2014年4月アーカイブ

bakugenshinzui.jpg★★★ 中央公論新社会

吉田富夫は莫言の著書をたくさん訳している人です。初期のものはまた別の訳者で、えーと、藤井省三という人が多いかな。

ま、最近刊行のものはたいてい吉田富夫訳だし、親交もあるらしい。ノーベル章をもらったんで中央公論が喜んで、こうした本になったんでしょう。

前半の半分以上は、莫言がどんな人物でどんな本を書いているかという紹介。後半は日本各地やストックホルムでの莫言の講演録です。それぞれ面白い。ま、このところ莫言にはまっているせいもあるんですが。

「豊乳肥臀」で当局の逆鱗にふれ、かなり苛められた。投獄も覚悟したらしい。しかしその後もスレスレのきわどい内容を書き続け、ノーベル賞をもらったので、ま、今後は安泰。

でも単に安泰というわけではなく、いろいろゴマ擦りもしているらしい。なんか毛沢東の言葉を集めて一冊の本にする(いいかげんな言い方ですみません。詳細は忘れた)というイベントでは、何も文句言わずに一部執筆を担当したようです。要するに当局による踏み絵ですね。こんなときには決して逆らわない。

たしか文芸協会の副会長かなんかやってたはずですが、これも想像とは違って十数人いる副会長の一人。しかもほとんど実権のない名誉職らしい。でも「辞退する!」なんて言わないで唯々諾々と従うのが莫言です。長いものには巻かれろ。

徹底的にしぶとい農民スタンス。青臭くない。まず飯を食う。安らかに暮らす。しかし積極的に迎合はせず、可能な限り小説の形で体制批判を続ける。正義に燃える文芸家たちからは「体制側だ」と文句言われているようですが、党にとっても実は扱いにくい作家でしょうね。

そうそう。ノーベル賞の授賞式というのが1週間も続く大変なスケジュールだったとは知らなかった。かなりハードなものらしいです。式典の途中、隣に座っていた山中教授が莫言の膝をそっと叩いて「今だよ」と起立のタイミングを知らせてくれたらしい。よかったです。(もちろん莫言、小学校中退なんで外国語はダメです。式典進行、何を言ってるかぜんぜん理解不能だったでしょうね)

★★★ 日本放送出版協会
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ミトコンドリアDNA、Y染色体から見た日本人のルーツのお話。

非常に読みやすい本です。これだけまともな日本語で書かれた啓蒙書は珍しい。懇切丁寧でなるほどなるほどと読み進めるんですが、なんといっても複雑なハプログループの系統の話なので、だんだん頭の中がスパゲッティになります。しかたないですね

なんとなく理解できたこと。

いわゆる縄文人のDNAは、九州・朝鮮半島あたり一帯で共通する。要するに現在の国境とは無関係で、全体としてひとつのDNA圏だったのかもしれない。

基本的には縄文人が住んでいたところに、東北アジア系の弥生人が混血という「二重構造論」が正しそう。しかしそんなにシンプルなものではなく、けっこうグチャグチャ複雑になっている。

母系(ミトコンドリア)からすると、現代日本人の多くは朝鮮半島や中国の北部とつながりがある(意外!)。しかし男系(Y染色体)ではこれと一致せず、大きなへだだりがある。

先進技術をもった弥生人が半島を渡って一気に日本列島を侵攻というパターンなら、東北アジア系のY染色体が圧倒的多数で、ミトコンドリアは縄文系になりそうです。つまり縄文のオンナが弥生のタネの子供を産む。

しかし実際は違うようで、ここから想像できるのは、弥生人が単身赴任の戦闘集団じゃなくて家族を伴って住み着いたのでは。つまり平和的な進出。あるいは徐々に自然な混血

あともう一つ。Y染色体のバラツキということは、大陸ふうの民族大殺戮とか住民の根絶やしがなかった証左になる。オトコの系統がたくさん生き残ってるというのは、そういうことなんでしょうね。

こうして書いていても整理ができない。ゴチャゴチャになる。ま、要するに日本人ってのはいろんな系統が集まった雑多なものである。これだけは間違いなさそう。


4回目でようやく元服。藤次郎政宗。まだ渡辺謙は出ていません。

細かな瑕疵はありますが、あいかわらずいいですね。今回は南の田村から宿老の訪問。見たことのある顔の老人で誰だろう・・と記憶をたどったら、そうか山形勲でした。で、田村の客には伊達の重臣お馴染みの二人(いかりや長介、神山繁)が応接。

用件は田村の姫君(10歳)を元服したばかりの政宗の嫁にどうかという話でした。田村家には跡継ぎがいないので、この結婚で子供が生まれたら養子にほしいという条件。

ただいかにも田舎の嫁取り話で、単刀直入には話しません。仲人口でさんざん姫君の自慢をしてみたり、お世辞を言ったり、伊達側はこの前の贈り物の礼をのべたり。まわりくどくダラダラ進みます。このダラダラ感が素晴らしい。

dokuganryu2014.jpg最近の大河なら、重臣居並ぶところへいきなり先方の使者が侵入してきて、直截に縁談話を提案するのかな。下手すると家来が走ってきて「田村から使者が参りました。縁談とのことでございます」とか大声で叫ぶ。

ほんと、大河の「ご注進!」の取り次ぎは必ずバタバタ走ります。重大事を誰がいようとおかまいなくわめきますね。

田村領三春は米沢(伊達領)の南東、福島県の郡山の近くです。おまけに田村の当主の正室は相馬(伊達の仇敵)だったらしい。もちろん伊達当主の正室は最上(これも仇敵)。このあたり、戦国の親戚関係はえらく複雑です。ほとんどみんな縁戚になる。したがって総領にどこから嫁を迎えるかは非常にデリケートな大問題です。

