) 内側2本が点灯、外側はかすかにユラユラッとしているような・・・
 モード(2) すべて消える
 モード(3) 暗い豆ランプだけが点灯
 モード(4) 内側2本だけが点灯
 
と4つのモードがあることがわかりました。壁スイッチを消してすぐオンにすると切り替わります。

で、モード(1) と モード(4) で明るさに差があることが判明。(1)のほうが少し暗いんですね。はっきりした理由はわかりませんが、(1)はいちばん外側の34W蛍光管を点灯しようとして、たとえば全体の電圧が下がっているとか。ま、なんかそんなふうな理由でしょう、きっと。電気のことはよう知らんです。

器具はもう10年以上のものなので老朽化して基盤のどこかが切れた可能性があります。それも仕方ないか・・と、念のため点灯しない外側の管を外し、真ん中の27W管を代わりに差し込んでみました。これを試してみるところが偉い。ん? 点灯するじゃないか。

結論。器具の問題ではなく、いちばん大きな34W管だけがダメになったらしい。一昨年の秋口に3本パックを購入したので、寿命はまだまだあるはずです。また1本だけ切れるのも不思議です。不審だけど、今さらクレームつけるわけにもいかない。1本だけ買い換えますか。でも単品なんて売ってるのかな。

ということで駅前の電機店へ。単品もありました。でも「ネオスリムZプライド 高周波点灯専用形蛍光ランプ 34W形 電球色」の単品は5~6箱並んでいるのに、同じものの「昼白色」はない。最近は電球色が人気なのかな。妥協してもいいけど、1本だけ違う色調じゃ変な雰囲気になるんだろうなあ。

店員に聞いてみたら在庫もないそうです。でもメーカーから取り寄せが可能ですよと親切に教えてもらいました。で、問い合わせの結果はメーカーも「在庫なし」。でも生産中止ではないので、少し待てば届くと思いますよ。

単品売りはちょっと割高で1600円強。それでも3本パックを買うよりはマシなんで、依頼して帰りました。蛍光管の予約購入なんて、初めてです。

そういえば、子供の頃 ♪デンキのタ~マ キ~レタ という唄があった。あれの前後はどうだったんだろ・・
 
shiki2013.jpg★★ 平凡社

3人が司馬遷の「史記」についてあれこれ、勝手なことをしゃべるという構成です。安野、半藤はもちろん知っていますが中村愿(すなお)という人は寡聞にして知りませんでした。中国関係の書店を開いたり美術や歴史関係の本をいろいろ書いてる人物らしい。

しかしまあ、この3人、よく知ってらっしゃる。博覧強記という表現とは少し違う感じですが、でもなんやかんや、いろんなジャンルにも話が飛ぶ。誰の発言だったか「若いころに中島敦を読んで感動した。こういう文を書ける人はもう今の時代にはいない」という感想が面白かったです。中島敦の文体は「漢文」を取り込んだというレベルではなく、むしろ半分以上が漢文(読み下し文)じゃないだろうかと言うておりました。たしかに。

あと、まったく知らなかったのは「史記」の年表には「倒字」があるということ。ところどころで意図的に天地逆の文字列があるんだそうです。その部分、司馬遷は思うところがあって書き込んでいる。これを丹念に読んでいくと司馬遷の本当の気持ちがわかるんじゃないか・・。ほんと、知らないこと、多いです。

思い出した。中村愿ってのは「三國志逍遙」の人だった。曹操の詩文がたっぷり入った、思い入れのある本でした。ここに掲載の詩文読み下し文は、独特でなかなか面白いですよ。

★★ 平凡社


chuugokunorekishi4.jpg「中国の歴史 第3巻 大統一時代」

第3巻は戦国、秦の興隆、統一。始皇帝など。

戦国ってのは諸子縦横家があちこちでナニしたり、カニしたり。縦横無尽に売り込み合戦でゴタゴタしている時代です。で、ここも有名なところですが人質に出されていた秦の皇子が急に皇太子に、貰ったばかりの愛妾が誰の子か明瞭でない子供を産む。それが後の始皇帝。その奥さん(皇太后)は身持ちが悪くて、巨根の宦官との間に子供を二人つくった。これじゃ偽の宦官ですね。