で、伊達パパの奥方・岩下志麻は小領主である田村からの縁談が気に入らない。せめて最上(奥方の実家)とか大崎(名門です)がいいのに・・と暗い顔です。次は後藤久美子の登場かな。楽しみです。

FirefoxでGoogleページを使うと、検索窓に打ち込んだ文字がダブったりします。気をきかせて予測してるんでしょうが、非常にうるさい。迷惑。

これは歯車マークのログイン画面からたどって「Google インスタント検索の予測」で「インスタント検索の結果は表示しない」をチェックすれば解決。しかしクッキーを削除するたびに毎回同じことをしないといけません。

ま、仕方ないかと思っていたんですが、
https://www.google.co.jp/ の代わりに
https://www.google.co.jp/webhp?complete=0 を使えばいいらしい。よく知りませんが「completeするな」ということなんでしょう。

はい。これをホームページとして登録してみました。いまのところスムーズに行っているようです。いろんな隠し技があるんだなあ。

ここを毎回チェックする必要がなくなる
googleinstant.jpg













negaiboshi2014.jpg★★★ 河出書房新社

アルフレッド・ベスターの中短編集を発見。河出の「奇想コレクション」シリーズです。比較的新しそうな本ですが、たぶん未訳を集めたものなんでしょう。それにしても何故ベスターなんだろ。

ベスターというと「虎よ、虎よ!」とか「分解された男」とか。詳細なストーリーはまったく覚えていませんが、雰囲気だけは残っている。ちょっと暴力的で時間旅行とかテレポーション、サイコものが多かったかな。かなり面白いSFだったような。

で、この「願い星、叶い星」。なるほどねえ。短いものは星新一のショートショート感覚だったりします。さすがに古くささはあるものの、でもカビが生えるほどではない。えーと、1950年代に活躍してたんですか。アスタウンディングとかギャラクシィ誌が元気だったころですね。

各短編、わりあい詰まらないものもあるし、結末の予想できるものもありますが、中では「昔を今になすよしもがな」が良かったかな。ありがちな地球最後の男と女の話ですが、すんなりロマンチックな方向には進みません。はっきり言えば、二人とも尋常じゃない。狂ってきている。その狂い方がなんというか、魅力がありました。

かなりボリウムのある中編「地獄は永遠に」は、自分としては好みじゃなかったです。

taishoroman.jpg★★★ 原書房

大正時代というのはなんとなくホンワカした印象があります。日露戦争が終わって一流国扱いとなり、ロマノフ朝は崩壊し、第一次戦争では濡れ手に泡で好景気。満州事変もまだ起きていない。ま、相対的には平穏かつ幸せな時代です。

ここで取り上げられた内容は当時の新聞を賑わした情死や政治家非難、政変、陰謀、疑獄、テロ事件、貧困の数々などなどの裏面、詳細。知らないことも多くてそれなりに面白くページを追えるんですが、ずーっと通して読み終えるとなんか暗い気持ちになります。暗澹。陰鬱。これを「大正ロマン」などと言っていいんだろうか。

なんというか、よかれ悪しかれ明治の束縛・節制が破れて、庶民も女も政治家も、すべての人間の欲望・欲求が一気に吹き出した時代ということなんでしょうね。自由になった。主張することが恥ずかしくなくなった。個人尊重。好き勝手をやったっていいじゃないか。

精神の束縛が薄れて自由な行動を求める・・という意味では確かに「浪漫」ではあるんでしょうが。

ただナマな形で噴出した欲望は節度がなくて、男女の仲でも金銭でも野心でも、非常にグロテスクです。同時代の人たちはどう感じていたんだろ。平成の世と似たり寄ったりで、「ま、いい時代でござんしょ」とか言ってたんだろうか。それとも絶望したり憤っていたんだろうか。

正直、あんまり後味のいい本ではなかったです。

たとえば「坂の上の雲」ではストイックに軍拡に邁進していたように描かれる海軍ですが、実はその当時でも海外の軍艦製造会社から膨大な贈賄を受けていた。貧乏軍人が艦政本部に移転になると、急に家が建つとか、常識だったらしい。

あっ、表紙写真ですが、たぶん左の軍礼服は桂太郎。右の女は柳原白蓮かな。そういえば白蓮、ちょうど朝ドラにも登場してますね。仲間由紀恵。
・・・・ではなくて、正しくは松井須磨子みたいです。失礼しました。白蓮に似ているなあ。

どうも記憶とは違って、犯人は逃亡に成功したらしい。安政年間、二千両箱が盗まれて、犯人は浪人藤島藤十郎と中間富蔵の二人組。バレないように賢く金はしまいこみ、数年間は猫をかぶってたんですが、そのうち富蔵がつい漏らしてしまって足がついた。

黙阿弥で歌舞伎にもなってるらしいです。

うーん、千両箱をかかえこんで青息吐息ってのも妙に臨場感があるので捨てがたい。もし何か読んだんだとしたら薄田泣菫、子母澤寛、村上元三あたりしか思いつきません。 三田村鳶魚という可能性もあるかな。

vaio_bat2014.jpg家人の古いVAIOノート、再インストールの後はけっこう順調に動いているのですが、問題点が一つ。

起動のたびに「バッテリーの充電能力は良好です」というウィンドウが必ず立ち上がるのです。「問題があります」というメッセージなら意味があるんですが、問題ない場合は放置してほしい。しかもこのメッセージを消すためのボタンが、ちょうどIMEバー(カナとか書いてあるやつ)の陰にひっかかる。けっこうイライラします。

これをどうやったら消せるか。スタートアップ関係とかいろいろ調べてみましたが、どうしてもわからない。あちこちの質問箱なんかを見てまわった結果「VAIOの設定」というツールで設定するのが本筋らしい。

とこがこの「VAIOの設定」、さっさと消してしまってました。やれやれ。しかたなく「VAIOリカバリーセンター」を立ち上げて(ラッキーなことにこれは消してなかった)、ここからソフトの再インストールを選ぶ。はい、「VAIOの設定」もありました。で、これを再インストール。

はい。無事、「VAIOの設定」で電源メッセージが立ち上がらないようにできました。オリジナルソフトはうざいですが、考えなしに消してしまうのも考えものですね。ほんの少し、反省。

天気が良かったので江戸東京博物館へ。初めてです。

通常は1520円ですが)、毎月第3水曜日はシルバーディかなんかで、65歳以上は無料。どうせ行くなら無料のほうがいいですね。

なんとなく浅草橋かと思っていました。しかし降りてみると、それらしいのものがない。ウロウロしてから駅に戻って駅員さんに訪ねると「両国でしょ」と教えられました。あは。バカだなあ。一駅乗ると両国です。駅構内にはお相撲さんの絵看板がたくさん並んでいます。西口を出ると目の前が博物館です。

延々と長いエスカレータを上がって5階(6階かな) が入り口。入ると「日本橋」が架けてあります。立派な木製の木組みです。橋の上は外国の観光客ふうでゴッタ返していて、頭にスカーフまいた女の子がカメラ持ってたくさん騒いでいました。ヘジャブっていうのかな、髪と首のあたりだけ隠れるやつです。たぶんインドネシアあたりの女子高生だと思います。

で、「日本橋」を通りすぎると武家屋敷の模型が数種。てっきり江戸城と思いましたが、どこかの大名の上屋敷だったみたいです。予想よりはるかに規模が大きい。大名ってのはかなりの権威を誇っていたんですね。忍者がチョイと忍び込めるような雰囲気じゃないです。

えーと、「樅の木は残った」でしたっけ、酒井雅楽頭の屋敷で下っぱの家来が迷子になりそうになるエピソードがありました。どこに何の部屋があるかどうかなんて、たしかに見当つきません。まして江戸城あたりなら、新参の殿様は絶対に目的の座敷には行き着けません。茶坊主の案内が必要なわけです。

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越後屋の模型。予想以上に大きい

などなど。江戸日本橋付近の模型とか、越後屋の模型、芝居小屋、大川の風景。浮世絵の制作。長屋。予想以上に楽しめました。フランスあたりの兄ちゃんが「ご自由に」の火消し纏を持ち上げて喜んでたり。私も千両箱を試しに持ってみましたが、15kgだそうです。小さな箱だけどずっしり重い。

どの将軍の時代だったか、江戸城に忍び込んだ強力の盗賊が千両箱を3つか4つ持ち去ったという事件があったと思います。何で読んだんだったか。もちろん重い千両箱を4つ持ち去るのは尋常じゃない。その盗賊もたしか途中で諦めて次々と放置する羽目におちいった。最初から箱一つにしとけばよかったのに。

最終的には千両箱2つくらいかかえて青息吐息、へたり込んでるのを捕縛されたように記憶していますがはて、どうだったか。

なんだかんだ。見て回るだけでけっこうな時間がかかります。なかなか面白かったんで、そのうちまた機会があったら行ってみたいですね。いい特別展がある折りにでも。

※ 追記
入場料金が1520円? なんでこんな数字が出てきたのか自分でも不明。たぶん、もっと安いです。300円か600円くらい。

子供時代をずいぶんじっくりやってるんですね。ずいぶんテンポが遅いような気もしますが、中身は充実してるんで、ま、退屈にはならない。桔梗の色を心で見るとか、ちょっとコジツケみたいなエピソードもありました。なんとか無事に納まってる範囲でしょう。

dokuganryu2014.jpg梵天丸はボケーッとした顔して、あいかわらず母を求め続けています。

原田芳雄の最上義光。いかにも品なくギラギラしたワルという感じでほんと、素晴らしい。うん。謀叛おこした弟との対面シーンなんかも悪くないです。こういう対決シーン、今の大河でもしょっちゅうあるはずですが、なぜかあんまり面白くない。作り物感とでもいうか。何が違っているんだろう。

そうそう。いかりや長介の鬼庭左月と神山繁の遠藤基信。重臣二人がこんなコミックシーンを演じていたとは知らなかった。ゴソゴソと側妾の相談したり(大事なことですわな)、先代主君の子供の数を数えてみたり(どうでもいいことですわな)、ほとんど掛け合い漫才。でも達者な役者が真面目にやってるんで、安心して笑える。竹下景子も初々しい芝居が可愛かったですね。

なんか褒めてばっかり。重臣たちが談合しているところに奥方が乱入したシーンでは、もちろん亭主に厳しく叱られます。もし叱らなかったら亭主の立場がない。当然のことなんですが、最近の大河ではそれが当然じゃなくなってるんで、ホッとしました。

追記。
ドラマの冒頭シーン、いいですね。霧の中から騎馬武者が進んできて、天から光が差す。で政宗が「攻撃!」とかなんとか吠えます。すごい迫力。声は聞こえないけど、映像を見ているだけで大音声ということがわかる。味のある、エネルギッシュなシーンです。


いやー、時間がかかった。家人のVAIOノート(2010年もの)をHDリカバリーしたんですが、なかなかに大変な作業でした。

まず常用デスクトップのすぐ横に置いて、ルーターと有線LANで接続。つぎにデスクトップとノートの共有を設定して、必要そうなファイルやブックマーク、アドレス帳などをすべてバックアップ転送します。

vaioE2014.jpgそしてリカバリー開始。てっきり数時間で終わると思ったんですけどね。甘かった。

CPUの力不足が原因なのでしょうか。それともハードディスクが遅い? あるいはメモリ不足(2G)?
フォーマットからインストールから、すべてに予想以上の時間がかかります。ま、ある程度時間がかかることは多少予期していたので、デスクトップでいろいろ遊びながら作業を見ていたんですが。