始皇帝が父の後というか祖父の後を継いだ時点で、すでに大国秦の基盤は完成しています。そこに乗っかって、さらに伸ばしたのが始皇帝。ついに強力な中央集権、統一国家の誕生。

で、神のごとき始皇帝が没したとたん、それまでの無理と圧政が破綻して、あっというまに大戦乱。群雄蜂起から項羽と劉邦の対立ですね。割合ポピュラーな挿話が多い時代なので、特記すべき感想もありません。

そうそう。劉邦の漢は、秦が築いた統一国家のおいしい所を継承したともいえるらしい。これは「なるほど」という視点でした。隋の後の唐と似た感じです。初代が苦労して道を拓き、次の代が楽して果実を収穫する。そういうことのようです。


「中国の歴史 第4巻 漢王朝の光と影」

chuugokunorekishi4.jpgで、漢の成立です。

劉邦という人、非常にガラの悪い男で人望はなかった。なかったけれども可愛げがあるというか、わがままも言うけどすぐ反省して人の言うことも聞く。自分が偉くないことを自覚していた。そこが項羽や始皇帝と大きく違う点だった。

ですから初期の漢は、何といって独自政策を打ち出してはいません。秦の制度を基本的に踏襲して、ちょっと具合の悪い部分だけ軌道修正した。匈奴に対しても懐柔策が根本で、なるべく戦争はしないようにしていた。陳さんに言わせると劉邦は「運のいい人」だそうです。この時期の匈奴は内部がゴタゴタしていて、南進する元気がなかったらしい。

しかし「基本的にいい人」の劉邦ですが、奥さんが激しかった。中国史三悪女の一角である呂氏ですね。貧乏時代の劉邦と結婚した糟糠の妻ですが、ちょっとした地方の侠家の娘。実際には劉邦が呂家に婿入りしたような形だったんじゃないか。したがって奥さんはしょっちゅう亭主の尻を叩く。

ですから劉邦の戦友たちも、あんまり力をつけすぎると呂后ににらまれて (たぶん亭主を強圧して) 処分させる。韓信なんかもそのクチです。ずーっと尽くしてきた蕭何でさえ、最後は欲ボケしたふりをして、なんとか処分をまぬがれたらしい。ま、呂后としては、息子のデキが悪いのを知ってたんで、力のある老臣・巧臣を生かしておいては心配だったんでしょうね。もちろん有力な親戚連中も要警戒。世の中みーんな、ボクちゃんの敵ばっかりよ。こうして殺しすぎて、外姓だけでなく劉一族としてのトータル力も大幅ダウン。

ただし、呂后は一族や有力家臣を派手に処分したりライバル女性を残酷に殺したりはしたけれど、漢の一般庶民にとっては平穏な時代だったとか。「偉い人たちがなんか闘争してるなあ」というだけで、庶民を特にいじめたり大戦争をしたりはしなかった。

後世の唐の武則天なんかについても陳さんは同じことを言ってましたね。ライバルや身内を殺しまくるのと、悪政とはあまり関係がない。

ただし更に後世、清末の西太后になるとどうでしょう。西太后の場合は彼女の無思慮な行動がそのまま国家の滅亡と結びついてしまってます。

「なにもしない」ことが結果的に有効な施策にもなりうるのは、国家の興隆期だけかもしれません。そういえばイングランドのエリザベス一世も、なるべく決断しない政治方針だったようです。しかし国家の衰亡期になると話は逆で、何もしないことは致命傷になりうる。あるいは、過去なら問題でもなかったような「ちょっとした贅沢」で艦隊費用を流用、頤和園を造成というような行動が日清戦争の敗因にもなる。

ということで、先祖の何もしない休養期間に溜めた資力をぜーんぶ使い果たしたのが中興の祖・武帝。強かったし果敢だったし、カリスマだった。しかし隆盛を誇った武帝の時代から、漢は長い右肩下がりの時代に移ります。そして最後の最後、たいした能力もなかった外戚の王氏がゴタゴタに紛れて皇位を簒奪。新の誕生です。やれやれ。