肝心のOSインストールが終わってからはソニーアプリのインストールになった雰囲気ですが、これにも時間がかかっていたようです。で、ようやく終了してから再起動がかかるわけですが、この作業も遅い。そして極めつけは、終わってからのWindows Updateです。たしか99本だったかな。べらぼうな数を落として入れないといけない。延々とダンウロードして、延々とインストール作業が続く。

有線LANでよかった。これを無線でやってたら何倍も大変です。

ようやく終わったと思ったら、まだ肝心のwindows 7 service pack 1が未導入でした。で、これもダウンロード。ダウンロードのパーセント表示がなかなか動かないので止まったかとハラハラしていると、ときどきピョコッと変化する。で30%くらいで急に終了したり。かなり不正確です。再起動もなんか不安定な感じでしたね。結果的にはなんとか成功しましたが。

最後はメーカーPC特有、余計なオリジナルソフトを次から次へと削除作業。覚えてませんが20本くらいは消したでしょうか。Sonyなんとか、スマートなんとか、よくまあというくらい邪魔なアプリが入っています。

結局、トータルで8時間くらいかかりました。完全に1日作業です。そうそう、心配していた「OSのシリアル番号入力」は要求されませんでした。番号記載の紙っきれががどこにも発見できなかったので、けっこうハラハラしてたんですが。

追記

あぢゃ・・。アドビ絡みのアップデートも必要かなと、あたらめてチェックしたらNET Frameworkなどなど重要なUpDate要請だけでも60本近くがリストアップされている。これ、たぶん不要と思うんだけど、うーん・・・一応は入れておくか。 ほんと、訳わからんです。


だめだ・・。Windows 7 Service Pack 1がどうしても入らない。何回やっても途中でストップ。そのたびに電源を強制的に落とさないといけない。繰り返すのはけっこう危険です。

念のために調べてみたら、このVaioの購入は2010年4月でした。もう4年もたってる。となると、へんなアップデートじゃなく、最初からクリーンインストールしたほうが賢いですね。吉日を選んで、さっぱりきれいにすることにしました。やれやれ。

有線でルータ接続して動かせば、そこそこスピーディにできるでしょ、きっと。たぶん。

いまさらですが「独眼竜政宗」の第2回。

隻眼になった梵天丸がいじけてウジウジする回です。

dokuganryu2014.jpg子役の少年、ほんとボケ顔で味がありますね。ボーッとしている。ボーッとして、キラキラするところが何もなくて超地味。コンプレックスの固まり。

なんで出てくる俳優さんたちの演技にこんな安定感があるんでしょうか。守役の竹下景子も美人すぎずいかにもという雰囲気でやってるし、奥方のお付きの侍女もぴったり。いかりや長介も意外に自然で上手。これがドラマ初出演かな。

重臣たちがゴタゴタ集まって酒を飲んでるシーンなんかも非常に自然です。最近の大河のしらけた宴会シーンとは何が違うのか、考えてしまいます。

そうそう。教育係の虎哉和尚をやるのが大滝秀治。ちょっと甘いんじゃないかと心配でしたが、いやいや、けっこう迫力もありました。優しそうでもあり、恐そうでもあり。喝!と大声だすときは出す。やっぱ名優なんでしょうね。

PCのセキュリティホールをついたウィルスによる送金詐欺の話をNHKが流していました。銀行ページにアクセスすると途中カットの形で偽ウィンドウが立ち上がって、利用者に暗証番号を打たせたりするらしい。

テレビでは、ジャバとかアドビリーダーが特に危険とか言ってましたね。ま、そのへんの話はだいたい知ってましたが、そういえば家人のノートPC、ずーっとアップデートしてなかったなあ。たまには手当てしないとまずい。

ということで、Windows Updateをかけてみました。てっきり山ほど溜まっていると思ったら、重要な更新は5本だけ。不思議です。でも、これっぽっちかとダウンロード開始したところ、いやはや時間がかかるかかる。無線接続のせいか、性能がないせいか。おまけに48%あたりで止まってしまってピクリともしない

我慢しきれず再起動させました。「実行中のソフトがある・・」とか文句たらたら言うのを無視して、えい!とシャットダウン。でも結果的に5本のうち1本が無事に入ったらしい。ふーん。

で再起動してからまたアップデート。今度は0%から動きません。動かないけどルータの無線アクセスランプはチカチカ点灯しているからダウンロードはしているんでしょうか。これもしばらく続けてから呆れて強制的に再起動。結果的にまた2本入っていました。

そして3回目。これが長かった。結局30分ほど我慢して強制終了。褒められたことではないんですが、しかたないです。うんざり。結果的にでかいのが1本入っていました。

そして最後に残ったのを見たら、あらま、なんとWindows 7 Service Pack 1でした。大物です。これ、まだ手当てしてなかったんだ。クワバラクワバラです。しかしService Packとなると、べらぼうにサイズが大きいはずです。とろい無線LANで落とすのはかなりリスクがありそう。

win7sp1_exe.jpgCeleron P4500、動作1.86GHz、メモリ2G。そもそも高性能ではないノートですが、こんなに遅かったかなあ。

うーんと考えて、デスクトップから速い有線接続でファイルダウンロードすることにしました。落としたファイルをUSBメモリに入れておいて、それを時間のある折りにノートに繋いで入れる。これならダウンロード時間の節約にはなるけど、それでもインストール作業を始めるとかなりの時間がかかるでしょう。面倒ですね。