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これで3巻(戦国末期)から11巻(明の滅亡)まで読了。長かったです。

中国史を概観して思ったのは、つまんない感想ですが、皇帝や王の下で宰相、大将軍であることは難儀だなあということ。失敗すればもちろん首チョンパだし、大成功しても妬まれて讒言されて頭と胴体が離れる。自分だけじゃなくて、親子兄弟、三族もろともです。下手すると数千人が連座。

おまけに共通パターンですが、謀叛する気はないのに「謀叛する気だろ?」と疑われて、切羽つまって仕方なく蜂起。静かにしていても殺されるし、立ち上がっても殺される。同じことなら謀叛せにゃ損々です。

おまけにいつの時代でしたっけ、出仕してもいいことないぜ!と悟って静かに暮らそうとしても、なまじ能力があると「都に来い!」と強制される。出仕すると、その結果は成功しても殺されるし、失敗すればもちろん死を賜わる。能ある鷹で、稀に上手にツメを隠すことに成功した人間だけが、なんとか長生きできる。

困ったもんです。もっとも皇帝だって安心していられなくて、大臣や宦官に殺される。皇太子も皇太子であるが故に殺される。三男、四男の皇子で安心していると、いきなり皇太子に祭り上げられて、その結果として殺される。どうやっても殺されます。

讒言を信じて殺してしまってから後悔して、死後の名誉回復もあったりするんですが、こんどは糾弾した側を粛清する。結果として両方の人材が払底してしまう。

とにかく、中国ン千年の悠々の歴史、みーんなすぐ殺すんですね。もちろん、農民はもっと死んだり殺されたりします。なんせ戦乱になると国の人口が一気に3分の1とか4分の1レベルになってしまうくらい。激しいなあ。

でもこうした危険と裏腹に、みんな権力を得るとアホみたいに贅沢してるようです。危険があるからせめてもと贅沢するのか。それとも常軌を逸した贅沢するから引きずり下ろされるのか。ニワトリとタマゴですか。

時代は少し違いますがわが国の平安時代、原則として貴族の死罪はなかったわけで、それだけでも激しい大陸性気候と、なまぬるい島国の気候は違う。もちろん室町後期とか、けっこう戦乱はあったわけですが、京都周辺をのぞいた地方はどうだったんだろう。中国ほど悲惨ではなかったような気がしてなりません。

chuugokunorekishi3.jpg★★ 平凡社

三国鼎立。魏の曹操。司馬炎の西晋。その後の晋。南北朝などなど。

三国志だけに焦点をしぼるとなかなか楽しいのですが、その後の成り行きまで含めるとかなり寂しいです。曹操のあの努力はなんだったんだ。ましてや劉備や諸葛孔明なんて何を残したというのか。

後漢滅亡から隋の再統一にいたるまでザッと360年。平和な場所や時代もあったんでしょうが、全体として見るとひたすら殺伐たる時代です。ぐたぐた&シリメツレツで読んでると頭が痛くなる。

★★ 新潮社

getewo.jpg安部龍太郎ってのは、他に何か読んだだろうか。うーんと考えたけど、あいにく記憶なし。

で、主人公は藤堂高虎です。通例、計算高くて阿諛追従の達人というイメージで描かれる藤堂高虎を、ずいぶん高く持ち上げています。実際の高虎、おそらく武人としても能力があっただろうし、政治の流れを読む力量もあったに違いない。築城の名人という評価もありますね。

なので安部龍太郎の描き方に基本的に文句はないのですが、ちょっと高虎の行動が綺麗すぎる。もう少し生き身の人間にしてくれたら読みやすかったという気がします。

たとえば豊臣恩顧の武将のくせに早くから家康に接近する理由も「この人こそ!」という感動があったからという解釈ですが、うーん。「感動・賛嘆」にプラスして、やっぱ「保身・欲・先読み」もないと戦国の人間らしくないですね。

また敵役の石田三成がずいぶん矮小に扱われている。これも少し物足りない。たぶんイヤな男だったんでしょうが、でもある程度持ち上げてくれないとストーリーに深みが出てきません。才能もあり、イヤな部分もある人間同士が戦う。それぞれに自分なりの「正義」と「欲」を持って行動する。

たとえば自民と民主、どっちが悪でどっちが善と決め込むのは無理があります。どっちもどっち。同じように「得をしたい」「権力を得たい」「手腕をふるいたい」「より良い国家を作りたい」と思ってる(たぶん)。ただ、それぞれの立場や手法は違うわけです。そして結果的に片方が勝ち、片方が負ける。

他の本を出すのはお門違いですが、岳宏一郎の「群雲、関ケ原へ」を何度読んでも飽きないのはそこです。岳宏一郎の群雄たちはみんな欲深く、わがままで嫉妬深く、金と権力に執着し、しかし世間の評価をやたら気にするし、ときたま理由不明の高潔な行動もとる。そういう不可解の固まりとして行動します。だから面白い。

「群雲、関ケ原へ」で描かれた藤堂高虎も味がありますね。有能にして勇猛、狡猾。流れを読むのが上手で、見え透いたおべんちゃらを恥じない。だから「役に立つ人間」と知ってはいるものの、家康はどうも高虎に心からは気を許せないし、なんとなく好きになれない。

そうそう。岳宏一郎の徳川家康って、けっこう可愛いですよ。ウナギみたいにクネクネした、世間体を気にするケチで狡っこい男。でも武将としてのプライドは人一倍もっているし、いざ戦いになると果敢で強い。

それにしても「群雲、大坂城へ」、まだ出ないのかな・・。

時々思い出したように電話してくる知人。今回は「ハガキソフトなしで、ハガキに宛て名をプリントしたい」でした。

ま、通常なら非常に簡単です。用紙設定でハガキを選び、あとは用紙枠の中で文字を書き込めばいい。せいぜいでも、縦書きか横書きかとか、そのへんで少しトラブルかな。左右とか天地の余白決めもすこし微妙か。「行書体がない!」とか文句でるかもしれない。

ところが「用紙設定の項目にハガキという選択肢がないといいます。あらら。で、「A4用紙でも適当な位置に字をか書けば印刷してくれるんだろ?」という。

そりゃ正しいです。できないわけではない。でも位置合わせ、かなり苦労するはずです。おまけに用紙位置にハガキをどうやって置くか。用紙の厚みもあるし、引き込みでズレないように左右の可動枠をハガキサイズに狭める必要があると思うのですが、なんせ「ハガキという選択はない」と言うんで困る。

キャノンのなんとかというプリンタだそうです。キャノンプリンタでハガキ印刷ができないなんてこと、あるんだろうか。機種名を教えてくれれば調べてあげるよと言ったけど、どうも面倒くさいらしい。ぐずぐず・・と電話が切れました。

hagakiPrint.jpg機種名を調べるくらい簡単と思うんだけどなあ。でもこれが、けっこう大変なのかもしれないです。よう分からん。


そうか・・。「用紙選択」のこの画面で、「ハガキ」が出るまで下にスクロールしなかったのかも



そういえば大昔、会社の先輩からいきなり内線がかかってきて「ワープロで¥はどうやって出すんだ」と聞かれたことがあった。キーボードにあるよと教えたら、「ない!」と自信を持って返答。どんなに探してもないんだそうです。怒ってました。怒られても困るよなあ。

そういえば同じ人。ページの周囲を枠で囲んだレポートを作ってたそうで「ページの終わりになると枠線が下に行ってしまうじゃないか!」と言ってきたこともあった。最後の行を入れると、それまでページの最終行にあった線が次ページに飛ぶんだそうです。言っている意味がわからず苦労しました。要するに各ページ、きちんと枠で囲む体裁にしたかったらしい。したがって、枠内がいっぱいになったら自動的に次のページの枠内に「文章だけ」移ってほしかった。

いろいろ聞いた末、ワードで表を作って、その中で大量の文章を書いていたことが判明。うーん、ワードの図表ですか。そりゃ作れないこともないけど・・・・。いろいろ大変だっただろうなあ。

久しぶりにSkyrimをいじってみようと思い、はてどんなMODを入れていたっけか。Nexus Mod Manager(NMM)を立ち上げたところ、あらま、動きません。なんかエラーコードを膨大に吐き出している