※Windows 7 Service Pack 1 (windows6.1-KB976932-X64.exe)
ほとんど1ギガ近いです。有線でも落とすのにけっこう時間をくいました。

ふと思いついて鈴木力衛訳「ダルタニャン物語」の巻3「我は王軍、友は叛軍」を手にとってみました。対応する内容は「二十年後」の導入部分ですね。

20years.jpg久しぶりなのでけっこう新鮮に読み進みましたが、途中、アラミスが暮らす修道院の場面で、ロングヴィル公爵夫人が出てきます。最初に読んだころは知識がなかったんですが、歴史上超有名な美女です。なるほど。

で、その修道院を夜中に数人の暴漢が取り囲む。暴漢連中の親玉である貴人はたぶんマルシャック公。昔は「なんでこんな貴族が急に登場するんだ・・」と不審でしたが、つまり、あの「箴言集」で知られるラ・ロシュフーコー公爵の若い頃の名前だったんですね。知らんかった。

フランソワ・ド・ラ・ロシュフーコーという人は、何かの小説だか評伝だかを読んで非常に面白かった記憶があります。何という本だったかなあ。堀田善衛に「ラ・ロシュフーコー公爵傳説」というのがあるらしいけど、これだろうか。当時の大貴族と王権との微妙な関係が非常に興味深かったんです。

ま、大貴族ってのはたいてい王家と血縁だし、所詮は本家とか分家とか、たいして血筋に差はない。なんらかの事情しだいではその大貴族が王権を継承することもあるわけです。徳川時代なら御三家とか御家門になるんでしょうか。王権としても邪魔な大貴族をそう簡単に排除はできない。下手にやるとクーデタを起こされます。

で、ま、要するにロングヴィル公爵夫人ってのはマルシャック公の愛人だった。その愛人がなんか色男の坊さんと最近怪しいってんで、嫉妬にかられて密会を探りに出向いたというストーリーでした。なるほど。ようやく謎がとけた。

・・などなど、そこそこ面白かったんですが、途中でやめたのでまだ読み終えてません。下手に読み進むと続きが延々とあるんで大変。


追記。やはり堀田善衛の本でした。すっからかんに忘れてる。

bunmeitosenso.jpg★★ 中央公論新社

ぎっしり詰まった上下巻ですが、珍しく上巻だけ借り出し。ずっしり重量があるんです。読み始めてみてダメだったらダメージが大きい。それで上巻だけ。

なかなか面白い本でした。しかし訳が硬いです。硬いというんじゃなくて、こなれてないのかな。とにかく読みにくい。調べてみたら訳は「歴史と戦争研究会」とかで、筆頭監訳者も戦史関係の人でした。なるほど。

何故戦争はおきるのか。戦争は避けられないのか。そのへんがこの本のテーマです。で、結論は「避けられない」。人類が人類として誕生したときから戦争は宿命だった。理由は資源の奪い合いです。資源ってのは、要するに食べ物とか女とかですね。食べて、生きて、性欲を満足させて、その結果として子孫をたくさん残す。そのためには闘争・戦争は必須。

なんなとく旧石器時代の人間は広大な土地をうろうろしながら平和に生きてきたような印象がある。なんせテリトリーは広いんです。あえて争う必要はない。

しかしこれは妄想というのもので、どんなに広くても「良い狩場」はたくさんありません。仮にたくさんあっても、その場合は好環境でポコポコ子供が生まれるから人が増える。結果的に人口と資源の関係は常に変わらない。いつだって食うのにヒイヒイ言ってる状況なわけです。

荒れた土地なら、広大なエリアにぽつんぽつんと人が暮らす。豊かな土地ならギッシリと暮らす。どっちにしても「食い物が足りない・・」という状況です。もっと縄張りを増やしたい。チャンスがあったら強奪したい。

ここで重要なのはコスト計算です。たとえば猛獣同士、なぜ死をかけて争うことが少ないかというと、得られる利益にくらべてコストが高いから。多少の強弱はあっても、相手にも爪があり牙がある。本気で戦ったら自分だって傷つく。もし傷ついたら喜ぶのは周囲の連中で、ラッキー!ってんで、よってたかって自分をいじめる(あるいは食べる)に決まっている。だからめったに本気の死闘はしない。

というわけで、ほとんどの動物も人間も、お互いに戦います。ひとつだけ違うのは、人間は相手を殺すまで戦うということ。なぜなら人間は道具を持っているから。こっそり後ろから石でガツンとやれば、報復をおそれずに相手を殺すことができる。最初の一撃が致命的な力を持っている・・・というのが、道具を持った人間の特殊性です。

オーストラリア原住民などの部族抗争をみると、もちろん数十人のクラン同士が正々堂々と戦うこともあります。ただし、よく見ると、みんな遠くからワーワー喚いたり槍を投げたりだけで、めったに接近戦にはならない。一種の戦争ゲーム。お祭り。こういう戦争で人が死ぬことはまずない。

人が本当に死ぬのは急襲です。たいていは夜。こっそり忍び寄って、居住地を一気に襲う。この夜討ちでは、相手の部族を全滅させることもあります。男と老人はすべて殺して、若い女だけは戦利品として持ち帰る。若い女は生殖の相手にもなるし労働力としても使える。

要するに、相手が強そうな場合、拮抗している場合は戦わない。相手が非常に弱い立場の場合だけ急襲して全滅させる。全滅させるのは、報復されないためですね。抹殺してしまうのが安全保障上、いちばんの良策です。もし多数を逃がしてしまうと、こんどは逆に自分たちが夜襲されるかもしれない。怖くて夜もオチオチ眠れません。

実際の戦争のキッカケはいろいろです。女の取り合い。縄張り争い。身内を殺された復讐。首長のメンツ。黒魔術に対する報復。あるいは、専守防衛では危険だからと思い切って(防衛のための)先制攻撃。理由はいくらでもあります。

旧石器時代、死亡の原因の非常に多くが「殺人」。15%くらいは暴力によって死んだ。男性だったら25%くらいだそうです。したがって農業の開始によって戦争が始まった・・というのは完全な虚構で、むしろ狩猟採集時代のほうがやたら戦争していたらしい。

で、農業牧畜が始まると今度は「守る側」と「攻める側」が明確になります。定住して富を蓄積している集団を、飢えた遊牧民が襲うようになる。ワーッと攻め込んで羊をかっぱらっていく。場合によっては皆殺しにして女や穀物をかっさらっていく。黒沢の七人のサムライの世界ですね。これじゃたまらんので、農民は寄り集まって防御力を高める。大きな集団になると防壁をつくる。都市国家になる。

話はズレますが旧約にでてくる「エリコ」はそうした非常に古い城砦集落だったそうです。紀元前8000年紀というからえらく古いです。ヨシュアのエリコ攻城ストーリーは典型的な牧畜民による都市襲撃ですね。

で、「国家」はもちろん戦争を起こします。ただ国家はやたら戦争をしているようですが、調べてみるとトータルとしての死亡率は案外低くなっているそうです。国家という大きな暴力装置の誕生によって、個人間や家族間などの小さな闘争は激減した。ときたま国家としての戦争は起こすけれど、それでも戦争によって死亡する市民の数はかなり低くなった。たとえば悲惨な近代戦でも実は人口の数%程度が死亡するレベルらしいです。えーと、いまの日本なら100万人とか200万人程度でしょうか。すごい数だし自分は死にたくないですが、狩猟採集時代の死亡率にくらべるとまるで天国であるらしい。

というわけで、人間と戦争は密接に結びついている。これを完全になくすことは非常に難しいかもしれない。

ただ幸いなことに(?)現在は保有する武器が高性能になりすぎています。使用することのリスクがべらぼうに大きくなっている。で、本気の戦争をするのは、狩猟採集の時代から(というよりサルの時代から)相手を完全にやっつける目算のあるときだけでした。相手を完全に壊滅させる計算が成り立たない限り、たとえば核兵器は使えません。

相手が弱いとみると攻撃する。相手が強そうならケンカはしない。それが人間の本性ということらしいです。だからアフリカとかインドとか、宗教や民族対立を(名目上の)理由として大量殺戮が発生しますが、常に「強い側」が「弱い側」を殺しつくす。力が拮抗している間は大きな戦争にならない。

という流れからすると、核保有国がたくさん増えてしまったことは安全保障的には良いことになるんでしょうか。ただし「止まるためには走り続ける必要がある」という鏡の国のアリスの赤の女王理論があるんで、軍拡競走・安全保障にかかる費用はとめどがない。そしてあまりにコストがかかりすぎると、かつてのソ連のようにその国家は破綻する。

平和のためには、すべての国家リーダーが「賢くて冷静で計算ができる」という大前提が必要のようです。

みんな、賢いかな。ま、たぶんこんなことが書かれている本なんだと思います。

大河「独眼竜政宗」の再放送が先週から始まりました。これ、当時も時折は見ていたものの、せいぜい3週に1回くらいだったでしょうか。再放送を知ってしっかり録画(土曜の6時から見るのはちょっと無理)。数日後の昼飯前に再生してみました。

うーん、いいですね。密度が濃い。テンポがいい。役者がうまい。北大路欣也がこんなに上手だったとは知らなかった。岩下志麻も年齢的に若妻は大変そうですが、でも演技がしっかりしているんですぐ忘れます。原田芳雄(伊達の仇敵 最上義光)もまだ若くてギラギラしてます。いいなあ。まったく飽きずに見ることができました。

dokuganryu2014.jpg冒頭のシーン、伊達家臣団が野っ原で最上からの嫁入り行列を待つシーンからジーンとしてしまった。主立った4人くらいの重臣が騎乗していて、もちろんそれぞれ馬の口取りもいる。背後には万一のために兵を置いている。ま、当然ですわな。で、若い最上義光と伊達の重臣が口論するわけですが、それぞれが家柄自慢というか先祖自慢というか、いかにもありそうなパターン。笑ってしまいました。

その後のイノシシ退治はまあ、ご愛嬌。で、次の婚礼シーンもいいですね。初対面の嫁さんは一応下座でしおらしく、花婿はいちおう上座。なんかの大河みたいに、新妻に好きだった女の話なんか打ち明けない。当然ですわな。その後の夫婦も一応は亭主のほうが威張っている。内心ムッとしても奥さんはちょっと引いた形を作る。ま、これも形としては当然でしょう。

そうそう。家臣の謀叛で城下が焼かれたときの北大路欣也も反応もよかったですね。もちろん怒り狂ってんだけど、責任ある当主です、大声で矢継ぎ早に的確な指示をくだす。緊急時、ぼんやりなんかしていられないです。いつも急ぎ足で歩いてる。

最上に里帰りしたお東の方と最上義光の会話もいい。いかにも仲のいい兄妹が話をしている感じですね。途中で柱にちょっと寄っかかったりして、二人だけの立ち話。

なんでこんなに良質なんだろ。久しぶりに楽しいものを見ました。非常に得をした感じ。

dyna_r734a.jpgDynabook R734/W3Kが届いたというので、出張代行イントスール。

販売サイトの詳細を見ても、いまいち明確でない部分が多かったのですが、意外なこともけっこうありました。

まず付属物。ダウングレード権行使のWindows7 32bitインストール機ということでしたが、しっかりWindows8.1のリカバリーディスクが同梱。なるほど、これならいつでもバージョンアップが可能ということですね。ただしいったんWindows8.1にするとWindows7に戻せないことになる。Windows7リカバリーディスクの作成が必須。