NMM034.jpgうーん、原因不明。どこかにアクセスできないと文句たれてる雰囲気です。

よく分からないので、手間だけどNMMの最新版(0.34.0)を再インストールしてみました(これまでは0.30あたりだったはずです)。

フォルダの作り方とか、これも完全に忘れてます。今回はProgram Files(x86)のSteam配下にインストールしてみました。よく知らないけど、Program Filesよりはいいでしょう、たぶん。Skyrinの近くに置いてやったほうが迷わない、たぶん。

みーんな、たいして根拠はないです。

データの置き場所は
 c:\Games\Nexus Mod Manager\Skyrim\Mods
 c:\Games\Nexus Mod Manager\Skyrim\Install Info

で、このModsフォルダに、かねてダウンロードしてあったファイル群をドサッとコピー。たぶんこれでなんとかなるでしょう。

ためしにNMMを起動。よしよし。うまく立ち上がりました。

★★ 平凡社

chuugokunorekishi3.jpg王莽の簒奪、赤眉の乱、光武帝による後漢の誕生。

前漢末は大変な時代だったようです。おそらく人口が3分の1くらいまで減った。減ったということは、みーんな要するに死んでしまったということですね。さすが中国。悽愴というか壮絶というか、無茶というか。「すべて王莽の責任」らしい。

光武帝(劉秀)ってのはかなりバランスのとれた人だったようです。王朝を起こすような人間、たいていは個性が強くてアクのある性格が多いはずですが、この光武帝はかなり例外的。また前漢と後漢、実質的には別王朝です。でも同じ劉の一族だったんで、ま、漢を後継したともいえる。

後漢の基本方針は軍縮だった。また奴隷解放も実施し、土地台帳整備も少し進めた。みんなそれなりに理由があったわけだけど、結果としては、ま、弱体な国家。前漢の最盛期にくらべると人口も少なく、武力もなく、一言でいうとかなり地味な王朝だったということです。

権力を皇帝に集中させたので、賢帝の間は非常にスムーズな運営が可能だった。ただし例によって宦官やら皇后やら皇太后やら外戚やらがはびこりだすと結果的に幼帝が続く。そういう力学になるみたいです。周囲の連中にとって、「成人の賢い皇子」より「幼くてアホな皇子」のほうが好ましい。好き勝手できるから。こうして世は乱れる。とはいっても200年くらい続いたんだから上出来かな。

かくして黄巾の乱。そして三国志の時代になります。

中国史、世の乱れの原因は「女衆の権勢と好悪」「外戚」「欲張り」「汚職」「宦官」「アホな皇帝」「高官の殺し合い」「謀叛」・・。ほかにもまだあるかな。とにかくナマの形の欲望の衝突の繰り返しです。困ったもんです。

暮れにミュージカル映画「レ・ミゼラブル」を見てきました。

miserable2.jpg大森南朋ジャベール警視をやってました。マリウス狩人兄弟の細いほうにも似てますが、ちょっと違うかな。あまり自信なし。

というようなことを言ったら娘には嫌がられたみたいです。故に強くは主張せず。

ミージカル仕立てってどうかなと思ってましたが、意外によかったですね。非常に長い話を、比較的上手に切り貼りしている。で、内容がどうでもこうでも皆が歌い始めると盛り上がって感動的になる。バリケードの学生たち(ルイ・フィリップ体制への抗議暴動)の合唱なんてのも良かったです。

miserable.jpgそうそう。悪辣の権化のようなテナルディエ夫婦、ミュージカルではけっこう愛嬌のある小悪党になってます。

ま、楽しかったです。本来の目的である「年越しソバを食べる」は無理でした。店の周囲、40~50人は並んでる情況。それどころかソバセットの持ち帰りも不可能(いま捏ねてる最中とかで1時間待ち)。大晦日に蕎麦屋へ行こうなんてのが甘いです。

帰りの駅ビルの中も超混雑してました。閉店まぎわに駆け込み、チーズ専門店でなんとか青カビチーズを購入。こんどワインを抜くときに食べる予定。

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