電源を入れると、まず「Windows7 32bitイントスール」「Windows7 64bitイントスール」の選択画面になりました。いきなりWindows7 32bitではないんだ。

ここでWindows7 64bitを選択。その後はパーテイションを切るかどうかの選択だったかな。なにしろ1TのHDD(正確にはSSHD)です。自分で使用するんなら絶対に分割するんですが、うまく使い分けできない場合はかえって不便かもしれない。たしか外付けHDDも持っていたはずだな・・と、Cディスク1本に決定。

次に一瞬迷うのが正確には覚えていませんが「ハードディスクを消す」「OSをイントールする」「ソフトもインストール」するというような趣旨の別れ道です。当然のことながら「ソフトもインストール」を選択。

ということでインストール開始。これがけっこう時間を要しました。OSを入れて何回か再起動して、終わりかと思ったらドライバーやら何やらを延々と入れ続ける。それが終わるとOffice2013を入れている雰囲気。トータルでたぶん2時間くらいはかかった印象です。

そうそう。Office2013と書かれたパーケージがあったので、てっきりDVDが入っていると思ったら、シリアル番号の紙っきれだけでした。なるほど。

すべて終了してから、とりあえず修復ディスクを作成。ついでにリカバリDVDも作成しようと思ったら、ツールが発見できませんでした。「TOSHIBA Recovery Media Creator」とかいうのを発見できれば、それで進めるはずなんですが、見つからない。インストールされたプログラムリストをあちこち探したあげく、諦めました。

後でネットで調べたら、リカバリ作成ツールはすべてのノートPCに既定でインストールされてるわけではないらしい。ま、HDDにリカバリ領域があるんだから問題ないでしょ、という建前なんでしょうか。

正しくは[すべてのプログラム]→[アプリケーションの再インストール]あたりから探していくのが道筋だったらしいです。知らんかった。

Core i7-4700MQ (2.40GHz)、メモリ8Gはさすがに速いです。CPUスペックだけならオヤヂのCore i5 2500Kより上です。またハイブリッドHDDのせいか、起動もかなりスピーディ。たぶん使い込んでいくうちにもっと速くなるはずです。1366×768というモニターサイズが少し気がかりでしたが、思ったほど狭くはないですね。重量1.5kgは微妙。もちろん重くはないんですが、軽い!と驚くほどでもない。

そうそう。キーボードの下にLEDが入ってるようで、チカチカと光ります。けっこうキレイです。外観は艶消しの黒。よく言えばシック、あるいは質実剛健ふう。
違うモデルですがDynabook R734は、九大生協の推奨パソコンにもなっていたようです。うん、選定は間違っていなかったんだなと、少し気分よくしました。

★★★ 日本経済新聞出版社

toshohei2014.jpg著者は大昔のベストセラー「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を書いた人らしい。なんせ読んでないので詳しくは知りません。

で、ヴォーゲルが退職して暇になってから調べだしたのが鄧小平です。良くも悪しくも現代中国の方向を決めてしまった政治家ですね。ちょっとレベルは違うものの、日本の吉田茂とか田中角栄にも似ている。

鄧小平。要するに毛沢東の有能忠実な部下。一時期は不遇だったが、毛沢東の復権と共に返り咲きして権力中枢へ駆け上がる。しかし毛沢東の意向に逆らうことも多く、だんだん機嫌をそこねることが増える。

走資派として文化大革命でも攻撃の対象となったけど、依然として「使える奴ではある」という毛沢東の評価はあったらしい。なんとか殺されずに生き延びる。周恩来のヒキもあり、やがて復権。

しかし頼みの周恩来の死後は、第一次天安門事件(周恩来追悼)の責任を問われてまたまた失脚。今度は江青一派に叩き落とされた。尽くしたはずの毛沢東は知らん顔。

そして毛沢東の死後、四人組が逮捕されてから再々度の復権を果たして、以後は第一人者として社会主義下の市場経済を導入。いろいろ批判はあるものの中国を経済的に豊かな国家に導いた・・・。。

べらぼうに厚い上下巻です。知ってることも多いですが、こうして通読するとやはり感慨がありますね。中国の政治ってのはひたすら権謀術数。大きく右派・左派という流れはあるものの、鍵となるのは首脳部の人間関係。根回しをどうするか、どう流れを作るか。指弾されないためにはどう保身をはかるか

絶対権力者の下で生き残り、自分の考えを少しずつ通し、最終的に権力を握るってのはものすごい能力が必要なんだと実感します。高く評価して育てたはずなのに、政治的に必要とあれば胡耀邦趙紫陽も情け容赦なく潰す。14億(だったか)の中国が豊かになることは必要だが、あくまで国家が第一。党あっての中国。趣旨が一貫していたんでしょうね。だからロシアやルーマニアの轍を踏まずにすんだ

大昔、機会があって(遠くからですが)趙紫陽を見たことがあります。たまたま見ただけなんですが、それだけでちょっと親近感がある。政治家が選挙でひたすら握手戦術をとるのは理解できますね。一回握手しただけで、かなりの好感を得られる。そうそう、ほんの数時間ですが(近い空間で)田中角栄の近くにいたこともあります。良い悪いは別として非常に魅力のある人でした。

そういうわけで第二次天安門事件の後、趙紫陽の左遷・軟禁ニュースは個人的に失望でした。これで民主化の流れは途絶えたのか・・・。ただ、あのときの鄧小平の冷徹な決断が中国という一党独裁国家にとって正しかったか間違っていたか、それは永遠にわからない。

ぼんやり考えたのは、この本は莫言の「転生夢現」とか「蛙鳴」あたりと平行して読むべきだということでしょうか。「現代中国の父 鄧小平」は党政府中央部の政争や生き残りを描いたいわばマクロのお話です。そうした雲の上の中央の動きが地方の末端まで少しずつ波紋をひろげたときに「転生夢現」とか「蛙鳴」の世界になる。

党中央のナントカ局長が「集団農業の見直しには理がある」とかいう論文を発表すると、そのうち山東省高密県東北郷の村役場の陳さんが外国タバコを自慢げに吸い始める。「適正な人口政策展開を学習しよう」とか誰か高官が新聞に書くとと、そのうち真面目な田舎の女医さんが懸命に二人目の胎児を堕胎し始める。子供のいる父親を脅してパイプカットして回る。

ま、そうやって中国はエネルギッシュかつユラユラ揺れながら歩み続けてきた。そして沿岸地域を先頭に欲と野心と欲求不満にあふれた豊かな大混乱の時期を迎えている。ようするに国土が広すぎる、人口が多すぎる、それが最大問題。そんな気もしてきます。今まではうまくやっきてたと党政府は自負しているようですが、あふれる14億人。コントロールするにはちょっと多すぎます。

シチリアの年金暮らしの爺さんの台所にかかっていた絵が、実は本物のゴーギャンとボナールだったというニュースが流れていました。

盗難品だったらしいです。44年前に英国で盗まれて、それが何故かイタリアの国鉄車両の中に置き捨てられていた。ガラクタだと思った国鉄はその後競売に出し、自動車工場の工員だった男が買った。価格は現在価格にすると23ユーロくらい。3000円前後ですか。

自宅にずーっと飾っていたんですが、息子が疑問をふといだいて何でも鑑定団(みたいなもんでしょう、きっと)に出してみたら、あらら、本物だった。

たぶん15億円は下らないそうです。

こういう話、けっこういいですね。その爺さん、もちろん当時は若かったんでしょうが、いかにもゴーギャンふうの贋作に3000円を出す気になった。かなり大きな絵みたいです。

きっと掘り出し物と思ったんでしょう。けっこう気に入ってずーっと飾っていた。3000円で手にいれたけど、きっと才能ある(不遇の)絵描きの習作かなんかで、きっと5万くらいの価値はあるんじゃないか。ひょっとしたら10万か。どっちにしても好きな絵なんだから、大事にしとこう。

勝手な想像すると、何回かは奥さんに「この大きな絵、邪魔だから捨ててよ!」とか言われたこともあるでしょうが、そこは頑固に抵抗した。

所有権がこれからどうなるかは不明。どっちにしてもタダで没収はされないでしょうが、まるまる儲けにもならない(そもそも盗まれた人がいるんだから)。楽しい話でした。

Gauguin2014.jpg


こんな絵らしいです。
「テーブルの上の果実あるいは静物と子犬」


南氷洋の調査捕鯨に国際司法裁判所から違法の判決が出たようですね。政府や関係者は心外かもしれませんが、ま、当然でしょう。「調査」と称して実質は商用捕鯨だったことは、ま、自明。どっちかというと、恥ずかしい話でした。

この捕鯨の問題、「クジラが減っているから捕獲を控えよう」という話と「クジラは知能が高いから殺すべきではない」という話が常にゴタマゼになってるのが困ったもんです。「捕獲を控えよう」という科学的な主張に対しては日本も誠意をもって対応しないといけない。ま、だから一応は捕獲制限に従ってきたわけです。

一方、クジラが可哀相という主張に対しては、今後も抵抗し続けないといけないでしょうね。これを認めると、ひどい話になる。知能の高い動物は食べちゃいけないのか。アホな動物ならいいのか。どこで線を引くのか。

この二つの考え方をキッパリ分けることができるといいんですが、実際にはゴッタ混ぜです。捕獲制限を主張している連中も本当の理由は「可哀相」というところにある。だから日本も「非科学的なことを言いやがって」と内心は憤懣やるかたない。心から納得していないから、調査捕鯨だなんていう子供だましで今まで続けてきた。どっちもどっち。


正直いうと、日本において「クジラ食は固有の文化」ではなくなっています。そこそこ美味しいことは事実でよく食べたけど、今ではこだわり続けるほどの食材でもなくなってしまった。ただ、これで例の品のない白髪ワトソン、シーシェパード暴力親爺が気分よくするかと思うと腹が煮えます。かなり不愉快。

クジラ問題が片づくと次のターゲットがマグロになるかウナギになるか、サケになるか。ちょっと見当つかない。ワトソン親爺も組織を存続させ、多額の寄付金を集め続けないといけないので、なんかイチャモンのネタを探し始めるでしょう、間違いなく。

イチャモンつけるには、日本という国はほんと最適ですね。白人じゃないし、文化は異なるし、暴力的な抵抗を心配しないでいいし、主張はおとなしいし、そのくせ何考えてるんだか分からない連中。腹の底が見えない。実にぴったり。な、アイツラ、信用できないだろ。オレが代わって正義を代行してやっから。ま、そんなところですか。ふん。

シーシェパードの黒い船、近寄ったら沈没させてしまえ!と言いたい気分になります。ついでに領海に入ってくるどっかの国の海監にも遠慮せずぶつけてやれ!と言いたくなる。やったらスッキリ、気分が晴れる。晴らした結果がどうなるか、そこに眼をつぶって行動したらさぞや気分がいいでしょう。

だんだんそういう「気分のよさ」を求める成分が濃くなっているようです。フラストレーションの風船がどんどん膨らんでいる。危ない、危ない。

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